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未題  作者: のどごし10円
3/3

未定

サトウが電話を掛けると車の窓から無精髭の生えた、30代くらいの男が顔を見せた。彼が売人の様だ。売人は後部座席のドアを内側から開けてアマカワ達を招いている。


『俺が話すから変な事を言うなよ』

サトウがアマカワに注意した。


『ご苦労様です』

二人が車に乗り込むとサトウが運転席にいる売人に挨拶をした。


『ここ寒いから少し移動するよ』

売人はそう言って車を発進させた。 

『歌舞伎町っすもんね』

サトウがもちろんと言った風に答える。


『 カトウ くん、その人が電話で言ってた人?』

サトウはアマカワに目配せをした、どうやら偽名を使っているらしい事がアマカワにも分かった。


『はい、良く飲みにいく同僚なんです、コイツは固いんで保証しますよ。』


『彼はなんていうの?』


アマカワはとっさに答えた

『あ、、、はい。 ハレヤマ です。今日は急な事でちょっと驚いてまして、大丈夫ですか?』


不安そうなアマカワを見て、売人はサトウに怪訝そうな目を送った。


『いや〜、すみません。コイツ初めてだからビビってんすよ』


サトウがフォローに入ると、売人は少し考えてから助手席の小さなバッグから赤い錠剤とパケ袋を取り出した。


『そしたらガンジャと安定剤も少し付けてあげるよ。ハレヤマくん?だっけ、もしヤバイって思ったり眠れなくて困った時はこれを飲んだら落ち着くから、忘れないでね。』


錠剤と、小さなパケ袋を受け取ったアマカワはどうして良いか分からずにそれを眺めていたが、売人の意識はもう運転に戻ってしまっていたので。仕方なく自分のポケットにしまった。


『あ、赤玉じゃないですか。自分も貰っていいですか?もしかしてシアリスもあります?』


『あるけどそんなにサービスできないよ、今日はペンは何本いるの?』


『打つのは自分だけなんで、一本でいいです。』


『そしたらガンジャ1gだけ買ってくんない?それならオマケしてあげるからさ』


サトウと売人がやり取りをしている間、車は歌舞伎町を離れて人気の少ない、寂れた地域に入って行った。


 売人は車を止めると、今から若いのがネタを持って来るから少し待っていてくれと言い残して、どこかに行ってしまった。車内にはアマカワとサトウの二人きりになった。


『大丈夫なんでしょうか。いや。え、サトウさんはここの常連なんですか?』


アマカワが久しぶりに息をするかのように言った。


『いや、常連っていうかさ、お前が試してみたいって言ったから連れてきたんじゃねえか。もう腹をくくってくんないと困るよ』


そんな事は言っていない。とアマカワは思ったがサトウの言うとおり今更ジタバタしても仕方ない気がする。

もはや終電は無く、タクシーで帰るとなるといくらかかるかすら分からないのである。

それでも、今すぐポケットの中身をサトウに押し付けてどこかで始発を待とうかとも考えた、しかし何も無い休日を家で過ごす自分が一瞬見えてやはり残る事にした。


『しかしアマカワ、ハレヤマって何だよおまえ。俺笑っちゃうとこだったよ』


ようやくカトウにいつもの笑顔が戻った。手に入る事が確定して安心したのだろう。弛緩した安堵が車内を満たした。


『いやいや、サトウさんに言われたく無いですよ、偽名を使うなら先に言っておいてくれたら良いの用意したのに』


『っていうか、あとでゆっくり話聞かせてくださいよ?俺はまだ半信半疑っていうか、この状況が良く飲み込めてないんです』


『ここまでノコノコ付いてきて何言ってんだよおまえ。アマカワがシャブなんかへっちゃらとか言うから俺は仕方なく段取りしてやったんだよ。』


とんでもない理屈だが、いつものサトウだ。とアマカワはなんだかほっとした。


ふと外に目をやるとしっかりと深夜である。

ぼんやりとした暗がりに、背の低いビルとボロついた集合住宅が立ち並んでいる。ポツリ、ポツリと明かりの付いた部屋がまだあるが、殆どの窓はは明かりを消して街灯のオレンジの光をただ反射していた。


すると、前方から誰かが走ってくるのにアマカワは気づいた。

ジョギングの様な規則正しい動作では無く、短距離走を全力で走るかの様に駆けてくる。

長袖のシャツを羽織ったヒョロヒョロの若い男が時折ピョーンと跳ね、スキップの様なリズミカルな動きで運転席に入って来た。


『待たせてすみません!コレ冷たいのがテンゴと、ガンジャがワンジーです』


異様な表情だった。

頬が削げ落ちた男の口元は不自然なほどに幸せそうで骨の形がくっきりと出ている。目は瞳孔が開き、ランランと輝いて生きる喜びに溢れていた。

しかし一目で違和感を覚え、アマカワは恐怖してじっと男を見ていた。


サトウは小さなパケを開き匂いをかぎ、光に透かした。小さな結晶がゴロゴロしている。クリスタルだ。


『あとコレ!ペンですね。シアリスとかも封筒に入ってますんで。ホントはゴーニーだけど5でいいらしいですよ』


サトウが財布を取り出し男に支払いをした。

アマカワは、5万もあるならキャバクラでも連れてってくれればいいのに等と考えた。




 アマカワは自分が悪い事をしている。とは、思ってなかった。むしろ自分の知らなかった世界を覗いているようで、少し高揚していた。


法律的に言えばはポケットの中には大麻がある。もし捕まれば初犯といえど、最低でも2週間は警察のやっかいになるだろう。前科もつき、家族や職場の信頼を裏切り、今後の人生にもペナルティを受ける事になる。


だが見つかれば、の話だ。現時点では誰一人迷惑をかけてはいない。倫理的には様々な人の信頼を裏切っているはずだが、都会に出てずいぶんと一人きりで暮らしているアマカワには意識がそこにたどり着くことが出来なかった。


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