手紙が呼び起こしたもの
無事港に着き、私たちは船に乗り込んだ。
私は橋から落ちたあの時、かなりの距離を流されていたみたいで、半日はかかるようだ。
私としては海の景色が気になっていたけど。
何故なら虹色に反射した美しい海だったからだ。
こんな海、現実ではまず見ることはないだろうし、目に焼き付けておかないと。
「ん〜〜心地良いね」
「ああ、本当に」
その発言とは裏腹にユウくんはどこか気になるような表情をしていた。
「ユウくん、どうしたの?」
「……いや、なんでもないよ」
ユウくんはそれを言おうとはせず、ただ黙り込んでいた。
…話したくないことなのかな…。
「ね、ユウくん。お腹すいたんじゃない?
食堂行こうよ!」
私の提案を受け入れたユウくんは一緒に食堂へ向かった。
◆
食堂へと向かうとそこには色んな人がいた。
皆それぞれ色んな料理を食べている。
昼頃なのでほとんどの席が埋まっていたけれど、たまたま2人席が空いていたので座ることができた。
「良かったー、座れて」
「ご注文はお決まりでしたか?」
するとメイド服を着た女の子…。
現在の学校のクラスメイトで隣の席というのもあり話しかけられることが多い女の子が私たちの元へとやってきた。
「あ、えーと…これください、あとこれも」
「僕はこれで」
「はい、ご注文承りました。少々お待ちください」
メイド服可愛いなぁ。
私が着たら絶対恥ずかしいだろうから着ようとは思わないけれど。
ミユは絶対勧めてくるだろうなと思った。
この服を買った時も随分いろいろ着せられたし…。
水着とかも着せられるんじゃないかと思ったよ…なんて色々思い出しているうちにすぐに注文したものがやってきた。
「うーん!美味しい!」
「本当だ、すごく美味しい!」
私もユウくんもここの食事には絶賛するものがあった。
とにかく美味しいのだ。
「カノン、もしかして船では美味しいものが食べられるとか思ってた?」
ユウくんがそう言ったのは私の記憶やイメージから形成されているからと睨んでいるからだろう。
……事実そうなんだけど。
「そ、そうだよ、だって乗るのだけでも高そうなんだから美味しいと思ったんだもん」
「ははは、お陰で美味しいものが食べられたよ」
こんな調子で私とユウくんは食を進めていき、やがて完食した。
それからまた少し時間が経って、またユウくんが気になるような表情をして。
「ね、ねぇ、カノン。聞きたいことがあるんだけど…」
「何?」
ユウくんは私を心配するように見つめて、今もなお次の言葉を出すのを躊躇っているようなそんな雰囲気だった。
「…カノンは、ミユと会って平気だったの?」
「どういうこと?」
まさか、ユウくん。
「ほら、6年前の…」
「………」
…お願い、それはやめて。
これ以上のことを、言わないで。
「ミユが病気になった時、カノンは…」
それを言われると私は…。
「……ごめん、ユウくん。それは言わないで」
私はそう言って食堂から飛び出していった。
向かった先は船の個室。
とにかくそれ以上のことは聞きたくなかった。
思い出したくなくて、思い出そうとしなかったんだ。
ミユと出会ってもそのことはずっと思い出さないようにしてきた。
だって私がミユを…。
◆
「ミユは…ミユの状態は!?」
「……わかりません。
詳しく検査をしない限りはなんとも…」
「……そんな」
6年前。
現実世界のミユは病気になった。
私が知る限りではまだどんな病気はわかっていなかった。
でも何が原因かはすぐにわかった。
というか私にしかわからない。
それは……。
私のせい、だから……。
◆
シャワーを浴び終えて、私は無意識に濡れた身体のままベッドへと倒れこんだ。
「……ミユに会いに行く時にこんなことを思い出すなんて…」
……なんだか外が騒がしい気がする。
何が起きているんだろう?
「……カノン」
ユウくんの声だ。
あんな風に突き放してしまって、すごく悪いことをしてしまったと今になって後悔している。
「ごめん、カノン。やっぱり聞くべきじゃなかった、許してほしいとは言わないけど、本当にごめん」
「…ユウくんは悪くない。私の方が…」
私は謝ろうとした。多分ユウくんは気遣ってあのことを言ってくれたんだ。
寧ろユウくんは私がミユと一緒に暮らしていたなんて聞く方が驚いていたに違いない。
「…カノン、そこから出ないで。
ハーツイーターが甲板に上がってきたらしいんだ。
僕も戦うから、カノンはここでおとなしくしていてほしい」
ユウくんは私の言葉を遮った。
無論それは故意によるものではなく、緊急によるものだったことは理解してる。
「わかった、話はその後で」
「うん、ありがとう」
ユウくんが走る音が聞こえ始め、その音も聞こえなくなった頃。
戦う音が聞こえた。
剣でハーツイーターを切り裂く音や叫び声。
食堂の方からはハーツイーターの恐怖からの叫び声も聞こえてくる。
ハーツイーターが如何に嫌厭される存在なのかそれが今一度よくわかった気がする。
濡れた身体を拭き、服を洗うためにバスローブに着替え、ユウくんに言われた通り個室に留まった。
◆
1人でこの狭い部屋にいるとユウくんに言われた言葉、自分がとってしまった態度、そして過去の出来事を思い出してしまう。
シャワーをしている時はいろいろ洗い流されていく感覚になるが、今はそうではない。
私に戦える力があるなら、戦って気を紛らわせたいくらいだ。
本能が思い出すことを拒んでいる。
思い出してはいけない、それは私にとって辛いだけだと。
事実、長い時間が経って私はあの時の出来事を無理やり封じ込めていたのだろう。
だからこそ、ミユと共に過ごすことができた。
だけどミユからの手紙、それで思い出してしまった。このことを。
多分ユウくんも鮮明に。
…どれほど時間が経っただろうか。
こうしているとまだ10秒も経っていないような気もすればもうずっとここで留まっているようなそんな気にもなる。
暫く経つと漸く戦う音が聞こえなくなってきた。
勝ったのか、負けたのか。この時点ではまだわからなかったけれど、船乗りたちや乗船した人たちの勝利の雄叫びを聞いて私は-恐らくこの船に乗っている全ての人たちも-安堵感を覚えた。
◆
戦いが終わり、完全に日も暮れた頃。
ハーツイーターに壊された甲板を修理するために運航が遅れてしまっているらしく、少なくとも今日に着くことはないみたいだ。
乗船してる人たちのブーイングとかあるのかなと思ったけどそんなこともなくなんとなく安心できた。
するとドアをコンコン、と叩く音が聞こえた。
「カノン、大丈夫だった?」
「うん、ユウくんは大丈夫なの?」
「僕は平気だよ。……あのさ、さっきの話の続きがしたい」
ユウくんは戦い終えてまだ休みもつかずに私の元へとやってきた。
疲れているはずなのに……。
でもそれなら、私もちゃんと向き合ってお話ししないといけないはず。
「……いいよ、入って」
「うん、お邪魔しま…ってその格好は!?」
ユウくんは顔を真っ赤にして私から視線を外していた。
格好といえばバスローブのままだ。
別に恥ずかしいというほどでもないけど、ユウくんからしたら失礼なことをしたと思ってるんだろう。
「…別にユウくんになら平気だから。ほら、入って」
「う、うん、じゃあ改めて…お邪魔します」
…あれ、意識するとちょっと恥ずかしいかも?
とは言え、今は真剣なお話をするんだから私のそんな意識は遠くへと追いやった、考えなくていいことだ。
「…ユウくん、ミユについては大丈夫。
この世界のミユはあの時の姿のままだから…ちょっと辛いけど、でも平気だから」
「…そうなの?」
「うん、取り敢えずまだ色々整理はついてないけど…ミユに会いたい気持ちの方が強い、と思うから」
「…わかった。カノンがそう言うなら僕はそれを信じる。
……カノンはあの時、自分のせいなんだって言って以降、上手く話せてなかった。
あの時の僕にはそれがわかってなくて、今もよくわかってない。
それから暫くカノンが学校に来ることなく転校してしまったし…。
でもちゃんと話してくれて嬉しかったよ。
それじゃあ、僕は行くね」
ユウくんはそう言って早々に部屋から出て行った。
あれがユウくんの本心なんだろう。
真剣な表情で真摯に話してくれた、それは聞いているだけでよくわかった。
私は、私のせいでいろんな人に迷惑ばかりをかけている。
それはこの世界だけに限らない。
現実の世界でも、だ。
私は、色んな人達を悲しませている。
何故かはわからないけど、人を悲しませてしまう謎の力がある。
「……私に『人を不幸にする力』なんてなければこんなことにならなかったんだろうな…。
多分、私の心が壊れた原因も…」
私に…こんな力さえなければ…。
◆
「…そう、まさか本当に感情との一体化を果たしてしまうなんて…。
一体なんの力が働いてるというの…?」
私には『本能』が何故感情と一体化できたのかわからなかった。
『理性』が感情を支配するものだと思っていたけど、違うみたいだ。
そんなこと教えてくれなかったのに…。
「…まぁ良いわ、彼女のことだからきっとミユの元へと向かうはず…。
……今度は少し手を変える。
感情と一体化できるというのなら仕方ない…。
……本能を、消すまで」
その視線の先にいたのは、ハーツイーターがいた。
カノンの設定がだいぶ明かされてきたと思います。
ミユとカノンの過去、そしてカノンが持つ謎の力……。
まだまだその謎が明かされるのは先ですが、話が進んできました。
さて、思い出したくなかった過去を思い出してしまったカノンやもともとぎこちない距離感だったのがある一言でまた少し離れてしまったことに後悔するユウ。
そして暗躍する理性のカノン。
もう少しで第1章も終わりです。
よろしくお願いします。