球技大会3
──そして、前半も終わり、後半残り30秒となっていた。
試合展開は、前半は俺達が4点差をつけて終了したけど、後半になると、体力が低下したせいか俺のシュートが外れる率が上がり、ジリジリと点差を詰められはじめ、今はなんというか──
「おい、かなで。そろそろマジでやばいな」
「ああ、残り30秒で2点差だからな」
そう、今は逆転されて2点差で負けているのだ。
だってしょうがないじゃないか、ゲームばかりして碌に運動もしないような俺が、いきなり20分も走り続ける体力があるはずないじゃん。
残り30秒で2点差。しかも、相手ボールというシチュエーションだ。
こっちが勝つには、相手からボールを奪う必要がある。
向こうがシュートを外してリバウンドを運よく取れたとしても、きっちり守られたらおしまいだからな。
でもリバウンドはあの長身の先輩がいるから相手チームが有利だし、そこにかけるのは無謀だ。
やっぱりここはカットを狙うしか。
「蓮、どうせ残り30秒だ。俺達はオールコートでいこう」
「ここにきてのオールは体力的にきついけど、そうだな、奪いに行くしかない」
「よし」
蓮の承諾を得ると、俺と蓮の2人はオールコートディフェンスで積極的にカットを狙いにいった。
相手はエンドラインからボールをだし、時間を使ってゆっくりと攻めてくる。
さすがに素人でもわかってるな。ここで早くシュートを撃ちにいって、もし俺達にボールを取られれば、逆転負けする確立が高くなることを。
クソッ、何かこう、俺の力になるものがあれば頑張れるんだけどな。
そしたらきっと勝てる気がする。
こう、何かこう、力の源になるというか、元気の素というか、そんな疲れなんかを一気に吹き飛ばしてくれる何かが。
そんなことを考えながら、俺はふと2階で観覧している人の群れを見て──見た。
見た、と言うよりも、見上げて見た、と言う方が正しいのかもしれない。
見上げて見た。
見上げたら見た。
見上げたら見えた。
そう、見えたのだ。パンツが。
何故か制服姿の生徒会長、桜璃緒先輩の──黒のレースのパンツが。
「ウオォォォッ!!」
「!? どうしたかなで!?」
「ウォォォ!」
力の源を手に入れた俺は、十分すぎてあり余るほどの力を手に入れた俺は、そのあまりの力に狂い叫び雄叫びを上げながら、ドリブルをしている先輩のもとへ走った。
「ひ──っ!?」
先輩はそんな悲鳴にも似た声を上げた。
それはそうだろう。誰だって恐い。というより、キモイ。客観的に見れば本人の俺でもキモイと思う。
何故なら今の俺は、目は血走り(パンツを見たから興奮したせい)、汗を撒き散らし(興奮とか関係なく、普通にバスケでかいた汗)、雄叫びを上げながらボール目掛けて一直線に走っているのだ。
そんな変人が、いや変態が自分に向かって走ってくるという図は、想像するだけでキモイ。
──バシッ!
悲鳴を上げて隙が生じたところを、バーサーカー(変態)状態の今の俺でも見逃さずにスティールした。
そのまま荒れ狂う様に叫びながらドリブルで1人突撃する俺の前に、あの長身の先輩が立ちふさがった。
「決めさせん、この変態め!」
俺はそれでも臆することなくゴール目掛けて跳んだ。
「うぉぉぉッ!」
「パンツ最高────ッ!!」
──ドカンッ!
ピィィィ──ッ!
「ディフェンスハッキング!」
静まり返った館内で──実際には隣のコートでも試合をしているから騒がしいが──審判の声だけが響く。
一瞬の静寂。
「うおーっ、俺初めて生のダンク見たぜ!」
「スラムダンクだスラムダンク!」
割れんばかりの大歓声が館内を轟かせた。
それは、残り5秒に起きた俺のダンクシュートへの歓声。
残り5秒、点差は無し。
だけど、先輩のハッキングによって手に入れたフリースローが1本ある。
これを決めればいける。勝てる!
俺は時間と点差を確認し、フリースローラインに立った。
「ワンスロー」
審判がボールをパスし、言う。
「ふぅ──っ」
俺は落ち着くため、大きく息を吐く。
よし。
心を落ち着けると、俺はよくゴールを狙い、撃つ。
──パサ。
バックボードに当たりリングを弾いたボールは、外れたんじゃないかと一瞬ひやひやさせながらも、リングの縁を1回転してから中へ落ちた。
「逆転!」
「ついに逆転したぞーっ!」
「3年が負けるのか!?」
息を飲むようにしてシュートを見ていた観衆は、ゴールと同時にそんなことを叫んだ。
──バシッ!
「でかしたかなで!」
後ろからいきなり背中を叩いた後、頭をガシガシと撫でながら褒めてくる蓮。
「痛ぇーよ! それよりディフェンス」
「おう!」
素早く自陣へディフェンスに戻った俺達は、残り5秒の猛攻に耐えきり──
──ピィィィィィィッ!
「試合終了! ──29対28で、2年3組チームの勝ち」
「やったぁーッ!」
「初戦突破ぁーッ!」
俺と蓮はハイタッチをし、沢田たちは喜びの声を上げている。
「お兄ちゃ~ん!」
と、そこへ2階から降りて来た結衣が走り寄ってきた。
凛は歩いてとことこと近付いてくる。
──ギュッ。
近寄ってきたと思ったら、結衣が走る勢いそのまま飛び付いてきた。
「お、おいっ」
「お兄ちゃんすっご~く、かっこよかったよ!」
俺が抱き付かれた勢いでふらつくと、結衣が見上げる形で満面の笑みを送ってきた。
くっ、かわいい!
お互いが体操服だから、制服の時よりも結衣の胸が押し付けられているのを凄く感じてしまう。
我が妹ながら、よくぞここまで成長してくれたものだ。
それに比べて──
「………」
「な、なに見てるのよ!」
俺が凛の胸を溜息を吐きたい気分で見ていると、その視線に気付いた凛は、バッと胸を両手で隠し半身になる。
「………?」
俺の視線に気付いた結衣は、抱き付いたまま凛の方へ振り向くと、凛の半身の姿勢と自身の胸を隠すような手つきを見て何かを察したのか、自身の胸と見比べた後再び凛を見て、フッ、という哀れむときのような、嘲笑うときの様な、勝ち誇ったときのような、そんな何とも言えない表情をして鼻で笑った。
「───!?」
凛も凛で結衣のその視線と表情に気付き、肩を震わせ拳を握って怒りを露わにしている。
ホントこの2人は仲良くなってくれないよなぁ。双子なのに。
しかも美少女なのに。
いや贔屓目で見たわけじゃなく、客観的に見てもさ。
それと学校での人気度的にもね。
と、俺がそんな2人の様子を結衣に抱き付かれたまま見ていると──
──ビシッ!
「痛ッ!?」
ズンズンズンと怒りを露わにしたまま近付いてきた凛に、脛を爪先で蹴られてしまった。
「ふんッ!」
そしてそのまま、凛は体育館を出て行ってしまった。
「お兄ちゃん大丈夫?」
結衣は半分以上自分のせいだということをまるでわかっていないのか、俺を心配そうに抱き付いたまま見上げてくる。
「ああ、まあ痛かったけど大丈夫」
俺はそんな結衣の頭を撫でてあげる。
すると結衣は、いつもと同じく気持ちよさそうに目を細める。
それにしても凛のやつ、珍しく蹴る力が弱かったな。
もしかしたら、まだ試合が残っているから加減してくれたのかな?
その辺のことを気にしてくれるなら、蹴らなくてもいいと思うんだけど……。
「そういえば、結衣はこの後どうするんだ? 俺は見る試合はとくにないし、ここに残って次の試合を待つけど」
西園寺もるみかちゃんも、2人ともどの球技にも参加していないしな。
何で参加しなかったのかを聞いたら、西園寺は一言「興味が無いわ」だってさ。
るみかちゃんは「るみかは応援にまわるよ」とか言っていた。
できれば俺も応援がよかったなぁ……。
「う~ん……結衣さんも試合負けちゃったしなぁ。お兄ちゃんと一緒にいようかな」
「そっか。じゃあ2階に上がるか」
「うんっ」
そう元気よく返事をした結衣は、俺から離れたかと思うとすぐに腕を組んできて歩き出した。
俺は結衣に先導される形で半歩ほど後ろを歩き、2人で2階の空いているスペースに向かった。
すると幸か不幸か、偶然にも俺の隣には生徒会長の桜璃緒先輩が居た。
おいおいおいおい……。
ハッ、まったく。
誰がこんなシチュにしたんだよ──
「先輩ッ!!」
「お、お兄ちゃん!?」
「なにか用かしら?」
いきなり俺が先輩を叫び呼ぶと、腕を組んでいた結衣は驚き慌て、璃緒先輩は驚いた様子もなく平然と応えた。
「あの、先輩の生徒会長権限で、この球技大会の優勝チームに何かご褒美として、望みを1つ叶える権限を貰えたりできませんか?」
「例えば?」
「た、例えば……部費のアップとか」
本当は、部費なんてどうでもいいんだけどな。
帰宅部だし。
「まぁ、お姉さんの権限を行使すればそのくらいは簡単ね。いいわよ、坊や。あなたのその案を採用しましょう」
「あ、ありがとうございます!」
俺は勢いよく頭を下げお辞儀をするが、結衣が右腕を組んでいるから左半身だけが下がり、右半身が吊り上げられているような姿勢になる。
顔を上げると、先輩はその姿勢が面白かったのか、口元を手で隠してどうやら笑っていたようだ。
「それじゃあ、お姉さんはもう行くわ」
そう言うと、璃緒先輩はスタスタと軽快にこの場を立ち去って行った。
「お兄ちゃん、一体何をお願いするつもりなの?」
「ん? ああ、聞きたい?」
「もちろんっ」
俺が確認すると、結衣は顎の下辺りで両手の拳を握り、可愛らしく、それでいて勢いよく頷き返事をした。
もちろん腕は組んだままだ。
「それはな──ブルマーにしてもらうことだ!」
「え……っ?」
「だから、女子の体操服をブルマーにしてもらうんだよ」
「…………」
「あの璃緒先輩にブルマーなんか穿かれたら、悩殺ものだよなぁ」
俺は想像だけでヨダレを垂らしそうな勢いでニヤけだした。
「……会長さんだけ?」
「ん? 他にはあや姉とかも絶対似合うよなぁ。西園寺も似合うなぁ。黒髪ロングにブルマーニーソ。これは最強だろ!」
「……ゆ、結衣は……?」
「え──」
「結衣は……似合うと思う?」
俺は結衣のブルマー姿を想像してみる。
……。
…………。
………………じゅるり。
おっと、やべーやべー。
俺は慌てて口元を拭い、その手でそのままグッと結衣の前に親指を突き立て見せた。
「もちろん!」
すると結衣は不安そうな表情から一転、パァーと満面な笑顔を浮かべた。
「なら結衣さんはブルマーでもいいよ!」
結衣はニッコニコな笑顔のままそう言い、腕を組む力をさらに強め抱き付いてくる。
「──!?」
うぉっ!? む、胸が!?
「ゆ、結衣。さすがにちょっとくっつき過ぎじゃないか?」
俺は少し慌てながら言う。
このまま抱き付かれていたら、俺は理性を保てる自信がありません!
「うぅ~……わかった。じゃあ少しだけだよ」
渋々納得した結衣は、ホントにちょっとだけ抱き付く力を弱め、半歩の半分ほど俺から離れた。