祭りの夜に
「和モノ夏企画」参加作品にして、拙作「放課後怪談」の外伝です。
今回は恋愛&ホラー(弱)の作品にしてみました。(=゜ω゜)ノ
それでは、お楽しみ下さいませ!
《これは、僕が小学生の頃に経験した話である…。
夏の暑さが厳しくなる8月のある日、僕はいつも一緒に遊んでいる幼馴染を残して、両親と共に田舎にいる母方のお爺ちゃんが住んでいる実家を訪れた。
当時の僕にとって、自分の住む地域以外は何処であれ驚きに溢れた未知の場所という感じだった。
だからだろうか、高いビルが1つも無いお爺ちゃんの住む田舎は何があるか分からない不思議な場所だなという印象だった。
お爺ちゃんの家の周囲には、多少の手入れはされているものの雑草が生い茂っており、近くの山からは沢山の蝉の鳴き声が辺りに響いていた。
木造建築の家は戦前の頃から建っており、廊下を歩くたびに木材がギシギシと軋むため、夜にトイレに行く際には家族の誰かに付き添って貰わないと怖くて用を足すことも出来ない程怖かったことを覚えている。
この場で正直に言うと、僕は当時、田舎に住むお爺ちゃんのことが少し苦手だった。
何でお爺ちゃんのことが苦手だったのかは今でも分からない。
当時のお爺ちゃんは60歳を過ぎているはずなのだけど、背筋もピンとしていて、庭の手入れをしているためか肌は健康的に焼けていた。
加えて、鋭い目付きに精悍な顔つきをしていたため、若い頃には凄くモテていたのだろうなという印象を僕は小学生ながらに思っていた。
何はともあれ、そんなお爺ちゃんのいる田舎に来た当時の僕には密かな楽しみがあった。
それは、夜に近所の神社で行われるお祭りの出店だ。
チョコバナナや金魚すくい、綿あめなどのお祭りでしか楽しめない出し物を両親と一緒に回るのは凄く楽しかった。
後で両親から聞いたのだが、その時、お爺ちゃんも後から付いて来ていたらしく、僕は非常に驚いた。
それは、お爺ちゃんが僕のことを心配していたなんて当時の僕には全然想像出来なかったからだ。
少し前置きが長くなってしまったけれど、これは僕が幼い頃に出会ったある少女との初恋の物語である。
今でも彼女と過ごした夏の思い出は、僕の心を捕らえて放さない…。
当時の僕は両親と共に近所の神社で行われるお祭りに行くために、早めの夕飯を食べてからお爺ちゃんの家を出発した。
そのときの僕はこれから出店の数々を凄く楽しみにしていた。
浴衣を着た人で溢れかえった人混みを父親の手を握りながら、出店を見て回り非常に楽しんでいたことを今でも覚えている。
当時の僕と同年代位の子供たちや、祭りには場違いの髑髏のお面を頭に付けた大学生位の綺麗な男女のカップル、お爺ちゃん位の年代の老夫婦も祭りを楽しんでいた。
僕はその時、凄く幸せな時間を過ごしていた。
しかし、僕はいつの間にか両親とはぐれてしまい人通りの少ない暗い山林近くに来てしまっていた。
気が付くと手を繋いでいた両親の姿は無く、どこかで祭りの笛や太鼓の音が響いていた。
知らず知らずの内に、両親からはぐれてしまったことに気付くと同時に、何故自分はこんな人気のない場所に来たのだろうかと頭の隅で疑問に思った。
だがそのことについて不思議に思うよりも先に、急に1人になったことで心細くなり、僕は「お父さん、お母さん…何処にいるの?」と必死に両親を求めてあてもなく歩き出していた。
暗い夜道を1人で歩く途中、何度か僕の背後から草むらをかき分けて”何か”が近づいて来る様な音がすることがあった。
その度に僕は、音のする方から逃げるように走り回っていたため、さらに自分が何処にいるのか分からなくなってしまっていた。
遠くで祭りの喧騒が聞こえることを除けば、沢山の虫の鳴き声と山林が風に揺れる音しかせず、僕はその場で泣き出しそうになっていた。
その時僕の周りにある生き物の気配は、虫の合唱しかなく、普段からこの近くを通る者は誰もいないのか、人の声は全く聞こえなかった。
加えて、近くに池でもあるのだろうか、泥臭い湿った空気が僕の鼻先を突き抜けていた。
「どうしたの?何か悲しいことでもあったの?」
その時だった。
誰もいないはずの山林で彼女が僕に声を掛けてくれたのは…。
「誰…?」
僕は泣き出しそうな顔のまま、声のする方に顔を向けた。
そこには、僕と同じ年代位の目を見張るような美少女が立っていた。
年齢は恐らく僕よりも少し年上の中学生位で、彼女はお祭りの屋台にあるような可愛い狐のお面を頭に掛けていた。
眼の色は吸い込まれそうな程綺麗な黒で、唇や鼻もそれぞれが完璧な均整の取れたものだった。
髪は肩まで届く位の長さで切り揃えられており、風に流れる様にさらさらとした髪質だった。
髪の色は白かったが、白髪とは違う銀色で光沢のある不思議な髪をしており、その髪を赤くて綺麗な花の簪で留めていた。
肌は暗い夜道の中でもハッキリと分かるほど白く、日焼け1つしていなかった。
服装は髪留めと同じ綺麗な赤い花の柄の浴衣で、足下の鼻緒も綺麗な紅だった。
僕が彼女を見た時、初めて会った気がしなかった。
同時に、彼女はまるでいつも傍にいるような安心感を漂わせていた。
「キレイ…」
僕は彼女を見て思わず呟いた。
「えっ…!?」と彼女は一瞬驚いた顔をした。
でも、直ぐに「ありがとう」と顔を真っ赤にしながら消え入るほど小さな声でお礼を言って来た。
そんな彼女を見た僕は胸が高鳴る想いがした。
これが僕の人生で初めての恋である…。
「それで、君の名前は何言うの?」
先程までのこともあってか、彼女は一段と可愛さの増した笑顔で僕に訊ねて来た。
「えっと…僕は…」
彼女に見惚れていた僕は直には彼女の質問に答えることは出来なかった。
「うん…?あはは、ごめんね!私の方から先に名乗った方が良かったかな?私の名前は沙華って言うの!こういう字で書くの!」
そう言って沙華と名乗った彼女は、近くに落ちていた枝で地面に自分の名前を書くのだった。
楽しそうに自分の字を書く彼女を見た僕は、またしてもその姿に見惚れてしまっていた。
そして、見た目通り彼女は僕よりも年上だと言うこともその後で教えて貰ったが、女性にはあまり年齢のことは尋ねない方が良いともやんわりと注意された。
「ふうん…つまり、君はお父さんとお母さんとお祭りを楽しんでいたら、いつの間にか迷っちゃったんだ…」
僕の自己紹介を終えた後、彼女は僕が迷った経緯を改めて確認し始めるのだった。
「うん、それで困っていたところで沙華お姉ちゃんにあったんだ…」
「沙華お姉ちゃん…!?うっ、その言葉を聞く度に幸せな気持ちが私の胸に響く…!」
彼女は凄く小さい声で何かを呟きながら胸の辺りを押さえ始めたので、「大丈夫?」と僕が尋ねると微笑みながら「大丈夫!」と元気に返答してきた。
それから、彼女は僕をお父さんとお母さんのいる所まで一緒に送って行くと言って、僕の手を握って来た。
僕は嬉しさと恥ずかしさが混ざったような気持ちになって、顔も手も温かくなりながらも彼女の手を離さない様にしっかりと握った。
彼女の手を握った時、最初は少し冷たかったけれど、すぐそのあとに彼女の顔も少し赤くなっているのを見たから、彼女も僕と手を繋ぐのは恥ずかしかったのかなと思った。
そして、彼女と僕は祭りの音がする方向に向けて暗い夜道を歩き始めるのだった。
暗い夜道を彼女と手を繋いで歩いていると、さっきまで不安だった気持ちが嘘のように無くなっていた。
僕たちが歩く先の道は相変わらず暗いけれども、月の明かりもあり、遠くでは祭りの音も僅かに聞こえるし、何より誰かが傍に一緒にいてくれることが僕の心を安心させていたのだと思う。
時折、少し遠くで何かが草むらをかき分ける音や不気味な音が周囲に響き渡ることもあった。
けれどもその度に、彼女はその音の正体が「動物が草をかき分ける音」や「風が山林を吹き抜ける音」だと説明しながら空いた手で頭を撫でてくれたから、僕はそれほど怖がらずに歩き続けることが出来た。
けれども、不思議なことにいくら歩いても両親たちがいるであろう祭りの会場まで辿り着くことが出来なかった。
数十分は歩いているはずなのに、相変わらず遠くに祭りのものと思われる明かりや音がしている状態が続いていた。
「沙華お姉ちゃん…」
僕は不安になって、彼女の手をさらにぎゅっと強く握った。
「うん、分かってる…。さっきから同じところをぐるぐる回っているみたいだね…」
彼女も僕と同じように異変に気付いた様で、そう僕に返事をするのだった。
「僕たち無事に帰れるのかな…」
僕は彼女に会う前まで抱いていた不安な気持ちが再び襲ってきて、彼女と繋いでいる手に力が入った。
「大丈夫だよ、絶対に私が守るから…!それに…」
彼女はそう決意するように呟いてから、僕の手を強く握り返して来た。
僕は彼女がいままでよりも強く繋いできた手の感触に気が向いてしまい、彼女が最後に何て呟いたのかまでは聞き取れなかった。
繋いでいる彼女の手は、柔らかくも温かく、そして頼もしかった。
僕はそれだけで、彼女からこの夜道を歩き続けるための勇気を貰えたような気がした。
そして、僕は足を止めることなく彼女と共にひたすら夜道を歩き続けることにした。
それからは、今までのあった出来事がまるで嘘のように何事もなかった。
相変わらず夜道は暗かったけれども、変な物音も道に迷うことも無く、徐々に祭りの喧騒がする場所に近づいてきていることが分かった。
彼女は堂々と僕の手を引いて夜道を歩いていた。
夜道でも彼女が着ている赤い花の浴衣は綺麗で、僕には頼もしくも思えた。
もし僕に姉がいたら、こんな風に頼っていたのかもしれないとも思った。
今の僕の姿を他の人が見たら、世話好きの姉に喜んで付いて来ている弟の様にも見えていたのかもしれないなとも思った。
けれども僕は、彼女のことを姉の様な存在としてではなく、好きな女の子と一緒に歩いている男の子として見て欲しいという気持ちがあったがどうやってその気持ちを表せばいいのかは、そのときの僕には分からなかった。
「うん!ここまで来れば、あともう少しでお祭りの場所まで着くね!」
そして、暗い山林を抜け、小屋と田んぼのある小道辺りで彼女は元気に言った。
「お祭りの会場の近くにこんな場所があったんだ…」
今にして思えば、本当にどうやってここまで来たのだろうかと言う程に見たことも無い光景が僕の目の前には広がっていた。
祭りの会場まで続いていると思われる直線の小道は、車が1台位しか通れない程の狭さだった。
小道の両脇にはかなりの大きさの田んぼが広がっており、泥の匂いと共に蛙や虫の大合唱が繰り広げられており、最初に迷い込んだ時にした泥臭い匂いの正体は田んぼの匂いだったのだと気付いた。
そして、山林を出て直ぐの所には、古びた小屋と小さな掲示板があった。
小屋の方は、暗くて奥までは見えなかったが、少し埃っぽくて蜘蛛の巣が窓には掛かっていた。
普段からあまり人が近づかない場所なのだろうと僕は思った。
ちなみに掲示板に書いてある内容を彼女に読んで貰ったところ、祭りのお知らせの他に『夜の山林で行方不明者多数、あまり近付かないように』というメッセージや、『山林での度重なる事故のため、捜索活動を断念』『山林で行方不明者の白骨死体を発見』という新聞記事も貼られていた。
もし、僕が彼女に会えずにあのまま山林を彷徨っていたら、この記事の様になってしまっていたかもしれないと思うと背中がゾクリとした。
「大丈夫、君のことは絶対に私が守るからね…」
僕の気持ちを感じ取ったのか、彼女はそう呟いた。
そして僕は、ふと疑問に思った。
どうして、彼女はあんなに暗い山林の奥に1人でいたのだろうか、と。
本当は僕の中で答えが出ていた。
だけど、僕はそのことを口にすることは出来なかった。
それが、会ったばかりの僕が彼女に出来る唯一のお礼だと思ったから…。
それから、僕たちは夜の細い小道を一緒に歩くことにした。
道の先は暗かったが、今の僕は一人ではなく彼女がいた。
「あっ…!」
その時だった、彼女が何かに気付いた様に動きを止めた。
「沙華お姉ちゃん、どうしたの…?」
僕は急に止まった彼女を不思議に思い、そう尋ねた。
「えっとね……お姉ちゃんは、ちょっとこれから用事が出来ちゃった。凄く残念なんだけど、ここで君とはお別れになっちゃいそうなんだ…」
彼女は本当に悲しそうな顔をしながら、僕にそう告げるのだった。
「沙華お姉ちゃん…本当にここでお別れなの…?」
僕は出来ればもう少し彼女と一緒に居たいという気持ちがあり、彼女にそう尋ねた。
「ううん、また会えるよ!それだけは絶対に約束する!だから…指切りしようっ!」
そう言って彼女は手を繋いでいない方の小指を僕の顔の前に差し出して来た。
彼女の指は真っ白で、暗い夜道とは対照的な色合いはまるで輝いている様だった。
「うん…分かった…。じゃあ、絶対にまた会おうね!指切りげんまん!」
僕も彼女の小指に応えるように、空いている方の手の小指を差し出した。
「「指切拳万、嘘ついたら針千本呑~ます!!」……」
暗い夜道には不釣り合いな陽気な約束の歌が周囲に響く。
彼女は指切りの歌の最後に何か呟いていたが、傍にいた僕にも聞き取れない位小さな声だったので何て言っているかまでは聞き取れなかった。
指切りの後、彼女は祭りを楽しむ人の声が遠くで微かに聞こえる辺りまで僕を案内してくれた。
彼女は僕と繋いでいた手を名残惜しそうに離した後、元来た暗い道を少し足早に戻って行った。
「それじゃあ、また今度会おうねー!!」
暗い夜道の中、彼女は僕の方を向きながら手を振っていた。
「絶対約束だよー!!」
僕も元気な声で彼女にそう呼びかけるのだった。
「もし君が私のことを忘れたとしても私は絶対に忘れないよー!」
彼女は歩きながらも器用に僕の声に返答をした。
「僕も沙華お姉ちゃんのことは忘れないよー!!」
僕も彼女に答えるように大きな声を出した。
「オメエ…今まで何処におった!!あいつ等も心配してずっと探しておったんだぞ!!」
その時、僕の背後で聞き慣れた怒鳴り声が聞こえてきた。
「お爺ちゃん!?」
その声に僕が振り向くと、そこには僕の爺ちゃんが腕を組んで鬼のような顔で立っていた。
「しかも、ご近所さんに迷惑になるような大声を出してどういう了見だ!?」
「痛!!?」
その声と共にお爺ちゃんから強烈なゲンコツが僕の頭の上に落ちた。
それから僕は、祭りの後で父と母、そしてお爺ちゃんからこっ酷く叱られることになった。
僕はいつの間にかはぐれてしまい、暗い山林の中で会った沙華という女の子に助けて貰ったことも伝えたが、父と母は混乱していて幻でも見たのだと言って信じてくれなかった。
ただ、お爺ちゃんだけは何かを考えているような顔をしていたけれども、結局僕にはその理由を教えてくれはしなかった。
こうして僕の不思議な体験をした夏は終わりを迎えたのだった…。》