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狂気の刃

さてはて、不気味なことになった。ボクは部屋で下着だけにされて、メイド服に蝶の羽を生やした女中に採寸をうけていた。足や腕、手は全て手袋やストッキングなどで覆われていて、肌は見えず、首が無くて襟の中は真っ黒だった。趣味の悪い人形師が作ったような女中だ。

言葉も発さず、黙々とサイズを測り、その女中はどこかへと、今度は文字通り消えていった。服を着直すと、今度はティーセットと焼き菓子が運び込まれる。アンティーク調のテーブルへ配膳し、また消える。入るときは扉から、いなくなる時はそのまま消える。この館で一番の不思議かもしれない。

起きてから飲まず喰わずで話していたため、用意された椅子へ座り、ありがたく紅茶を頂くことにする。。

多分タリアの好みなのだろう、少し濃い、ダージリン。焼き菓子はスコーンかと思ったら、クッキーだった。元々スコーンが嫌いなのか、それともクッキーになにか思い入れがあるのか。

ともあれ、ゆっくりと考える時間ができた。クッキーをかじると、バターと砂糖の甘さが口に広がり、幸せな気分になる。けれど、どこか物足りない感じがある。ほのかに温かいので焼きたてなのだろうけれど、なんというか、味気ない。出されたものに文句は言えないし、美味しいことは美味しいので構わないのだけれど。

これからどうしようか、とタリア達の話を思い起こす。とりあえず、確実にあの人は大丈夫なのでそこは心配無い。まあ、少しでも危険があるのは気に入らないし、今までも気に入らなかった。それをどうにかできるのならさっさとどうにかしてしまいたいけれど、現実的でないというのも説明された。実際、移動手段が無いし、仮に車が運転出来たとしても道が壊れているとすると意味が無い。その点で言えば、自衛隊に送ってもらうのも難しいだろうし、敵がどんなものかはわからないけれど、ヘリコプターなどの航空機も危険だと予想できる。

結局は徒歩で敵を倒しながら行くしかないので、タリアの提案は堅実なものなのだろう。

それに、道中で人と出会った場合、どうするかも問題だ。この領地はキャパシティギリギリのようだし、かと言って見捨てる事もできない。同じ領主タイプのパラノイアを探すべきか。

用意周到なイースの事だから、食料や医療の払拭は前もって予想していて、対策もとっているはず。となると、それを解決できるパラノイアが一定数居る可能性は大いにある。そこは智恵さんに聞けばわかるだろうか。

少しして、また女中がやってきた。今度は仕立てられた服を持って。時計がないので分からないが、紅茶の冷め具合からは30分も経っていないように思える。早すぎるが、まあ、世界はそんな感じなのだろう。

姿鏡の前に置かれた服に着替えていく。

黒い厚手のタイツ、血が固まったような赤い糸で縫われた黒のショートパンツ、黒いシャツの片側には、同じくどす黒い赤のラインが一本。その上にこれまた黒のコートを羽織り、残されたものはなんだろう、と少し考えた。それだけ白銀色の、細長い棒のようなもの。一周回して眺めると、剣の鞘だとわかった。抜身で置かれていたボクの短剣用に作ってくれたようで、ぴったりと収まり、ショートパンツの右腰に下げられるようになっていた。最後に厚底のブーツを履くと、なるほど、まさしくボクだ。

どういうわけでこのデザインが作れたのかと疑問は残るが、タリアは別に読心術が使えるわけでもないようだし、考えても仕方ない。ちなみに、あとからわかったことだが、提医師がボクの私服姿を覚えていて、それをタリアに話してアレンジしてくれた、とのこと。タリアとは趣味が合いそうなのでいいとして、あの医者は気持ち悪いなあと思った。


一通り身支度が済んだので、とりあえずは外の世界を見てみようと思ったが、この部屋から出ていいのかどうか悩む。タリアの館だし、人の家を勝手にうろつくのは良くない。タリアは少し休んでいればいいと言ってくれたが、さすがに落ち着かない。部屋の中を見渡すと、これまたアンティーク調の電話が目についた。ためしに受話器を上げると、数回のベルの後にタリアに繋がった。どうやら内線電話らしい。

「あら、岬。もう支度は済みましたの?」

「うん。とてもいいよ。ありがとうね、タリア。」

「気に入っていただけて嬉しいですわ。まだそこまで時間は経っていませんけれど、心の準備は出来まして?」

「そうだね、ボクは考えるよりは見て理解したいと思うタイプなんだ。」

理屈や状況はともかく、やることは決まっている。敵を確認して、殺して、人間を守って、なによりあの人と再会する。それ以外はどうでもいいから、別に状況も心の準備も関係ない。

「では案内いたしますわ。智恵と共に向かいますので、少々お待ち下さいませ。」

数秒あけて受話器が置かれる音がする。一応もう一度身だしなみを確認すると、すぐに二人が来た。

「岬ちゃん、似合ってるわね。かわいいわ。」

智恵さんがにこにこと微笑む。やっぱり美人だけど、相変わらずナース服なのが気になる。

「では、参りましょうか。この館は入れ子のようになっていて、わたくしたちの居る本邸の外に自衛隊の方々に貸している外邸がありますの。ちなみに、土地は扇状になっていて、この館はその軸の部分にありますわ。正面玄関を出て茨の森を抜けると、外界へ出ることができます。なので、自衛隊の方々の出動も必然的にこの館とその外縁の臨時基地からですわ。」

「それじゃあ、街は館の裏手って言うこと?街から外へは出れないの?」

「可能不可能で言えば、可能ですわ。ただし街の縁はすべて茨の森で囲まれておりますから、わたくしが道を作らなければ出れませんの。下手につなげば、アーリマンの侵攻を許すことになりますからね。」

彼女の説明からすると、城塞都市のような構造で、城壁のかわりに森が広がっているということらしい。

「ところで岬、あなたは血や肉、死は平気でして?戦いに身を投じるということは、それらを目にする覚悟が必要ですわ。」

振り返り、ボクの目を見つめてくる。無意識に視線をそらしてしまう。ボクは、人と視線を合わせられない。目を見ることはできるが。

「もちろん、大丈夫だと思う。少なくとも、血は平気だよ。・・・手首から流れる血は、舐める程度に。」

「それにしては、目をそらしましたが。」

「・・・ダメなんだ、目は。」

そう言うと、それ以上は追求してこなかった。うん、これが一線。

「さて、今日も戦争は絶好調ですわ。外館へ出れば戦傷者があふれていましてよ。そこにもう一人、パラノイアが居ます。ついでに顔合わせを致しましょう。」

「あの子は、かなり癖のある子よね。でも、いい子よ。」

二人に連れられ、本邸の玄関ホールにあたる部分へたどり着く。

「では行きましょう。」

扉が開き、もう一回り大きい玄関ホールを展望できる、二階のテラスへと続く。

そこはまさに戦場の後方陣地だった。広い玄関ホールには、多数の自衛官が駆け回っている。2箇所にはけが人が横たわり、座り込み、うなだれている。その集団の片方にそっと歩み寄る、異様な少女。

「・・・タリア、あの子は?どうも危なそうだけれど。」

見た目は12歳か13歳ほど。水色の髪は染めているわけではなく、地毛のようだ。つまりはパラノイアだと思われる。けれど、それより目を引くのはその服装で、ヴェールの無い修道服を着ている。白地に青のラインや十字架が装飾されている。ただしそれが隠している面積はかなり狭い。上は胸の中心から、下は臍のかなり下、左右は腰骨のあたりまで菱型に露出している。袖もほぼ紐で釣っているような形で、下は短いスカートにガーターベルトでストッキングを留めている。かなりの露出過多、煽情的なデザインの修道服のせいで幼い見た目に反してとてもいやらしく見えてしまう。両手で握るのは、ガス灯を引っこ抜いたような杖。

「彼女はわたくし達が把握している宣教師の中で、最も強力な能力を持っていますわ。それは狂気がより強いということ。」

玄関が開き、追加で怪我人が運ばれてくる。中には片足を失っているほどの大怪我をしている人まで居て、明らかにすぐ治療しなければいけないほどの重症だ。けれど担架ごと、少女が立つ怪我人の集団の中に置かれる。

「彼女の狂気は、痛みの許容。何度傷つき死にかけても、懲りずに怪我をする覚悟のある者を祝福して、もう一度怪我が出来る身体にしますわ。効果だけ見れば、回復魔法のようなもので

すわね。実際、生きてさえいて覚悟があれば、どんなひどい状態からでもすぐに完治しますもの。けれど、それが正常と言えまして?」

少女が跪き、ガス灯を掲げながら怪我をした自衛隊員を見渡す。それだけで、一瞬のうちに傷が癒えていく。片足を失っていたはずの隊員も、あっという間に五体満足の状態へと戻った。

その再生は淡い光の中で起きていて、どのように治っているのかはわからない。けれども苦痛もすぐに消え去るらしく、落ち着いた顔に戻ってゆっくり立ち上がってしまった。奇跡を見たような気分だが、その治療は狂気によって行われている、と思い出すと、とたんに恐ろしいものに見えてくる。

「っし、根性ある奴らついてこい!もう一発ぶちかますぞ!」

大声を上げて、怪我が治った集団へと叫ぶ男はさきほどまで足を失っていた者だ。破けた迷彩服もそのままに、周囲の隊員をまとめていく。

「・・・あの人、何?」

ボクはそっちのほうが恐ろしく思えた。なぜ立ち上がった?なぜ、まだ戦う?狂っていないはずなのに、正気の瞳をしているのに、その行動は狂気のはず。

「彼らは士気高々に勇ましく、彼女の祝福の元戦い続けていますわ。彼らの心は、残念ながら狂っているわたくし達には分からないでしょう。岬、彼らの戦いに参加しまして?」

少し挑戦的な笑みを浮かべながらボクに問いかけてくるタリアは、ボクの答えをとっくに予想しているようだ。ボクが敵を殺すことに、ボクの意志以外の理由は要らない。だから彼らと共に戦列に並び、彼らよりも勇ましく、敵を屠ろう。

「もちろん。今すぐにでも、敵を殺すよ。誰かを守るためなら。ボクの大切な人のために、ボクが行動するためなら。」

タリアが二階のテラスから自衛隊員を見下ろす。

「戦士の皆様、一度手を止めてくださいませ。新しいパラノイアがいらっしゃいましたわ。彼女は騎士、敵を殺す必殺の刃を持つ、狂気の子。彼女を戦いへ加えるという者は、わたくしの

元へといらっしゃい。」

その声で、下の階にいた自衛隊員全員がボクを見る。少し恥ずかしくて、俯いてしまった。

「お嬢様、私どもがこれより再度の攻勢を仕掛けます。どうかその力を貸してくださるよう、お伝え下さい。」

先ほど叫んでいた男が下から叫び、階段を駆け上がってくる。目の前で立ち止まり、綺麗な敬礼をしたその男はかなり若かった。20代中盤くらいだろうか。迷彩服と筋肉質な身体を除けば、どこにでもいそうな普通の青年だ。瞳に宿る力を除けば、私服で居酒屋にでも居ればすぐに見失いそうなほど平凡で、それなのに命がけで戦っている。

「えっと・・・。その、タリアが言うほど力になれるかはわからないけど、ボクがその騎士だよ。」

自衛隊、むしろ軍人を前にして、ボクはしどろもどろになる。生きている世界が違うのが、とてもよくわかったから。夏休みに見る、日本が戦争していた時代の映像に映る軍人。それが目の前に居ると言えばわかりやすいかもしれない。死への恐怖はある。けれど、それを超えても成し遂げなければいけない事がある。意志で、決意で恐怖を押しつぶし、戦いへ身を投じる。

そんな強い人間。ボク達のように、弱さで狂ってしまった者とは違う。

「はっ!なんとお呼びすればよろしいでしょうか!」

敬礼を崩さずにはきはきとしゃべるかれに気圧されて、ついに一歩たじろいてしまう。そこにタリアが助け舟を出してくれた。

「岬、パラノイアは名前が存在を表しますわ。あなたの名前はあなたが許す人しか呼んではいけないでしょう?苗字ですら、同じ狂った者同士でしか呼び会えない忌み名ですわ。ですから他の人たちは、わたくし達にあだ名をつけて呼びますの。」

説明されて、彼のいいたいことが分かった。確かに、ボクとタリアはお互い許しあった上で呼び合っているし、彼はタリアをお嬢様と呼んでいた。パラノイアの名前は、軽々しく呼んでいいものではないのだろう。言われてみれば、彼らに岬さんとか呼ばれるのは、何か違う。

「好きに呼んで構わないけれど・・・。どうしよう、全然考えていなかったよ・・・。」

そう言うと、視線だけでボクを眺めた後、にこりと笑って

「では、ステラではいかがでしょう。その剣はスティレットのように見えます。なので、ステラと。」

「ステラ・・・うん、じゃあ、それで。あと、敬礼はもう崩していいよ。それと、ボクには敬語を使わなくていいよ。ボクもこうだし。」

「あ、そう?ありがとう。じゃあ、さっそくだけれどいいかな、歩きながら説明するよー。」

急に態度を崩して、また戸惑う。けれど、少し親しみやすくなった気がする。少しだけ彼に興味も湧いた。タリアに声をかけてから下の階へ降りながら彼に話しかける。

「そういえば、名前は?」

「山下だよ。一応陸曹・・・って言っても分からないかな。軍曹みたいなもん。」

「軍曹・・・じゃあ、ちょっと偉い?」

「まあ、ちょっとはねー。」

そこで、先ほどの少女がてとてととボクの元へと駆けてくる。一応顔合わせということだろうか。

「ネフシュタインちゃん・・・これもあだ名だけど、が用事があるみたいだね。俺は部隊の再編をしてくるから、一旦下がるね。」

気を使ってくれた彼が離れると、少女はボクをじっと見ながらぽつりとつぶやく。

「・・・れな。」

恐らく名前だろう。

「ボクは岬灯花。一人のために灯る花。」

「愛ヵ零無。ぜろ、なし。だかられな。みさきのせかいのなまえは?」

舌足らずな口調で問う内容は、何か深い意味があるようだ。

「・・・それは、どういうことかな。」

「わざのなまえみたいなの。こころのなまえ。れなは、「死なない他殺-おもいでをもういちど」。たりあは、「茨の森の魔女-ゴシックメイジラビリンス-」みさきのせかいは?」

心の名前。それはきっと、自分の狂気をより明確にするもの。ボクの狂気。あの人との日々は、痛みと共にあった。心が傷つき、その分自分で身体を傷つけ、いつのまにか、区別がつかなくなった。いつのまにか、痛みを求めるようになった。その傷は、ボクの狂気の証。だから。

「虚飾の聖痕-きずなはいたみ-」

そう言うと、れなは嬉しそうに微笑む。

「みさきも、いたいのはしるしなんだ。いっしょだね。」

それを言い残して、また負傷者の元へと歩いて行く。入れ違いに5名の隊員を連れて山下さんが戻ってくる。ボクの隣に立ち、館の外へ出るよう促しながらふと思いついたように話しかけ

てくる。

「ステラはなんで戦うの?」

まあ、確かに当然の疑問だろう。答えは決まっている。

「ボクの大切な人が、人が傷つくのを悲しむから。だからボクが人を助けて、胸を張って会いに行くんだ。・・・山下さん達は、なんで戦うの?こんなに酷い状況なのに。さっき、足、な

くしてたでしょ?すっごく痛いんじゃないのかな。」

興味があったのは、そこだ。れなの祝福は、痛みを恐れない人にのみ効果があると言っていた。だったら、彼はまた足を失ってもいいと思っているわけで、そんな苦痛を繰り返すくらいなら、逃げ出すほうがよっぽどまともだと思う。

「あー、まー最初はそりゃ死にたくなかったけどさ。というか、今もそうだけど。怪我はネフシュタインちゃんが治してくれるし、乙女ちゃん達・・・ああ、乙女っていうのがあだ名の騎士の子が居てね、そういう子が戦っているの見てたら、ここでやらなきゃ男が廃る!って感じで盛り上がっちゃって、あとは勢い。俺らが戦ってもどうなるってわけじゃないけどさ、やっぱこういう時ってかっこ良くキメるものじゃん?」

「・・・呆れた」

「素直に言ってくれるねー。まー、男が戦う理由なんてそんなもんでいいんだよ。女の子が笑っていられるようにするとか、かっこつける、とか、仲間のため、とか・・・意地、プライド、あとは名誉とかそんな安っぽい理由で命張って、男は俺らのずーっとご先祖達の時代からいろんなものと戦ってきたわけ。実戦やってわかったことだけどね。」

そう言う彼の瞳には、狂気のかけらも無い。

「ステラも、誰かのために行くんでしょ?お嬢様だって、高いところに立ちたいから、って民間人とか俺らを保護してるけどさ、別に保護する義務なんてないんだよね。だけどしてる。多分言ったって否定するだろうし、気付いてないんだろーけど、優しいんだろうねー。」

「ボクは、ボクのためにあの人のために戦うんだよ。別に、あなたたちのためじゃないよ。」

「そう?まー、とりあえず、行こうか。」

そうして館を出ると、沢山の戦車とか装甲車とかが並んでいる場所に出る。そこから二台の車両がボクらの前に乗り付けて、一台目の装甲車にぞろぞろと自衛官達が乗り込んでく。二台目

のジープにはボクと山下さんが乗って、山下さんは運転席、ボクは助手席になった。

「別に変な意味は無いよー。色々説明しないとだからね。」

「わかったよ。連絡はつくの?」

「短波無線ならなんとか。長距離になるとなぜかダメだねー。敵が何か仕掛けをしてるんだと思う。」

そうして車両が走りだし、同時に山下さんの説明が始まる。

「現在、物資回収任務についていた車列が敵に襲われて、なんとか防衛線まで退避出来たとこ。でも、敵が撤退しなくて、防衛線での戦闘が行われている。敵はマインドレスって言われている、アーリマンが操作していない無人兵器が多数。それと、どこかにその生産工場になる敵拠点が構築されたみたい。無人機の指揮を取っているアーリマンが入っている、インマインドっていう敵は姿を隠しているみたい。敵の情報は、これを読んで覚えて欲しい。特にインマインドはステラが倒すべき相手だろうから、入念にね。」

そういって紙束を渡される。表紙には「敵精神生命体兵科情報・第六種接近遭遇時の各種対策要項」と書かれていて、このあたりはお役所仕事っぽい。

「中身は俺ら実戦要員がまとめたから、わかりやすいとおもうよ。」

そう言われて一枚捲り、写真付き図鑑のような資料を読んでいく。


・ランサー[マインドレス]

人型で1.8mほどの大きさ。基本的な移動速度は人間の徒歩程度で、最速でも人間の全力疾走には及ばない。槍状に尖った両腕部で刺突攻撃を行う。攻撃の単調さから、一対一ではバッドなどの武器を持った民間人でも対処が可能。基本的に群れで行動する。二酸化ケイ素が主成分であり、衝撃に弱く脆い。


・ガンナー[マインドレス]

両腕部が滑腔砲状になっており、周囲にある瓦礫などを無差別に打ち出す。射程、攻撃力は打ち出されたものの重量、硬度によって変化し、場合によっては致命傷たりえるため早期排除が望ましい。ランサーと共に行動し数は少ないが、稀に単体の群れを組む。その他の性質はランサーと同様。


・クリーナー[マインドレス]

手の平ほどの大きさの甲虫のようなタイプで、人間を襲う事はなく死肉や汚染物質などを体内へ取り込み、分解、無毒化を行う。イースの協力者の情報では、疫病や汚染により長期間苦しんだ人間は精神も同様に病むため、彼らの言う所の収穫(殺害による魂の回収)量の減少に繋がる。それを防ぐために生産されているものと考えられている。現時点で原子力発電所の崩壊や、化学工場の大規模な火災などが引き起こされていないためこれらにも関与していると考えられるが、混乱のため明確にそれを観察された事実は無く、もっぱら死体を食べるスカベンジャーとして認識されている。接近遭遇初期において、多くの民間人がその様子を目にしたために「死んだ後、肉体を食べられる」という恐怖心から積極的に領主型パラノイアの元へ保護された経緯を持つ。



・ベース[マインドレス]

ランサー、ガンナーを生産する敵簡易拠点。通常この拠点を発見し排除することで敵の侵攻を抑えることが可能であり、重要目標とされている。小銃弾ではダメージを与えられないため、迫撃砲弾や成形炸薬弾、対戦車榴弾などの火力により破壊する。位置は建造物内や障害物に隠れて存在しているため、ランサー、ガンナーの流れから予測する。ベースの破壊により敵は撤退する。


・コンダクター[インマインド]

空中に浮かぶ天使型の多腕種。全長約6メートルで、腕は4本から最大8本までが確認されている。腕部はガンナーのような砲身タイプと人間のものと同様の形状のものが確認されており、どちらか、あるいは両方を持つ。光輪にあたる部分によりマインドレスを制御していると考えられる。通常は透明化しており、位置を発見することは困難。光輪を破壊することでマインドレスの統率を崩すことが可能だが、効率的ではない。対物ライフル以上の火力でダメージを与えられる。周辺ベース、もしくは光輪の破壊の他、身体の半分以上の損害を与えることで撤退させることが出来る。


・ゴーレム[インマインド]

人型の巨大種。全長約6メートル。ファンタジー作品に登場するゴーレムと同様の形状。浮遊しているコンダクターと違い、地上を徒歩で移動する。移動すること自体が破壊に繋がるほどの重量と堅牢さ、力を持つが、主に建築物や障害物の破壊を行う。ただし、人類に対する攻撃はその破砕能力のみであり、単純な脅威度は低い。対物ライフル以上の火力で対処が可能であり、特に脚部へダメージを与えることで移動能力がなくなり、著しく戦闘力を奪うことが出来る。戦闘継続困難となることで撤退する。


・ハンプティダンプティ[インマインド]

無数のパネルを重ね、卵型にした形状。大きさは縦3メートル、横最大2メートル程度。パネルを子機として操り、主に人類の殺傷を目的とする。子機の数は500枚近くに上り、それを時速90kmほどの速度で飛翔させ、直接の斬撃により攻撃する。パネルは脆く拳銃弾から対応できるが、数、速度の問題で単体の対処は不可能に近い。普通科のみの部隊で遭遇した場合は弾幕にて子機を破壊することが重要。おおむね7割以上の子機を破壊することで撤退させることが出来る場合が多い。本体は球状であり、防御力は極めて高く、また複合装甲のような性質を持つことが確認されており、成形炸薬弾、装弾筒付翼安定徹甲弾などの対戦車砲弾でも即時撃破は難しく、更に若干の自己修復能力も持ちあわせており、撃破には短時間による連続した砲撃を要する。木材、石材、金属などに対する攻撃力は低いため、建造物を盾にし敵の攻撃を防ぐことが出来る。建築物の廊下などに避難し、複数人で火力を正面に向け子機を破壊する手

段は有効である。

総合的に見て、現状最も民間人への脅威度が高い存在のため、最重要標的の一つとされる。



そんなふうに図鑑が続いた後、写真が無く文章のみのページを少し挟んでつらつらと有効な戦術とか民間人の避難誘導についてだとか、ボクにはあまり関係のない話にかわる。一応ざっと流し見ても、これを提示すれば街の物資を回収していいよ、みたいな許可証や、火事場泥棒相手の対応とか、そんなのばかりだ。結局、役に立ったのは最初の図鑑くらいだが、とりあえず人間に擬態している敵が居ないようなのは良かった。智恵さんを見たせいで、人と区別が付かない場合どうしよう、と思っていた

所だ。

敵はほとんど灰水晶のように濁った白で、インマインドは金属的な光沢が混ざっていたり、鉱石のような部分があるのが特徴らしい。例えば、コンダクターの光輪は真鍮のように少し鈍い

金色をしていて、ハンプティダンプティはパネルが剥がれた状態では上下を区別するためか、上のほうは翡翠状に色づいて居て、質感も少し違う。もしかしたら、殺した後にそこを削れば

翡翠の原石になるのかも。

一応、宝石は興味がある。けれど産出したものじゃないから、あまりロマンはないのかなぁ。まあ、装飾品に使えるとしてもそのうちすぐ供給が上回りそうだ。

「そろそろだよ。」

山下さんの声で顔を上げると、茨の森が途切れて壊れた街に入った。森沿いは瓦礫がある程度撤去されていて、戦車やテントがある。その先に瓦礫や鉄条網を使った防衛線があるようだ。

「一応もう一度聞くけど、本当に戦うの?」

「もちろん。」

即答すると、わかった、とだけ言ってそこでジープを止める。先を走っていた装甲車も停車していて、既に中から自衛隊員が出てきていた。

「戦車は戦わないの?」

ふと疑問に思って聞くと、聞いてほしくないことを聞かれた、というように苦笑いをしながら

「弾が高いし、壊れてもそうそう修理出来ないからねー・・・。少なくとも今回は出番無し。もちろん戦う時は戦うよ。」

「ふうん・・。さっきマインドレスがほとんどって言ってたけど、それはこれに書いてあったやつ?」

紙束を返しながら確認する。

「そうだねえ。多分どっかにコンダクターも隠れてるけど。まあ、何度かパラノイアの子が戦っているのは見てるからそうそう怪我はしないってわかってるけど・・・、一応、俺らの班と

一緒に行く?」

「んー、大丈夫。ボク一人で行くよ。なんとなく自分の身体がどのくらい動かせるかわかるし、多分平気。」

「なら止めないけど、気をつけるようにしてなー。一応交戦中の奴らには無線で伝えとくけど、くれぐれも流れ弾には気をつけてね。じゃあ、また後で。」

そこで会話を切り上げて、山下さんが車を降りて先に待っていた隊員と合流する。ボクも助手席から降りて、ふと車の鍵はいいのかな、と思ったけどよく考えたら盗む人なんて居ないのか。

「さて、いきますか。」

とりあえず、目指すは最前線。そもそも武器は短剣だし。スッと息を吸ってから、一気に走る。うん、「出来る」と思ったことは出来そうだ。智恵さんから聞いていたけれど、実際に動い

てみてはっきりわかった。車が止められた後方から、瓦礫の山まで目測で600mとかそこらだろうか。それを簡単に全力疾走で駆け抜ける。この調子なら、アニメのように建物の側面を蹴って高所まで飛んだり、逆にビルの屋上から飛び降りても怪我なく着地することも出来そう。以前の、やってみなければ限界がわからない身体じゃない。出来ることがよく分かる身体。実に

便利。

防御陣地はなだらかにカーブして、おそらく円状にタリアの領域を囲っているようだ。500mも走ると塹壕が掘られていて、自衛隊員が戦闘を行っている。一度立ち止まって様子を見ると、灰水晶色の敵が障害物を乗り越えて押し寄せていて、更に車両の通行用に瓦礫が途切れている箇所から敵が押し寄せてきている。敵の動きが遅ため、自衛隊の人たちの射撃は十分に狙って撃っているようだ。戦争映画のようにバリバリと弾幕を張っているイメージだったのだが。

「ちょっ・・・あんた、突っ立ってると危ないぞ!?」

どこからか声がして、それと同時に脇腹あたりに殴りつけられたような衝撃が走りふっとばされる。なにか起こったのかと立ち上がろうとした途端、誰かに塹壕内へと引きずり込まれた。どうやら後列の塹壕のすぐ側に飛ばされたようだ。

「あんたパラノイアか!?怪我は!?」

「痛かったけど、もう大丈夫・・・特に無いみたいだね。」

「人事みたいに・・・。参戦しに来たにせよ、遊びに来たにせよ、戦場で突っ立ってるバカは邪魔だ!パラノイアだからって無敵じゃないし、それともお前は攻撃されても構わないわけか!?」

ボクを引きずり込んで怒鳴った人は、四十歳くらいだろうか?いかにも軍人といった顔のごつごつしい顔つきをさらに怒らせてている。

「ううん、そうじゃないけれど・・・というか、さすがに腹がたったけど、今のは何?」

「ガンナーの砲撃だ!普通の人間だったら良くて重症、悪くて瀕死、最悪即死だ!」

「ああ、そういえば図鑑にあったね。砲撃って書いてあったから、居れば音でわかるかなって思ってたよ。」

なんの発射音も無かったから、てっきり居ないのかと思っていた。あるいは銃声に混ざっているのかもしれないけど。

「奴らの発砲は無音だ。ついでに言うと、ガンナーが出てきたら俺らは一旦頭を引っ込めて、後方の奴らに叩かせる。ガンナーは上から狙ってきてせいぜい120mくらいが射程だからな。」

言われて塹壕内を見ると、他の自衛隊員も塹壕の中で弾倉を交換したり、補給を受け取ったりしている。すぐに誰かがガンナー排除確認、と叫ぶと、それが伝言ゲームのように広がりつつまた戦闘を再開した。

「確か、敵は拠点を潰せば逃げるんだっけ。」

「ああ。今別働隊が迂回して敵の偵察をしている。拠点が見つかり次第迫撃砲で吹き飛ばす算段だ。」

それは自衛隊にとっては勝利かもしれないけど、ボクにとっては不都合だ。敵を殺すのが目的だから。

「・・・山下さんから聞いたんだけど、弾薬も節約しないといけないんだよね?」

「使う時には使う。でなけりゃ俺らが死ぬからな。」

「ならさ、ボクが敵を殺すよ。そうすれば弾の節約にもなるし、アーリマンも最低一匹は減るよ?」

簡単な話だ、意志のあるものが戦う、力のあるものが戦う。それは、彼ら自衛隊もそうだろう。彼らは自分の意志で自衛隊員になり、自分の力で戦っている。だったら、ボクが戦う理由と意味も、彼らと同じものになる。そして、ボクは彼ら以上の力を持っている。

「万が一しくじったらどうする?」

「万が一?確率がボクをマトモにできるなら、とうの昔に治っているよ。ボクの狂気が負ける、そんな奇跡があるのなら、ボクはなんで苦しむ必要があったの?」

ボクが狂い続けている。それはどうしようもない事で、正気に戻るなんて不可能だ。自分が考えた限りのすべての可能性は、総じて救いのないものだから。過去を悔いることも、過去から逃げる事も許されない。未来に期待する事も、未来を想像する事も諦めた。だから狂って、だから止まった。立ち止まっているかぎり、ボクは死ぬことも無いし正気に戻ることもない。立ち止まってしまったから、ボクは狂っている。

「矛盾している限り、ボクはしくじらないよ。正気に戻った狂人は居ない。正気に戻ったように見えたら、それは狂った上で更にそういうふうに狂ったか、元々狂って居なかった。」

「ちっ・・・。何が日本は平和、だ。そこらの紛争地域の奴らのほうがよっぽど平和な頭をしてる。あんた、あだ名は?」

「ステラ。山下さんにつけてもらったよ。」

「またあいつか・・・。ステラねぇ・・・。よし、わかった。あんたが逆立ちでもしなけりゃ、人間は負けなさそうだ。無線で他の奴らに連絡しろ!別働隊は撤退、俺らは稜線を超えてきた敵だけ狙う。ステラの武器はその剣だな?バリケード向こうまで切り込んで、敵のベースを破壊しな。マインドレスを倒してりゃ、増援が一定方向から来るのがわかるはずだ。その先にベースが居る。」

最初ボクが戦うのを渋っていたのは、試すためか、それとも一応止めたという事実が必要だったからか。まあ、許可されたのでいいとしよう。

「うん。コンダクターは?」

「それはわからん。一応周囲にマインドレスを集めて防御しているはずだが、実際戦ったのは初日と2日目くらいだからな。あとは極力逃げて、こういう場合はさっさとご退場願う。」

「消極的だね。」

「慎重と言ってくれ。ともかく、残念だが俺らの部隊全員がステラと連携するのは難しい。お前さん一人で戦う事になるが、本当にいいんだな?」

「もちろん。じゃあ、いってくるよ。」

彼の返答を待たずに、塹壕から飛び出して瓦礫のを一気に駆け上がって、向こう側を見渡す。たくさんの敵。そして、壊れた街。無事な建物も多いが、それがむしろ死角を増やしている。

幸い、周囲はあまり瓦礫がない。自衛隊が撤去したのもあるだろうし、元々田舎なのでほとんどの建物はせいぜい2階建てのため、極端に入り組んでいる事もない。

向こう側から瓦礫を登ってきたランサーが、マネキンのようにのっぺりした顔をこちらに向ける。敵意も何もない、機械のようなそれ。マインドレス、とはよく言ったもので、生き物の

ように動いている癖に、心が無いとはっきりわかる気味の悪さ。ふっ、と息を吐いて、剣を抜く。


心の中を思い描く。自分の世界を、世界にねじ込む。

この短剣は敵を殺す。心を傷つけ、慈悲無く刻む。

ボクの世界は、二人だけ。

あの人を傷つけるものは全て殺してしまえばいい。あの人が望まなくても、ボクはそうしてしまうだろう。

左手首に刻んだ証、自分でつけた虚飾の聖痕。

「虚飾の聖痕-きずなはいたみ-」

ざくっ

と、世界を刻む感覚が全身に伝わる。

右手に握った短剣を手近なランサーに突き立てる。首を突き崩し、グラついた身体を蹴り飛ばす。ガラスの人形を砕くように、ブーツの底で敵が砕けた。これならなんの危険もない。こん

なに簡単に、あの人の居る世界を守れる。

瓦礫を発射台に、思い切りジャンプする。敵のど真ん中に着地をすれば、それだけ効率的に敵を壊せる。加速した思考は、空中ですらしっかりと何をすべきか考えられる。空いている左手にも武器が欲しい。それはどんなものがいいか?威力よりも、数で挑む。リーチがあって、替えがきく。握りこむと手品のように、カミソリが4本現れる。ボクの使い慣れた、使い捨ての刃物。着地先に密集する敵に投げつけて、貫く、と言うよりは引き裂くように敵を捌いた。4体のランサーが居た場所は、ボクの着地地点になる。二つに裂けてもう動かないランサーを、更に踏み潰しながら着地。まるでボクの体重が重いみたいじゃないか。お前らが脆いだけなのに。そもそもからして、そんな敵の群れに突っ込んだら全然見通しが聞かなくなった。

ボクはたいして背が高くない。むしろ低い。ブーツで上げても全然低い。それが180cmもある人型に囲まれたらあっという間に埋もれるに決まってる、例えば男の人だったら、満員電車で小柄な女性が息苦しそうにしているのを見たことくらいあるだろうし、自分が小柄だったらそのいかにイライラする状況はよく知っていると思うけど。

つまり、ランサーは大きいせいで、余計にボクは気に入らない。下顎から短剣を突き刺し、脳天まで貫通させる。一応、頭を壊せばそれは致命傷になるらしい。半秒遅れて全身が砕けて崩れ落ちた。そんなのには目をくれず、振り向きざまに左手に新しく作ったカミソリで敵を切る。短剣は突き崩し、カミソリは切り刻む。こうやってわかりやすく使い分けられるのは、それがボクの世界だからだろう。

「ふっ!」

切った勢いをそのまま乗せて、カミソリを投擲し三歩先の敵の頭を切り落とす。そこへ踏み込んで短剣で右の敵を壊して、左の敵に蹴りを加える。離れて見ればボクが踊るだけで周りのマネキンが崩れるように見えるだろう。遅れて反応した敵が、その槍状の腕を突き出してくる。移動自体は遅いけど、攻撃はかなり早いみたいだ。でもボクはそれより早くて、切っ先が重なるように短剣をつきだしてばりばりばりっ、と腕を串刺しにする。そんな脆いくて意志の無い槍で世界をどうにかしようだなんて、あまりに無意味だろう。

切る、突く、切る、突く。

突然ばすんっ、とランサーが吹き飛ぶ。同時にボクの身体に衝撃が走って、危うく両足が地面から離れそうになるのを後ろにいたランサーに短剣を突き刺す反動で防ぐ。ちょっと痛い。一直線に開いた射線の先に、空虚な砲身を向けたガンナーが居た。腕を下ろす事無く、すぐに補充されたランサーの影に隠れていく。どうやらランサーに隠れて、ランサーごと撃ちぬいて来たらしい。確かに常に奇襲になるし、特に一発目は避けられないだろう。まさか味方ごと撃ちぬくなんて誰も予想しないだろうし、一発喰らった人間はきっとすぐに串刺しにされておしまいだ。だから図鑑にも書いていない情報で、つまり敵の必殺技。

けれどボクは大丈夫だ。

だってもう人間じゃないし。意識の外から攻撃されたから痛かったけど、もちろん怪我もなければもう痛みも残っていない。あとで自衛隊の人に教えてあげようと心に留めて、さっきガンナーが居た方向へ、全身をばねにして跳躍する。地面すれすれを飛びながら、正面に構えた短剣で何体ものランサーをほぼ体当たりに壊していく。ガラスが沢山、同時に割れる、煩くて、でもどこか小気味良い音を聞きながら着地して、予定通りガンナーの目の前に踊りでた。

「ライフリング彫ってから出なおして来るんだね。」

ざんっ。

ガンナーの頭を切り飛ばし、真上にジャンプ。その瞬間ボクの居た場所には無数の瓦礫や鉄パイプが殺到する。一匹を囮に使って、周囲からの集中砲撃。身をひねりながらカミソリを投げて、それらを打ち出したガンナーにお返しをする。着地をしつつ、もう一度周囲の敵を殲滅すると、ガンナーに巻き込まれた分もあり敵が一気に減る。同時に敵の動きに流れが生まれ、自衛隊の陣地を背後に右斜め前方面から敵が多くやってきた。

つまり、ベースはその方向にある。

目標が定まればそこへ進むだけでいい。敵の群れの流れに逆らい、すれ違いざまに壊しながらその方面へと駆け抜ける。すぐに怪しい場所が見つかった。被害が少ない一軒家のガレージ。

土地の余っている田舎だから、少し裕福で昔からそこに住んでいる家は結構ガレージを持っている。庭にしても余るし、売ろうにもさして値段がつかず、更に売ればそこに家が立つことに

なるため結局余るスペースが出来るからだ。そのため、お金があれば少しいい車を買って、シャッター付きの車庫にする。

話がそれたが、そのガレージのシャッターが開いていて、中は昼間だと言うのに日が射していないように暗い。

短剣を構えなおして、一呼吸。

この短剣は壊して殺す。一撃必殺の殺意の結晶。貫かれた者は絶命する。

「ふっ―――!」

塀が崩れている場所から、一気にそこへ飛び込んでいく。ガレージへ入る瞬間は、そこからランサーが姿を現したタイミングだった。それと一緒に、固いものを突き刺す感触。画鋲を壁に刺した時みたいな、一瞬の抵抗から、ずるり、と吸い込まれるようなあれだ。ランサーはそのまま砕け散り、そして中にあった・・・いや、何かを殺した、そんな確信があるから・・・居た、ベースは生命を失った。

恐らく、そう感見えないだけでベースはインマインドだったのだろう。自衛隊員も、砲撃などの間接的な手段で破壊していたため、「殺した」という手応えが無く、「壊した」と勘違いしていたんだと思う。これも訂正しとかないとな、と思うと、周囲の敵は一目散に逃げ出していた。というか、逃げる?あれらは間違いなく命を持っていない。撤退するとは聞いていたが、逃走する、とは違うはず。つまり、逃げているというより、何かが逃げるのを補助するために背中を向けてまで走っている。

そして逃げる存在といえば、ボクがアーリマンを一匹屠った上で、それを危機と感じて逃亡するとすれば、そこに目当てのコンダクターが居る。

最高に間抜けな奴らだろう。陽動の可能性もあるけれど、逃げるのならそっと逃げればいい。でもわざわざ特異な行動を取るのなら、そこに意味があるはず。十中八九、インマインドが居る。それがコンダクターなのか、それともハンプティダンプティが待ち構えている罠なのか。どうせ殺すから、大した変わりは無い。敵の流れの先へ、さっきベースへ向かったときのようにマインドレスを切り崩しながら突き進む。

その先に、テルシオに似た陣形を組んだ集団があった。ガンナーの一斉射撃。身を捻って

かわして、よけきれないものは短剣で弾く。コンダクターが明確に指揮を取っているなら、この陣はそれを守るためのものだろう。第二射はジャンプで避けて、その陣へ突っ込む。ランサーが槍を突き出して防御を図る。上も後列のランサーが両腕を上げて剣山のような槍衾を作っている。第三射撃、短剣を振りぬき、なぎ払う。簡単、容易、そして稚拙。単騎突撃なんて愚策にみえるかもしれないが、ボクにおいてはそれは違う。敵の攻撃が自分のみに向かってくるものなら、いくらでも対処のしようがある。集団戦同士なら、戦列を崩された場所が弱点になり、そこに攻め込めば勝てるだろう。

少数の人間相手なら、砲撃のみで対処が出来る。けれど、残念だけど人類はそれを500年ちょっと前にやってるし、これが戦車相手なら豆鉄砲にもならずに轢き潰されるのがオチだ。そして、ボクは戦車よりも強いはず。あまり格好いい方法ではないが、手近な瓦礫から元、家の壁らしき木の板をひっぺがして、更に崩れたブロック塀から突き出ている鉄の棒を引っこ抜き、力任せにコの字型に曲げて板にぐりぐり突き刺す。まがりなりにも建材として使われている板だ。田舎の木造建築バンザイ。なぜなら分厚く、硬い

から。

それを盾に、戦列へもう一度突撃する。敵の砲撃は、その質量と衝撃が破壊に繋がる。つまり貫通力なんて無いに等しい。本で読んだ知識が確かなら、5cmの硬質な板で小銃弾を防げる。持っている板の素材は分からないが厚みは5cm以上ある。少なくとも貫通はしてこないはず。第四射。多数の砲撃による衝撃はかなりのものだが、板は多少きしみ、所々がこちらがわに裂けかけているがまだ大丈夫。金属の砲弾も、少し斜めに構えた事と木材の繊維質で食い止めたようだ。そして、その頃にはとっくにボクは敵陣に肉薄している。

盾をフリスビーのようにぶん投げて敵の戦列に穴を開け、一瞬で短剣を鞘に戻して両手に作ったカミソリを四方八方に乱投する。崩れた戦列は即弱点となる。それが密集した陣形の欠点。

敵陣の中に入り込んだボクに、ランサー巻き添えの砲撃は行われない。少々考えの足りないインマインドは、自分を守っているランサーを自分で削る事に躊躇し、その隙は致命傷となる。戦陣後方、不可思議に開いた空間。周りにはランサーの槍衾。ここに居ますと言っているようなものではないか。

手近なものを掴み、引きちぎって投げつける。あっ、これランサーの腕だ。

投槍のごとく飛んで行く、肩のあたりでねじ切れたランサーの腕。こいつら、いっそロケットパンチみたいに腕を打ち出せばいいんじゃないかな?ガンナーより厄介な存在になるだろう。

空中に突き刺さり、ぱりん、と空間にヒビが入るような音がする。そして景色が崩れるようにして姿を現した、巨大な敵。

毒々しく虹色に輝く光輪は、天使の輪というよりレコードのような形。それを頭上へ浮かべ、6本の腕を広げる異形。4本は砲身、2本は腕。ボクの投げたランサーの腕はすねのあたりに刺さっているが、ダメージにはなっていないようで偉そうに浮遊している。一応翼もついているため、天使といえば天使だけれど・・・。なんというか、腕が多いから気色悪い。ついでに飛んでいる生き物は嫌いだ。せいぜい虫なら許せるけれど。感想はともかくとして、敵は逃げることを諦めたのか、それともここでボクを排除しようと思ったのか、ボクにはソレの心は分からないけど、とにかくゆっくりと砲身をこっちに向け、一瞬の間の後攻撃を開始した。

まず敵の大きさが大きさだ。それが打ち出す瓦礫だけで、相当危険なものになる。なにせコンクリ片が近くに着弾するだけで、それがはじけて散弾のように襲ってくる。しかもいちいち弾が大きい。戦車砲より大きい口径から、目視不可能な速度でなんでもかんでも打ち出してくる。これがきちんとした砲であったなら、そして弾であったなら、いくらボクでも逃げたくなりそうなレベル。だって軍艦が砲撃してるのと同じですから。おっと、取り乱した。まあでもやっぱり滑腔砲は滑腔砲で、弾はそこらへんの瓦礫。そして目視出来なくても、勘で十分避けられる。破片も、ランサーやガンナー、瓦礫の周囲を縫うように避けていればそれらが壁になって被害は無い。ああ、敵が無能で良かった。仮に敵がゴジラみたいな怪獣でも、殺しにかかってたけれど。

ということで、反撃としよう。地形は街が崩れた感じで、火事の跡や瓦礫の山。数軒倒壊していない家もあるから、足場代わりになるはず。コンダクターはだいたい3メートルくらい浮遊していて、その周囲はランサーが囲っている。移動はせずに守りに入っている様子。ボクの周囲には他に展開していたらしいマインドレスが集まってきているけど、これはもう動く壁みたいなものと考えよう。コンダクターの攻撃に巻き込まれて吹き飛んでるし。まずやるべきことといえば、相手が逃げないようにすることだ。破壊でも撤退でもなく、殺害する。それがボクの目的で、能力。コンダクターに一番近く、倒壊していない建物へと走る。2階建ての民家で、屋根から跳べば届く距離にある。上る直前、一回止まって反対方向へUターンする。

コンダクターはボクが止まった瞬間を狙って4発同時に砲撃してきて、背中側で瓦礫が弾ける。身をかがめて破片を避けて、伸ばす勢いで民家へとジャンプ。二階のベランダを足場にして、屋根が崩れた場所から上まで上り、敵の前へ躍り出る。短剣を抜き、屋根いっぱいを使って助走をつけて矢のようにまっすぐ敵めがけて突っ込んでいく。砲撃は無い。さっき4本分撃たせたのは、敵の砲撃が連射できないと予想して。まあ賭けだったけど、避けて回っている時は4連射まではあったけど、そこから次はほんの少しの間があった。浮いている状態でどうやって瓦礫を補充しているかは分からないけど、さすがに装填の時間は必要みたいだった。こんなふうにジャンプ出来ても、空中で完全な軌道修正はさすがに無理。だからこの瞬間に攻撃されると、簡単に撃ち落とされる。だから撃たせて、隙を作った。

「逃げないで、ね?」

腹部へ向けた攻撃は、手のひらで防がれた。右手の甲へと刺さった剣は、相対的には針程度しかないだろう。けれどそれで十分だ。

その心が、ボクによる痛みを識る。

征服感、支配感。相手を自分の手の平の上へと導いた。

ボクの世界が、敵の心を凌辱する。そして更に否定する。なぜなら、ボクの世界には、たった二人しか居ないから。そこに入り込んだ異物は、排除される。殺される。

理不尽だろう。身勝手だろう。それがボクの狂気なのだ。

ボクの世界へ巻き込んで、なのに邪魔だと傷つけ殺す。ボクの世界に居るために、逃げることはかなわない。ボクの世界に居るために、存在することは許されない。

それが狂気、傷の名前は、痛みと言う。

「これが痛いって言うんだよ?これが傷つくって言うんだ。苦しい、って知ったよね?嫌だ、って思ったよね?そう、それは正しい事だよ。キミはこれから、死ぬんだから。」

手に短剣がちょっと刺さっただけなのに、敵はボクを全力で振り払って、それでも足りずに暴れまわる。もがき苦しむ。

痛覚の存在しなかった精神生命体。それが痛みを与えられればそうなるに決まっているんだ。生き物が痛みを感じるのは、危険から身を守る術。同じ過ちを繰り返さないように、痛みで学習するわけだ。それはどんな生き物でも変わりなく、人間と同様のものでないにせよ、命に害のある刺激はきちんと危険として記憶される。脳も無いような生物ですら、神経、もしくはその身体に刻み込まれる。記録される。

それを今知った敵は、もう戦闘の継続は困難だろう。致死の傷だ。狂気を孕んだ刺激は、学習を許さない。苦しみ、困惑、そんなものを全身で表現して、破壊の限りを尽くす。しかし、痛みを知った身で、全力で腕を振りぬいたらどうだろう?その衝撃は更なる痛みを呼び、またのたうち、傷つき、全ての意志を奪っていく。そしてボクの植えつけた世界は、痛みの引く事ない、苦しみに狂う世界。

発狂したコンダクターは、ものの数分で力無く動きを止める。飽和した痛覚が、すべてを麻痺させた。ボクはただそれをもう一度上った屋根の上で見ていただけ。

地面に横たわる巨体の胸に、屋根からの落下と共に短剣を突き立てる。悪意、害意、排他、拒絶、そういうひどい感情をすべて乗せて。

簡単に終わった。簡単に殺した。動きを、命を止めた指揮者を失くしたマインドレスは、散り散りになり、その間にどんどん身体を崩壊させ、やがて一体も居なくなった。周囲は灰水晶色の欠片が埋め尽くし、ボクの立つコンダクターは物言わぬ死体。勝利の余韻に浸る間もなく、沢山の大型トラックがマインドレスの残骸を押しつぶしながらボクの元へとやって来て、荷台からぞろぞろと隊員を吐き出す。その中には山下さんや、さっきボクと話した中年の隊員も混ざっていて、ボクを見つけて駆け寄ってきた。

「おー、倒したんだ。さすがパラノイアだねー。」

「倒したんじゃなくて、殺したんだよ。」

あの中身は、スピリチュアの世界からもこの世界からも消えた。もう存在していない。

「相変わらず君たちはすごいねー。ありがとうねー、助けてくれて。」

「結果はそうなのかな。ボクは、自分がしたかったことをしただけだよ。」

「まー、終わりよければなんとやら、どうあれ俺らは助かったんだからお礼を言うのは当然。」

「ああ、おかげで今回の死者はゼロだ。怪我人はネフシュタインの嬢ちゃんが治療してくれるし、損害ゼロと言ってもいい。本当に助かった。」

厳しい表情をしているけど、どうやら部下や同僚思いの人らしい。そういえば名前を聞いてなかったな。

「そうだ、名前、なんていうの?」

一応聞いてみると、山下さんが笑いを噛み締めながらその男性を見る。

「・・・すまん、名乗っていなかったな。俺は竹内だ。」

「相変わらず竹内さんは子供苦手なんっすから。娘さんにもそんなふうに話してるんでしょ?」

「言うな。年頃の子供ってのはわけがわからん。」

厳しい、から苦虫を噛み潰したような表情。この様子だと、ぶっきらぼうなだけでやっぱり優しいみたいだ。

「竹内さんだね。改めて、ボクはステラ。よろしく。・・・竹内さんは、パラノイアを普通の子供みたいに思ってるの?狂っているんだよ?」

「つっても、そんなの言ったらキリがないだろ。そりゃ、後方であぐらかいてる奴らとか、一部の民間人は嫌っていたり、苦手意識を持ってるみたいだが・・・。お前らが居なきゃ、下手すりゃ俺らは死んでた。ステラが戦わなかったら、誰かが死んでたかもしれない。だったら感謝するのが礼儀ってもんだ。実際のとこそこらの奴らよりよっぽど話が通じる。筋が通っているからな。だから俺は気にしない。戦ってる連中は皆そうだ。なにせ戦友ってやつだからな。」

「竹内さん、だいぶクサいセリフっす。」

山下さんに茶化されて、一つ舌打ちをしたあとにもう一度助かった、と言って他の人の元へ戻っていく。山下さんはまだ残っているから、何か用事があるのだろう。

「それで、この騒ぎは何?」

「ああ、一応説明しておくよー。コンダクターの綺麗な身体はこれが初めての鹵獲だからね。ある程度は分解することになるだろうけど。極力綺麗なまま運んで科学班とか避難してる科学者に分析してもらうんだ。」

「鹵獲・・・ていっても、中身はもう世界のどこにも存在してないよ?」

あのコンダクターは殺したから、残ってるのはただの入れ物にすぎないはず。

「例えば、敵の戦車を見つける。手段はともかく乗員を殺害するなり排除して戦車を奪う。設定上、敵の身体は「兵器」扱いなんだよねー。早い段階でどういうものか解析しておけば、後々の対策をしっかり取れるはず、っていう事。例えばあの円盤。あれを壊すと指揮能力を奪える事は経験則で判明している。つまり、あれにはなんらかの機能がある。それがわかれば破壊以外の方法で無力化もできるかもしれない。こっちには特別顧問で智恵さんもいるから、可能性は結構高い。」

「・・・まあ、なんとなくわかったよ。あ、そうだ、戦ってて気付いた事があるんだ。山下さんに言えばいいかな?」

「ん?何?」

「ガンナーの攻撃について。ガンナーは、ランサーの群れに隠れて、ランサーごと砲撃してくる。だから避けられないし、運が悪いと十字砲火までしてくるみたい。だからそれをやられたら多分人間は死んじゃうんだ。即死じゃなくても、すぐランサーに殺されちゃう。」

「・・・なるほど、死人に口なしって感じか。」

「それと、ベースはインマインドみたいだった。なんていうか、手応え、っていうのかな。それがあったんだ。」

「わかった。もしかしたら、後から詳細の報告をお願いするかもしれない。気が向いたらでいいから、呼ばれたら来てくれれば助かるかな。っと、そうそう、お礼をしようと思ったんだ。はい、これ。」

山下さんがずっとぶら下げていた紙袋を渡される。特に上が留められているわけでもなかったので中身を見てみると、チョコレートなどのお菓子の詰め合わせだった。

「まあ、正式な謝礼はまたあとでねー。これは個人的なもので、恩を売るわけではいけど、この先こういうお菓子も食べられなくなるだろうから。」

「確かに、それもそうだね。ありがとう、嬉しいよ。」

「うん。じゃあ、ステラは一足先に帰ろうか。車は用意してあるから、送るよ。」

「山下さんは、任務はいいの?」

「・・・いやあ、実はパラノイアの子たちを手伝うように言われててねー。ステラが嫌ならもちろん断れるよ。。戦闘に参加する時の随伴とか移動のお手伝い、パラノイアの子との交渉とか・・・。さすがに俺だけじゃないし、戦闘時以外は女性自衛官メインになるらしいけど。まー、それも後々ということで。」

「ボクは構わないけど・・・その言い方、もしかして戦うタイプのパラノイアって結構多いの?」

「クセが強いの含めると、結構ね。領主も、タリア以外にもいくつか確認されてる。ただ、今の時点でむやみに接触するのも危険だから、直接的には交流は無いよ。」

「どうして?」

「車で話そうか。」

促されて、ジープに乗る。行きよりもゆっくりとした速度で街へ戻りながら、山下さんの話を聞く。

「まず、生存者同士の物資の奪い合いの危険があるんだ。だから各領地は、設定上孤立していることになってる。自衛隊や元政府要人、知識人がこっそり連絡を取り合って情報を共有しているわけだね。次に、避難している人たちは、家族と離れ離れになっている人達もかなり居る。一応名簿は作ってあるから、誰が生き残っていてどこに居るかもある程度はわかってる。けれど、それを公表すると、合流しようとする人が出てくる。まだ外は危険ばかりで、敵の戦力も不明、そんな状態で民間人の移動をしたら、簡単に襲われて殺されちゃう。だからそれも伏せてるんだ。それに、名簿とか情報はネットが壊滅して、無線とかの電波もロクに届かないせいで紙媒体。それを交換するだけでも、俺ら自衛隊員は決死の覚悟ってわけ。」

「・・・無用な混乱を避けるため、あえて他の街との交流を最低限にしている?」

「簡単に言うとね。あとは、そこの領主がどういう考え方か、っていうのもかなり重要な要素だねー。パラノイア同士なら、ある程度は理解し合える。狐憑き以外は話も通じるけど、根本的には・・・自分の世界が一番重要なことに変わりない。不用意に接触して、無用な敵意を抱かれても困る。」

「それはわかるよ。ボクもそうだからね。多分、「結果は人類が生き残る」けど、「手段は正しいとは限らない」っていう感じなんだと思う。ギリギリの天秤だから、それは正しい判断だと思うよ。」

「ただ、どうしても必要な力を持つ子と、できれは欲しい力を持つ子、っていうのは居るんだ。例えば食糧問題。それを生産できるようなパラノイアも、目星は付いているんだ。幸いこっちにはイースが居るからね。情報提供をしてもらって、他の領地に取られる前に取りたいのは本音。もちろん独占するつもりはないよ?輸出出来るなら、それで他の領地の生産品と交換も出来る。うちは居住に関しては恐らくかなり上位の住み心地だけど、食料自給率はこの先もほぼゼロに等しいから。」

「なるほどね。その目星っていうのは?」

「お嬢様が心当たりあるみたい。でも、居所が分からないから難儀してるってとこだね。あとはまあ、その領主の子と交渉しなきゃだろうけれど・・・俺らじゃ取り合ってもらえないと思うから、できればステラにも同行して欲しいねー。勿論、報酬は出すよ。」

「ボクが、それをするの?」

「それは上が決めることだねー。けど、一番差し障りなく接触出来そうなのは、俺から見たらステラだと思う。ネフシュタインちゃんはちょっと口下手だし、他の子も・・・そのうち会うと思うけど、交渉、っていうのは不得手そうでね。」

「買いかぶりすぎると思うよ。ボクは、あまり自信無いかな。」

「まぁ、自己評価と他人から見た評価は大抵一致しないよ。嫌なら断ってくれてもいいし、決定っていうわけじゃないから。」

「報酬によるよ。ボクの条件を飲んでくれるなら、協力する。」

「わかった、上に言っておくよ。ここの街では、近いうちにきちんとした法律や政治体系が確立して公布される予定なんだ。パラノイアの子の要求は、他の人に危害がない場合再優先で通る事になるよ。」

「それは、大丈夫なの?」

パラノイアの要求が最優先というのは、あまりにも危険なことだと思う。自分で言うのもなんだけど、狂っているわけで。

「パラノイアになる子は、狂気とはいえ一貫したルールを持ってるからねー。そのルールは、決して理不尽なものじゃない。狐憑きを除いて、俺らが接触したパラノイアの子達は明確な意志があるから、それを否定しない限り危害は無いし、ステラもそうでしょ?」

今のところタリア以外とはちゃんと話していないけど、れなも人に危害を加えるような素振りはなかったし、ボクも誰かを殺す予定は今のところ無い。そう考えると、確かに何かを押し付けて敵意を向けられるよりもよっぽど安全なのかもしれない。自分の事なのに、人事のように考えちゃうのは悪いクセだな、と思い直しつつ、納得した、と返事をしておく。

「・・・そうだ、話は変わるけど、今って何時くらいだろう?起きてから色々ありすぎてすっかり忘れてたけれど、今日が何月何日で、何時なのか分からないんだ。」

「あー、誰も言わなかったんだ。今日は5月の13日だよ。時間は・・・2時43分だね。」

「まだ三時前なんだ。時計がないのは不便だけど・・・手に入るのかな?」

「人工衛星が軒並みやられちゃってるから、実は結構きわどいとこ。電波時計も世界標準時もダメだから、少しローテクな時計でないと使えないんだよね。」

正確な時刻が分からない、というのを聞いてそこで本当に世界が終わりかけてるっぽい、ということを実感したのが、少し新鮮な気分だった。今までの当たり前、更に言えば、無意識に当然だと思っていた事が崩れている。それは壊れた街を見るよりも、よっぽど現実味を帯びた「終わり」だ。インターネットが使えないとか、そういうのは結構簡単に想像すると思う。けど時間が分からない、というのはあまりにも身近な問題だ。第四次世界大戦は石と棍棒、なんて表現もあったけど、今の状況はとてつもなく中途半端で、だからこそ現実的で明確な崩壊。

「不思議だね。現実じゃないみたいなのに、現実だってわかる。ボクはこうしてパラノイアになって、神様を殺した。人間は結構生きているし、けど前の世界は戻ってこない、なんて。」

そう言うと、山下さんは少し黙ってからゆっくりと話す。

「でも、生きている限りは目の前の事を処理しないといけない。守れる人を守って、守れるものを守らなきゃいけない。自衛隊じゃなくても、みんなそうだよ。大人も子供も。今までだってそうしてきていたけど、気付かなかっただけなんだと思うよ。俺、訓練ばっかでさあ、でも実戦なんて絶対起きちゃだめだってわかってた。災害派遣に言った奴らの顔、すごい印象的だったんだ。人を助けられた。けど、助けられなかった人も沢山居た。それを経験した奴らって、すごい使命感と絶望をごちゃまぜにした目をしてたんだ。こんな事、二度と起きてほしくない。けれど、こんど起きちゃったら、絶対にもっと沢山の人を助けるために、これからの訓練も死ぬほど頑張るって。ステラはタコツボって分かる?」

「ええと、漁で使うアレじゃないよね。塹壕のちっちゃいやつみたいなの?」

「そう、それ。上官は、お前らの墓穴になるかもしれないから死ぬ気で掘れって言ってた。スコップ持って穴掘って、塹壕作って中に潜って。でも、重機が来れば俺らが何十分とか一時間かけて掘ったやつなんて、ほんとに一分二分で掘っちゃうんだよ。俺それ見て何やってんだろうって虚しくなった。でも、無駄じゃなかったんだよ。重機なんて戦場に持ち込める余裕無いし、そもそも瓦礫の山に埋もれてる人を助けるのに、そんなの使ったら危険なんだ。俺らが道具持ったり素手で瓦礫をどかして、下に生きている人が居た時、タコツボ掘ったり塹壕掘ったりしてなきゃ、こんな軽々作業出来なかったなって。」

「・・・ボクは、まだ分からないや。それに、多分この先もわからないと思う。・・・ボクはボクの意志じゃ、誰も助けられない。助けたいとも思わない。誰が死んだって、正直かまわないんだ。壊れちゃってるから。」

「でも、今回俺らを助けてくれた。事実だけあればそれで十分さー。さて、ついたよ。多分お嬢様が心配して待ってるだろうから、行ってあげなよ。あの子は結構心配性みたいだから。」

気付けば、車は館の前へと到着していた。日焼けした顔で優しそうに笑う彼は、どうも警戒心を抱かせない。それに、観察力がある。ボクの事はともかく、人の性格を無意識に読み取れるのかもしれない。だからボク達みたいな、一般人から見れば扱いが難しいだろうパラノイア担当になったのだろう。自衛官より、保育士や教師のほうが向いていそうだ。

ともあれ、彼に見送られて館へ戻ると、中に入ってすぐにタリアがやってきた。

「おかえりなさい、岬。無事で何よりですわ。」

「うん、ただいま、タリア。・・・ねえ、戦って思ったんだけれど、ボクらって、怪我するの?」

常人だったら死んでてもおかしくない攻撃をくらって、痣一つ無い。

「・・・そうですわね、怪我をしようと思えば出来るみたいですわ。例えば自傷行為ですとか。」

「なんか無敵っぽくてずるいかもね。」

「アーリマンのほうがずるいですもの。文句を言われる筋合いはないでしょう。それよりも、これを。」

差し出された手に握られているのは、古めかしい造形の鍵だった。ウォード錠で、歯の部分は♀の形のような彫り込みになっている。

「岬の部屋の鍵ですわ。もちろん、複製品を作ったとしても開くことはできませんし、わたくしも中を認識できないようにしておりますわ。嫌でなければ使って下さいませ。」

そういえば、起きてから色々あって住む場所も無い。ありがたく受け取る。

「ええと、部屋はどこなのかな?」

そう聞くと、くすくすと笑ってから内館の扉を指さす。

「あちらの扉にその鍵を使えば、岬の部屋へと繋がりますわ。あとで女中に荷物を運び込ませましょう。私物はきちんと回収してありますの。さすがにプライベートなものが混ざるので、それらは人の目に触れないよう相応の狂気を持ったパラノイアにやっていただきましたわ。なので安心ですわよ。」

「それは、なんというか、本当に便利なものだね。ボクとは大違いだ。」

ボクの狂気は殺すだけ。それに比べると、大きな世界を創るタリアは相当汎用性の高い狂気だ。

「あら、謙遜せずともいいのですわよ?パラノイアの能力に強弱はありませんわ。狂気の質の違いでしてよ。わたくしが街を創造するように、岬は世界を殺せますわ。それに、岬には街は必要は無く、わたくしには敵を殺す必要は無い。適材適所の狂気ですわね。不思議な言い方ですけれど。」

まあ言われて見れば。

「荷物の整理は女中に言いつければすぐに終わるでしょうから、明日は街で必要な物を買い足すといいですわ。日本円が使えるので、私物と共にあるお金と今回の戦闘での報酬で十分足

りることでしょう。」

「・・・まだ10日なのに、もうお店があるの?」

「ええ。混乱の最中だからこそ、そういった元の生活に近いものを提供すれば民の不安は和らぎますから。衣食住、そして今までと変わらないルーチンワーク。それがあればとりあえず表面上は取り繕えるものですの。人は、何もやること、できることが無いと不安になりますわ。」

帝王学でも学んだのだろうか、と思ったが、やっぱり詮索しないでおくのが礼儀だろう。もう一度お礼を言って、言われたとおりに扉へ鍵を差し込み回すと、その先には生活に必要な一通りの家具が揃ったアンティーク、ゴシック調の部屋に繋がった。二枚扉がついていて、そこは洗面所とバスルームになっている。目を引いたのは猫足のバスタブで、実物を前にちょっと感動してしまった。なんというか、夢がある。やっぱりタリアとは、趣味が合いそうだ。

タリアがあつらえてくれた服は不思議と汚れていなかったが、髪は砂埃がからみついていたためにまずはシャワーを浴びることにする。シャンプーやトリートメント、ボディーソープから

ふかふかのタオルと変えの下着も揃っていて、至れり尽くせりの待遇にあとでお礼をしなきゃな、と思った。パラノイアがそうそう死ぬとは思えないし、そもそも死ぬのかもわからないけ

ど、返せる恩はきちんと返さないと別れの時に後悔が増える。死を忘れずに生きよ。それがボクの呪いだ。


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