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十.記憶の海─波─

 まず始めたのは、食べることだった。

 第一に神夜は私に“毎日三食たべること”を課した。神夜に言わせれば私は“細っこい”らしく、細っこくては仕事にならないのだそうだ。最初こそ、急にしっかり栄養のある食事を取り始めたものだから身体がそれを受け付けず、膳の半分以上を残していたが、最近では残す量も大分減った。以前の生活では、食べ物を残すと言う行為は決して許されることではなかった。お椀に米粒一つでも残そうものなら必ず両親から叱責されたし、近所の人からは白い目で見られた。だからここに来て最初に取った食事も、大分無理をして食べた。無理だと訴える自らの身体を気力で黙らせ、喉につっかえる飯を水で流し込んだ。

 案の定、その夜床につくと、耐え難い吐き気が襲ってきた。

私は神夜が寝入るのを見計らって、外の空気を吸いにそっと表に出た。しかし表に出た瞬間、私は耐えきれずくさむらに駆け込み、吐瀉した。真っ青な顔をして中に戻ると、神夜は全てお見通しだったらしく、明かりを灯し、上半身を起こした状態で私を待っていて、その姿を見て私は咄嗟に身を硬くした。

 ──打たれる

 反射的にそう思ったのは、神夜の右手が挙がるのが見えたから。私はこれから来るであろう痛みに備えて歯を食いしばり、ぎゅっと目をつむった。だから不意に訪れた頭上の柔らかい感覚に拍子抜けした。 恐る恐る目を開けて神夜を見上げると、彼は私の頭を撫でながら一言、ごめんなと呟いた。

「俺がしっかり食べろなんて言ったから、無理させちまったんだな」

「……」

 私は何故神夜が謝るのか解らなかった。

 心底申し訳なさそうな顔をした彼に、ふわりと抱きしめられる。

「苦しかったろう。無理しなくて良いんだ。ゆっくり馴らしていこうな」

 彼の言葉に、私はゆっくり頷いた。そしてそのまま目を閉じた。神夜の体温が暖かくて心地良かった。

 その日から一月を、私は食事を取ることと、軽い運動をすることだけに費やした。運動と言っても、近くの山の中をひたすら歩いたり神夜と長い木の枝で剣技のまねごとをして遊ぶ程度だ。それでもしっかり必要な栄養を吸収した身体は、思った以上に丈夫になった。

 身体が出来てくると、今度は実際に人と戦う術を教わるようになった。体術、剣術、更に火薬や種子島の使い方まで神夜は事細かに教えてくれた。

 私が学ばねばならなかったのは、戦闘の術だけではなかった。山中の食べられる植物、茸の見分け方、更に薬草学の知識、文字の読み書き、作物の育て方、異国の兵法書など、神夜が私に教えてくれたことは全て頭に叩き込んだ。

 私は飲み込みの早いほうであるらしく、実技、学問ともにそつなくこなした。学ぶことがひたすら楽しかったのだ。ただ、作物を育てることに関しては例外で、何度種をまき試行錯誤を繰り返しても、これだけはどうしても失敗してしまうのだった。

「誰にだって苦手なものはあるさ」

 神夜はそう言ってくれたが、私は申し訳ないやら悔しいやらで、ひたすら農業関係の書物を神夜の書棚から引っ張り出しては読みふけっていた。

 その頃、私はある匂いに頭を悩ませていた。

 その匂いは、決まって神夜が仕事から帰ってきた時に彼から染み出しているようだった。禍々しい。その言葉がしっくりくるようなそれは、神夜が仕事で家を空ける日数が多ければ多いほど濃くなった。

 ──頭が、痛い

 ある日私は、ついに匂いに耐えきれなくなり、神夜に問うた。これは何の匂いかと。

「──これは……死の匂い。たくさんの人の、俺が奪った命の分だけ浴びた、血の匂い」

 答えた彼は、今にも泣きそうな顔をしていた。

 ──あぁ、そうか

 私はやけに冷めた頭で、神夜の言葉を聞いていた。

 ──私がやろうとしていることは、こういうことなんだ

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