理性とユウと
「カノン…?」
理性に乗っ取られてしまった私は、ただ見ていることしかできなかった。
理性の私は、いったい何をするつもりなのだろうか。検討はなんとなく、ついていた。
「ユウ君、やっぱりユウ君の提案は受け入れられないよ」
「…それは、どうして?」
「私はこの世界でもう一度ユウ君に出会えた。それだけで十分」
理性の私は、そう言った。
うん、確かにその気持ちはなくはない。
だけど、と本能の私は言いたくなる。
「私ね、心を壊されてから、ずっと考えてたことがあるの。
この先、もし心が修復されても、きっと私は幸せになれないんじゃないかって。
だって、心を壊すような、そんな出来事があったんだよ?
もう、その時のことは覚えてない。
だけど、そんな思いをするなら、いっそ…」
「カノン…。
わかった、君の答えはそうなんだね」
ユウ君はそう言ってくれるけど、違う。
それは私であって私でない意見。
理性の私の答えであって、本能の私の答えでは、ない。
そう思っていた矢先、予想もしていなかったことをユウ君は言い放った。
「でも、僕は最初に出会ったカノンの意見も聞きたいな」
「…!?」
「雰囲気がなんとなく違う。君は、どのカノンなんだい?」
ユウ君は気付いていたのだろうか。
本能と理性の私の違いに。
出会ってそんなに時間も経ってないというのに、普通なら気付くことはない。
ユウ君、君は…。
「僕はカノンを助けるためにここに来たって言った。だからかな。何となくわかるんだ。
カノンに宿る感情とか、そういうのが。
今のカノンはさっきまで話していたカノンとは違うものを持ってる。
だから、君は僕が最初に出会ったカノンじゃ、ない」
見抜かれていた。本能と理性の違いを。
そう言った力をユウ君は持っていたんだ。
「僕も最初、声にそう言われた時はそんな事ありえないと思ったよ。
だけど今、その疑問は確信へと変わった」
だから僕はもう1人のカノンがどうしたいのか聞きたい、ユウ君はそう言ってくれた。
…ありがとう。
「…好きにして。
だけど、私は助けてほしいなんて思ってない。
救われた先に幸せなんて、きっとない」
そう言って、理性の私はこの身体から離れていった。
「ユウ君、その、ごめんね」
「君が謝る必要はないよ」
「…あれは理性の私。心を壊してからずっと私と彼女は言い争っていたんだ。
私は生きたいって思ってる。生きて、ユウ君やミユと会いたい。
だけど理性の私は、その先に幸福はない。
それならいっそ最期の時まで眠ろうとそう思ってる」
「…つまり本能の、僕の目の前にいる本能のカノンは生きたい、救ってほしいって思ってるってこと?」
ユウ君はややこしくなりがちなこの話を簡潔にまとめて、私に問いかけてくる。
「うん。だけど、今はまだ答えが出せない。
実際、理性の私が言っていることもわかるから。心を壊され、修復されたその先に幸せはないのかもしれないって」
「…そっか。なら僕は君が答えを出すまで一緒にいることにする。
それまでは君の心に巣食い、心を喰らうハーツイーターを退治することにするよ。
答えを出すまでにハーツイーターに全て心を喰われてしまったら、君は…」
「死んでしまう、わかってるよ。
それにユウ君1人じゃ対処しきれないことも。
だから、なるべく早く。答えを必ず出すよ」
私はそう言ってユウ君の部屋を出て行った。
◆
ナミダノマチ。宿屋、私の部屋にて。
その夜、私はベッドに入りながら考え事をしようとしていた。
とは言え、今日は思いがけないような出来事が数多く起こった。
ミユとの離別や、ユウ君との再会。
ハーツイーターに襲われたり…。
私の身体はもう既に限界を迎えていて、眠りに就こうとしていた。
そんな時、運命の悪戯か、何なのか…。
この街にもハーツイーターが襲いかかってきたんだ。
「カノン!」
「ユウ君!」
「カノン、一先ず僕の側から離れないで。
下手に逃げ回った方が危険だ!」
ユウ君はそう言って、近くにいるハーツイーターを切り刻んだ。
そう言えば色々と考えることや驚くことが多すぎてあまり注目することがなかったけれど、ユウ君の武器、あれは何なんだろう。
ナミダノマチへ向かう途中で簡単な説明を受けたことを思い出す。
◆
「ユウ君、ユウ君はどうやってハーツイーターと戦ってるの?」
私はそう質問すると、ユウ君は自分の手を見つめ始めた。
「声に導かれて、この世界にやってきた時。
初めてハーツイーターと遭遇したんだ。
襲われて絶体絶命って時に手からこんなのが出てきた」
そう言ってユウ君は自らの手から剣のようなものを取り出した。
その剣の形状は、学校で習うような歴史の教科書に載っているような中世のものとは異なり、幻想的な、不思議な形状をしていた。
「綺麗な剣…」
思わずそう声を漏らしてしまった。
薄く紫がかった色は夢想を彷彿とさせ、その刀身と相まって綺麗、と言わんばかりの輝きを放っていた。
◆
ユウ君もどうして自分にこんな力がって思ってるらしいけど、これなら私を救えるって思ってくれてるらしい。
こんなに言ってくれるのに答えを出せない私がなんだか情けなく感じる。
…ユウ君がいてくれる、これだけ幸せなのに。
何故だか違った感覚に襲われる。
それが私が答えを出し切れない、もう一つの理由だった。
何か引っかかるものが私の中にある。
私はその引っかかるものが何なのかを理解して、答えを出すために。
今は行動しないといけないんだ。
「……ノン、…カ…ン。カノン!」
「…!
ご、ごめん。ユウ君、どうしたの?」
ユウ君の声が聞こえなくなるくらい、私は考え事をしていたらしい。
「この辺りのハーツイーターは全部倒したよ。
怪我はない?」
「うん、大丈夫。ユウ君こそ大丈夫?」
私よりも戦っていたユウ君の方がはるかに怪我をする危険は高い。
心配すらなら当然ユウ君の身の心配だ。
「僕は大丈夫。このハーツイーターとは戦い慣れてるから」
「それなら良いんだけど…」
…と、その時。私の中で何かが干渉し始めた感覚に襲われた。
これは、理性の私に身体を乗っ取られた時の感覚とそっくりだ。
「どうしたの?カノン…」
「……聞こえない?ユウ君。どこかで泣いてる声がする」
嗚咽する声がどこからか、私には聞こえていた。そしてこの声の持ち主が誰なのかも検討がついていた。
「……もしかして、私?」
私はそんな考えが頭によぎった瞬間、その声の方向へと駆け出した。
私は走りながら、その考えを確信へと変えていくための情報を構築していた。
ナミダノマチ、涙の、街。
誰かが泣いている声。
つまりは。
これは、私の心の…悲しみの区域だ。
「……っ、貴女は…」
声の方向へと辿り着くと、そこには見覚えのある少女の姿があった。
その表情は悲しみが溢れ出したかのような、そんな表情で、思わずこちらがもらい泣きすらしかねないほどの。そんな表情だった。
「やっぱり、貴女は『悲しみの私』なんだね」
そこには、私と瓜二つの、もう1人の私がそこにいた。




