ジェミニハリケーン~凛編~
ピピピピッ、ピピピピッ。――部屋中に鳴り響くアラーム音。
「……もう朝? あと5分だけ……」
バタンッ!
「いつまで寝てんのよ!」
バフッ!
「うごッ!? ──いきなり寝ている人の上に飛び乗ってくるか普通!」
「ふんっ。いつまでも寝てる方が悪いのよ」
「そんなに兄とのデートが楽しみだったのか」
俺はやれやれと首を振った。
入学式の日、俺は凛と放課後に部活の見学をしたんだけど、帰りの途中になぜかデートをするという約束をしてしまった。
「そ、そんなわけないでしょっ! 奏が起きてこないから起こしにきてあげただけなんだから!」
顔を赤くしながら俺の上から降りた凛の姿を見て気付く。
「なんか今日はやけに可愛い服だな。普段買い物に行く時の服とはえらい違いだ」
白を基調としたフリル付きのワンピースに、ツインテールはピンク色のリボンで結んでいる。
綺麗な金髪に純白のワンピースで、子供っぽい凛がそこはかとなく大人の雰囲気を醸し出していた。
「か、可愛い!? あたしが……可愛い」
えへへっ、と微笑む凛。
あ、ありえねぇ! なんだこの反応は。
頬に手を当てて、いやんいやん、といわんばかりに首を振ってるし。
ま、まさか。フラグが立ったなんていうんじゃないだろうな!?
いや……無いな。
「ちょっと……何してんのよ」
「え? 何って着替えてるんだけど」
「だから……女の子に何見せてんのって言ってんのよっ!」
「ぐはっ!?」
見事なローリングソバットをみぞおちにいただきました。
「早く来なさいよね! 玄関で待ってるから」
なにを間違えたんだ?
今日1日こんな調子だと確実にデッドエンドだ。
それだけは避けないと。なんとしても俺は生きて帰るんだ! 明日の妹達のために!
とにかく急がないと。
着替えを済ませ玄関に行くと、凛が仁王立ちで待っていた。
「お、お待たせ」
「遅い!」
やばい! かなり怒ってらっしゃる。
確実にデッドエンドが音をたてて近づいてきている。
「行くわよ」
「お、おう」
俺と凛は家を出て取り合えずバス停に向かった。
「ねぇ」
「な、何ですか?」
「なんで敬語なのよ。それより今日はどこに行くの?」
「え? 行きたい場所があるんじゃないのか?」
「はぁー? そういうのは男が決めるものでしょ!」
「そ、そうなのか」
「初めてのデートなのに……」
「ん? 何か言ったか?」
「な、何でもないっ!」
変なヤツ。
それにしても困ったことになった。凛の好きなものがわからないから、どこに行けばいいかわからない。
妹達は明日向かえに行くわけだし、俺はどこにも用事がないんだよなぁ。
「なあ凛。どこか行きたい場所は──」
「バカっ!」
「がはぁっ!?」
くっ、なにも殴らなくても。
俺が行き先に悩んでいる間にバス停に着いてしまった。
「で、どこに行くのか決めた? もうバス停なんだけど」
凛が腕を組んで下から俺の顔を覗きこんできた。もちろん上目遣いではなく睨んで。
うん、今日で俺死んじゃうね。
行き先かぁ。これがゲームなら説明書を読めば趣味はわかるし目的地も選択できるのにな。
せめて心の声が読めればなぁ。
だれか凛を攻略して攻略Wikiを作ってください!
「──え、ねえってば」
「な、何ですか」
「何ですかじゃないわよ。何回呼んでもぼぉーとしてるんだもん」
「ごめんごめん。んー……じゃあ遊園地にでも行こうか」
遊園地なら近場にあるし、なにより暇になることはないだろう。
「な、なんであたしがそんな子供の遊ぶ場所に行かなきゃいけないのよ!」
凛は怒鳴ると俯いてぶつぶつと呟き始めた。
(なんで行きたい場所を当てちゃうのよ)
また怒らせてしまったみたいだな。遊園地は失敗なのか?
俺達はバスに乗り込むと、奥から2列目のシートに並んで座る。
バスが遊園地前に着くまでの間、凛はずっと顔を伏せたまま頬を紅潮させていた。
「やっと着いた」
俺は伸びをして凛の方へ振り向くと目が合い、びくんっ、と肩を揺らし頬を朱に染めそわそわとしてから、俺との目線を外した。
む、またか。バスの中でも何度か同じ様なことがあったんだよな。
そんなに遊園地が嫌いなのか?
ここは兄としてしっかりリードをしなければ!
俺は拳をぎゅっと握りしめ決意を新たに、凛に手を差し伸ばした。
「早く入ろうぜ」
「なによその手」
「ん?」
「な、なんでもないっ」
ぷいっと顔を背けられてしまった。
むむ、ここで引いたら負けだ!
「凛、ほら」
「……」
俺が呼びかけると、凛は一瞥してから伏せ目がちにゆっくりと手を伸ばしてきた。
「いくぞ」
俺は伸ばしかけの凛の手を握った。
「──っ!?」
凛は顔を真っ赤にしてまた俯いてしまった。
入学式の日もそうだったけど、最近ずっと顔が赤いんだよなぁ。
まだ風邪が治ってないのかな。
やはりここは兄として凛に負担をかけないように俺がしっかりリードをしなきゃな。
2人分のチケットを買って中に入る。
「なにか乗りたいものとかあるか?」
「なんでもいい……奏といれれば」
尻すぼみに小さくなっていく凛の声を最後まで訊き取ることはできなかったけど、なんでもいいとは言ったな。
……あれ、ちょっと待てよ。凛に訊いてしまった時点でリードできてなくね?
もしかしてすでにリード失敗!?
このままだと好感度が落ちて、凛パートを失敗してしまう。
いやいや、別に凛を攻略しようなんて思ってないぞ。
……思ってないよ?
…………思ってないんだからね!
と、とにかくデッドエンドだけは阻止しなくては。
「じゃあメリーゴーランドにでも乗るか?」
「な、なんでそんな子供の乗り物に乗らなきゃいけないのよ!」
「え? だってそりゃあ……」
凛は体調が良くないみたいだし、メリーゴーランドのようなゆっくりした乗り物の方がいいと思うんだけどな。
「──っ!?」
凛はなぜか、急に俺から何かを隠す様に自分の身体を抱いた。
どうしたんだ? やっぱり風邪で寒いのだろうか。
「どこ見てんのよ!」
「は? ──ぶごっ!?」
なんの前触れもなくいきなり殴るだと!?
くっ、何か黒い神的なヤツがちらついて見える……。
「お、俺が何をしたっていうんだよ」
鼻を擦りながら訊くと、
「あ、あたしの、む、胸が子供並みだって言いたいんでしょっ!」
……はい? いきなりそんなことを言われましても。
そんな凛は頬を朱に染め、瞳には涙を溜めながら、うぅ~、と小さく唸っているし。
……か、可愛い。
そしてなんだか無性にいじめたい!
「たしかに凛の胸は子供並みだよね」
「そ、そんな改めて言わなくたって……」
「でも、そんな凛でも胸が大きくなる取って置きの方法があるぞ」
「……ほんとに?」
凛は瞳に溜まった涙を手で拭いながら訊いてきた。
うっ、そんな可愛い顔をされると、これからしようとしている事に罪悪感が。
「あ、あぁ、本当だよ。兄に任せなさい」
俺は両手を前に突き出し、何かを揉む動作をし始めた。
「え? なにその手。ちょ、ちょっと本気じゃないよね?」
凛は朱色に染めていた顔を蒼白にし、両手で自分の胸を隠して後退りし始めた。
「ねぇ……マジでそんなことしたら殴るわよ……ちょ、ちょっと、ねえ」
そろそろ止めておくか。
俺が凛の胸に触れそうになったところで手を止めたその時。
ガシッ!
「ちょっと君、こっちに来なさい」
……猫?
着ぐるみを着た係の人が俺の手を掴んできた。
えーと……これはまずいよね。
「いや、あのー……僕達、兄妹なんですけど」
「そんな言葉を信じると思ってるのか? いいから来なさい!」
「り、凛ッ! 助けてくれ!」
「…………」
ふんっ、と凛はそっぽを向いてしまった。
なんて薄情な妹なんだ。
凛に見捨てられた俺は、引っ張られるがままに着いて行くことにした。
「君、高校生? どこの学校なの」
「し、私立桜蘭高校です」
「なんでそんないい学校の生徒が痴漢なんてしてるんだ」
「違います。本当にあの子は妹で、ふざけてただけなんです!」
「ふざけてただけねぇ。そのわりには女の子は怖がっていたよ?」
た、たしかに……。
ちょっとやり過ぎたかもしれないけど触れる前に止めたじゃないか。
この人はどこを見ているんだまったく。俺は濡れ衣だぞ! 未遂だぞ! ……未遂って痴漢って認めてることと変わらなくね?
俺が内心で猛抗議をしていると。
ガチャリと開く扉。
「あの……その人は本当にあたしの兄なのでもう大丈夫です」
女神が舞い降りた! ……まあ、凛なんだけど。
「本当に兄妹なのかい?」
うんうんと俺は激しく頷く。
「でもいくら兄妹だからって、あんな紛らわしいことをしちゃいけないよ?」
「すいませんでした」
俺はここぞとばかりに大げさに項垂れてみせた。
「まあ、君も反省しているみたいだし今日はこれで帰っていいよ」
「はい、ご迷惑をお掛けしました」
俺は頭を下げ凛と一緒に事務所を出ると、
「このバカ奏っ!」
思いっ切り怒鳴られてしまった。
さっきまで女神の様だった凛が今は般若の様だ。
「なんか言った?」
キッ、と睨まれてしまった。
なんでわかったんだ? まさか、エスパーだったのか!?
ツンデレツインテールだけではなく、さらに新たな属性を手に入れるとはさすが凛だ。
「さっきは本当に助かったよ。ありがとな、凛」
俺は言い忘れていたお礼を頭を下げて言った。
お礼をちゃんと言えない人はろくな人間になれないからな。
「これに懲りたらもうあんなエッチなことはしないことね」
「え? エッチなことって?」
「──っ!? だ、だから、あたしのむ、胸を揉もうと──」
「胸? 俺は肩を揉んでやろうとしただけだけど?」
「肩!?」
「うん、肩」
「う、嘘よ! 絶対胸だった!」
また怒られる前にそろそろ冗談は止めておくか。
「うん、嘘。本当は胸でした」
「ほら嘘じゃない」
なぜそこで勝ち誇るんだ。
ふふんっ、と勝ち誇っている凛に俺は――
「さて、じゃあさっきの続きを──」
「いいかげんにしなさいっ!」
「ひでぶっ!!」
我ながらなんとも古い台詞を吐いてしまったぜ。
「さて、冗談はこれくらいにして」
「冗談だったの!?」
「そうだけど」
「ぷっ。あはははっ。なんかもうバッカみたい」
「凛……?」
「あたしばっかり緊張したりしちゃってさ。奏ってばいつもと変わらないんだもん。さ、気を取り直して遊びましょ。せっかく遊園地に来たんだもん。もったいないし」
「ああ、そうだな」
「はい」
凛が手を俺に突き出してきた。
な、なにをする気だ凛のヤツ。
どうせ凛のことだ。俺が手を握ろうとしたりしたら、技のひとつでもかける気じゃないだろうな。
「はいって言ってるんだけど」
さらに突き出してくる悪魔の手。
「……はい」
「なによこの手」
「お手?」
「お手じゃないわよ! 手よ手! 手を繋ぐのよ!」
「ああ、手ね。なんだ手か」
「なんだと思ったのよまったく」
恐る恐る凛の手を握った俺は、今度はジェットコースターへ向かうことにした。
──のだが。
「こっちの方向ってたしかジェットコースターよね? あたし絶対乗らないから!」
手を振り切られてしまった。
……凛から繋いできたくせに。
そんなことより、凛のやつジェットコースター嫌いだったっけ?
「たしかジェットコースターだけ新しくなったんだよな? 俺、結構楽しみだったんだけど」
「だから嫌なの!」
だから?
「あのジェットコースターはもう乗りたくないの」
「誰かと来たことあるのか?」
「か、勘違いしないでよ!? 男じゃないから! 結衣よ結衣!」
なにそんなに焦ってんだ。
「まあ、誰でもいいんだけどさ──ならどこに行きますか、姫」
俺が振り切られてしまった手をもう一度差し伸ばす。
「い、いきなり姫とかキモイこと言わないでよ!」
そう怒鳴る凛は、どこか恥ずかしそうに俺との目線を外した。
「あー、じゃあ飯にしようぜ飯」
「もちろん奢りよね?」
「えっ!? ──もちろん奢らさせていただきます!」
「当たり前よ」
くそー凛のヤツ、殴る準備をしてやがった。
妹の拳にびびる兄もどうかと思うが……。
俺達は遊園地内のレストランで昼食をとることにした。
遊園地内の食事処はどこも値段が割高なので、バイトもしていない俺は、本当は奢るなんてことをできるほど金銭に余裕はない。ないんだけど金が無くなるより、命が無くなる方がとても恐い……。
「俺は焼きそば。凛は?」
「あたしは──カレーにする」
俺は凛の分も注文を済ませると席を探した。
「あそこの席が空いてるな。凛、行こうぜ」
「うん」
席に着き、ほどなくすると料理が運ばれてきた。
「お、うまそうだ」
「普通じゃない」
……台無しだった……。
割高なうえ、遊園地の入場券も飯の代金も全部奢らされているので、普通の焼きそばでも気持ちは屋台の様なうまい焼きそばを食べる気分で味わいたかったんだけどな。
「いただきます」
凛はそんな俺の気を知りもせず、黙々とカレーを食べ始めた。
「いただきます」
気分もブチ壊しにされたので美味くもなく不味くもない、いたって普通のソース焼きそばを食べることにした。
……これで800円は高いだろ。
「そういや俺達ってまだ何にも乗ってないよな。せっかく遊園地に来たのに手を繋いで怒られてただけで」
沈黙が続いていたので俺が話を振ると。
「仕方ないじゃない。そういう設定なんだから」
「設定!? 今設定とか言ったよな!?」
「なに今更驚いてんのよ」
「今更!? じゃあ凛は知っていたのか!?」
「当たり前じゃない。あたし達は作者の指示に従って仕方なく、で、デートしてるんだから」
衝撃の真事実だった。
そんなまさか……俺達が今こうしているのにはそんな裏事情があったなんて。
「え、まさか今の話し信じてないよね?」
「嘘だったの!?」
「当たり前じゃない」
だよね。よかったー。
「というか凛もそんな冗談とか言うんだな」
冗談にしてはやけに本当ぽかったけどな……。
「あ、あたしもたまには冗談の1つくらい言うわよ」
む、なぜそこで眼を背ける。
「そんなことより早く食べるわよ。作し──あたしにもプランがあるんだから」
「今作者って言ったよな!? 作者って!」
「い、言ってないわよ! バッカじゃないの!?」
「なんで眼を背けるんだよ」
「う、うるさいバカ!」
「ぐはぁ!?」
焼きそばが出る!
俺は吐き出しそうになった焼きそばを必死に抑え込み、これ以上の追求は止めた。
こんなところで吐いたら羞恥心で死にたくなるからな。
ご飯を食べ終えた俺達は、午前に起きたことがことだけに疲れたということで、最後に観覧車に乗ることにした。
「並んでるなぁ……」
「たしかに……。でもこれに乗らないと来た意味ないじゃない」
仕方がないので俺達は30分待ちの列の最後尾に並ぶことにした。
「うおぉー。高いなぁー」
「そ、そういえばこの観覧車の頂上で、き、キスをすると幸せになれるんだって」
「へぇー。今度はそんな相手と来いよな」
彼女がいない俺への当てつけか?
俺は少し引きつってしまった笑顔で応えた。
「……そうだね」
どうしたんだ凛のヤツ。急に浮かない顔になって。
「あ、あれ俺達の学校じゃないか?」
雰囲気を変えようと話しを振ってみたけど、凛はちらっと見ただけだった。
んー……何か間違えたか?
「……ねぇ」
「ん?」
「…………」
話し掛けてきて沈黙だと!?
新手のいじめか?
「また……来ようね」
「────っ!?」
「いや?」
「も、もちろん行くよ」
「そっ。なら楽しみにしてる」
そう言う凛の笑顔があまりに眩しく、俺は直視が出来なかった。
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