ジェミニハリケーン~結衣編~
「お兄ちゃん、今日はどこに行くの?」
「今日は──秋葉原だ!」
そう、俺と結衣はこれから2人で秋葉原に行くのだ。
入学式の日、俺はとある事情で結衣とデートをする約束をしたのだが、行き場所は俺が決めていいということなので、今日発売のゲームを買いに秋葉原に行くことになった。
俺と結衣が電車に揺られること数十分。ついに秋葉原に着いた。
「ここがあの、秋葉原」
結衣は眼をキラキラと輝かせながら、期待と不安でいっぱいという表情をしていた。
「待ってろよ妹達!」
本当は深夜販売に並びたかったけど、結衣とデートをしなくちゃいけないから朝9時に家を出たというわけだ。
「行くぞ、結衣」
結衣は初めての秋葉原だから迷子になったら大変だ。
というわけで、俺は結衣に手を差し伸ばした。
俺の手を見た結衣は何の躊躇もなく握ってくる。
結衣は手を繋ぐなり俺の顔を見上げてきて、えへへ、と可愛らしく微笑んだ。
なんて可愛い妹なんだ。
凛も結衣みたいに素直になれば可愛らしいのになぁ。
俺は結衣を連れて、真っ先にお目当てのゲームが売っている店へと向かった。
「お兄ちゃん、このお店に入るの?」
「そうだよ結衣。お兄ちゃんはこれから妹達を迎えに行くんだ!」
「結衣と凛以外に妹なんていたの!?」
結衣は両手を軽く握り顎にあて、目はうるうると涙を浮かべている。
「ち、違うんだよ結衣!? お兄ちゃんには結衣達しか妹はいないさ! 今言った妹というのはゲームのヒロイン達のことだよ」
「結衣……ほんとにびっくりしたんだからね……!」
涙を浮かべながら俺を少し睨み、うぅ~、と唸っている。
か、可愛い。なんて可愛いんだ。
そんな眼で見られると罪悪感が……。
俺は結衣の頭を軽く撫でて優しく言う。
「ごめんな、結衣。でも結衣と凛の他に妹なんているわけないじゃないか」
「信じてるからね、お兄ちゃん」
「ああ」
結衣は涙を拭い、ニコっと微笑んだ。
やっぱりいい子だな。
誤解が解けた俺と結衣は店の中に入り、お目当てのゲームを見つけて手に取ろうとしたその時──
パシッ!
誰かと手がぶつかった。
俺はその手の人物を見ると、見た目は高校生くらいの小太りの男だった。
「なんだい君は。悪いけど、これはボクが頂くよ」
「俺が先に見つけたんだぞ」
「それを証言できるものはあるのかな?」
「そ、それは……」
「ないだろ? だからこれはボクが頂く」
「ちょっと待てよ!」
「……お兄ちゃん……」
「大丈夫だよ、結衣」
俺は心配そうに見上げてくる結衣の頭を撫でる。
「仕方ない。ここはスマートに決めよう。そうだな──じゃんけんでどうだろう?」
「のぞむところだ」
「「じゃん・けん・ぽん!」」
俺はパー、小太りの男はグー。
「か、勝った。俺の勝ちだ!」
「やったねお兄ちゃん!」
俺は結衣にむけてガッツポーズをとった。
「妹達は君に味方をしたか。これはなるべくしてなった結果だろう──是非君の名前を聞きたい」
「俺……? 俺の名前は藤森奏だけど」
「そちらのレディーは?」
「結衣……です」
「奏に結衣だね。ボクは私立桜蘭高校に通う結城隼人というものだ。よろしく」
「俺達と同じ高校じゃん!」
「む、そうだったのか。それは知らなかった。そうだ、こういうのはどうだろう。これも何かの縁だ。情報交換をし合うというのは」
「……まぁいいけど。じゃあ俺の連絡先」
「む、QRコードというやつか」
俺と隼人と名乗る男は互いに携帯を向かい合わせた。
「ではまた会おう」
連絡先を交換し終えた隼人と名乗る男は、颯爽と消えていった。
「なんか、変な人だったね」
「そうだな……」
俺は勝ち取ったゲームを無事にレジで買い、結衣の要望でメイド喫茶に行くことになった。
「結衣、秋葉原に来たら1度行ってみたかったの」
「結衣が興味を持ってたなんてお兄ちゃんはびっくりだよ」
「えへへ、いい勉強になりそうだもん」
なんの勉強なんだい結衣! お兄ちゃんにそこのところを詳しく教えてください!
「ここが結衣が来たがった店だ」
シックなレンガ造りの建物で、ガラス張りの一角から店内が覗けるようになっている。
そこはメイド喫茶ではなく妹喫茶だった。
結衣はメイド喫茶も妹喫茶も同じものだと思っていたらしい。
メイドや妹や男装とかいろいろあるんだよ、結衣。
「うわ~っ。お兄ちゃん、早く入ろ!」
結衣は俺の手を握りわくわくとした面持ちで、俺を店へと引っ張っていく。
「お帰りなさい、お兄ちゃん」
「お帰りなさい、お姉ちゃん」
別々などこかの学生服を着た2人の可愛らしい少女が俺達を出迎えてくれた。
「お兄ちゃん、結衣のことお姉ちゃんだって! お姉ちゃん!」
「よかったな」
もの凄く喜んでいる結衣を俺は頭を撫でて宥める。
たしかに結衣は兄妹で1番下だけど、まさかこんなに喜ぶなんて。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、こっちだよ」
俺と結衣は片方の妹に席を案内される。
実は俺も妹喫茶は初めてなので、緊張してまともに妹達の顔を見れていない。
「お兄ちゃん、これがメニューだよ」
「ど、どうも」
俺はぎこちなくメニューを受け取る。
メニューを渡してきた妹の名前は『るみか』らしい。
らしいというのは名札にそう書いているだけだからだ。
メニューの内容はというと──
『ドジっ子妹の愛情オムライス』
『ツンデレ妹の愛情チョコレートパフェ』
『甘えん坊妹の愛情お菓子セット』
という感じだ。
妹なのに坊でいいのか? お菓子セットに愛情はないだろ! などとは我慢して言わなかった。
「じゃあ、俺はこの『ドジっ子妹の愛情オムライス』」
「結衣はこのチョコレートパフェ!」
「結衣、メニューはちゃんと読まないとダメなんだぞ」
「はぁーい。結衣は『ツンデレ妹の愛情チョコレートパフェ』」
「ご注文を確認するね。お兄ちゃんがオムライス、お姉ちゃんがチョコレートパフェだね?」
「全部言わないんだ……」
「ちょっと待っててね、お兄ちゃん、お姉ちゃん」
注文を確認したるみかちゃんが厨房へと向かっていった。
そして待つこと数十分。
るみかちゃんがトレイに料理を乗せて持ってくる。
「お待たせ~。はいっ、どうぞ、お兄ちゃん、お姉ちゃん」
るみかちゃんが俺と結衣の前にオムライスとチョコレートパフェを置く。
結衣のチョコレートパフェはフルーツやアイスがてんこもりに盛られている。
「べ、別に、お姉ちゃんのために作ったんじゃないんだからねっ!」
「へっ!? あっ、ご、ごめんなさい。わざわざ作らせちゃって……」
「え!? お、お姉ちゃん謝らないで、これはサービスなんだよ」
「ひゃっ!? ごめんねぇ」
何をやっているんだ妹達は。お互い頭を下げ合っているし。
たぶん、るみかちゃんは結衣みたいな反応をされたのは初めてなんだろうな。
なるほど、『ツンデレ妹の愛情チョコレートパフェ』というのはこういうことか。
じゃあ俺も早速いただくとするか。
「お兄ちゃん待って!」
俺がオムライスを食べようとスプーンを手に持つと、るみかちゃんに止められてしまった。
「ケチャップかけてあげるね☆」
なるほど、これが『ドジっ子妹の愛情オムライス』の愛情か。
ん? これが愛情ならドジっ子は何なんだ?
俺がそんなことを考えていると、るみかちゃんはヨレヨレの字で『おにいちゃんへ』と書いてくれた。すごくヨレヨレに……。
これがドジっ子なのか。
「はい、できた」
「いただきまーす!」
今度こそ俺はオムライスを口いっぱいに頬張る。
──ぬおっ!
なんだこれ、甘すぎる……。まるでケーキのようだ。
「どうしたの? お兄ちゃん」
「……お、おいしいよ」
「よかったぁー。るみか、お塩とお砂糖間違えちゃったんだけど、お兄ちゃんがおいしいって言ってくれて嬉しい!」
──そこを間違えちゃだめだろおいっ!
これがドジっ子だったのか……。
ドジっ子の名は伊達じゃないぜ。
俺と結衣はそれぞれの料理を食べ終え、店を出るため出入り口に向かう。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、いってらっしゃい」
「また来るよ、るみかちゃん」
「うんっ! またすぐに会えると思うよ」
ん? またすぐに? すぐに来いってことか。
俺はるみかちゃんの言葉が妙に引っ掛かりながら店をあとにした。
店を出るなり結衣が俺の手を握る。
「お兄ちゃん、帰ろっ」
ニコッと微笑む結衣のその笑顔は、今日1番の笑顔だった。
また来れるといいな。
そうだ、今度来るときは凛も誘ってみるか。
俺はそんなことを考えながら応える。
「ああ」