十一.記憶の海─深─
十四になる頃には、私はもう神夜に着いて戦場に赴くようになっていた。
もう匂いに頭を悩ませることはなかった。ただ、己の胸に言いしれぬ虚脱感が巣くっていたこともまた事実だ。それでも己の心を失わないで居られたのは、神夜のおかげに他ならなかった。
その日も私と神夜は、ある城を闇に紛れて遠巻きに観察していた。
「なぁ、神夜」
私は声を潜めるでもなく、普段通りに神夜に話しかける。
「今日はやめよう」
私は返答を待たずして、精悍な横顔に懇願するように声をかけた。
この頃、神夜は二十四になっていた。
「なぁ、神夜──」
返ってきた答えは短かった。
「駄目だ」
その言葉に、一瞬瞠目する。
「何故だ。今日はこれから雨が降る。視界が悪ければ、こちらが不利になることは目に見えているじゃぁないか。それに今日は──嫌な感じがして、ならないんだ」
言って俯く私にちらりと目をやって、神夜は私の頭の上にその大きな手を置いた。そしてその手で私の髪を撫でるようにすくった。
私の髪は、もう腰に届くほどに長かった。
「椿──」
呟いて、神夜は優しく微笑む。とても今から人を殺しに行く人間の顔には見えなかった。
「今日しかないんだ。昨日の戦で兵が疲弊し、手負って、警護も手薄になっている今日しか。あの城の兵はかなりの手練ればかりだと聞いているからな。こんなときでないと、さすがの俺でも危ないよ」
「でも」
「大丈夫、心配ない。椿──」
呼ばれて、ゆっくり顔を上げる。上げた瞬間、唇に暖かいものを感じて目を丸くする。
「──ッ」
神夜の顔が離れていくのを見て、やっと今己の身に起こったことを理解した。
呆然とする私を、神夜は優しく抱きしめた。
「これが終わったら、一緒になろう」
確かに私は嫁に行ってもおかしくはない歳だけれど、突然のことに思考がついて行かない。嬉しくない訳がなかった。自分には神夜しか居なかったから。五歳で出会った時から、神夜が私の世界の全てだったから。
自然と涙がこぼれた。
「──何故今なんだ。神夜のせいで、涙がとまらないじゃないか。これじゃぁ、仕事にならない」
神夜は私の涙がとまるまでそのままで居てくれた。
辺りが闇に沈み、城門を照らす篝火の朱が一層鮮やかになった頃、私たちは歩き出した。足音を消すでもなく、堂々と、城門の前まで、ゆっくりと。
「ここを通してもらいたいのだが」
──その晩、ある小さな城が一つ、落ちた