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変態アニキとブラコン姉妹  作者: 神堂皐月
9/24

遠足

「みなさん、今日はこの時間で遠足の班決めをします」


 ゴールデンウィークが終わってから1週間。いよいよ来週に迫った遠足の班決めをすることになった。


 本来はこの時間はみっちゃんの授業のはずなんだけど、班決めの時間に変えてくれた。


 さてと、誰を誘おうかな。


 せっかくの遠足なんだし女子を誘いたいよなぁ。


 といったらやっぱり、


「るみかちゃん、一緒の班になろ──」


 るみかちゃんを誘おうと声を掛けようとしたら──「るみかちゃん、俺達と同じ班になってください!」「私達と同じ班になろうよ」などと、るみかちゃんの周りをぐるりと囲んで誘われていた。


 男女問わずすごい人気だな。


 これは無理そうだ……。


 俺が他に誘える女子を考えていると、


「みんなごめんね、るみかもう入るとこ決めてるんだ。──奏お兄ちゃん!」


 突然るみかちゃんに声を掛けられた。


 うっ、みんなの視線が恐い。


「な、なに?」


「あの……もし奏お兄ちゃんがよかったら、るみかを奏お兄ちゃんと同じ班に入れてくれないかな?」


「え──っ」


「い、嫌だったらいいんだ」


 るみかちゃんは否定するかの様に両手をふりふりと振った。


 フラグキターーーーッ!!


「も、もちろんいいに決まってるよ!」


 みんなの「ふざけるなよコノヤロー」という視線は多少気になるけど、この際関係なしだ。


 あと2人か。


 まぁ1人は確定として……。


「かなでー!」


 ほら来た。


「班に入れろって言うんだろ?」


「さっすがかなで、わかってるねー」


「わかりたくないけどな」


 蓮のやつが班に加わってこれであと1人。


 せっかくだし男女2人ずつにしたいよな。


 るみかちゃん以外で俺が誘えそうな女子と言えば……やっぱりあいつしかいないよな。


 俺が彼女の席に向かおうとすると──


 ガシッ。


 蓮に肩を掴まれた。


「なんだよ」


「かなで、まさかあの人を誘うつもりか?」


「そうだけど」


「止めておけって。ただでさえお前達には噂が流れてるんだからよ」


「噂?」


「お前達が付き合ってるんじゃないかとか、かなでが弱みを握ってるとかさ」


 む、そんな話は初めて訊いたぞ。


 それにもしそうだとしても、付き合ったら身体がもたないし、弱みだって逆に俺が握られそうだ。


「それはあり得ないよ。とにかく、他に俺が誘えるやつがいないんだから仕方ないだろ」


「だったら男子でもいいじゃん」


「そしたら女子がるみかちゃん1人になるだろ」


「奏お兄ちゃん、べつにるみかのことは気にしなくても──」


「だめだよ!」


 男女2人ずつじゃないと、るみかちゃんとあわよくば2人きりになるシチュエーションにとてもなれそうにないじゃないか。


「……奏お兄ちゃん……」


 るみかちゃんは何かに感動した様な表情で、俺を見つめてきた。


 ──ギュッ。


「────!?」


 突然るみかちゃんが俺の腕に抱きついてきた。


 なんだなんだ!?


 俺なんかしたか?


「ありがと、奏お兄ちゃん」


「? どういたしまして?」


「羨ましすぎるぞかなでーーーッ!!」


 なんか叫んでるバカを無視して、俺は残りの1人を誘いに向かった。


「あら、これはこれは藤森くん。私に何か用かしら」


 窓の外を眺めていた西園寺は俺の気配に気付いたのか、俺を見上げてきた。


「よぉ、西園寺。実は頼みがあるんだけどさ──」


「断るわ」


「訊きもしないで!?」


「大体の予想は付くわ。というより、今はそのための時間だもの」


 む、たしかに頼みもなにも今は班決めの時間なんだからわかっていて当然か。


「大方、私を班に入れて七瀬くんの相手でもさせている間に、あなたは朝日奈さんと2人きりになる魂胆なんでしょ? 藤森くん」


「全部バレてらっしゃる!?」


「ふふっ、あなたのことは骨の髄までしゃぶり尽くしているわ」


「なんかエロい間違い方だな」


「じゅるり……」


 西園寺は真っ赤な舌で舌舐めずりをした。


「間違っていない!?」


「ふふっ、冗談よ。さすがに私でも骨の髄まではしゃぶっていないわ」


「どこまでしゃぶられたんだ俺は!?」


「ふふっ」


 こえぇー。怖すぎるぜ西園寺。


 俺は一体西園寺のなかではどんな仕打ちをされているんだ。


 やべっ、想像してたらちょっと興奮してきた。


「……あの、藤森くん」


「へ?」


「鼻血が出ているわ」


 マジかよ!? やばいやばい。


 俺は制服の袖で鼻を拭った。


 あれ? なにもついてないぞ?


「ふふっ、嘘よ。あなたがあまりにも間抜けな顔をしていたからちょっとからかっただけよ」


「な────っ」


 なんだよ嘘かよ。


 それにしても西園寺のやつ。


「────」


「な、なにかしら」


 俺が西園寺の様子が気になって見ていると、照れくさかったのか少し赤くなりながら声を掛けてきた。


「いや、なんか今日の西園寺はよく笑うなって」


「え?」


「やっぱり西園寺は元が美人なんだから笑ってるほうがいいよ」


「ち、ちょっと急に何を言い出すのよ藤森くん」


「なにが?」


「く────っ」


 なんか変なこと言ったか? 俺は思ったことを言っただけなんだけどな。


「わかったわよ、わかりました藤森くん。あなたがそんなに頼むなら、班にでも何にでも入ってあげるわよ」


「お、おお。頼むよ」


 なんかよく分からないけど、取り合えずこれで班のメンバーは決まったな。


 俺は蓮とるみかちゃんのもとに戻ると、西園寺を誘えたことを報告する。


「一応西園寺も班に入ってくれたぞ」


「マジか!? よくあの西園寺さんがOKしてくれたな」


「まあな」


 たしかに西園寺がOKしてくれるとは俺も正直思わなかった。実際最初はいきなり断られたしな。


「藤森くん」


「わっ!? ──なんだ西園寺か、びっくりさせんなよ」


「あら、悪かったわね藤森くん。まさかあなたがそんなショボイ男だと思わなかったわ」


「ショボイ……」


「西園寺さん!」


 俺が西園寺の言葉にショックを受けていると、蓮が西園寺に声をかけていた、


「…………」


「無視ですか!?」


 が、一方的だった。


 ほんと西園寺のやつ、俺と先生以外には話しかけられても無視なんだよな。


「西園寺、同じ班になるんだから反応くらいしてやれよ」


「む……そんなことより藤森くん」


「オレはそんなことですか!?」


「……やっぱり私の入らされる班にはこの娘もいるのかしら」


「むっ」


 なんだなんだ!?


 西園寺とるみかちゃんが睨みあってるぞ。もしかして2人って仲が悪いのか?


 んー、これは嫌な予感がする。







 遠足当日――


 朝、グラウンドに集まると校長先生と学年主任のやけに長いあいさつを聞き終えると、クラスごとにバスに乗り込んだ。


 俺の席はというと──西園寺とるみかちゃんに挟まれていた。


 この2人に挟まれているというシチュエーションだけみると、クラスの男子には羨ましいシチュエーションかもしれない。


 なにせ2人はクラス一の美人とアイドルだからな。


 俺だって2人の胸に挟まれたい! ……今のは忘れてもらいたい。


 ともかく2人がこんなに仲が悪いとは思わなかった。ずっと睨み合っているんだから。


 遠足先である遊園地『ドリームランド』略してドリランド──前に凛とデートした遊園地だ──に着くまでの間こんな気まずい席は他にないと思う。


「はあー、やっと着いたぁー」


 俺はバスが目的地であるドリームランドに着くと、深いため息を吐いた。


「ずっとあの2人の間に挟まれていて羨ましいぞかなで」


 人の気も知らないバカが腕を肩に回してきた。


「代われるもんなら代わってほしかったよ」


「それってどういう──」


 俺は肩に回された腕を振り払いつつ、先生の集合の声の方に歩き出す。


 クラス別班ごとに並ぶと、学年主任から注意事項や集合時間などの説明を聞いた。


 もちろんその間も俺は西園寺とるみかちゃんの間に挟まれている。


 説明を聞き終えると、担任のみっちゃんからフリーパスとパンフレットを受け取りゲートを通った。


「やっと自由だなかなでー。さてと、まずはどこに行こ──」


「さっさと行くわよ藤森くん」


「るみかはあれに乗りたいな」


 西園寺とるみかちゃんは蓮の話を無視し、ほとんど同時に両側から俺の腕を組み走り出した。


 そんなことより、もちろん西園寺とるみかちゃんに腕を組まれているということは、2人のマシュマロ的やわらかいものが腕に当たっているということで……やばいです!


 蓮が見えなくなるところまで走り終えると、組んでいた腕を離された。


 あぁ、もう少しこのままでもよかったのに。


 俺が余韻に浸っていると、


「藤森くん……」


「奏お兄ちゃん……さすがに気持ち悪いよ」


 本気で引いている顔をした少女が2人いた。というより、マシュマロがいた。というか、西園寺とるみかちゃんだった。


「すいませんでした!」


 そして、もう1人、そこには少女たちに本気で土下座をしている少年がいた。というか、俺だった。


「わかればいいのよ」


「そうそう、わかればいいんだよ、奏お兄ちゃん」


「…………」


「…………」


「……え、なにかな?」


「あなた、今のねらって言ったわけじゃないわよね。だとしたら寒すぎるわ」


「え?」


「るみかちゃん今、そうそうと俺の名前の奏をかけて……」


「!? ねらって言ったわけじゃないよ!? たまたまなんだからねっ、たまたま!」


 るみかちゃんは本気で気付いていなかったらしく、恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、否定するかのように両手を、ぶんぶん、と振っている。


 うん。そんなるみかちゃんも可愛いと思いました。まる。


 あ、そういえば西園寺が俺と先生以外とまともに会話をしてるの初めて見たかも。


「な、なにかしら」


 西園寺を見ていると、恥ずかしかったのか話しかけてきた。


「西園寺が俺以外と話してるの初めて見たなーと思ってさ」


 俺は思っていたことをそのまま話した。


「────!?」


「え、そうなの? 西園寺さん。えへへっ、なんか嬉しいな」


 るみかちゃんは嬉し恥ずかしそうに照れている。


「ねぇねぇ西園寺さん」


「気安く話しかけてこないでくれるかしら」


「な!? ──べ、べつに、ただ奏お兄ちゃんは上げないんだからっていう宣戦布告をしようと思っただけなんだから!」


「ふんっ」


 台無しだった。


 というかさっきより悪化してないか?


 この空気はどう考えても良くないぞ。


 俺は空気を変えようとアトラクションに行こうと促してみた。


「るみかは奏お兄ちゃんが行きたいアトラクションでいいよ」


 俺が西園寺は? というように目線を送ると「まぁ、どこでもいいわ」と言う西園寺。


 よし。これで取り合えず空気を変える切っ掛けはできた。


 俺はアトラクションを決めるため、みっちゃんから貰ったパンフレットの地図を見る。


 うーん、いきなり前回来た時に乗れなかったジェットコースターってのもなぁー。


 ちなみに俺はイチゴのショートケーキのイチゴは最後まで取っておくタイプだ。


 つまりお楽しみは最後まで取っておくタイプってこと。


 となると観覧車もまだだめだな。


 やっぱり観覧車は最後に乗るものだろ?


 ──よしっ、決めた。


「お化け屋敷に行こう!」


「えっ」


「なんだよ嫌なのかよ」


 あからさまに嫌そうな顔をする西園寺。


「もしかして、西園寺ってお化け苦手なのか? 意外だなー」


「そ、そんなわけないじゃない。決まったんならさっさと行くわよ」


 そう言うと西園寺は1人スタスタと先に行ってしまう。


 俺とるみかちゃんはそんな西園寺を見て首をかしげるのだった。


 ――――お化け屋敷前にたどりつくと、混んではおらずすんなりと入ることができた。


「さ、入るわよ」


 どうも今の西園寺はおかしい。なにがおかしいっていつもよりよく喋る。


 ここに着くまでの間にも、俺が話しかけたわけでもないのに西園寺から話しかけてきた。


 俺はそんなことを考えながら西園寺の後に付いて行くと、いつの間にか西園寺は俺の横にいて、これまたいつの間にかくっつく様に腕を組んでいた。


 はて? いつの間にこんな嬉し恥ずかしい状況になったんだ?


「あーっ! ずるーい。るみかもぉー」


 それを見たるみかちゃんも西園寺と反対側の左腕に腕を絡めてきた。


 さっきと違い2人ともくっ付く様に腕を組んでくるので、さっきよりふにょふにょと柔らかいものが当たってもう最高です!


 全神経を腕に集中した状態のままお化け屋敷を進むこと数十メートル。


 突如それは訊こえた。


 俺は腕に集中していたせいか気が付かなかったけど、どうやら井戸から頭に三角形の白い布を付けた長い黒髪のお化けが飛び出てきたらしい。


 そのときだ。俺の隣りから可愛らしく「きゃっ」という小さな悲鳴の様なものが訊こえたのだ。


 俺はそれがなんなのかを確認するために左隣のるみかちゃんを見る。


 るみかちゃんは「怖~いっ」と言うだけで楽しそうに笑っている。


 るみかちゃんではないよな。ということはまさか──西園寺!?


 俺はゆっくりと西園寺の方を見ると、


「なんなのかしらあのお化け」


 涙目になりながら文句を言っていた。


 …………やばい。


 ……可愛過ぎる。


 普段無口でクールなお嬢様な感じのあの西園寺が、いつも俺をからかって遊ぶあの西園寺が、毒舌で人(俺だけ)を泣かすのが好きなあの西園寺が、お化け屋敷のお化けなんかで泣くなんて……。


 そんな西園寺を思わず抱きしめてしまいそうになった自分を理性でなんとか押し止めた。


「な、なにかしら」


 可愛過ぎる西園寺を見ていたら視線が合った。


 今も西園寺とは腕を組んでいる状態なので当然西園寺は俺を見上げる形になるわけで、つまり上目遣いなわけで、しかも涙目なわけで、その、つまり……ギャップキタァーーーッ!!


 俺は心の中でこれ以上ないくらいに叫んでいた。


「……可愛いな……」


「え?」


 はっ!? しまった、つい思っていたことを呟いてしまった。


「な、なんでもないっ、なんでも!」


「今たしかに私に向かって『可愛い』って言ったわよね?」


 げっ、今西園寺の口元がニヤッてしたぞ。


 さっきまでの可愛い西園寺はどこへやら、涙はすでに消え、いつもの俺をいじめる西園寺の顔に戻っていた。


 なんとか上手く誤魔化さないと。


「た、たしかに言ったよ」


「へぇー。認めるのね、藤森くん」


「西園寺マジ天使ペロペロしたいよ西園寺!」


「…………」


「…………」


 ──終わった。


 もう何もかも終わったよ……。


 だってもう西園寺もるみかちゃんもドン引きで、ありえないほど速いスピードで俺から離れてるもん。


「藤森くん……あなた、いつもそんなことを考えているのかしら」


 西園寺は心底気持ち悪いものを見ている眼で俺に訊いてきた。


「そ、そんなわけないだろ!」


「でも奏お兄ちゃん、さっき本当に西園寺さんを舐めたそうな顔してたよ?」


「舐めたそうな顔ってどんな顔だよ!? ──西園寺もそんな顔しないで!」


 俺を見る眼がさっきよりもさらに酷く冷たくなっている。


 両腕で自分を抱く様に身を守ってるし。


「まぁもういいわ。もう行きましょう。藤森くんも相当気持ち悪いけれど、さっきからそこにいるお化けが気持ち悪いわ」


「は?」


「だからさっきからそこにいるお化けが気持ち悪くて仕方ないのよ」


 そう言うと西園寺は指を差した。


 俺とるみかちゃんは西園寺が指を差した方、るみかちゃんの後ろを見る。


「いやいや西園寺、なにもいないけど」


「なにを言うのかしら、藤森くん。ちゃんとそこにいるじゃない」


 俺はもう一度西園寺が指差す方を見るが──やはり誰もいない。


 えー、まさかあのー西園寺さん。リアルな方のお化けですか?


「……マジで?」


「マジよ」


「…………」


 俺はしばし沈黙した後、るみかちゃんを見ると眼が合った。


 どちらからともなく俺達は頷き合うと、


「「リアルお化けキターーッ!」」


 全力ダッシュでお化け屋敷を駆け抜けた。


「ちょっとあなたたちどこにいくつもりよ!」


 すでに数十メートル離れた場所から叫ぶ西園寺の声が、お化け屋敷内に悲しく響き渡った。







「あなたたち最低ね」


 そこには無表情だが語気でわかるほど怒っている美少女に、正座をさせられている2人のクラスメイトがいた。……というか、俺とるみかちゃんだった。


「「ごめんなさい」」


 俺とるみかちゃんが頭を垂れながら謝ると、ふんっ、と鼻息をさせ「もういいわ」と許しをもらえた。


 パンッと手を叩いたと思ったら勢いよく立ち上がるるみかちゃん。


「るみか次ここに行きたい!」


 西園寺の許しをもらえたらそのことがまるで無かったかの様に元気になるのはるみかちゃんらしいと思った。


 るみかちゃんはパンフレットをお尻辺りまでゆったりと下がっている薄茶色のリュックから取りだすと、地図のページを開き指差し見せてくれる。


 そこはイベントなどで使われる広場だった。


「なんか今日イベントでもあるの?」


「アイドルのひまりちゃんが握手会してるんだってさ」


 ひまり? 訊いたことないな。というよりアイドルに興味を微塵も感じないけど。


 あ、興味が無いのはリアルのアイドルだけですよ?


「悪いけれど、私は興味の欠片もないわ」


「……しゅっぱーつ!」


 そう言うと、るみかちゃんはてくてくと歩き出した。


 ブチッ。


 ブチ? ブチってなんの音だ?


 俺が西園寺を見ると……やばい、怒ってらっしゃる。


 今のブチって音は西園寺のこめかみの血管が切れた音だった。


「お、落ち着け西園寺っ! るみかちゃんに悪気はないんだ! ……たぶん」


「ええ、わかっているわ。私は無視された程度で怒る器の小さな人間じゃないもの。藤森くんと違ってね」


「さ、さすが西園寺」


 そう言う西園寺はひくひくと頬を引きつらせ、肩をわなわなと震わせている。


「と、取り合えず……行こうか、西園寺」


「そうね……」


 俺と西園寺も先に行くるみかちゃんの後を追うのだった。


「すげぇ人だな……」


 るみかちゃんに先導され目的地の広場に着くと、ひまりがいるであろう場所から数百人の列ができていた。


 遊園地の広場を使っているからなのか「最後尾はこちらでーす!」や「列を崩さないでください!」などとスタッフの人が叫んでいる。


 周りの客に迷惑をかけないための配慮なのだろう。


 ──俺たちが最後尾に並んでから早1時間半。


 やっと俺たちまであと数人という距離になった。


 この距離に来て漸くひまりの顔が見えるようになったけど、どうやら歳は俺達と変わらなさそうだ。


 平均的な背丈にくるくると巻いている茶髪。まだ幼さが残る顔立ちなのにどこか大人っぽさを感じさせる振る舞いが、芸能界で仕事をしているんだなと改めて思わせる。


 あれこれ考えているうちに俺たちの順番が廻ってきた。


「は、初めまして! いつもテレビ見て応援してますっ!」


「ありがとうございます。これからも応援お願いします」


 差し出された手にるみかちゃんが緊張した面持ちで握手をすると、ニコッと微笑みながら喋るひまり。


 ちっ、これだからリアルのアイドルは嫌いなんだ。


 見事な営業スマイル。


 営業スマイルなんて上っ面な笑顔、ギャルゲのアイドルの純粋な笑顔と比べたらクソだ。


 るみかちゃんとの握手は終わり、続いて西園寺に手を差し伸ばすひまり。


「応援お願いしますっ」


「…………」


 おいおい、そんなに嫌そうな顔しながら握手しなくても。


 嫌でも並んでしまったからには握手をしてあげる西園寺は偉いと思う。手を差し伸ばしてるのに握手をしないとひまりが恥をかくからな。


 続いて俺に手を差し伸ばされた。


「応援お願いしまぁーすっ」


 ニコッと小首をかしげながら微笑んでくるひまり。


「…………」


「ど、どうしたの奏お兄ちゃんっ」


 俺が握手をしないでいると、るみかちゃんが少し焦った様に小声で声をかけてくる。


 俺が黙ったままいると、ひまりは少し焦っているのか眼で「早くしてよ!」と訴えかけてきた。


「……いえ、結構です」


「えっ、握手──」


「結構です!」


「はぁっ!? ──ど、どうしてかな?」


 一瞬声を荒げて叫んだが、笑顔に戻って訊いてくるひまり。


「リアルのアイドルなんてクソゲー以下だっ!!」


 ふーっ。言いたいことが言えてやっと気が済んだぜ。


 俺はその場を離れようと1人歩き出すと、


「ちょ、ちょっと奏お兄ちゃんどこ行くの!」


「ふふっ。やっぱり藤森くんは期待を裏切らないわね」


 俺の後を追うようにるみかちゃんは走り出し、西園寺はゆっくりと歩く。


 俺は少し後悔しつつ広場の方に振り向くと、スタッフや列に並んでいた他の客たちは呆然としていた。


 そんな中ひまりは、


「あんたその制服桜蘭高校の生徒ね! 覚えときなさいよっ、後悔させてやるんだから!」


 1人叫んでいるのだった。

登場キャラクター紹介


咲神ひまり(2年・アイドル)

155cm B81(Cカップ) W56 H80

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