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賢者の歩く道  作者: 積木
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04 『魔導書と魔法』

 


 弟子にするかどうか、試験を受けてもらう。

 言ったのは、いいけれど、試験の内容を全然考えてなかった。

 どういった試験にしよう……。


 賢者になる為に、大切で必要な事は沢山ある。

 だけれど、一番大切というか重要なのは、やはり魔法だと思う。


 魔法。それは、世界の法則を書き換える奇跡の技だ。

 自然現象を自在にあやつり、時には自然さえも超える、圧倒的な力を人の手で引き起こす。

 僕が、言うのもなんだけれど……やはり魔法が使えないと話にならない。


 「じゃあ、これから試験を始めます!」


 「はい! よろしくお願いします!」


 パッと片手を上げて、姿勢を正し元気よく返事をするレア。

 ……か、可愛い!! 小さな体で、ピンと背伸びする姿なんか反則だと思う。


 (こんなに可愛いのに、わざわざ賢者になんて、目指さなくてもいいと思うんだけれど)


 レアの姿は大人になれば、傾国の美女と言って差し支えない位の美人に育つ事間違いなしだと思う。

 将来はお金持ちで、イケメンで、心優しい旦那さんを見つけて悠々自適に暮らす。

 そうすれば、一生安泰なのにどうして、そこまで賢者になりたいんだろう?


 まあ、そんな事を考えても仕方ない。

 人の人生なんて、人の数だけある。


 僕のような人間が、他人の人生をどうのこうの考えること自体、烏滸がましくて不相応だ。

 彼女の人生は彼女の物で、彼女自身が決める事なのだから。


 「そういえば、レアは魔法を使えるの?」


 「はい! 使えます! ちゃんと勉強しました」


 「そうなんだ。ちなみに、誰の魔導書から魔法を習ったの?」


 「大賢者、フレデリック=ガレル様の魔導書です!」


 「そっかそっか、ガレル様の魔導書はわかりやすくて良いよね。初めはガレル様の魔導書で学ぶのが一番だと思うよ。なんていうか、基礎中の基礎だしね。魔法学校もガレル様の魔導書で授業をするらしいし、やっぱり凄いな。ガレル様は賢者の鏡だよ」


 「魔法学校の事は……よくわからないですけど、でも、わたしも大賢者様の魔法は大好きです!」


 魔法は一般的に魔導書から学ぶ。

 魔導書。それは、魔法を生み出す術が書き記された、叡智の結晶だ。

 魔導書が、どうやって作られているのかというと、それは賢者の偉業に他ならない。


 賢者は魔導書を創る。誰にでもできる簡単な事じゃない。

 きちんとした魔導書を創れるほどの、才と技を持ち合わせているのは、世界広しといえど、賢者だけ。

 そんな魔導書には、創造者の名前と賢者の紋章がしっかりと刻印されているのだ。


 それに、なんとなく、なんとなくだけれど、レアとは気が合うと思った。

 僕の一番尊敬する賢者は、フレデリック=ガレル様だ。

 僕に懐中時計を授けてくれた大賢者様。あの時の事なんて、昨日のように思い出せる。


 一般的に言って、魔導書はかなり高価だ。

 最新の魔導書や高名な賢者が創造した数の少ない魔導書は、それこそ国が傾く程の高値で取引されている。


 その中でも、「誰にでも魔法が使えるように、世界に魔法が広がるように」との啓蒙主義から、かなり安価で世界中に復旧しているが、大賢者フレデリック=ガレル様が創造された一冊。

 『世界に魔法を』という題名の魔導書だ。


 ガレル様は、他にも魔導書を数多く創造している賢者で有名な、お方。

 今まで、創造された魔導書の全てが、安価と言いきれないけど、他の賢者が創造した魔導書よりは、随分と数も多く、世界中の人に広く親しまれている。

 その名を知らない人の方が珍しい、超有名人だ。


 「ガレル様の魔導書は、今も持ち歩いているの?」


 「はい! いつも持ってます。わたしの愛魔導書です」


 レアは、斜めに背負った鞄の中から、ゴソゴソと一冊の本を取り出し、僕に見せてくれた。

 えらく古びた魔導書。何世代にも渡って、受け継がれたんだろう。


 ページの端のほうなんて、チリジリになっているし、本も随分日焼けしている。

 必死で学び取った事がうかがえる一冊。それに、魔導書を大切にしている事がわかる一冊だ。


 表紙には、削れて薄くはなっているけど、しっかりと賢者の紋章とガレル様の名前が刻印されている。

 予想した通り、魔導書の題名は『世界に魔法を』だった。


 「大事にしてるんだね。この魔導書に書いてある魔法は、全部使えるようになったの?」


 「はい! 使えるようになってからも、毎日練習してます」


 どうやら、口ぶりから察するに、魔法については相当自信があるらしい。

 レアの顔からは、何がなんでも試験に合格するぞ! といった気迫と、みなぎるような自信が感じ取れる。


 だけれど、僕は、レアを弟子に取る気は無い。

 彼女だから取りたく無い訳じゃない。

 たとえ、誰であろうと、答えは同じだ。


 これから、始める試験は、始める前から結果が決まっている試験だ。

 受けても結果は同じ。理不尽極まりない。


 そう思うと、なんだか、もの凄く胸が苦しくなる。

 どうして、こんな思いをしなくてはいけないのだ……。

 できる事なら、今すぐにでもこの場から立ち去りたい……。


 「でわ、試験の内容は魔法にします! 異論はないですか?」


 「ありません!! どんな試験でも、絶対に合格してみせます!」


 やる気満々だ。本当に気が重い……。

 レアは知らないかもしれないけれど、ガレル様の著書。

 『世界に魔法を』に『記述』されている魔法は、生活に役立つレベルの魔法だけなのだ。


 とてもじゃないけど、戦闘に使えるような魔法は記述されていない。

 それを知っている僕は、心を痛めつつも、試験の課題を決めた。


 「じゃあ、あの木が見える?」


 僕は、草原の真ん中にポツンと伸びる一本の木を指差す。

 ううう、言いたくない……言いたくないけど、仕方ない!! 

 ええいままよ!! 僕は、今から意地悪になるのだ!!


 「距離は、五百メル位かな? ちょっと遠いけど、あの木を魔法を使って揺らす事ができたら合格。ただし、挑戦できるのは一度だけ。やり直しは無し。どう? 挑戦する?」


 「わかりました!! 全力でやります!!」


 ん? 思ってた反応と、全然違う。

 てっきり「そんなの卑怯です!」とか言われると思ってた。


 レアの姿を見る限り、そんな雰囲気は全く感じられない。

 どちらかというと、燃えたぎっている感じだ。


 レアはスタスタと僕の前に出ると、魔導書を広げるどころか鞄の中に大切そうにしまった。

 そこから、大きく息を吸って深呼吸をする。


 そんなレアの姿勢に、ただただ感心してしまう。

 魔導書を見ないで魔法を行使するという事は、魔道書に記載された『記述』を完全に暗記しているという事だ。


 だけれど、暗記していたところで魔法の種類が変わるわけでもないし、威力が変わるわけでもない。

 可哀想だけれど、何をどう足掻いても五百メル先の木に魔法は当てられないだろう。


 魔法を使用するには、幾つかの条件を揃えなければいけない。

 魔法を行使するにあたって、必要なのは、主に三つ。

 体の中に流れる『魔力』と魔導書に描かれている『記述』そして、それらを制御する『演算』。


 『魔力』は、生と死を育む、ありとあらゆる生物の中に流れている生命の源のようなものだ。

 魔法は『魔力』を燃料にして、初めて発現させる事ができる。


 そして、魔導書に書かれている『記述』。

 『記述』は、魔法における設計図のような物だ。


 『魔力』を水に例えるなら、魔導書に描かれている『記述』は、コップのような役割とでも言えばいいだろうか。決められた大きさのコップに、きっちりと水を注ぐ。

 そうする事で、初めて魔法が発現する。


 例えばコップの大きさより、水の量が多い場合はコップ自体を壊してしまう。

 その場合、魔法陣は勢い良く砕けて霧散し、魔法が発動する事はない。


 注いだ水も、同じように消えてしまう。

 つまり『魔力』を無駄に消費してしまうのだ。


 そして、その逆。

 大きなコップに対して、注ぐ水が少ない場合。


 その場合でも、魔法が発動する事はない。

 魔法陣が砕ける事はないけれど、徐々に姿を朧げにし、最後には魔法陣自体、消え失せる。


 同じように、注いだ水も消えてしまう。

 この場合も『魔力』を無駄に消費してしまうのだ。


 最後に『演算』とは、発動する魔法を制御する能力の事を指す。

 発動する魔法をしっかりと制御する力。

 『演算』がしっかりと行えないと、魔法を狙った通りに誘導する事はできない。


 つまり、魔法をきちんと発動させるには、決められた『記述』に対して適切な『魔力』を注ぎ、しっかりと『演算』する事で、初めて人の手で奇跡を体現する事ができる。


 一概に言って、効果が大きい魔法ほど『記述』の量は増えるし『魔力』の使用量も増える。

 勿論、精密な『演算』も必要になってくるのが通例だ。


 『世界に魔法を』に描かれている魔法は、どれも短い『記述』に少ない『魔力』。

 簡単な『演算』を使用するだけの、精々肉を一瞬で黒焦げにする程度の魔法しか描かれていない。


 より高度な魔法を使用する為には『魔力』や『演算』の個人総量も問題になってくる。

 その点、ガレル様が創造した『世界に魔法を』には、凄く工夫されていると思う。


 『魔力』や『演算』の最大総量は、人によってそれぞれ異なる。

 生まれつき多い人もいれば、少ない人もいるのが現状だ。


 訓練すれば、それらの総量を伸ばす事は可能だけれど、初めから凄く訓練しなければ使えない魔法なんて、誰も使いたがらない。


 それを踏まえて『世界に魔法を』には、できるだけ誰にでも魔法を使えるように、魔導書に描かれた『記述』に工夫を凝らし『魔力』の消費を圧倒的に減らし、尚且つそこにかかる『演算』を簡素化させる事に成功しているのだ。


 『誰にでも魔法を。世界に魔法を』

 どこまでも洗練された、すばらしい魔導書だって心から思う。

 けれど、誰にでも使える勝手の良い魔法だけじゃ、500メル先の木を揺らす事はまず不可能だ。


 僕は、レアの背中をじっと見つめる。

 正直、めちゃくちゃ緊張する。心臓がバクバク鳴ってるのがわかる。

 自分が試験を受ける訳じゃないのに、自分の事のように考えてしまう。


 「いきます!」


 凛とした、声が響いた。

 その声から察するに、緊張している感じは一切見受けられない。

 豪胆な神経をしている。羨ましい、僕なんかとは、まるっきり正反対だ。


 「世界を創造せし、偉大なる者よ」


 レアは手を翳し、一節一節、言葉を紡ぎだす。

 綺麗で、透き通った音色に大気が震える。

 同時に、何もなかった空間に小さな円形の魔法陣が姿を現した。


 「命を育み、命を滅す」


 詠唱を重ねるたびに、魔法陣に紋様が浮かび上がる。

 宙に描かれた紋様は、幾何学的に蠢き光を増していく。


 「始まりの灯火、終わりの業火」


 魔法陣から眩い光が迸る。

 これで、終わり。次の一節で魔法が発現する。


 残念だけど『世界に魔法を』に描かれている記述だけでは限界がある。

 ここで魔法を発動したところで、精々、十メル位の飛距離が関の山だ。


 「我は命ず、その姿を此度、変貌させよ。尊厳を有し、威厳を現し、矜持を示せ」


 ここで終わり。確実に、そう思ったのも束の間。

 レアは、最後の一節を唱えるどころか、『世界に魔法を』には記述されていない詠唱を続けた。


 言葉に続くように、魔法陣が目まぐるしく、その姿を変える。

 可変して現れたのは、先ほどとは比べ物にならない程、巨大な魔法陣。


 「理の扉を開き、姿を現せ! 第一章、四節、<炎火=フレイムハート>!!」


 レアが最後の一節を唱えた瞬間ーー。

 豪!! と大質量の火球が光を放つ魔法陣から、弾き飛ばされるように噴出した。

 火の塊とも見える真っ赤な炎は、放物線を描きながら虚空を進む。


 あっという間に、五百メル先の木に到達した、その時。

 暴!! 轟音が鳴り響き、次いで衝撃の熱波があたりを包み込んだ。


 「なっ?!」


 一瞬の出来事だった。

 想像もしていなかった光景を目の当たりにし思わず、開いた口が塞がらない。

 青々と立派に伸びていた木が、プスプスと煙を放ちながら、炭と化している光景だけが見える。


 「届きました! みました? わたし、ちゃんとやれましたよ? これで、約束通り、わたしを賢者様の弟子にしてくれますよね? やったぁ♪」


 僕の方に振り向き、ピョンピョンと飛び跳ねる、レア。

 どこから、どう見ても、めちゃくちゃ嬉しそうだ。

 もう、全身で喜びを表現していると言っても、過言じゃない。


 「ぽっかーん……」


 ほとんど無意識に、なんとも言えない間抜けな声が出る。

 まさか、人生でこんな言葉を口にする日が来るなんて考えてもみなかった。


 (どどど、どうしよう?!)



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