始まりはいつも突然に
「球技大会もいよいよ2日目、最終日となったわ」
いよいよ各球技準決勝戦、決勝戦、それから準決勝敗退チームでの3位決定戦のみを残すだけとなった2日目の今日、生徒会長の桜璃緒先輩が高らかに壇上で話している。
去年は2日目まで開会宣言のようなことはしていなかったから、恐らく……。
「すでに昨日敗退してしまったチームには残念だけれど、ここでお姉さんから重要なお知らせがあるわ」
璃緒先輩はさらに演台に一歩踏み近づき、その制服の上からでもわかる豊満な胸を揺らすと、それとは反対な柳腰に両手を当てる。
「各球技優勝チームにはお姉さんからのご褒美として、望みをなんでも叶えて上げるわ!」
やっぱり俺が昨日頼んだことをみんなに報告するためだったのか。
「もちろん許可は得ているわ──校長先生からね」
そう言うと、パイプ椅子に座っている校長先生に向けて投げキッスをした。
俺は──いや、恐らく全校生徒が投げキッスを視線で追うように校長を見ると、白髪薄毛の60歳前後のいい大人が鼻の下をこれでもかといわんばかりに伸ばし、顔の力が抜けきったのかふにゃりと緩んでいる。
一体どうやってあの堅物で有名──先生たちの間ではだ──な校長から許可を取ったというのだろうか。
もしあの隠しきれない女の武器を使ったというのなら、金を払ってでもお願いしたいものだ。
みんなの視線が璃緒先輩に戻るころ、投げキッスによって忘れていたことを思い出したかのように辺りがざわつき始めた。
もちろん正体は、すでに負けてしまったのであろう人たちからの惜しみの声や、まだ勝ち残っているのだろう人たちからのやる気の声などだ。
その時、館内の騒々しさをかき消すかのように璃緒先輩はバンッと演台を両手で叩いた。
「あなたたちの言いたいことはわかるわ! 特に、敗退チームのはね。だけど、その気持ちを声援に変えてこの球技大会を盛り上げてちょうだい!」
最後の言葉に合わせて璃緒先輩はもう一度演台を勢いよく叩く。と同時に胸も見事に揺れる。
そして一瞬の静寂が漂った後に、「うわぁぁぁっ!」という館内がどよめくほどの歓声が上がった。
璃緒先輩はそれを手で制してから、
「話は以上よ。みんな、聞いてくれてありがとう」
そう言い一礼すると、見蕩れるほどの華麗な動作でスタスタと壇上を下りていく。
その後は球技大会実行委員の指示で解散と同時に、準決勝戦第一試合の選手たちは各々の体育館へ向かった。
ちなみに俺は第二試合だし場所も今いる第1体育館なので、ちょっと璃緒先輩に先程の件のお礼を兼ねてあいさつをしに行くことにした。
璃緒先輩を捜す手間はかからず、先輩は壇上から降りた後に立っていた場所から移動していなかったので、俺は先輩が立っている体育館の右奥隅に向かった。
館内はまだ移動中の生徒達で溢れているので、俺は他の生徒を掻き分けるように向かっていき、生徒の波から抜け出たところで璃緒先輩も俺に気づいたらしくこちらを向いてきた。
「どうも、先輩」
俺は軽く会釈しながら璃緒先輩の正面まで近づくと、立ち止まった。
「お姉さんになにか用かしら? 坊や」
璃緒先輩は自身の豊満な胸を支えるように──無意識なんだろうけど──腕を組んだ。
俺はつい反射的に、無意識的にその支えられていることによって上に押し上げられている胸に視線を向けつつ応える。
「えっと、その、先輩にお礼を言っておこうと思いまして。ありがとうございます、璃緒先輩……いろいろと」
俺は昨日の試合中に璃緒先輩の下着を見たことと、今のこの胸を拝んでいることを含めてお礼の言葉を告げた。
「ああ、別にお礼なんていいのよ。球技大会を盛り上げられるなら」
璃緒先輩は、左腕は胸を支えるように腕を組んだ位置のまま、右手でそのサラサラな髪を払うと、また腕を組み直した。
璃緒先輩の動作一つ一つが滑らかで綺麗なのに、動く度に豊満な胸が揺れ動くからつい目がそっちにいってしまう。
いけないいけない。人と話すときはちゃんと相手の目を見て話さないと失礼だからな。
俺は内心で璃緒先輩に謝りつつ、視線を胸から外す。──前にもう少し拝んでおくことにした。
「そんなことより」
「──はいっ!?」
璃緒先輩の声で我に返った俺は、視線が胸に向いていたことがバレていなかったか慌てつつ応えた。
「坊やはちゃんと勝ち上がっているのかしら? 提案者の坊やが既に負けていたら、お姉さんはちょっとがっかりよ?」
璃緒先輩は少し心配そうに眉を下げながら聞いてきた。その表情もまた可愛くて見蕩れそうになるのを必死に抑えつつ、俺は問題ないという表情で応える。
「それなら心配ないですよ。うちのクラスは順調に勝ち上がって、次の準決に出ますから!」
「そう、それならよかったわ。お姉さんも勝ち残っているから、優勝したらどうしようか今から楽しみだわ」
璃緒先輩は小さな口許をおさえながらふふふと微笑む。
こうしてある程度璃緒先輩と話していると、先輩の魅力をこれでもかというほど知ってしまう。
これは全校生徒が知っていることだがその豊満な胸、それから細っそりとした柳腰、しなやかな指、傷みが全く見当たらないほど綺麗に保たれている長い髪、そして整ったその顔。
全校集会などで見る度綺麗な人だとは思っていたけど、こうして近距離で正面から改めて見ると、その美貌に感嘆の声を漏らしてしまいそうだ。
こんなことを考えているということは、当然璃緒先輩の微笑んでいる姿に見蕩れているというわけで……。
「──坊や」
「………は、はいっ」
「お姉さんに見蕩れてしまうのは至極当然なことだけれど、その顔はみっともないわよ?」
「え? ……うわやべっ!」
俺はどうやらあまりにも見蕩れ過ぎていて口許が緩んでいたらしく、よだれを垂らしかけていたようだ。あっぶねぇ……。
「お見苦しいところをすいませんでした」
俺は恥ずかしさを表に出さないように抑えつつ謝る。
「今度からお姉さんと会うときは気をつけることね、ふふふっ」
先輩は先程と同じように華奢な口許を右手で抑えながら微笑む。
その微笑にまた見蕩れそうになるのを自制心でなんとか堪えていると、不意に全競技の開始時間を告げるアナウンスが館内に鳴り響いた。
「もう開始時間なのね、早いわ」
「璃緒先輩と話してると時間があっという間でしたよ」
「ふふっ、そうね。お姉さんも楽しかったわ、また機会があればお話をしましょうか。──それじゃあ」
そう言うと、璃緒先輩は手をひと振りしてから俺の横を通り過ぎていった。
俺は璃緒先輩が体育館から出て行くまで後ろ姿を見送ると、入口側コートでまさに試合が始まる寸前のバスケットボール準決勝第1試合を観戦しに、2階へと向かった。
そういえば璃緒先輩が体育館を出て行ったっていうことは、第2体育館で行うバレーボールの試合でも見に行ったのかな。
さすがの璃緒先輩も準決までくると、少しは警戒しているのかもな。そうでもなければ、わざわざ自らが観戦しに行く必要なんて実力的にないわけなんだし。
と俺が勝手に先輩の行動を独り推測していると、館内が歓声で溢れた。
俺はどうしたんだという風に視線をコートに戻すと、どうやら先取点をいきなり3Pシュートで決めたようだった。
決めた人は恐らく、3Pラインでガッツポーズを応援しているクラスメイトの女子達に向けているあの3年生だろう。
……あれ? なんかあの人どこかで……。
「あの人ってたしか、先月くらいにお姉ちゃんに告ってた人だよね?」
「あーそうね。例外なくフラれてたけどね」
「結衣!? 凛!?」
「やっほーお兄ちゃん。結衣たちもこっちを見に来たよ」
「あ、あたしは結衣に付いて来ただけなんだからね。ふんっ」
俺は突然の結衣と凛の登場に驚きつつ、2人が言っていたことを思い出しながらコート上の3年生に視線を戻す。
そういえばたしか、結衣の言っていた通り先月の終わりくらいに、あの人があや姉に告白していたところに偶然出くわしてしまったという記憶が頭の片隅にあるのを、俺は脳をフル活用してなんとか思い出した。
俺はその現場を期せずして目撃してしまったわけだから知っているのは当たり前だけど、どうして結衣や凛までしっているんだ?
俺はその疑問を2人に聞いてみた。
「それはねお兄ちゃん──というか、結衣たちは女の子なんだよ?」
「…………」
……あーんー、うん、まあなんというか、結衣が言わんとするところはわかったけどさ。
所謂あれだな。恋バナ、女子トーク、ガールズトークなどと言われる恋の話というやつか。
それであや姉が結衣たちに告白されたことを教えたわけだ。
ちょっと待てよ。いくら会話の内容にそのことが含まれていても、あの人は3年、結衣たちは1年で関わりはないはずだから、顔なんて知らないと思うんだけどな。
「奏ホント何も知らないの? あの人1年の、というより学校の女子の間じゃすごい人気なんだよ? ──べ、別にあたしは好きなわけじゃないんだからね!? そこのところ勘違いしないでよね!?」
俺の疑問に答え説明し終えた凛は、何故かそこで慌てて言葉を付け足した。
「結衣さんもお兄ちゃんらぶーだから、心配いらないよッ?」
「ちょっ、結衣ッ!?」
結衣が抱きついてくるのはいつものことだから慣れてはいるが、今はお互いに体操着同士で、ここまで周りに人がいるという状況では始めてだ。
俺は内心今まで以上にドキドキする純情と、結衣のマシュマロ的柔らかい感触を楽しむ欲情の2つの情を同居させながら平静を装いつつ、ゆっくりと結衣を引き剥がした。