発表
「みんな、順位が上がった人も下がった人もいると思うけど、期末テストもあるんだから気を抜かないようにね。さようなら」
今日の授業も全部終わり、放課となった。
──ガラガラッ。
「お兄ちゃん、帰ろー!」
「このあたし自ら迎えに来て上げたんだから、さっさと帰る準備しなさいよ!」
「──あれ? 結衣と凛も来てたんだ」
「お姉ちゃん!?」
「お姉ちゃんが迎えにくるなんてめずらしいね」
結衣と凛がドアの前で俺のことを待っていると、そこにあや姉もやって来た。
「だって今日は恒例の結果発表だもの」
「そういえばそうだったね」
結果発表とは、まぁ、その名の通りテストの結果発表のことだ。
普段は俺か結衣がいつもビリなんだけど、今回はトップも獲れたし、かなりの自信があるぞ!
「奏お兄ちゃん」
バッグに荷物を詰めていると、るみかちゃんが話しかけてきた。
「どうしたのるみかちゃん」
「えっと、その……るみかも奏お兄ちゃんのお家に、遊びに行っても……いいかな?」
「え──っ」
「い、嫌だったら全然それでもいいんだよっ」
俺の反応を見て慌てたのか両手をあわあわ、と振るるみかちゃん。
「い、嫌なんかじゃないよ! ただちょっと、驚いただけだから」
「じゃあるみかも、奏お兄ちゃんのお家に、行っても……いい?」
「もちろんだよ」
それを訊いたるみかちゃんの表情が不安顔から一転、パァーッ、と明るくなり微笑む。
「それじゃ早くいこっ、奏お兄ちゃん」
「わ、わかったから、くっつかないでくれ」
「だーめっ」
結局、家に着くまでの間、俺はるみかちゃんと結衣に抱きつかれたまま帰る羽目になってしまった。
凛には睨まれるし……。
「おじゃましまーすっ」
「るみかちゃんはリビングで待ってて、俺達は着替えてくるから」
「えっ、奏お兄ちゃんのお部屋じゃないの?」
「今日は全員いるし、リビングでいいんじゃないかな」
「……そっか……」
む、なにか変なことでも言ったかな。
「ほら、早く着替えに行くわよ」
「わかったから押さないでくれ」
俺は急に暗くなるるみかちゃんの表情を気にしつつも、凛に押されながら自室に着替えに行った。
「お待たせ、るみかちゃん」
着替え終わり、リビングに行くとるみかちゃんはソファーに座っていた。
リビングのソファーはテーブルを囲むように、3人掛けのものが2つある。
パンッパンッ。
「奏お兄ちゃん、こっち」
隣りに座れってことか。
俺はるみかちゃんの隣りに座ることにした。
「前来た時は制服のままだったし、るみかのお家で勉強した時も制服だったから、奏お兄ちゃんの私服姿を見るのは2度目だね」
「そういえばそうだね」
「でも前見た時は仕事中だったし、こうして仕事以外の時間で見るのは初めてだから、なんか緊張しちゃうな」
「え──っ」
頬を少し赤くし、もじもじと落ち着かない様子のるみかちゃん。
なんだこの雰囲気はーっ!
だめだ、こんな雰囲気に俺は耐性がないぞ。
この女の子独特の甘い匂いがこんな近くで、しかもこんな雰囲気で、そしてこんな美少女といつまでも一緒にいたら俺はおかしくなりそうだ。
──ガチャ。
「あれ、お兄ちゃんもう居たんだ」
た、助かった……。
ナイスタイミングだぞ、結衣!
俺は心の中でグッジョブ! と親指を立てていた。
まぁ少しもったいない気もしないでもないが……。
「あーっ! るみかさんばっかりずるいっ!」
叫んだあと結衣は俺の隣りに座り、執拗以上にくっ付いてきた。
「むむむむむむーっ」
「むむむっ」
お願いですから俺を挟んで睨み合うのは止めてください!
──ガチャ。
「2人してなにやってんのよ」
「凛ッ、助けてくれ!」
「はぁー……。ほら結衣、お茶いれるの手伝いなさい。るみかさんも紅茶でいい?」
「あ、凛ちゃん。うん、お願いね」
結衣がいつまでも睨んでいるから、凛に引きずられながらキッチンへ消えていった。
ガチャ。
「遅くなってごめんね」
「──大きいなぁ」
ぽつりとるみかちゃんが呟いた。
「そういえば、るみかちゃんはあや姉と会うのは初めてだよね」
「えっ、あ、うん」
「姉のあやめです。よろしくね、るみかちゃん」
──ガタッ!
「そ、奏お兄ちゃんと同じクラスの朝日奈るみかです。よろしくお願いします」
勢いよく立つとるみかちゃんは、ぺこり、とお辞儀をした。
あや姉とるみかちゃんはソファーに座ると。
「お姉さんは──」
「あやめでいいよ」
「じゃあ、あやめさんで。結衣ちゃんもそうだけど、あやめさんはもっと胸大きいですよね」
「え──っ!?」
「スタイルも良くて、頭も良いなんて羨ましいです」
「そ、そんなことないよぉ」
頬を赤く染め、少し恥ずかしそうに喜ぶあや姉。
おいおい、男の前で胸の話しを堂々とするか!?
俺……男として見られてないのかな……。
「やっぱり奏お兄ちゃんは、胸は大きい方が……好き?」
自分とあや姉の胸を見比べる様に一瞥してから、ちょっと残念そうに訊いてきた。
ここで話しを俺に振るか!?
うーん、こういう返答にはなれてないからなぁ……。
エロゲにもギャルゲにも、こんなことを訊いてくる子はいなかったしな。
「そ、そんなことはないよ。大きすぎてもちょっとね」
あやふやな感じで答えると、パァーッ、と明るくなるるみかちゃんと、ガーン、と一気に暗くなるあや姉。
えっ、どうしてそこであや姉が落ち込むんだよ。
「はい、紅茶。あとクッキーもあったから持ってきた」
「お兄ちゃんお兄ちゃん! 結衣も紅茶入れたんだよ!」
良いことをしたから褒めて褒めてと言わんばかりに、抱きついてくる結衣。
「あんたはただお湯を沸かしただけでしょうが!」
「ふんっ」
ぷいっ、とそっぽを向いてしまった。
本当に沸かしただけなんだ……。
俺の左隣にるみかちゃん、右隣に結衣、別のソファーにあや姉と凛が座るかたちになった。
「じゃあみんな揃ったことだし、テストの結果発表しようぜ」
「今回も結衣には勝たせてもらうから」
「今回の結衣さんは一味ちがうのさ」
「じゃあ──現代文からな。凛はどうだった?」
「あたしから? あたしはね──」
プリントを探してから、バッ、と勢いよく広げた。
「82点よ!」
「ふっ」
「ちょっと結衣、なんで鼻で笑うのよ! いいわ、じゃあ次は結衣が見せてよ」
凛はいかにも上から目線といった感じに腕組みをし、結衣がプリントを見せるのを待っている。
「へっへー、結衣さんは86点だもんねー」
「な──っ!? なんでいつも50~60点のあんたがそんな点数なわけ!?」
「おーしえないっ」
結衣は余裕の、凛は悔しがっている表情をしている。
「奏お兄ちゃんの前にるみかが言いたいな」
「ん? べつにいいけど」
(奏お兄ちゃんのあとになんか、とてもじゃないけど言えないよ)
「るみかは──80点」
「勝った」
凛が小さくガッツポーズをしている。
おいおい、たった2点だし学年も違うんだから喜ぶなよ。
しかも、凛達のテストは中学レベルの問題が半分だろ。
勝って当たり前だぞ。
とは決して凛に言うことはできなかった。
もしそんなことを言ってみろ、「風穴ッ!」なんて言われて発砲されるぞ……これは違う娘か。
「じゃあ次はあや姉。何点だった?」
まぁ、予想はつくけど……。
「ワタシは100点だよ」
「…………」
「…………」
「…………」
「すごっ」
「あれ、みんなどうかした?」
「いやいや、どうもしないよ。ただ凄いなーって思っただけだよ。なッ?」
「そ、そうね。さすがお姉ちゃん」
むっ、と凛に睨まれた。
「なんでそこであたしに振るのよ!」って言いたそうな顔だな。
俺は心のなかで謝っておいた。
「奏君はどうだったの?」
「俺? 俺は今回がんばったからね、自信あるよ」
「どうせまた60点くらいでしょ」
「訊いて腰抜かすなよ凛。俺も──100点だ!」
勢いよくプリントを開いて凛に見せつけた。
「……は?」
「奏君すごーい」
「お兄ちゃんらぶー」
「奏お兄ちゃんすごっ」
「ちょ、ちょっと待ってよ! なんでいつもはビリ争いの2人が、今回はそんなに高いわけ!?」
「結衣とお兄ちゃんの愛の結晶だよー」
「ちょ、結衣さんエロくないですか!?」
「ちょっとそれ、どういう意味よ」
やばい、結衣の誤解を生む言い方でかなり怒ってらっしゃる。
こめかみに浮かんだ血管がぴくぴく動いてるもん。
「り、凛、誤解するなよ。 結衣も変な言い方をするな! ただ普通に結衣と一緒に勉強してただけだよ」
「本当でしょうね」
「ほ、ほんとほんと」
「ふーん……まぁいいけど」
ほっ、死ぬかと思ったぞマジで。
「じゃ、じゃあ次は数学な」
「最後に日本史な」
ここまで現代文、数学、英語、生物と点数を言い合って、やっと最後の日本史の発表になった。
「あたしは80点」
「結衣はねぇー、えっと、83点」
「……全敗……」
「き、期末で勝てばいいじゃないか」
「はぁー……」
き、気まずい。
結局凛は最初の現代文以外は、るみかちゃんにも勝ってないしな。
「るみかは──奏お兄ちゃんのお陰で92点も獲れたよ」
るみかちゃんは俺に眩し過ぎる微笑みを向けながら、プリントを見せてくれた。
「よかったね」
「うんっ」
か、可愛い。
すぐ隣りにいるせいか、るみかちゃんを直視することができない。
「どうしたの?」
「な、なんでもないよ。そ、それよりあや姉はどうだった?」
「ワタシは100点だったよ」
さらりと平然に言う。
あや姉には100点が当たり前なんだなきっと。
「奏君は?」
「俺も100点だけど、全教科100点のあや姉には負けるよ」
「そんなことないよ。奏君学年1位なんでしょ?」
「1点差だったけどなんとかね。あや姉は満点なんだから、余裕で1位だったんだろ?」
「一応そうなんだけど、もう1人1位がいたんだよね」
「だ、誰!?」
「ほら、年末くらいに転校してきて生徒会長になった人いるでしょ? その人よ」
「生徒会長か……なんか納得」
生徒会長──桜璃緒先輩。
去年行われた、新生徒会長を決める時期の少し前に転校してきた先輩だ。
そんな微妙な時期に転校してきたにも拘わらず、支持率80%以上で就任したのだ。
「もう発表も終わったし、結衣、カップ片づけてきてよ」
「なんで結衣なのさー」
「あんたお湯しか沸かしてないでしょうが!」
「……そうだけど……」
「早く行く」
凛に言われ、結衣は仕方なしそうにカップを片づけ始めた。
「あ、結衣ちゃん。るみかも手伝うよ」
結衣の後を追ってるみかちゃんもキッチンに向かった。
「ねぇ、結衣ちゃん。奏お兄ちゃんってすごいね」
「急にどうしたんですか」
「るみかの家で勉強した時にね、奏お兄ちゃんが言ってたんだぁ。『るみかちゃん、俺絶対にトップになる!』って。その時は無理だと思って、得意の営業スマイルを返すことしかできなかったけど」
「営業スマイルって……」
「だけどほんとに1位になっちゃてさ、びっくりしちゃった」
「なにが言いたいんですか?」
「結衣ちゃんは奏お兄ちゃんのこと、好き?」
「きゅ、急になにを──好きですよ、誰よりも」
「るみかはね、べつに好きではなかったんだぁ。ただ、結衣ちゃん達の反応が面白くって」
「な──っ」
「だけどね、今回のことで少し、奏お兄ちゃんのこと見直しちゃった」
「え、それって──」
「うん、好きになっちゃったかも。だからこれからはライバル。絶対に負けないから!」
「ゆ、結衣だって負けないもん!」
「うん。話はそれだけ、先に戻ってるね」
「あの、奏お兄ちゃん」
「どうかした?」
「あの、るみか、そろそろ……」
るみかちゃんの視線の先が気になって、視線の先をたどってみると──時計だった。
「って、もう8時!?」
結果発表も終わり、駄弁っていたせいか時間のことをまったく気にしていなかった。
「るみかそろそろ帰らなきゃ」
「そっか」
俺は見送るためにるみかちゃんと玄関へ行った。
「今日はあやめさんとも会えたし、すっごく楽しかった。また来ても……いいかな?」
「もちろん」
にこっ、と微笑むるみかちゃん。
「──あの」
結衣がリビングからこっちに来ていた。
「なに? 結衣ちゃん」
「るみか……ちゃんには負けないから」
「…………」
2人はなにかを確認するように睨みあう。
あれ? なんか結衣の言葉に違和感が……そっか! るみかちゃんのことを今までは『さん』だったのを『ちゃん』って呼んだんだ!
「それじゃ今日はありがと。また明日学校で、お休みなさい」
「うん、お休み」
「…………」
ん? 何だろう?
なんか寂しそうに見えるんだよな。
「お兄ちゃん、ほらっ」
「うわっ!!」
結衣に突然背中を押されてしまった。
「送ってあげないと」
「あ、ああ」
「結衣ちゃん……」
「きょ、今日だけだから」
「ありがとう」
「ふ、ふんっ」
結衣がツンデレた!?
ツンデレ属性を覚えたんですか!?
ツンデレの結衣か……悪くないかも。
「それじゃあ奏お兄ちゃん、よろしくお願いします」
「えっ、あっ、う、うん、よろしく」
「お兄ちゃん緊張しすぎ」
──ギュッ。
「ちょ、ちょっとるみかちゃん!?」
「抱きつくのまで許した覚えはないよ!」
「勝負はもう始まってるんだよ」
「むぅーーっ」
ちろっ、と小さな赤い舌を出するみかちゃん。
なんか結衣もるみかちゃんも雰囲気が変わったか?
なにかが違うような。
俺は2人の変化を気にしながらも、るみかちゃんを家まで送ることになったのだった。
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