球技大会2
その後の展開は、予想通りというか何というか、要するに、結衣たち1年生チームが負けた。
会長はフロントでもバックでもアタックが打てる一方、背の低い結衣や凛はフロントではアタックが打てず(ジャンプしても手がネットをギリギリ越えない)、凛と違って結衣はバックアタックも打てない。
他のチームメイトたちの戦力差も、1年生と3年生だとかなりあるし、会長のアタックは凛と結衣しか反応できないし、凛のバックアタックでしか点は取れないしで、結果は0─2でストレート負けだった。
「負けちゃったよぉー、お兄ちゃん」
「べ、別に悔しくなんかないんだから……」
負けるということはやっぱり悔しかったみたいで、いつも笑顔で元気な結衣も、言葉では悔しくないと言う凛も、悔しさを隠しきれないようだ。
「よしよし、2人ともよくやったよ」
その証拠に、結衣だけではなく、凛すらも俺に文句の1つも言わずに頭を撫でられている。
と、そんなところにさっきまで結衣たちと試合をしていた、3年生チームの元バレー部であろう先輩がやってきた。
「ねぇ、あなたたち、ちょっといいかしら?」
声を掛けられ慌てた凛は、俺の左隣に素早く移動して先輩と距離を取り、警戒しているのか、ただでさえツリ目気味の目をさらにキリッとつり上げた。
結衣はというと、俺の後ろに隠れて体操服を掴み、顔だけ出している。
「そんなに警戒しなくても……!」
先輩は凛たちの行動に、軽くショックを受けているみたいだ。
先輩は咳払いして気を取り直し、本題に入った。
「あなたたち、もしよかったらバレー部に入る気はない? 私はもう引退しちゃったけれど、後輩たちのためにもお願いするわ」
おー、スカウトか。
たしかに、2人の実力なら部活動でも通用しそうだしな。
現に凛はあの先輩のブロックから点を取ってるし、結衣もスパイクをレシーブしている。
凛はスパイクも打てるセッター、結衣はなんでも拾うリベロってところか。
俺はどうするんだろ? という風に2人を見ると、2人は先輩の誘いが予想外だったのか、顔を見合わせていた。
(どうする、結衣)
(結衣は部活に入るほどバレーが好きなわけではないし、それに、お兄ちゃんとの時間が減っちゃうのは嫌だな)
(あ、あたしは奏との時間なんて必要ないけど、部活になんて元々入る気ないし)
2人は俺にも聞こえないほどの小さな声でヒソヒソと何やら話した後、お互い頷いていた。
「すみません、先輩。あたしたち、そのお誘いを受けれません」
凛がそう言うと、先輩は少し残念そうな顔をした後、
「わかったわ。けど、少しでも気が向いたら、顔を出すだけでもいいから部活に来てね」
そう言い残し去って行った。
「なぁ、なんで断ったんだ? どこにも所属してないんだから、入ってみればよかったじゃん」
「お兄ちゃんにはヒミツー!」
「そ、奏には関係ないでしょっ」
結衣は俺を見上げながら笑顔で応え、凛はそっぽを向きながら言った。
『これより男子バスケの2回戦を行いますので、選手の方は第1体育館に集合してください』
俺が結衣の笑顔に癒されつつ、凛の態度に軽くショックを受けるという気用なことをしているとき、呼び出しの放送がかかった。
お、1試合目が終わったのか。結衣たちの試合も終わったし、ちょっと見に行ってみるか。
「俺はバスケの試合を見に行くけど、結衣たちはどうする?」
「結衣さんは暇になっちゃったから、お兄ちゃんに付いて行くぅー」
「あ、あたしは、奏がどうしてもって言うなら、付いて行ってあげないこともないわよ」
「うしっ、決まり。じゃあ行こうか」
そう言って俺が第1体育館目指して歩き出すと、凛は隣を半歩分離れて歩き、結衣は俺の体操服の裾を掴んで付いてきた。
第1体育館に着くと、女子が使う第2体育館とは違い、熱気で館内が蒸し暑かった。
「うぇっ、なんだよこの暑さ」
俺は手でパタパタと扇ぎ、風を送りながら2階に上がる階段へ向かった。
もちろん、結衣はそれでも俺の体操服を離さず付いてくる。凛は少し館内に入ることを躊躇っていたけど。
3人分の空いたスペースを見つけ、そこへ着くと、丁度試合開始のブザーが鳴った。
体操服の色を見ると、どうやら1年生と3年生の試合のようだ。
色分けは、1年生が青、2年生が赤、3年生が緑色だ。
試合が始まってから5分ほどが経つと、すでに結果が見えはじめていた。
両チームともバスケ部はいないみたいだから、得点自体はそれほど開いていない。というよりも、まだあまり両チームとも得点をしていない。
だけど、1年生が完全に3年生を恐がっていて、あまり盛り上がる試合にはなっていない。
まぁ、両チームのクラスメイトらしき軍団が大声で応援していて、賑やかではあるけれど。
ちなみに、バスケは10分ハーフで試合が行われているから、残り15分。まだまだ逆転は可能だから、個人的に1年生には頑張ってもらいたい。
だって、もし試合をすることになるなら1年生チームの方がいいし。
そんな理由で1年生チームを応援している俺って、人としてどうなんだろう……。
『これより、男子バスケの3回戦を行います。選手の方は集合してください』
結局、俺の応援も空しく1年生チームが負けた。
「お兄ちゃん、がんばってね! 結衣さんもがんばって応援するからっ!」
「ま、まぁ、精々がんばってくれば?」
「おう、サンキューな」
俺は2人の頭をポンポンと軽く撫でながら言った。
「えへへ~」
「…………」
撫でられた2人は、結衣は満面の笑みで、凛は俯いて頬を朱に染めている。
俺は撫で終わると、階段を下りて集合場所へ向かった。
「よう、かなで。頼んだぜ」
「開口一番が俺頼みかよ……」
「まあまあ、そんなこと言わずに頼むよ。ホントに期待してるからな」
「まぁ、試合に出るからには全力でやるつもりだけど……」
そんな会話をしていると、すでに選手の確認が終わっていた。
俺は着ている長袖の上着を脱ぎ、上は半袖、下は長ズボン姿になって渡されたビブスを着た。
「これより、2年3組と、3年1組の試合を始めます。──ジャンパーはこちらに」
ジャンプボールで跳ぶのは俺だ。
うぉっ、この人デケェ。
俺より10cmは高いぞ。
体格もいいし、なにかスポーツをやってる人だな。
嫌だなぁ……やっぱり手を抜こうかなぁ……。
そんなことを考えてるうちにボールが上げられていた。
シクった、タイミングが遅れた!
──バシッ!
「互角!?」
誰かがそう叫ぶ声が聞こえた。
おおー、俺すげー!?
ティップオフされたボールは同時に弾かれ、それは運よく蓮の手元に落ちてきた。
「蓮、パス!」
俺は着地と同時に走り込んでいて、ノーマークだ。
ゴール前には誰もいない。
「よっしゃ、かなで!」
蓮からのパスは、1バウンドして俺の1歩前に飛んできた。
さすが元バスケ部、取りやすいとこに出すな。
ちなみに、蓮がバスケ部だったのは中学の時だ。本人がそう言うんだから、そうなのだろう。
俺はキャッチすると、距離的に必要がないので、勢いそのままノードリブルでレイアップシュートを決めた。
「まずは先取点いただき」
この間、開始から僅か5秒弱。
あまりの開始からすぐの得点の速さに、3年生は呆然と立ち尽くしていた。
なかには口を間抜けに開いてる先輩もいる。
俺はそんな先輩たちの間を通って、チームの下へ向かう。
「ナイス、かなで!」
「おうっ!」
バチンッ! という音を響かせ蓮とハイタッチをすると、それがきっかけのように静まり返っていた館内が沸いた。
「うぉぉぉっ! すげーッ!」「速すぎてよくわからなかった!」「お兄ちゃんカッコいいぃぃぃッ!」「すげぇすげぇッ!」
声の中に聞いたことがあるものもあった気がするけど、誰だ? なんかちょっと恥ずかしいな。
「おいっ、たかが1度シュートを決めただけじゃねーか! 取り返すぞ!」
ジャンパーで競った先輩が自身のチームにむけて叫ぶと、呆然としていた先輩たちの表情が元に戻った。むしろやる気になったようだ。
これは気が抜けないな。というより、気を引き締めてかからないと。
初戦敗退なんて、いくら3年生が相手でもカッコわるいしな。
結衣と凛も見てるわけだし。
「蓮、素人の集まりでマンツーマンだと簡単に点を取られてしまうから、ディフェンスはゾーンにしよう」
「OK──沢田はそこ、北村はそこ、吉田はそこを中心に守ってくれ」
「わかった」
「任せとけっ」
「了解!」
蓮が3人にディフェンスしてもらう位置を指差しながら伝えると、各々返事をしてポジションにつく。
マンツーマンで守るつもりみたいだったディフェンスを、2-3のゾーンディフェンスに変え、俺と連はフリースローラインの左右の端辺りにそれぞれついた。
これならあの背の高い先輩も、簡単には中からは点を取れまい。素人集団のチームみたいだから、外からのシュートはまぐれでしかなさそうだしな。
そうこう考えていると、あの長身の先輩が早速中でボールを貰おうと入ってきた。
「パスパス!」
現在ボールを持っている先輩には、軽く蓮がディフェンスについている。マンツーではないからあまり激しくはついていない。
「バカッ、離れすぎ!」
そう叫んだときにはすでに遅く、ボールは蓮の頭上を通って長身男に渡っていた。
「おっしゃーッ!」
沢田、北村、吉田がディフェンスにつくが、いかんせん身長差がありすぎるので、手を上げられると守り様が無い。
素人の集まりだからしょうがないのかもしれないけど。
長身男はボールを持った手を下げず、そのままピボットでゴールを向くと、あっさりシュートを決めてしまった。
ん? なんか上手くないか?
「なぁ、蓮。あの先輩、まるっきりの素人には見えないんだが」
「あー、そりゃそうだ。あの人は中学の時の先輩で、2年の途中からバスケ部に勧誘されてはいったんだよ」
「そういうことは先に言っておけよ!」
てっきり素人チームかと思ってたじゃねえか。
なるほど、それなら納得だ。
ポジション取り、ボールの貰い方、シュートフォームからして素人には見えなかったしな。
「今のはしょうがない、ドンマイドンマイ」
蓮は沢田たちに声を掛け、エンドラインからパスをうける。
蓮の中学のときのポジションまでは聞いていないけど、このチームだと俺か蓮のどちらかがPGをやらないといけなそうだしな。
自分で自分をPGの候補に入れるのは、自意識過剰なのかもしれないけど。
なるほど、蓮がやるつもりなのか。……っておい、もしかして攻めるのは俺に任せたってことなのか?
元バスケ部の蓮が攻めろよ!
と、いつもの俺なら言うだろう。
いや、言いたいよ? すげえ言いたいよ?
だけど──だけど、だ。今は結衣と凛、妹たち2人が俺の勇姿を、俺の雄姿を見ている!
だからそんなどっちが受けでどっちが攻めみたいなくだらないことを、いちいち問題にしないのだ。
受けと攻め、なんて危ない響き。
「蓮、パス! 俺が攻めだ!」
「? よくわからないが、任せた!」
相手のディフェンスはマンツーなので、俺は軽くフェイントを入れてマークを躱すと、パスを受け取った。
俺はキャッチと同時にシュートフェイクを1つ入れる。するとマークを躱されやばいと焦ったのか、俺についていた先輩がまんまとフェイクにかかりジャンプした。
「んな──っ!?」
俺がシュートじゃなかったことに驚いているのか、間抜けにも自分が無意味にジャンプしている姿が恥ずかしかったのかはわからないけれど、先輩がそんな声を出した。
俺は余裕でそんな先輩をドリブルで抜き去り、ドライブで中に切り込む。
するとゴール前にいた長身の先輩が、俺の進路に立ちふさがった。
「易々と決めさせねーよッ!」
こうしてゴール前で見るとやっぱデケェな。
俺は1度切り込むのを止め、ビハインド・ザ・バック(背中側でドリブル)でボールをキープする。
さて、どう抜こうか。
抜かずにジャンプシュートという手もあるし、パスをする手もある。だけど、ここまで中に入ったらやっぱり自分で決めたいよなぁ。
よしっ、決めた。
相手がバスケ部だったっていうならいけるだろ。
俺はクロスオーバー(ドリブルしている左右の手を入れ替える)をしながら目線を右にトンと落とす。
「───!?」
それに見事反応してくれた先輩は、俺の右側を塞ごうと動く。
その瞬間、俺はバッと左へドリブル。
「フェイクか!」
だけど先輩はそれにも対応し、右に移動しかけてた身体を咄嗟に左へ変える。
だけど──
ダムダダム!
俺にはそれすらも予想していた動き。フェイントをいれて逆を抜くと見せかけて、レッグスルー(ボールを股下に通してドリブルする)で身体を止め、ロールで右側を抜き去った。
「うぉっ!?」
それにはさすがに先輩も対応しきれなかった。
そして俺はシュートを決めた。
2人抜きか。なかなかやるな、俺。
「すごいぞかなで! なんだよ今の! 俺でもたぶん抜かれてたよ」
ディフェンスに戻る途中、興奮気味の蓮が、俺の背中を叩きながら言ってきた。
「痛い、痛いよバカ! ──ただのレッグスルーからのロールだろ。仮にも元バスケ部がそんなに驚くことかよ」
「元バスケ部だから驚いてんだよ。ただでさえバスケ経験者でもないやつには難しいのに、それをあんなキレでやられたら驚くって。ありゃバスケ部なみだ」
「あー、まぁ……」
何故俺がそこまでバスケができるかというと(バスケだけでなく、部活動にあるようなスポーツは大体できる)、それはあや姉のせいである。せいというか、お蔭である。
あや姉は昔からよく部活の助っ人を頼まれていたんだけど、あや姉はあーいう性格だから、断ることをせずになんでも引き受けてしまう。
そしてあーいう性格だからこそ、やるからには完璧にこなしたいということで、俺がよく練習に付き合わされたんだ。
そういうことがあって、今の文武両道才色兼備の料理以外は完璧のあや姉ができたのだ。
俺はあや姉との過去の練習の日々を思い出しつつディフェンスへ戻った。