2 突然、始まった
「なあに? その目は……」
「……」
「言いたい事があるなら、ちゃんと言いなさいよ!」
ん? 何だ?
“言っても、聞いてくれたことがあるのかよ“
“俺の言葉は、この女には通じない“
俺の声? ……ナレーション?
「タカフミ、お前は何のために生きてると思ってるの」
俺、タクヤだけど。
「あの女の子供より、優秀だと……立派だと、世間に知らしめるためなのよ!」
目の前にいるオバサン、誰だよ。何で俺は叱られてるんだ。
“ピンポーン”
おわっ! 何だ!?
チャイム!?
『A:……何回も聞いたよ』
『B:うるせぇな!』
……へ?
何だ? 選択肢? 選べってのか?
……目の前のオバサンは知らないが、こういう人間には身に覚えがあるよ。
下手に逆らったらダメなんだ。
心が削られるから……。
だから……まぁ、「A」かな。
「……何回も聞いたよ」
「じゃあ、何なの、これは!」
“目の前の女――一応は『タカフミの母』と一般的には言われる生き物なのだが――は、何かを床に叩きつけた。“
“ガシャーン! カラカラカラ……。“
“派手な音を立てて、プラスチックの破片が飛び散る。“
「こ、れ……」
“目の前の残骸は……俺が母親に見つからないように少しずつ作っていた、限定品のプラモデルだった。”
“――誕生日プレゼントに、シゲルに貰った……”
シゲル……?
それより、この光景……何だ?
“ピンポーン”
『A:とりあえず謝る』
『B:文句を言う』
ったく……。
だから、さっきから現れるこの選択肢、何なんだよ。
何が一体、どうなってるんだ!
* * *
――ゲーム中、失礼しますねぇ。
不意に、そんな吞気な声が俺の耳に飛び込んできた。
いや、違うな。直接頭の中で響いてる感じだ。
目の前のオバサンを見ると、両手を腰に当てたまま静止していた。
そして俺も、一言も発せない。身体も、指一本動かせない。
何だ? 時間が……止まった?
――ゲーム時間を止めさせていただきました。緊急事態でしたので、慌ててこちらの世界に引き込みましたのでねぇ。
緊急事態? こちらの……世界?
――先ほどご説明したでしょう。我々ウンチャカ人が作ったゲームの……。
ああ! その声、テーヘンか!
――やっと正気に戻られたようですね。ちょっと危険な状態でしたので、イチかバチかこちらの世界にお連れしました。
危険……?
――まぁ、それはさておき。現在、チュートリアルモードになっており、タカフミ……タクヤさんのゲームでのキャラクター名ですね。そのタカフミの台詞はすべて、選択肢から選ぶ形となっております。
ふうん……。
――慣れてきたらマニュアルモードに変更すると良いでしょう。自分の考えた台詞を喋らせることができます。また、その場合はあなた自身がキャラクターそのものになりますから、ナレーションも入らなくなります。ただし話の流れからあまりにも逸脱した言動をした場合、テストプレイは強制終了させていただきますが……。
それはいいんだが……何でこんな修羅場からのスタートなんだよ?
いろいろと気分が悪いんだけど。
――この「タカフミ」という少年は、母親からの圧力に苦しんでいるのですが、その中で「自分の本当にやりたいことを探す」というストーリーになっているのです。通常であれば彼の背景を理解して頂いてからそのキャラクターになって頂くのですが、咄嗟のことで順番が前後してしまいました。……今からでもご覧になりますか?
うん……まぁ、見ておくかな。
ゲームをするなら設定は把握しないと訳がわからないしな。
……って、ちょっと待て。流されてる場合じゃないぞ。
俺はひょっとして、テーヘンに誘拐されたのか?
――人聞きが悪いですねぇ。わたしはタクヤさんを助けたつもりだったのですが……。
何でだよ。勝手に変なゲーム世界に連れてきやがって。
――その辺はまぁ、置いておいてください。
置いとけるか!
――心配されずとも、その世界で1日過ごしていただければ、ちゃんと元の世界にお返しします。あくまでテストプレイのキャンペーンですから。
一日も拘束されれば立派な誘拐だ!
――大丈夫です。現実世界の時間としては1時間程度ですから。
うーん……。
でも確かに……俺はもう、あの家には帰りたくなかった。
だから……。
そこまで考えると、不意にズキンと頭が痛くなった。
だから……何だっけ?
あれ? 俺はどこでテーヘンに会ったんだっけ?
――タクヤさん、聞こえますかー?
あ……えっ、えっ!? 何だ?
――ですから、このキャラクター「キスギ=タカフミ」の設定資料です。ご覧になりますか?
ああ……うん。見ようかな。
1時間ぐらいなら、協力してやってもいいよ。
――ありがとうございます。では……。
テーヘンがそう言うと、目の前のオバサンの前に、別のウィンドウが現れた。
――ゲーム名「地球人になろう!」。
……安直すぎないか? タイトルって大事だぞ。
そんなことを考えながら、俺は目の前の文章に目を走らせた。