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彼岸花色の回想

彼が出会った彼女は、彼のことを誰よりも見ていた…。


 私はその日も彼のことを観察していた。


 私は普段から姿と気配を消しているため、彼の方からは私の存在には気付かない。

 そのため、彼の隣や後ろを付いて回ったことも何度もある。


 最初に観察していると言ったが、もちろん私はストーカーなどではない。


 そもそも、私は人間(・・)ですらない。


 人は私のことを『妖怪』や『モノノ怪』、『怪異』などと呼ぶ。

 私は数えるのも馬鹿らしくなる位はるか昔に、突如としてこの世に誕生した。


 生まれた当時の私は曖昧な靄の様な存在として、幾度となく世界を彷徨いながら自らの存在理由を求めて数多くの道や建物を巡っていた。


 私の様な存在の多くは、誰かにその正体を認識されることで初めて曖昧な存在から確固たるものとしてこの世に存在することが出来るようになる。


 例えその認識された状態がその存在の本質とは異なったものであっても問題はないらしく、再び誰からも認識されなくなり忘れ去られるまでは、自我を持ってある程度自由に行動することも出来る。


 私の場合は、世界を彷徨っている内に知らぬ間に誰かが私の存在を認識し、私と言う存在を書物や伝承などに残したのではないかと思う。

 私自身は、何時何処で誰にどのようにして認識されたのかは全く覚えていないので調べ様も無いのだが…。


 話を戻すが、私はこの世に生まれてかなりの年月が経った頃、とある町の病院を彷徨っていた際に1人の赤ん坊に出会った。


 その子はごくありふれた男の子だった。


 だが不思議なことに、その時の私は彼に非常に深く興味を抱いた。

 無理矢理にでも理由を挙げるとすれば、怪異としての、女としての勘のようなものが働いたのではないかと考えている。

 

 それからは、彼のことを観察することが私の日課になっていた。


 私のような寿命とは無縁の存在にとって、人の一生などはあっという間の出来事に等しいものだった。

 それでも、彼の生活を見守ることを楽しく感じていた。


 生まれたばかりの頃の彼は、度々夜泣きをしており、私は彼以外の家族には姿を見えないようにしながら赤ん坊の彼を度々あやしていた。


 彼が危険に直面した時には、さりげなく助けるようにしていた。


 彼が幼馴染の子と仲良く遊んでいるときには、胸の辺りがモヤモヤとすることもあったが、それでも私は静かに見守り続けた。


 私にとって、それだけで心が満たされるような気持ちになる日々を過ごしていた。


 しかし、私はある時、彼を傷付けてしまう出来事を起こしてしまった。


 それは、彼が幼稚園に入園して間もない頃、児童を狙った傷害事件があった時に起きた。


 私がいつものように彼を観察していると、彼と彼の幼馴染が公園で遊んでいる最中に、マスクと帽子で顔を隠した怪しい男が彼の背後から近づいて来ているのが見えた。

 彼と幼馴染との位置からは男の姿は見えなかったが、その男は手に小型のナイフを持っているのが私には見えた。


 このままでは2人が危ないと感じた私は、気配を消しながら怪しい男の背後へと回ることにした。

 そして、怪しい男がもう少しで襲いかかれるような位置まで近づいたタイミングで、私は姿を現し、その男の頭部へ強烈な一撃を加えた。


 私の様な存在は、通常の気配を消した状態では直接人に外傷を負わすことが出来ない。

 だが、実態を持って姿をみせた状態であるならば、ある程度の触覚を相互に感じることが出来る。

 さらに、攻撃の意思を持って人に行使すれば、人の脳はその刺激を強烈な痛みとして認識する。


 つまり、外傷無く相手は倒れるという現象を起こすことが出来るのだ。

 私の与えた一撃は無防備だった男へと見事に決まり、男は私に気付くこともなく地面に倒れた。


 男が倒れたことで彼らはその怪しい男の存在に気付き、その怪しい男は近所で多発していた傷害事件の犯人だということが分かり、男は警察に逮捕された。


 だが、男が捕まるきっかけとなった公園で倒れるに至った状況は、目撃者も彼とその幼馴染しかおらず、男が倒れた原因が非常に不可解なものであったため、自然と彼とその幼馴染に近づく人間は減っていった。


 幸いなことに彼と一緒にいた幼馴染は、その事件を経ても彼から離れることもなく、むしろ彼とより積極的に交流を深めるようになった。


 その幼馴染の姿を見る限り、彼だけでなく自らも周囲から敬遠されているにも関わらず、彼を嫌うことも恐れることもなかったことは彼にとっても私にとっても救いであった。

 ただ、それ以降その幼馴染は、私の存在に薄っすらとではあるが気付いているような素振りを見せることが多くなったのは私にとって大きな誤算だった…。


 そして、時は流れ、ある夏の日。

 彼は家族と共に彼の祖父が住んでいる田舎の町へと出掛けて行った。


 彼は毎年、その田舎で毎年開催されるお祭りを楽しみにしていたようだ。


 しかもこの祭り、毎年都内や地方からわざわざ人が来る位に有名な祭りらしく、この時期になると普段の物静かな田舎町が数多くの観光客と地元の人で大賑わいをしている。

 私も、毎年彼の後を追って祭りへと来ているが、この人混みには飽き飽きしていた。

 加えて、これだけ人がいるとそれに誘われたかのように怪異や物の怪といった良くないモノまで呼び寄せてしまう。


 彼が私の目が届く範囲にいる限り、彼を決して危険な目に遭わせることなど無いと私は胸を張って意気込んだ…。

 

 だが、その意気込みも儚くも崩れてしまった。


 それは、彼が両親と仲良く手を繋ぎながら出店を回っている時に起こった。

 彼の父親がお手洗いに行くために彼と彼の母親を休憩所に残して離れた時、たまたま彼の母親の知り合いとその子供がそこに現れたのだ。


 彼の母親は彼の手を放して、その母親と世間話し始めてしまったのだ。


 そして、その場に残された彼と知り合いの母親の子供は、お互いの母親に近くの出店を見て来ると言ってその場から離れていく。

 それから、彼とその子供は少しするとそれぞれが別々の屋台に興味を持ち、いつの間にか2人共はぐれてしまうのだった。


 私は彼のことを見失わない様に、彼の後ろからひたすら付いて行くと、彼は突然おぼつかない足取りになり始めたのだった。

 加えて、彼のその様子に周囲の誰も気付くことなく、彼の進む先にいた者は皆無意識の内に彼の事を避け始めた。


 この光景を見た私は1つの可能性に思い至った。

 それは、私の様な人では無い存在が彼に危害を加えようとしているのではないかと…。


 本来ならば、私はその場で直ぐにでも姿を現して彼を助けたかった。

 だが、今不用意に彼を助けようとすれば、周囲にいる人が突然姿を現した私のことを不審に思うかもしれない。

 私だけにその矛先が向くだけならば構わないが、以前の様に彼まで巻き込んでしまうことで再び彼を傷付けてしまうことは、今の私には耐えられなかった。


 だからこそ、私は苦渋の決断として彼が人のいない山林の近くに来るまで姿を現すことが出来なかったのだ。


 そして、私は意を決して暗い山林の中で泣き出しそうになっていた彼に声を掛けた。


「どうしたの?何か悲しいことでもあったの?」


 我ながらもう少し気の利いた言葉を掛ければ良かったと後悔している。


 私自身、いつ彼と話す機会が訪れても大丈夫な様に、今回はお祭りに似合う浴衣の格好に加えて、お気に入りの彼岸花を模した簪を挿して彼の後を付けていたので、不自然な格好には見えなかったとは思う。


 突然現れた私に彼は驚いていたが、直に顔を赤くしていたのでこの格好をしていて良かったとも思っている。

 そして、私の姿を見た彼が思わずといった風に「キレイ…」と呟いたことに私は一瞬驚いたが直ぐに嬉しい気持ちになった。


 実体を現して彼と直接対面したのは、今回が初めてだったので自己紹介もした。


 もちろん自己紹介と言っても、私自身には名前など無かったので、私が着ていた曼珠沙(まんじゅしゃ)()模様の浴衣から(しゃ)()という名前を名乗ることにした。


 それから私は、彼から自分が何故こんな場所に来たのかの理由を聞いたが、やはり彼が知らず知らずの内に自らの足でこの山林に来させられていたことには気付いてない様子だった。

 途中で彼が私のことを「お姉ちゃん」と呼ぶという思わぬ幸運に巡り合うことも出来た。

 私は彼を無事に彼の両親のもとに送り届けるために、彼と手を繋いで暗い山林を元気よく歩き出すのだった。


 彼と共に山林の出口へと向かうために歩き続けるうちに、不穏な気配が私の遥か後方からゆっくりとこちらへ近づいて来るのが伺えた。


 おそらく、彼をここに連れて来た”ナニカ”であろうと私は考えた。

 その予想を裏付けるように、いくら歩いても出口に辿り着けない現象が起こり始めた。


「沙華お姉ちゃん…」

 彼は不安そうな声と共に私と握っている手に力を入れてきた。


 私は彼に落ち着くように告げると、彼は私の言葉に勇気でも貰ったかのように元気に歩き始める。

 そんな彼を再び不安な気持ちにさせないために、私は堂々と彼の手を引いて暗い夜道を先導するように前を歩き続けた。


 それから数分の間歩き続けると、遂に暗い山林の出口付近まで来ることが出来た。

「うん!ここまで来れば、あともう少しでお祭りの場所まで着くね!」


 私は彼を励ます意味も込めて明るく彼に問いかけると、彼の顔には安心した表情が浮かんでいた。


 山林を出て直ぐ傍には古びた小屋と掲示板が立っており、掲示板には祭りのお知らせの他に『夜の山林で行方不明者多数、あまり近付かないように』というメッセージや、『山林での度重なる事故のため、捜索活動を断念』『山林で行方不明者の白骨死体を発見』という新聞記事も貼られていた。


 この記事を見た彼は、若干顔が青くなっていた。

 私に会わなかったら、自分がこの記事の様な末路になってしまっていたのかもしれないと考えているようだった。


「大丈夫、君のことは絶対に私が守るから…」

 私には彼を励ますこと位しか出来なかった。


 だけど同時に、私はこの記事と私が以前に聞いたことのあるこの地域にあった民間伝承から、今回彼を山林まで連れ去ろうとした”ナニカ”の正体に気付いた。

 そして、その”ナニカ”は今も山林の奥から彼を狙って確実に近づいて来ていた。


 そのことに気付いた私は、思わず足を止めた。


 そんな私の様子を彼は不安そうな顔で見ていた。

 私は彼の悲しい顔を見た時、この先彼に二度とこんな顔をさせたくないと誓うことにした。

 だからこそ、私は彼に降りかかる憂いを全て絶つことを改めて決意する。


 そのためにまずは山林からこちらへと近づく”ナニカ”との決着を着ける必要があった。


 例え私が人間でなくても、例え彼が成長して私のことを忘れてしまっても、それでも必ず彼にまた会うために、彼を不安にさせないために、私はある約束を彼に提案した。


「ううん、また会えるよ!それだけは絶対に約束する!だから…指切りしようっ!


「「指切(ゆびきり)(げん)(まん)(うそ)ついたら針千本呑(はりせんぼんの)~ます!!」……」

 私は指切りげんまんの最後に彼に聞こえない位の声で小さく呟いた。

 また、彼と会った時に言うための言葉を…。


 それから、私は彼を祭りの会場のすぐ近くまで送ることにした。

 幸いにも、例の”ナニカ”はまだ山林の出口までは来ておらず、彼を見送るまでの時間はあったので問題は無かった。


 それから私は彼と必ずまた会うことを周囲に響き渡るような声で約束するのだった。


 ちょうどその途中で、彼の祖父が彼を見つけたらしく、彼に強烈な拳骨を落としていたのが見えた。

 彼が痛そうに頭を押さえている様子を見て、彼の家族は誰もが彼の事を大切に思っていることを改めて知ることが出来たのは幸いだった。


 だからこそ、私は遠くにいる彼の祖父にも私の姿が見えるようにした。

 将来、彼と結ばれた際には家族とも仲良くしたいと思ったから…。


 それから、私は古い小屋のある山林の辺りまで戻ると、そこには案の定、彼を攫った元凶が山林から出て来ていた。


「ちょうど出て来たところだったみたいね」

「キミハダレ…?アノコハ…ドコ…?」

 ノイズの酷いラジオから聞こえてきた子供の声の様な音を”ソレ”は発した。


「あなたに名乗るほどの名前はないわ。それよりも、どうしてあの子のことがそんなに気になるの?」

「アノコガ…マイゴニ…ナッテタカラ」

「へえ、それだったら私がもう家族の元に案内したわよ?」


 “ソレ”の背丈は子供の男の子程だった。

 顔は本来ならば目と口がある筈の場所は空洞で顔色も土気色で、髪は短くボロボロであった。

 服装は、沙華の着ている浴衣と似た色の赤黒い色をした浴衣を着ていた。


「アノコガ…サビシ…ガッテイルカモ….シレナイカラ」

「そう…でもあなたのその恰好じゃ、あの子も恐がるんじゃない?」


 "ソレ"の着物は所々白い部分があり、よく見ればその赤黒い色は人の返り血が固まって出来た痕だった。


「ずいぶん昔からこの辺りを彷徨っていたのね…。元々は白い着物だったんじゃない?」

「ネエ…オネエチャン…アノコハ…ドコ?」

「……あなたにその呼び方をされても全く嬉しくないわね。虫唾が走るわ…」

「アノコハ…ドコ…!?ドコニ…イルノ…!!」

「それにあなた、会話も碌に出来なくなる程、人に恨みを持ち続けているみたいね…」

 目の前の"ソレ"は苛立たしい様子で私を睨み付けてきたが、なおも彼のことを執拗に尋ねてきた。


 その様子を見て、私は目の前にいる”ソレ”の正体がこの土地に伝わる『彼岸坊(ひがんぼう)』と呼ばれる怪異であると確信した。


 伝承によれば、彼岸坊は親とはぐれた子供を親のいるところまで案内してくれる怪異だと伝わっている。


 だが、伝承がすべて正しいとは限らないし、伝承とは人への教訓として伝えられている場合もある。

 少なくとも目の前の怪異は、子供を助けるような善良な怪異ではないだろう。


「そもそも、捨てられた子供たちの無念から生まれたのなら、普通なら捨てた親や親のいる子供のことを憎らしく思ったり妬ましく思ったりするだろうしね……」


 恐らくこの伝承の起源は『夜に子供が1人で出歩かない様に促すもの』だったのだろうと思う。


 それが、いつの間にか伝承の本質が歪んでしまい、目の前の怪異は今も歪な形で存在しているのではないかと思った。

 普通の怪異ならば、本質が歪んだ状態でも確固たる存在としてある程度の自我を持ち続けることが出来る。

 だが、目の前の怪異は子供を"憎む"という本質とは真逆の認識をされ続けた結果、人とそれ以外の存在すらの見分けもつかなくなるような不安定な存在になったのではないかと私は推測した。


「これじゃ対話も出来ないか…。多分、この怪異の姿を見て逃げ出した子供の話を大人たちが美化でもしちゃったのかな…?」

 子供の話を真剣に聞こうとせずに、子供を怖がらせて親のいる所に帰したという部分だけを都合よく解釈した者がいたのではないか思う。


 つい最近も行方不明者が出ていたこともあり、何処かの若者が面白半分にこの怪異を刺激したのだろう。


「どちらにしてもあなたを野放しにしていたら、あの子にまた危険が及びそうね」

「オネエチャンモ…ボクノジャマヲスルノ…?」

「ええ、少なくともあなたがあの子を諦めない限りはね…」

「ジャア…オネエチャンモ…ボクガ…タベチャウヨ…?」

「それは面白いジョークね?私は人でもないし、あなたじゃ私の相手にもならないと思うけど?」


 目の前の怪異は私に対して殺気を向けて来たけれども、私には怖くも何とも無かった。


 この怪異は、私がわざわざ戻って来たことを不思議に思うことが無かった。

 私が人でない存在だと言っても、私に敵意を向けて来た。

 私がわざわざ気配(ほんき)を隠そうとしていないにも関わらず、明らかに格の違う相手であることに気付かないまま向かって来ようとしてきた。



「気付かないままでも、私や彼に手を出さないと言っていれば見逃してあげたのに…」

 だからこそ私は、私の厚意を無下にした目の前の怪異(しょうがいぶつ)を見逃すことなく確実に仕留めることにした。



 それから先のことは、面白味もない出来事だったので語る程のことはなかった。



 それでもあえて言うのならば、あの怪異は二度とこの世に現れることは無いということだけは言えるだろう。


 些細な邪魔があったのもの、これが私と彼が初めて直接出会った夏の日の思い出である。

彼岸花の様に儚く美しい彼女の正体は、実はちゃんと考えてはいるのですが、この作品では言及を避けて書いてます。

また、書く機会があればさらりと触れるかもしれません…。

次話で最終話となります。

投稿予定時間は8月5日0時の予定です。

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