プールと水着と西園寺
中間考査が終わってから数日、世間は今ゴールデンウイークである。
というこで俺はGWに入ってから積みゲーを消化していた。
積みゲーとは簡単に説明すると、やらずに溜まってしまったゲームのことだ。
現在、GW最終日前日の夜、積みゲーも残り1作となり徹夜でやり込もうと思っていると──突然ケータイの着信音が鳴り響いた。
もう24時だぞ。迷惑なやつだな。
着信者を見てみると──西園寺愛莉。
えっ、西園寺から!?
俺は慌てて電話に出た。
「……もしもし?」
『私を待たせるなんていい度胸ね。着信音が鳴る前に出なさいよ』
「それは無理だろ!」
『まあいいわ。それより藤森くん、明日の予定はもちろん空いてるわよね?』
「いや、徹夜でゲームを──」
『空いてるわよね?』
「──はい」
『そう。それならよかったわ。明日、デートをします』
「はっ?」
『女の子に2度も言わせる気かしら』
「いえ、ちゃんと聞こえました!」
『じゃあ明日の午前10時に駅前に集合ということで』
「駅ってどこに行く気だ──」
プープープー。
用事だけ言ったらすぐ切りやがった。
それにしても西園寺から、で、デートの誘いなんて。
この間のテスト勝負に勝ったことによって、西園寺ルートに突入したのか!?
1ヵ月前に凛ルートに入ったと思いきや、今度は西園寺ルートか。
これは噂に聞く伝説の……モテ期というやつか!
だとしたら明日に備えて今日はもう寝るか。
――――ということで翌日のGW最終日、現時刻──午前11時。
俺は西園寺と2人で市営プール前に来ていた。
「どういうことだ」
「見ての通り市営プールよ。あなたのお粗末な脳味噌ではわからなかったかしら」
「それはわかるよ! 俺が言いたいのは、何であらかじめプールに行くってことを言っておかなかったんだってことだ!」
「そんなに唾を飛ばさないでくれるかしら。バカがうつるわ」
「うつるか!」
こんなことなら昨日電話を掛け直して訊いておくんだった。
午前10時に駅前に集合してそれから最寄り駅まで40分、さらに徒歩10分で市営プール前に着いたわけなんだけれど……。
西園寺のやつ、駅で会った時には「ついてきなさい」の一言。それから俺が目的地を訊いても「静かにしてくれないかしら」の一点張り。
で、今に至る。
「行くわよ」
「お、おい。俺の水着はどうすんだよ」
「買えばいいじゃない」
買えばって……他人事だな。
あんまり持ち合わせが無いんだけどな。
入場料は学割で手頃な値段になった。
中に入ると売店があり、僅かだが水着も売っていた。
「着替えたらシャワーの前にいてくれるかしら」
「おう」
「うろちょろされたりして、私まで変人だと思われたくないのよ」
「…………」
そう言うと先にスタスタと行ってしまった。
酷い言われようだ……俺がなにかしたとでもいうのか?
男子更衣室に入ると、大人や子供が十数名着替え中だった。
俺も空いているロッカーで買った水着に着替えると、シャワーのところへ向かった。
「初めてきたけど広いもんだな」
市営プールの割には中も広く、チビッ子たちが思いのままに遊んでいる。
季節はまだ早いので当然温水プールのようだ。
プールは25メートルプール、50メートルプールだけだが、その他にもウォータースライダーや飛び込み台などもあった。
そういえば西園寺はどんな水着なのかな。
やっぱり西園寺のことだからビキニかな。スク水も捨て難いしな。
そんなことを考えていると、
「待たせたわね、藤森くん」
声を掛けられて振り向くと、着替え終えた西園寺だった。
「────っ!」
「どうしたのかしら、藤森くん。私の水着姿に見蕩れちゃって、声も出ないのかしら」
ふふっ、と笑う西園寺の姿に、俺は本当に見蕩れてしまっていた。
真っ黒な派手なビキニで、その豊満な胸を惜し気もなくさらしていた。
制服の上からでも充分大きかったけど、西園寺は着痩せするタイプなのか。
結衣より大きいんじゃないのか? もしかしたらあや姉くらいはあるかも。
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その白い脚や豊満な胸の谷間に目を向けていると、
「あの、悪いのだけれど……そんなにまじまじと見られていると、さすがに気持ち悪いわ」
「……西園寺は酷い事を平気で言うよな」
「何を言うのかしら、私の愛という字は愛嬌の愛よ」
「かけらもないのに!?」
「失礼なことを言うのね、藤森くん。まあ、かけらもないのだけれど」
「名前を否定しちゃってる!?」
「そんなことはどうでもいいわ」
どうでもいいんだ……。
西園寺は辺りを見廻すと、
「じゃあ肩慣らしに50メートル行くわよ」
「肩慣らし!?」
「私は泳ぐのが好きよ」
「好きな事を知れてよかったよ……」
50メートルプールまで軽快な足取りで歩く西園寺の後ろを、俺はとぼとぼとついて行った。
――――バチャッ。
「久しぶりに泳ぐと気持ちのいいものよ、藤森くん」
プールサイドで眺めていると、プールから出てきた西園寺が隣りに座って話しかけてきた。
「来た甲斐があったよ」
「あなたは泳がないのかしら」
「あとでね」
「……ふーん」
「…………」
「次はあれにいきましょう」
ほっと俺は胸を撫で下ろした。
ここで買った水着は紐が付いて無くゴムだけだから、泳いでたら脱げちゃいそうだ。
俺が水着のことを考えて西園寺の後に付いていくと、
「これよ」
西園寺が指さす先を見ると──ウォータースライダーだった。
「げッ──西園寺、これは止めとこうぜ」
「何言ってるのよ。せっかくここまで来たのだから、これに挑戦しないと来た意味ないじゃない」
市営プールなのに高さ15メートル、全長20メートルはあるこのウォータースライダーは、ここの1番人気の様だ。
「やっぱり……やらなきゃだめか?」
「当然」
俺は嘆息し、最後尾に並んだ。
待つこと20分。
俺達の番が廻ってきた。
「……高いな」
「恐いのかしら? 藤森くん」
「恐くはないけど……」
恐くはないけど……脱げるのが心配だ。
俺は覚悟を決めてスライダーに座った。
「もう少し詰めてくれないかしら。私が座れないのだけれど」
「は? ──お、おいっ!」
さ、西園寺の胸が背中に!?
こ、これはやばいだろいろんな意味で!
「行くわよ、藤森くん」
「ちょ、おま──うわああぁぁぁああぁぁぁ」
「もう少しで晒し者になるところだったんだぞ」
プールから上がったあと、売店で食べ物や飲み物を買って少し遅い昼食にした。
「あら、いいじゃない。注目の的で」
「よくねえよ!」
ったく西園寺のやつ。
ウォータースライダーを滑ってプールに飛び込み終わって立った時、俺の水着は半分脱げている状態だった。
「……あの、晒し者の藤森くん」
「晒されてはいねえよ!」
「それより、あの、私……」
ん? なんか西園寺のやつもじもじしてるな。
……あー、なるほどね。
「トイレか」
「さらりというのね」
「だってトイレはトイレだろ?」
「はぁー……」
「な、なんだよ」
「女心がわからない人ね、藤森くんは」
女心がわからないだと?
落としたヒロイン1000人以上のこの俺に、理解できない心があるはずないだろ!
「まあいいわ」
そう言うと西園寺は席を立ち、トイレへと向かった。
「……遅すぎる」
西園寺がトイレに行くために席を去ってから30分。
一向に帰ってくる気配無し。
仕方ない、探しに行くか。
場内は市営プールの割に広いがトイレの数は少なく、西園寺を見つけるのにそう時間は掛からなかった。
「おい、西園──」
ん? 俺は目を細める。
西園寺は何やら男の子といるようだ。
どうやら迷子のようだ。
へぇー、西園寺って迷子とかちゃんと面倒を見るやつだったのか。
西園寺の方へ俺は歩いて行く。
だが、近づくにつれて少し様子がおかしいことに気づく。
……どうしてだろう、予想がつくんだけど……。
「……何やってんだ西園寺」
「あら、藤森くんじゃない。見てわからないかしら、迷子を見てあげてるのよ」
「見てるだけじゃないか!」
男の子泣きっぱなしじゃん……。
「私、子供が嫌いなのよ。死んで欲しいと思っているわ」
「…………」
「何かしら?」
「いや……西園寺らしいよ……」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
皮肉で言ったんだけどな。
「で、その子どうしたのさ」
「どうしたのって何がよ?」
「だから、どこから来たとか誰と逸れたとかさ」
「そんなことは訊いていないわ」
「はぁー……俺が訊くよ」
「そうして頂戴」
俺は仕方なく男の子にどこから来たのか、誰と来たのかなどを訊き、係員の人にアナウンスをしてもらうことにした。
アナウンスを掛けると母親はすぐに見つかり、お礼を言われ男の子と別れた。
その後俺達は泳ぐ気にもなれず帰ることにした。
集合した駅に着くまでの間、西園寺は終始無言だった。
たまに西園寺の様子をちらちらと窺って見ても、西園寺は俺のことをまったく気にせず外を眺めていた。
電車が止まり駅前まで歩くと、
「藤森くん」
いきなり西園寺が話しかけてきた。
「次はあなたがデートに誘いなさい」
「え──っ?」
「じゃあまた明日学校で」
「え、あ、おいっ」
そう言った西園寺は振り返ることもなく、すたすたと帰って行ってしまった。
……次は俺か……。
……えっ、次!?
次もあるのか!?
西園寺とまたデートをしてる姿がまったく想像できないまま、俺は帰路につくのだった……。