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神々屠る狂気の子

究極的なヤンデレを主人公にした作品です。

ヤンデレと言いながら昨今のヤンデレに見合わない大人しさですが、きちんとしたヤンデレです。

「包丁持ってればヤンデレ」

「恋人刺せばヤンデレ」

などに飽きた方にオススメします。

真っ白い空間。気がついたらそこにいた。

居た、と言っても手足の感覚が無く、身体と空間の境も不明瞭だ。

意識だけある。そう表現したほうが正しいかもしれない。

記憶はある。自分が自分として生きた証。しかし、それすら曖昧になってしまいそうな白。

「やあ、はじめまして、狂気の子。」

どこからか、声が聞こえる。声変わり前の子供のような声で、それが少年のものか、少女のものかもわからない。

誰?

思うと、声になって空間へ響いた。声帯を震わせる事無く。

「私より、キミの事が知りたいな。名前は?」

・・・ボクは、◯◯◯◯・・・・

言葉は霧散して消えていく。

「ううん、違う。誰かから決められた名前は、ただのラベルにしか過ぎない。キミの存在を表す名前を聞いているんだ。」

どういうこと?

「キミの心を、そのまま言葉にすればいい。それがキミである証明だ。」

少し考えて、何より浮かぶのは大切な人。ボクにとって神様に等しい人。ボクは、その人のためだけに存在したい。そう思うと、自然に名前が浮かんできた。

「トウカ。岬灯花。あの人のために、夜の岬に灯る花。」

ぱあっ、と世界が広がった。白かった空間が、一瞬にして色づく。

カラフルなフェルト生地の壁紙、床に無数に突き刺さる短剣、沢山の本がぎゅうぎゅうに詰まった本棚、赤く染まった包帯。そして、真ん中には二人がけのソファ。

「これがキミの心の中。鏡を見てご覧。ボクが用意してあげよう。」

パチンと指を鳴らす音がして、目の前に鏡が現れる。姿鏡のそれに映るのは、白銀の色をしたセミロングの髪に、青い瞳を持つ「ボク」。

日本人ではありえない。外国人でも、こんな人はいないかもしれない。けれど、紛れも無くボクだということは、その姿でよく分かる。

「おじゃまするよ。」

声と共に、部屋の壁に切れ込みが入って、そこから子供が入ってくる。見た目はボーイッシュな少女か、線の細い少年か。黒い髪が目立つくらいで、あまりに特徴がない。

「あらためて、はじめまして。突然だけど、少し世界の話をしよう。ここはキミの夢の中。そして、僕は一種の神様。わけあってキミの夢に干渉させてもらったんだ。」

「・・・なるほど、夢なら、これも不思議じゃないね。」

「一応言っておくけれど、僕の存在は夢ではないよ。私達はキミたち人間を作った存在で、つまり神様というわけだ。」

色々な本を読んできたが、こういうシチュエーションを実体験するとやはり信じがたいな、と思う。空想の存在だからこそファンタジー小説となり得るわけで、実在されると困る。

明晰夢はよく見るから、恐らくそんなところだろう。

「まあ、そこはいいよ。キミにとって世界はどうなろうと興味ないだろうからね。ただ、その世界が終わるとしたら?」

「それは、地球でも滅亡するの?」

唐突な話だ。隕石でも降ってくるのだろうか。

「そういう物質的なものではないんだけれど・・・、とりあえず、私たちがどういうものか、ということと、どうしてキミたち人間が存在しているのか、成り立ちから話すことにするよ。」

「まず、私達はいわゆる精神生命体なんだ。心だけで存在し、思考することが生命活動で、死は精神の老成による思考停止。そして、元はキミたちのような生命体だったんだ。いつから

存在しているのか、知っている者はいないけれど、恐らくはキミたちのような生命体から進化したものだと思われる。理由は、キミたちの存在と私達の増え方から。」

「ん・・・質問していいのかな?」

「構わないよ。知識の量は多いに越したことはないからね。」

「つまり、宇宙人?」

言われて浮かんだのは、そういう地球外生命体、とかそういうもの。神様というよりはありえそうだ。

「そこは難しいね。私達には元地球人もいるし、そもそも別の宇宙出身も居る。」

「・・・全然わからないよ。」

「地球の場合で順を追って説明するよ。まず、地球の誕生を想像してほしい。やがて海が出来て、生命が発生することができる環境が生まれる。そこで、私達は「心の種」を海に落とした。

それは周囲にあった有機物を纏って、原初の生命・・・自己複製を行う特定の構造を持った物質・・・となった。そこから、その心の種はその生命と同時に増え、複雑で高度な神経細胞

を作り出し、精神を複雑化させ、最終的に思考、感情、理性、野生、知性などを持つ知的生命体へ進化した。その過程で一粒の心は無数に増える。」

例えば、パソコンの歴史のようなものだろうか?ハードが高度になるに従って、OSも複雑で高性能になっていくような。

「まあ、おおよそは。そして、それが私達の増え方なんだ。物質世界に生命を誕生させ、それが私達と同等の精神を持つほど進化した後、収穫する。肉体を消滅させ、精神を保護して私達

の側へと迎えるんだ。」

「それはつまり、ボク達は、キミたちの進化前ということ?」

「そのとおり。私達はこれを数多の星、数多の宇宙で行っている。ああ、余談だけれど、わかりやすい例を上げればキミたちが「自分たちと同等の文明を持った地球外生命体が居るならば

、既になんらかの手段で接触が行われているはずだ」っていうパラドックス、あれ、割りと正解に近いんだ。「地球外生命体は、外部の惑星に存在する生命と接触をとれるレベルにまで文

明を進歩させられない」が正しい。そうなる前に、私達の仲間となるからね。」

「でも、ボク達は宇宙へと進出しようとして、人工衛星を打ち上げて探査を行っているよ。」

「そこが問題なんだ。キミも、キリスト教や仏教を知っているでしょう。宗教は私達が干渉して生み出したもので、精神を健全に保つための手段だった。だから宗教は天国を目指して自己

鍛錬と節制を課す。沢山の種族で、同じ手段により私達は誕生した。けれど、キミ達人間は恐ろしいほどの早さで宗教を脱してしまい、物質文明を進歩させ、地球を覆い尽くして尚飽きた

らず欲望を加速させている。これは大問題、異常事態なんだよ。下手をしたら、他の星に撒いた種すら汚染しかねない。」

「そう言われても、あなたが神様だというなら、それはただの怠慢で起きたんじゃないの?」

宗教は未だに世界で認められているし、そもそもキリスト教でも2千年以上経っている。その間になんとかできなかったのだろうか。

「それを言われると、どうしようもないけれどね。一般的には紀元3世紀ほどの精神で、数百年かけてその星の知的生命体は皆まとまり神の国、もしくは天国に至る。地球は・・・それが

正常に行われず、複数の宗教が争い、敵とする宗教を排除すべく生まれた武器と共に文明が進化し、挙句この事態になった。エラーの修正も出来ず気付いたら手遅れだったんだよ。」

「ひどい言いようだね。」

「まあ、だから私達は人類を絶滅させて、この星は終わりにしよう、という事になった。それが私が言った、地球の滅亡だよ。」

あまりに身勝手だ。自分たちで失敗しておいて、ボクらの意見も聞かずにおしまいにしようなんて。いや、創造主としてはそういう権利もあるのだろうか。けれど、

「それは許さないよ。ボクは、そんなことをする神様なんて、殺す。ボクには、大切な人がいるんだ。その人の夢や、ましてや命を奪うだなんて、お前が神様だろうが、知ったこっちゃな

い。殺してでも、止める。」

そう、ボクには大切な人がいる。それを害するなんて、絶対にさせない。

「うん、そうだよ。それがキミの手段だ。まず、私達の総意と、私個人の意見は違う。地球を存続させる、という意見の私達も居るんだ。ある者は同じ失敗を再び起こさないよう、調査の

ために維持させると。またある者は、物質文明はこれはこれで娯楽として見ている価値がある、と。そうして、私達も二つの勢力に別れたんだ。皮肉なことに、自分達の子に起きた対立が

私達に対立を起こした。」

「つまり、あなたは人間を守るの?」

なら上で勝手にやっていて欲しい。意見がまとまったらまた来ればいい。話しぶりからするに、ボクらの時間なんて彼らにすればたいしたものではないようだし。ボク達が死ぬまでは放置

しておいてくれれば、ボクは文句は言わないのに。

「残念だけれど、下地は準備出来たけれど、私達では私達を止められないんだ。精神のみの生き物だからね。」

「じゃあどうするつもりなの?」

「キミの前に現れた理由はそれだよ。キミの狂気で、キミのために戦い、ついでに世界が守られる。なんにせよ、キミは行動しなければいけない。私達は、そういう人間に賭けた。」

・・・もちろん、あの人を害する者は排除する。それは当然だ。それを利用して、敵対する勢力を止める、ということ?

「まあ、もっと説明の上手い私達がいるから、あとはそっちに任せるよ。この会話は、キミが戦う力に目覚めるまでの暇つぶし。目が覚めれば、キミはキミとして、世界に生まれ直す。あ

とは好きにするといい。それは世界の存続につながる。」

そう言い切り、にっこりと微笑む。その笑顔が霞んでいき、意識が暗転した。


「・・・変な夢だったな。」

目が覚めると、見知らぬ部屋に居る事に気付く。今まで自分の部屋か、旅館か病院のベッドでくらいしか寝泊まりをした記憶がない。

自分が居たのは、洋風の豪華なベッドの上だった。天蓋付きで、部屋も貴族の屋敷のような内装。視界の端に、白銀色が映り込んではっとした。

「えっ・・・と、これ、ボクの髪?」

髪を触り、夢で見た自分の髪と同じものになっていることを確認する。ゆるくウェーブのかかった、なめらかな髪。それを触る手も、寝る前の病的で血色の悪いものではなく、白くほっそ

りとした、作り物のような手に変わっている。

「どういうこと?」

一人で声に出してみるが、なんの進展にもならない。とりあえず起き上がり、身を改める。服はなぜか入院着のようで、背格好こそ変わらないものの身体の造りは明らかに変化していた。

なにせ目に見える範囲でほくろ一つ無い。普通の人間だったらありえないこと、だと思う。

困惑していると、部屋の扉がノックされる。警戒しながら返事をすると、通院している精神科の医師が扉をあけて入ってきた。名前は提といったはずだ。医者のくせに常に無精髭を生やし

ていて、やる気のなさそうな顔をしている30歳前後の男性。

「よお、遅いお目覚めだな。どうだ、気分は。」

「気分というか、状況が理解できないんですが。」

ベッドに腰を掛けて、ため息をつきながら提医師を見る。変な夢を見て、起きれば身体が変わっていて、しかも知らない場所にいる。気分以前の問題だ。

「夢で見たろ?そのままだよ。智恵さん、入って下さい。」

扉に向かって声をかけると、失礼します、と女性の声の返答と共に新しくもう一人、こちらはナース服を着ていて、目を見張るような美人だった。

「はじめまして、神野智恵よ。私はあなたが夢で出会った存在と同じ、精神生命体。イエスのように、「受肉」という形式でこの世界に来たの。」

そういって微笑む彼女は、たしかに女神のようだった。目を引く艷やかなブロンドのロングヘア、アーモンド型の瞳は黄色で、肌も白磁のよう。

「どこまで理解したかしら?」

問われて、どうしようか、と悩む。夢の内容を反芻するが、上手く伝える言葉が出てこない。

「ああ、なるほど。そういうことね。じゃあ私が説明するわ。まず、私達、人類を味方する者は「イース」と呼ばれているわ。そして、敵対する精神生命体は「アーリマン」。この付近で

はそれで通っているの。私達の種族を表現する言葉が存在しないから、各々が色々な呼び方をしているわ。そして、アーリマンは「降臨」という手段でこの世界に降り立ち、人類を滅亡さ

せようとしている。ここは無事だけれど、外は戦場よ。」

ボクはなんらかの手段か目的で、安全地帯へ保護されているらしい。そう言われても、すべてがドッキリの可能性も捨てきれないし、そもそも彼女が味方なのかも、自己申告で怪しいものだ。

「信じてもらえるかは問題じゃないわ。とにかく、世界は終わりかけている。そして、あなたはそれに抵抗する力を持っている。理由もね。だから、おのずと戦うしかないのよ。」

・・・まあ、その通りだけれども。まずなにより、あの人の安全を確認したい。そして、抵抗する力とはなんだろうか、と考える。軍事訓練なんて受けたこともない。

「その子は恐らく大丈夫よ。私が言っても信じてもらえないかもしれないけれど、あなたの大切な人も恐らく心を壊していたはずだから。じゃあ、説明を続けるわ。あなたは以前、精神

を病んでいた。それは、常識、平均、一般的、そういうものが他の人と違っていて、現実世界と自分の世界に乖離があったから。今までのあなたは、世界に抑圧されていた。けれど、こ

れからの世界は、あなたが耐える必要のない世界。精神生命体の干渉によって精神世界と物質世界の境界が曖昧になっているわ。だからこそ、今まで狂っていると言われていたあなたの

精神世界を、この世界にねじ込める。具現化し、狂気の世界を押し付けられる。」

というか、この人ボクの思考を読んでいないだろうか。

「そう。元々私達は音を使った言葉を介さない種族よ。この読心術も、精神世界と物質世界の境界があやふやになったから出来ているの。」

「いくぶんかはわかりましたよ。でも、声で会話して欲しいです。」

「ええ、そうね。少なくとも、こういうことを実践したほうがわかりやすいかと思ったから。」

確かに百聞は一見にしかずとは言うけれども。

「・・・で、一応確認したいんですが、なぜ智恵さんは人間の味方になろうと思ったんですか?」

無償の善意が罠になり得る。嘘を言う可能性もあるが、ここで確認しておけば少しは安心できるはずだ。

「えっと、恥ずかしながら、受肉をして潜伏中に食べた食事があまりに美味しくて。本来私はこの世界の視察のために受肉したのだけれど。もちろん、私のように途中から心変わりしたの

ではなく、受肉をしていなくてもこの世界を守るつもりの私達もいるわよ。あなたの夢に出てきた子とかね。」

「智恵さんは、そんな理由でこの世界を守ると?」

それまで食事をしたことがないにしても、あまりに雑な理由ではないだろうか。

「・・・そうねえ、あなたは知っているかも。これ、見覚えないかしら?」

懐から取り出したものは、奇抜なデザインのサングラスだった。どう奇抜かといえば、美食という文字を無理やりサングラスにしたもの。一度目にしたら絶対に忘れないであろうそれは、

たしかに見覚えのあるものだ。

「・・・美食仮面?」

それは少女向け雑誌でスイーツやお菓子のリポート記事を書いている、通称で美食仮面と呼ばれるライターのものだ。高級スイーツから、一個20円のチョコレートまで幅広く調査し、そ

の記事の写真でスイーツと一緒に写っている女性。素顔を隠すためなのか、はたまたジョークなのか、そんなサングラスをかけている。最も、書かれる記事は実に的確なもので、小学生で

すら彼女の記事を読んで少ないお小遣いで美味しいお菓子を食べられるように情報収集するほどの有名人。たしか、トモエという名前だったが・・・。

「って、そのトモエ!?」

目の前の女性も、智恵と名乗っていた。それに、ライターのトモエはサングラスの他に金髪が目を引く人物だった。サングラスのデザインのせいで、てっきり髪もウィッグかと思っていた

が、まさか地毛とは。

「そう。人間として活動していた私の事を知ってれば、多少は理解してもらえるかしら。」

「ええ、まあ・・・。あれだけお菓子を愛しているとなれば、感情論では納得できますけど・・・。」

食道楽に走った神様が、それを理由に世界を守ると言い出すのは、ちょっと複雑な気分だ。

「私達の世界は娯楽が無いのよ。肉体を持ってた頃の記憶を持っている個体も少ないわ。精神は魂に宿るけれど、記憶は中枢神経に宿るからね。肉体から解脱した時に、記憶も失うのよ。

あるのは思考、考察、そういう果てしない、正解の存在しないものだけ。時たま物質文明に受肉をしても、ほとんどはたいした娯楽もない世界だもの。」

「・・・とりあえず、智恵さんのことはわかりました。でも、この状況の説明にはなっていませんよ。ボクが知ったのは、人間の創造主が世界を滅ぼすつもりで、それに反対する勢力が人

間に手をかしていることと、智恵さん個人の事情だけです。ここがどこなのか、なんでそのヤブ医者が居るのか、ボクは何が出来るのか。それについては?」

「岬ちゃん、結構辛辣ね。まず、アーリマンへの対抗手段から説明するわ。対策は二つ。一つ目は、降臨したアーリマンの肉体を壊し続ける。これは効率的ではないけれど、どんな人間

でも出来るわ。」

「効率的じゃない?」

「ええ、降臨、というのは、ゲームキャラクターを操作するのと似ているの。その降臨した肉体を破壊しても、動かしているアーリマンには何もダメージがない。彼らが飽きるまで戦い続

けなければいけないわ。物量押しだから、それだけの資源、技術、人材が揃っていれば可能ではあるけれど、それが出来る国は限られているわね。」

「アメリカ、ロシア・・・。日本は、空と海を抑えられたら消耗戦になる。だから、その手段は使えない、と?」

「ご明察。あとはその国の思想もあるけれど。アメリカに手を貸したイースは、人類同士の戦いで使用しないことを条件に、科学技術を百年以上先へ進めたわ。」

「SF世界じゃないんですから。ターミネーターでも作ったんですか?」

百年先なんて、ボクらが想像する以上の変化があるはずだ。なにせ、百年前ではインターネットなんて誰も想像できなかったはず。それだけの差が出る。

「詳しくは知らないわね。どの手段が成功するかわからないから、情報が漏れないようにイース同士もあまり交流していないのよ。じゃあ、2つ目の手段。降臨したアーリマンを殺す。そ

れが効率的な手段で、あなたが持っている力。」

「殺す?アーリマンはゲームキャラクターのようなものって言ってませんでした?」

「ちゃんと中身はあるのよ、通常の方法ではダメージを与えられないだけでね。さて、岬ちゃんに問題。何かを殺すのは、手段?それとも意志?」

殺す。それは、相手を害するということで、つまり殺意があり、それで行動する。そして、その結果相手が死ぬ。

「・・・意志。殺意で、相手は殺される。」

「理解が早くて助かるわ。精神生命体を殺すには、その精神に危害を加える意志を持って挑む。それも、ただの殺意ではだめ。狂気といえるほどのものでないと。」

「確かに、ボクは狂っていて、医者にかかっているけれど・・・。」

「それは狂気だけれども、ただの狂気ではなかったのよ。あなたは、あなたの精神世界が明確に、確固として存在していた。けれど、この世界の常識に阻まれ、おかしい、狂っている、と

排他された。あなたの世界は、きちんとあるのよ。それは今この世界に干渉させられる。精神世界と物質世界の境界が薄れている今、あなたの精神はこの世界を書き換えられる。」

「どういうものか、わからないですよ。」

いきなり、心で世界を変えられると言われても、どういうわけか全く分からない。

「大丈夫、ちゃんとお手本が居るわ。この館の主の少女。お願いできるかしら、タリア?」

そう虚空に呼びかけると、扉が開き全身黒のゴシックドレスを着た、ボクと同い年くらいの少女が現れる。黒髪黒目で、まるで人形のようなあどけない顔立ちに、傲慢不遜、それが自分の

権利だと主張する笑みを浮かべている。

「はじめまして、わたくしは、タリア・ミュージィ。タリアと呼んでくださいませ。もちろん、前は違う名でしたわ。そして、あなたと同じように、心を壊した哀れな少女でしたの。」

「・・・えっと、はじめまして。ボクは岬灯花。岬って呼んでくれればいいかな。」

「ええ、わかりましたわ、岬。では、わたくしたちの力を教えますわ。例えば、お二人には退場してもらいましょう。」

そう命令した瞬間、そばに立っていたはずの提医師と智恵さんが居なくなる。消えた、というわけではなく、ボク達と二人の間に壁が現れて、そしてその壁は元あった部屋の壁になった、

という、手品のような出来事。部屋の広さは変わっておらず、幻覚でも見た気分だ。

「簡単なことですわ。ここはわたくしの心を具現化した世界。ですから、好き勝手し放題。広さも、内装も、あらゆるすべてを操作できる。」

「・・・ボクは、タリアの心の中に居るの?」

「いいえ、少し違いますわ。わたくしの心が、世界を作っているのです。この世界に、わたくしの心をねじ込んだ、そういうわけですわ。」

「違いがよくわからないんだけれど・・・。」

「そうですわね・・・、わたくしが壊れた話をしますわ。以前のわたくしは、現実に耐えられず、想像の世界で自分はどこかのお嬢様で、いつかきっと報われる、と信じていましたの。

それがいつのまにか、現実と想像の区別が付かなくなって、心を病んでしまいましたわ。・・・お姫様、とは思いませんでした。本はよく読んでいましたし、むしろ、本しかないような世

界でしたから。なので世界に亡国なんてそう転がっていなくて、せいぜいお嬢様と思い込むのが限界でした。今では関係ないですけれど。」

そう語る彼女は、何かを懐かしむようにも見える。耐えられなかった現実から逃げ出した、そうして壊れた。それはボクにも似ている、よくある不幸な物語。

「岬の狂気はどんなものかしら?その世界はどんなもの?それを強く想うことで、わくしたちと同じように、世界を作り替える事ができますわ。さあ、狂ってくださいませ。あなたのため

に。」

ボクの狂気、ボクの世界。

それは、大切なあの人が傷つかない世界。あの人が悲しまない世界。でも、ボクはそんな世界は作れない。だって、ボクは殺意、害意、嫉妬、執着、そんなひどい感情の持ち主だから。

だからボクの心は常に刃物のようだった。本当に世界が危機に陥っているのなら、ボクは誰かを傷つけられないあの人の変わりに、敵を殺すのが役割だ。

武器、そう、敵を殺す、明確な殺意。何者でも殺せる、凶器。

思い浮かぶのは、十字架とナイフ。それに殺意と、あの人への信仰が宿り、手の中へと現れる。

「岬は、騎士のようですわね。素敵な短剣ですわ。」

「ありがとう、タリア。」

短剣は、刃渡り40センチほどのもの。十字架を模した形をしていて、両の刃は無く、菱型の金属棒の先端が尖っていて、突き刺して殺すタイプのもの。

一見すれば、せいぜい人を刺殺出来る程度。たけど、ボクの世界の短剣は、あの人を害する存在ならば「神様」だって殺せるもので、ボクの明確な狂気だ。

「ところで、騎士っていうのはどういうこと?」

「わたくしたち、狂気の子はゴッドヘイト・パラノイアと呼ばれていますの。神を嫌悪する誇大妄想狂、という意味ですわね。通常はパラノアと略されますわ。そして、その能力によって

ある程度分類がされていますの。人間が理解しやすいように。まず、わたくしは「領主」タイプ。自分の空想世界を具現化して、外界と隔絶された空間を作ることができますわ。副産物と

して、その世界を維持するための配下や家臣のような存在を創ることもできますが、直接的な戦闘能力はあまり高くありませんわ。多くは統合失調症や妄想癖を患っていた子供ですわね。

ここにはわたくしともう一人、領主タイプが存在しますの。そして岬は「騎士」タイプ。自らの狂気を貫くために他者を害することも厭わず、むしろ積極的に戦闘を行う者がなりますわ。

失礼な言い方になるかもしれませんが、境界性人格障害や依存症と診断されていたはずですわ。」

「ああ・・・そういう事。確かに、ボクはそんな感じだね。」

「他に、「宣教師」タイプと呼ばれる人間に影響を与える力を持った者、「錬金術士」タイプの物質に影響を与える者、そして「狐憑き」と呼ばれる、狂気の中にあって尚狂っている、全

てに危害を加える可能性のある、手に負えない禁忌の子供がいます。」

「ボク達だって狂っているのに、それ以上の子がいるの?」

「程度の差、というよりは、狂気の質の問題ですわね。わたくしたちは狂気を発散する手段を手に入れて、ある程度のコントロールが効きますが、狐憑きはそれが出来ませんの。一人だけ

居ますが、幽閉されていますわ。」

なぜそんな子に、手段を与えたのだろうか。まあ、ボクには関係無いようなのでいいとしよう。「パラノイアである事は、ルナクリスタルの有無で判断できますの。岬の場合はその短剣、わたくしの場合はこのブローチですわね。」

「ルナクリスタル?」

タリアが身に着けているものは金属製のブローチで、ボクのは短剣。どういう意味でつけられたのだろう。

「ルナは、ルナティック、からきていますわね。クリスタルは・・・、確認された最初のパラノイアが、クリスタルのような材質のものでしたの。まあ、狂気の結晶、ともとれますわね。」

なるほどね、と頷く。確かに、狂気の結晶と言われれば納得できるものだ。

「・・・それで、今はどういう状況なの?ボクはまだ話でしか聞いていないから、いまいち実感がわかないんだけれど。」

目下の問題は、今世界がどうなっているか分からない事だ。この部屋はいたって平和で、人間が死に絶える可能性がある、なんて言われても全くもって実感が無い。

「とりあえず口頭で説明させていただきますわ。アーリマンの侵攻が起きた日、通称第八種接近遭遇日から今日で十日経ってますの。つまり岬は十日間眠っていた事になりますわね。当日

にパラノアとなったわたくしの元へ、民間人、自衛隊員などが避難してきたのが二日目。その間多くの人々が殺されましたわ。現在はほとんどの通信手段が利用できなくなり、日本にどれ

だけのパラノイアが居て、どの程度の領主が何人の人間を保護しているか、全く分からない状況です。」

十日!?たった十日間で、状況がぜんぜん把握できないほど荒らされた?戦争が起きたって、そんなひどいことにはならないだろうに。

「それは、アーリマンが絨毯爆撃でもしたの?」

「いえ、それは違いますわ。例えば、侵略戦争ならば侵略してくる戦線が存在しますけれど、アーリマンの攻撃は町中に突然現れて周囲を手当たり次第攻撃する、というものですの。その

ために有効な防衛線も築けず、安全な後方が存在しない状態となりましたわ。人々は混乱し統率を失い、二次被害、三次被害と被害が拡大しましたの。」

「智恵さんから、銃火器でもとりあえずはしのげるって聞いたけれど・・・。」

「市街での遭遇戦では、防衛力に限界がありますから。なにより、異世界からの侵略なんて、一応想定はしていたとしても実際に起こるなんて考えてませんわよ。」

自衛隊には宇宙人が攻めてきた時の対策すらあるって聞いたことがあるけど、確かに一人ひとりのはそんなこと想定してないだろう。

「あれ?さっき避難してきたって言っていたけれど、このお屋敷にそんな沢山の人が居るの?」

ボクが住んでいた市ですら人口は6万人以上居たはずだ。3分の2が犠牲になったとしても、2万人もの人間が一つの屋敷に収まるなんて、いくら空間操作が出来るとしても不可能じゃないだろうか。

「いえ、そういうわけではありませんわ。この屋敷に住んでいるのは、わたくしと数人のパラノイアと智恵のみですわ。自衛隊員の作戦司令部も有りますが、居住しているわけでないです

わね。避難民は城下町に住んでいましてよ。わたくしの力で、約10平方キロの土地に街を創りましたの。わたくしの想像力では、その程度の広さが限界でしたけれど・・・。」

「10・・・」

10平方、その街をこの少女は妄想できた、ということなのか。並大抵の環境では、人が長期的に住むことは難しいはず。上下水道、家屋、食料・・・。それら全てを解決できるほどの

世界を、タリアは以前から妄想していた?それは、ボクとは違う意味での狂気だ。ただ街を想像するだけなら、誰にでもできるだろう。けれど、タリアはそんな空想ではなく、完全な都

市計画を常日頃から考えていたことになる。

「タリア、キミは、どんな世界を想像していたの?」

顔色を伺いながら問いかけると、寂しげな笑みを浮かべながら

「わたくしに足りないもの全てを欲していたのですわ。支配欲や、権力へのあこがれもありました。でもなにより、「こんな街があって、こんな人々が生活していて、こんなふうに自分が

生きられたら、どんなに幸せだろう。」と、街を創ることを失敗してしまった両親を見ながら、ずっと考えていましたわ。そして手に入れたのは、領地と茨の森とこの館。」

ほんの少し、彼女の過去が伺える言葉。けれどそれ以上追求してはいけない一線だろう。それにボクには必要のないものだ。

「まぁ、子供でしたから移動手段を失念していたせいで、せいぜいバイクくらいしか通れない不便な街になってしましましたが」

タリアが苦笑しながら頬をに手を当てる。

「それで、だいたい何人くらいが避難出来たのかな。」

そっと、話題を戻すと、それに気付いたのかちゃんと話をあわせてくれる。

「約3万人ですわ。うち2千人ほどが、練馬、朝霞、大宮駐屯地から来た自衛隊員ですわね。」

「一応確認するけれど、ここはボクが住んでいた南埼玉周辺でいいんだよね?」

「ええ、そうですわ。混乱の中にあったとは言え、さすがにイースの方々が手を回していただけのことはあって、心療内科や精神科のカウンセリングなどから領主となる可能性のある子供

の目星を付けていて、それを前提に計画は立てられていたようですの。岬がここで保護されていたのも、智恵や提医師の手によるものですわ。」

「・・・なるほどね。未成年の精神病罹患者が無料でカウンセリングを受けられていたのって、そのせい?」

「恐らくは。岬も、ここ数ヶ月で心理テストを何度も受けたのではなくて?」

思い返せば、そうだ。自分の心を理解するためと言われて、心の内面を調査するような心理テストを複数回受けた記憶はある。

「いいように使われているみたいで、少し腹立たしいね。」

まるで予定調和だ。

「そうだ・・・、パラノイアになるのは、医者にかかっていてイースの目に留まっていることが条件なのかな?」

「いえ、そういうわけではないようですわ。あくまでも確実性を上げるためにカルテやカウンセリングからリストアップしていただけで、素質さえあれば接近遭遇日に変質をしていると思

われましてよ。変質にかかる時間は個人差があるみたいですけれど。」

それなら、ボクの大切な人もパラノイアになっている可能性はかなり高い。智恵さんも言っていたし、症状というものは無かったが、十分に、下手をしたらボク以上に人と違う心を持っていたから。

「岬は、両親のことは気にならなくて?」

両親、か。そういえば、ボクはここで保護されているが、両親はどうなったのだろうか。少し気にはなったけれど・・・。そんなことより、ボクには連絡を取らなければいけない人がいる。

「それはいいよ。それより、ボクは敵を殺さないといけないし、会わないといけない人がいるんだ。できるだけ早く。」

「あら、それはもしかして恋人?」

「うん。その人は、誰かが傷つく事をすごく悲しむんだ。だから、きっと敵に人が殺されているとしたら、とても悲しんでいると思う。だからボクは、あの人が悲しまないように出来るだ

け沢山の敵を殺して、できるだけ沢山の人を助けないといけない。あの人は、多分領主になって皆を助けているはず。それに、ボクはあの人が居ないと生きていけない。」

「優しい方のようですわね。・・・領主は、領地から遠く離れることは出来ませんの。移動する場合、一度世界を閉じてからになりますわ。わたくしは実行したことはありませんが、少な

くとも内部に居る人間は一度外へ出なければいけないはずですの。なので、恐らくは岬が会いに行く他ないでしょう。けれども、いくらパラノイアといっても、一人で外を出歩くのは少々危険ですわ。」

確かに、ボクは剣を手に入れたけれど、戦い方や敵のことは知らない。

「・・・それを言われると、困るね。でも・・・」

「・・・今、外の街はとても危険でしてよ。道もかなり荒れていますし、アーリマンも多いですわ。どちらまで行くつもりなのかしら?」

「東京都。きっとそこに、あの人の領地があるはず。」

家かその側に居れば、ここから約50kmのあたり。普通に歩いても、相当時間がかかる。けど、時間をかければで会える。

「難しいですわね。山や川などを除いて、街はほぼ姿を変えていましてよ。あてになるのは方位磁石くらいだ、と自衛隊員の方々が仰っていましたわ。」

「うぅん・・・。もちろん丸一日歩いていけるとは思ってないけど、そこまで酷いの?」

想像しているより、被害は大きいのかもしれない。けれど、それがなんだって言うんだ。

「岬は今すぐに会いに行きたいのでしょう。ただ、あと2日待っていただければ、もう一人の領主が旅に便利な道具を用意出来るはずですの。それが完成するまで、この館で待機してはい

かがでしょう。岬が信じているのなら、そのお人は領主となり人々を保護しているはず。」

「・・・わかったよ。ただ、何もしないのは嫌なんだ。ボクにできることはないかな?それに、タリアが住ませてくれるのなら、お礼をしたい。」

便利な道具が何なのかはわからないが、闇雲に動いても危険、というのは納得するしかない。生きていれば会える。死んでしまえば会えない。それは事実だ。ボクが死ぬのは想像出来ないけれど。

「ギブアンドテイク、というものですわね。わたくしの領地が抱えている問題は、食料や物資の貯蔵量ですわ。3万人もの人々を飢え無く生活させる、というのは、実は相当難しい事です

の。平均的に、一人あたり一日1.3kgの食事を取るとして、ただの一日で約4万キロもの食料を消費します。水に関しては領内で井戸を掘り凌げていますが、食料、医薬品、日用品などは備蓄と外部から自衛隊員が補給してきたものに依存しております。」

4万・・・。途方も無い数字なのは分かる。だけどボクにそれをどうしろと言うのだろう。

「その物資回収も、かなりの危険を伴っております。そこで、岬には自衛隊員へ同伴し、彼らの護衛を行って欲しいのですわ。そうすれば岬は戦闘経験も積めますし、結果的に人々を助けることにも繋がりますわ。」

自衛隊員を護衛する、なんて想像もしなかった。けれど、ボクにも利益があるようだし、外の様子も確認できるならば断る理由もない。

「なるほど、わかったよ。でも、気が狂っているボクを自衛隊員は受け入れてくれるの?」

「少なくともわたくしは岬の狂気の理由を聞いて、人に危害を加える可能性は低いと確信が持てましたし、現在世界は無政府状態、指揮系統はわたくしに委託されております。そこは智恵の下準備のおかげですわね。ただ、実際の指揮は自衛隊員の要人や、過去の為政者に丸投げしておりますが。わたくしが伝えれば、彼らは従いますわ。それに、既に数人のパラノイアが自衛隊の補助を行っていましてよ。」

「ずいぶんと智恵さん達は手際がいいみたいだね・・・。そこまで出来るなら、この事態も防げそうなものだけれど。」

パラノイア候補者のピックアップ、自衛隊の掌握、そんな事までしていたとは、イースは人間社会のかなり深くまで食い込んでいるみたいだ。

「そこは内輪もめなので、なんとも。」

「それもそうだね。」

とりあえずの方針が決まったので、いくぶんか気分は落ち着いた。やることが決まれば、意外と心持ちがよくなるものだ。

「では、まずはその野暮ったい入院着をなんとかしましょう。わたくしの館に仕えている、副産物の女中に用意させますわ。」

「そんなことも出来るの?」

副産物ということは人間ではないのだろうけれど、女中という言い方からするに、少なくとも性別はあるみたいだ。

「まぁ・・・見た目は不気味ですけれども。わたくしが出来ないことでも、知識として知っている事はすべて行えますの。わたくしの服も、裁縫の本を一読して女中へ作らせたものですわ。」

「本を読んだだけで?」

「ええ。明確に記憶していなくても、とりあえず目を通せば脳のどこかには記憶が残るものです。それを無意識に引き出して行動させられますわ。」

「それは、使いようによっては相当な事になりそうだけど・・・。」

銃器の製造すら用意に出来そうで、あまりに便利そうな能力だ。

「さすがに制約がありますわ。例えば、わたくしの狂気に関与しない事柄は再現できませんの。仮に核兵器に関わるすべての施設、物資があったとしても、それを作ることは不可能ですわ。それが出来るのは、あらゆる兵器に妄執する者でしょう。そんなパラノイアが居れば、狐憑きとして幽閉されるでしょうけれど。」

「じゃあ、タリアの街を人間の手で変化させる事は?」

「それも不可能ですわ。口で説明するのが難しいですけれども・・・わたくしの世界に限って言えば、わたくしの狂気は領内の法律と言った所でしょうか。わたくしが貸し与えた家の内装

を変えることは出来ても、取り壊すことはわたくしの「領主権限」で禁止され、破壊不可能となっていますの。ただ、偶発的な事故というのはどんな世界でも起きるように、例えば火の不始末で火事、ということは起こりえます。また、犯罪に関しても可能不可能で言えば可能です。もちろん罰せられますが。」

「うぅん・・・。オンラインゲームの中、みたいな感じなのかな。」

可能不可能の線引きがどこで行われているのかは、タリア自信もあまりよくわかっていないようだ。多分、無意識の世界観によるものなのだろう。

「普通に生活する分には問題は起きませんわ。ああ、そうでした。一人紹介したい者がいますの。岬は動物は平気でして?」

「ん?動物?うん、嫌いな動物っていうのがまず居ないかな。でも馬とかゾウとか、そういう感情が読めないのは苦手かも。どうしたらいいのか困るから。」

動物園で見た馬やゾウは、なんとなく近寄りがたいと感じたのを思い出す。表情の読めないのが、少し怖いのだ。逆に蛇やカエルのような、本能が強いものはむしろ好きな部類に入る。

瞳の変化や動きで、警戒しているとか、そういうのがわかる。もちろん、蛇より馬のほうが本当だったらわかりやすいんだろうけど、ボクとは相性が悪いらしい。

「・・・いえ、さすがにそんな大型動物・・・。ネコですわよ、ネコ。」

「ネコは好きだよ。」

「しゃべりますけれどね。」

え?

驚くまもなく、タリアが両手を叩いて名前を呼ぶ。

「プルートー、お客様ですわ。」

すると、するりとボクが座っているベッドの下から黒猫が現れる。優雅な足取りでタリアの横へ向かい、横へと座る。首輪のかわりに赤い蝶ネクタイをしていて、うっすら緑がかった金色の瞳がとても綺麗なネコだ。

「はじめまして、私はプルートーという猫です。こちらで執事を努めております。以前よりお嬢様とは交友があり、この世界の創造にあたり執事という職務を頂戴しました。」

「えっと・・・うん、よろしく?」

うん、猫だ。猫がこんなに礼儀正しいとは思っていなかったけれど。気ままな性格が猫ではないだろうか。

「ふむ、お客様は猫が身勝手な生き物だと思っているようですね。正しいわけでもないですが、間違っているわけでもありません。猫とは気ままであるからこそ、自らの行動に誇りを持っ

ております。たとえ獲物をいたぶり、その命を弄ぼうとも、そこには自らの快楽を追求する、という明確な決意があるのです。」

おお、さすが猫。気配で考えがわかるようだ。ボクが以前かわいがっていた野良猫も、ボクも感情の変化に敏感で落ち込んでいる時はそっと寄り添ってくれた。

「とりあえず、プルートーが猫なのはわかったよ。でも、執事って例えばどういうことをしているの?タリアの世界なら、わざわざ仕事をしなくてもよさそうだけれど。」

というか、彼がお茶を淹れている姿とか全く想像出来ない。4足歩行だし。

「主に蝶のしつけ、領内の警備ですな。領内には沢山の動物がおりまして、人間の兵隊が出来る警備以外をさせております。例えば、急病人が声も上げられない時、近くにいる小鳥が囀り、

それを犬が聞きつけ遠吠えにて伝達し、私がそれを聞けば医師へと通報をするのです。また、外からやってくる不埒者の排除も同時に。まあ、それはめったにありませんが。」

動物の目を使って警察や救護活動をしているってことなのかな、ととりあえずは納得する。例として急病人を上げた、ということは比較的頻繁に起こる事態なのだろうか。

確かに、避難した人たちは過度のストレスも感じているだろうし、それが持病を持っている人だったら発作も頻発しそうだ。それはともかく、蝶ってなんだろう?

「蝶って、どういうこと?」

「この館の女中は蝶でして。なあに、少々うっとおしいだけで、仕事だけは出来ますから心配せずとも大丈夫ですとも。」

なんとなく不安になる事を言って、ニヤニヤと笑うように瞳を細める。このあたりはチェシャ猫っぽい。

「では、わたくしたちは一度自室へ戻りますわ。女中に服をあつらえさせた後、智恵を呼んでもう少し詳細を詰めましょう。」

「う、うん。わかったよ。そういえば、提さんと智恵さんはどうなったの?」

締め出しを喰らったまま、ほっぽっとかれていることを思い出す。

「智恵は自分の部屋に居ますわね。提医師は、ふてくされて避難民のカウンセリングに向かったようです。」

「・・・あの医者、なんで医者になれたんだろう?」

「さぁ?案外と子供っぽいほうが向いているのかもしれませんわ。あまりに真面目では、本人が病んでしまうでしょうから。」

確かに、患者一人一人に感情移入するほどでは、すぐに限界が来るだろうけれど・・・。あの年齢でふてくされる、というのもどうなんだろう。その後仕事に戻ったのは、大人だからなのかもしれないけれど・・・。

「では、またのちほど。まだ混乱していることでしょうし、採寸が終わったらゆっくり休むといいですわ。」

「そうだね・・・。ありがとう、タリア。」

「いえ、それでは。」

そうしてタリアが振り返り、何もない所をすっと撫でるとそこに扉が現れる。自動で開いて、タリアとプルートーが扉をくぐると、また自動で閉じて音もなく消えていく。

便利なものだな、と関心しつつ、運動不足になりそうだな、とどうでもいいことを考えた。

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