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謎解きはネコカフェで  作者: 滝元和彦
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考えさせられるミステリー


 石橋店長の背後の壁には、ネコの形をした時計がかけられている。みるくがその時計を見ると、すでに深夜の2時を過ぎていた。普段ならもう寝てる時間だったから急に眠気が襲ってきた。他のメンバーも眠気と戦っているようだ。

 陸斗はさっきから何度もあくびをしているし、本郷は何度もメガネをはずして目をこすっていて、目は真っ赤に充血している。くるみはペンを握ったまま、うとうとしている。

「みんな眠たいようだけど、そろそろ2問目にいくよ」石橋店長がそう言って、手をたたいて、みんなの眠気を追い払う。

「さくっとやっちゃいましょう。オレ明日の朝からバイトなんすよ」

「リクってバイトしてたんだっけ?」と店長が意外そうな顔をする。

「最近始めたんすよ。コンビニの早朝バイトっすけど」

「えー、なんかリクさんがコンビニで、いらっしゃいませとか言ってるの、想像つかないな」くるみが冷やかし気味に言う。

「駅前のコンビニで働いてんだ。くるみちゃん、今度来てよ。中華まんくらいなら、おごるよ」

「ほんとですか、今度、友達と行きます」

「じゃあ、さっさとやりますか。神楽坂さん、お願いします」

「わたしの番ね」神楽坂がそう言って、話し出そうとすると、彼女のお腹が『グー』と鳴った。音はみんなに聞こえるくらい大きかったから、神楽坂は恥ずかしそうな顔をした。

「あー、お腹すいちゃった。ちょっとなにか食べてからでもいいかしら?」

「マジっすか。オレが朝早いって言ったばっかりなのに」

「だってしょうがないじゃない。きのうの夕方から何も食べてないんだから」

「はははは、腹が減っては話もできぬですか。じゃあなにか食べてくださいよ」店長はメニュー表を神楽坂の前に置いた。

 神楽坂はメニューを見てすぐに、

「じゃあ、ミステリーカルボナーラでいいかしら」名前にミステリーとついてるが、もちろん普通のカルボナーラだ。

「他に何かたのむ人いない?」他のメンバーは首を横にふる。

「カルボナーラお願い」

「おばさんが食ってる間、オレたち待ってるんすか」

「すぐ食べるから、ちょっと待っててよ」

「そしたら、その間、オレの面白エピソードでも話していいっすか?」

「リクの面白い話って、面白かったことないんだよなあ」と店長は微妙な顔をする。

「今日のは面白いっすよ」

「じゃあ、面白かったら『1にゃんポイント』やるよ」

「ほんとっすか」

 それを聞いていたメンバーも『にゃんポイント』に反応する。

「えー、リクさんだけずるい」とくるみ。

「面白い話なら、私も持ってます」と本郷。

「にゃんポイント!」と柊。

「みんなの話も次回聞くよ」

 陸斗はコンビニのバイトで体験したことを話した。

「はははは。まあまあだな。じゃあ1にゃんポイントやるよ」

「あざーす」

 神楽坂が食べ終えた。メンソールたばこに火をつけて一服してから話し始めた。

「みんなも、ペットショップには行ったことあるわよね。最近、うちの愛猫の斗真とうまが死んじゃったのよ。シャムネコで、14才だったの。とってもお利口で、人なつこいネコでね。うちには斗真以外にも、3匹ネコを飼ってるんだけど、斗真がいなくなってから、どうしても寂しくて。それで、もう1匹ネコを飼おうと思って、近くにあるペットショップに行ったの」神楽坂は斗真といっしょに過ごしたことを思い出したのか、目に涙を浮かべているように見えた。

「えー、斗真死んじゃったんですか。この前、神楽坂さんの家に遊びにいったときは、すごく元気そうだったのに」くるみまで悲しそうな顔になる。

「そうなのよ、あの時は元気だったんだけどね。しょうがないわね、人間で言ったら、おじいちゃんだったから。それで、ペットショップに行って、どのネコちゃんにしようか、店内を見てまわってたの。メインクーンがいいかなって思って。もしいなかったら、他の種類でもいいかなって思いながら1つずつケージを見てったわ。

 最近はいろいろな種類があるのね。エキゾチックショートヘアーなんていうのもいたわね。見てると、みんな持って帰りたくなっちゃうわよね。そうやって迷ってたら、他のお客さんが店に入ってきてね。

 そのお客さんは店に入ると、歩きながらケージを見ていって、すぐに店員さんを呼んだの。店員さんが来たら、『これください』って。なんか、全然迷ってる感じじゃなかったわ。初めから決めてたような感じね」

「その客は何を買ってったんすか?」リクが興味深そうに訊く。

「ベンガルだったわね。あまりにも即決だったから、わたしちょっと訊いてみたのよ。『決めてらしたんですか?』って。そうしたら、そのお客さん、ニッコリとほほ笑んで、『そうなんです』って答えたの」

「じゃあ、そのお客さんはそれまでに何回も店に来て、品定めしてたんでしょうね。何十万円もする買い物ですからね」本郷が納得したように言った。

「おばさん、それのどこがミステリーなんすか。確かに即決すぎる気はするけど」

「それだけだったら、わたしもそんなに不思議には思わなかったわよ。実は、そのお客さんがそうやって即決でネコを買っていったのは、その日だけじゃないのよ」

 話を聞いていたメンバーの目が見開いた(柊じいさんを除く)。

「マジっすか?」陸斗の声が大きすぎて、テーブルの上で眠っていたチーズがビックリして目を覚ました。

「その先週も、その先々週も、その人は、ほぼ即決でネコを買っていったのよ。わたしからのミステリーは『そのお客さんはなんで毎週ネコを買っていったのか』よ」

 石橋店長は神楽坂の話をうんうんと、うなずきながら聞いていた。

「いやー、なかなかのミステリーですね。ところでその謎は解けてるんですか?」

「解けてるわ」

「じゃあ、ここから質問タイム。質問ある人は手を挙げて」

 くるみが真っ先に手を挙げた。

「そうぞ、くるみちゃん」

「みんなも聞きたいと思うんですけど、そのお客さんって、男の人ですか、女の人ですか?」

「女の人よ」

 くるみは手を挙げたままだ。

「質問続けていいよ」

「えーと、その女の人は誰かと来てるんですか?」

「ずっと1人で来てたわね」

「1人で来ていた」くるみは丁寧にノートに記入する。

 みるくが遠慮がちに手を挙げた。

「みるくさん、どうぞ」

「ええと、その女の人が店に来る時間とか曜日とかって決まってたりしますか?」

 神楽坂はちょっと考えてから、

「そうね、時間も午前中だったり夕方だったり、曜日も特に決まってる感じじゃないわね」

 本郷が手を挙げた。

「本郷さん、どうぞ」

「今週はベンガルを買っていったということでしたが、先週、先々週も、やっぱりベンガルを買っていったんでしょうか?」

「先週はスコティッシュフォールドで先々週はペルシャだったわ」

「そうですか、種類は決まってないようですね」

 本郷が質問した後、メンバーはみんな考えこんでしまった。本郷は寝ているスリーピーを抱き上げて自分の顔に近づける。スリーピーは迷惑そうな顔をして、「ニャー」と鳴く。

 くるみは、思いついたことをノートに書き留めては、それを黒く塗りつぶす作業を繰り返している。

「じゃあ、そろそろ質問タイムはいいかな?」

「あっ、じゃあ質問いいっすか?」陸斗がどうしようか迷いながらも手を挙げる。

「いいよ」

「その女の人がネコを買っていく時の店員のリアクションって、どういう感じなんすかね?」

「どういうって、他のお客さんといっしょよ。特に変だなとか、驚いてるような様子はなかったわ」

「そうすか」陸斗は何か考えがあったのか、納得しないような声だ。

 石橋店長がメンバーを見渡して、手を挙げるメンバーはいないことを確認する。

「じゃあ、解答タイムスタート!」

 店長が威勢よく宣言したものの、メンバーは考えこんでしまっていて、誰も手を挙げない。

「あら、誰も手を挙げないの?ちょっと難しかったかしら」

 うーんとうなっていた陸斗が手を挙げた。

「とりあえず答えてみるか」

「リク、いいよ」

「その女の人は、実は同じ人じゃなかったんすよ。3回とも別人だったんす。どうすかね?」

 神楽坂はちょっとためてから、きっぱりと言った。

「違うわよ。同じ人よ」

「リクは別人説が好きだよな」石橋店長がそう言って笑う。

「本当に同じ人っすか、確かめたんすか?」

「実際に名前とかを聞いたわけじゃないけど、同じブランドのバッグを持ってたし、同じネックレスをしてたし、目の近くにあるほくろも同じだったから、同じ人でしょうね」

「そうすか」

 みるくは手を挙げなくてよかったと思った。陸斗と同じように、別人なのかもと思ったから。

「他に答える人いない?いなければヒントいっちゃうよ。柊さん、起きてますか?」

「わしは起きてるぞ」

 本郷が手を挙げた。

「本郷さん、どうぞ」

「答えはシンプルなんじゃないですかね。私が思いますに、その女の人は、ネコをプレゼントしてたんですよ。例えば、お孫さんとかに」本郷はどうですかという視線を神楽坂に送る。スリーピーも神楽坂をじっと見つめている。

「残念、プレゼントじゃないわ」

「違うか」

 本郷が答えた後、しばらく膠着こうちゃく状態が続いた。店長が時計を見ると、午前3時を回っていた。

「じゃあ、時間もあんまりなくなってきたんで、ヒントいっちゃいますか、神楽坂さん、1つ目のヒントお願いします」

「そうねえ、どうしようかしら。あ、あれがいいわね。じゃあヒントね。その女の人はネコを買っていくんだけど、キャットフードとかトイレとか、トイレ用の砂とかのグッズ類は一切買っていかないの。これがヒントよ」

「それがヒントなんですか、ますます分からなくなってきちゃったー」くるみがノートにヒントを書きながらつぶやく。そうつぶやいていたくるみがノートを見ていると、なにかに気づいたのか、「あっ!」と声を出した。それから手を挙げる。

「店長、いいですか」

「いいよ」

「その女の人って、本当のお客さんじゃなくって、サクラなんじゃないですか。店で雇われて、お客さんのふりをしてる人。そうやって、ネコがいっぱい売れてるように見せてるんじゃないですか?」

「くるみちゃん、………残念違うわ」

「神楽坂さん、すごくためましたよね」

「あはは、ごめんね。でも、くるみちゃん、よくサクラなんて言葉知ってるわね」

「ちょっと前にテレビで観たんです。なんだー、違うんだ」くるみは自信があったようで、がっくりと肩を落としてしまった。

「くるみちゃん、そんなに落ちこまないでよ。まだ後2回チャンスはあるから」

 店長の励ましも耳に入ってないようだ。

「わたしのミステリーはちょっと難しかったかしら」

「誰か答える人いない?このままだと、神楽坂さんが5にゃんポイントゲットしちゃうよ」

「にゃんポイント!」柊じいさんはまたそう叫んだ。

「そう言われてもなあ。今回の問題、けっこう難しいっすよ」チーズのあくびがうつったのか、陸斗も大きくあくびをする。

「2つ目のヒントいこうか」

「ちょっと待って、じゃあとりあえず答えとくか」陸斗が手を挙げる。

「リク、どうぞ」

「実は、その女の人が毎週ネコを買ってくのは、ミステリーでもなんでもなくて、たんに家で飼うためなんじゃないっすか?」

「違うわよ」神楽坂が即答した。

「答えんの早っ」

 陸斗が答えた後、石橋店長は他に誰も手を挙げないのを確認する。

「じゃあ次のヒントいっちゃおうか」

 メンバーはみんなうなずく。

「このまま誰も正解しなければ、わたしがにゃんポイントもらえるのかしら。じゃあヒントね。女の人が買っていったネコの種類はいろいろだったけど、それにはちょっと変わったところがあったのよ。それはね、買っていったネコはみんな生後6か月以上だったのよ。これがヒントよ」

「生後6か月以上のネコを買っていった?ますます難しいですね」本郷がメガネを神経質に拭きながらつぶやく。

「6か月って言ったら、もうだいぶ大きくなってるよな。たまにペットショップで見るんだよな。大きくなって売れ残ったみたいなネコ」陸斗がなにげなくそう言うと、正面に座っている初参加のみるくがなにか思いついたのか、はっっとした表情をした。みるくは店長の方に視線を向ける。

 どうしようかな、まだ1回目だし、答えてみようかな。みるくは思い切って手を挙げた。

「店長、いいですか?」

「みるくさん、どうぞ」

「あのー、今、陸斗さんが言ったことで気づいたことがあるんです。ひょっとして、その女の人は、買ったネコをどこかの施設に持って行ってるんじゃないですか。例えば、里親を探してくれるところとか」みるくはあまり自信のない口調だった。みるくがそう答えると、神楽坂の表情は笑顔になった。

「………みるくちゃん、正解よ」

「えー、ほんとですか、やったー」みるくは両手を挙げて大喜び。

「それが正解なの?」くるみは意外そうな様子。

「よかったっすね、みるくさん」悔しそうな顔をしながらも、陸斗は称賛を送る。陸斗よりも悔しそうなのは柊じいさんだ。じいさんは、ぶつぶつと、

「あー、にゃんポイントが…」と繰り返している。

「よく分かったわね、みるくちゃん。この問題はたぶん誰も解けないだろうって思ってたんだけど」

「わたし、つい最近、テレビでペットショップで売れ残った動物たちがその後、どうなるかっていうドキュメンタリーを観たんです。ペットショップでは、生後6か月以上経つと、急に売れなくなるみたいですね。そうやって売れ残ったペットたちの中には、悪徳ブリーダーの手に渡って、劣悪な環境の中で、子を産むためだけのために使われることもあるそうですね。

 そうして、子を産むこともできなくなると、ブリーダーの中には、保健所に持ち込んで、最悪、殺処分されるらしいです。そのテレビを見てたら、すごく悲しくなって、人間って身勝手だなって」

 神楽坂はみるくの話に大きくうなずく。

「そうね、みるくちゃんの言った通りね。わたしは、その女の人と少し話したことがあるの。それで聞いてみたのよ。どうして毎週ネコを買っていくんですかって。みるくちゃんの言う通り、ペットショップでは、生後6か月経つと急に売れなくなるらしいわね。そうやって売れ残ったネコや犬って、価格が半額くらいになるらしいわね。その女の人は売れ残ったネコを買って、里親を募集しているところに寄付するんだって。日本でも、最近そういう施設が増えてきたみたいね。海外なんかでは、そういう施設でネコや犬を探すのが多いみたいね。日本では、ネコや犬が年間何万匹も殺処分されてるから、ちょっと考えないといけないわね」

 神楽坂の言葉に、メンバーはみんな、そうですねという感じで、うなずいた。

「でも、その女の人って、すげー金持ちっすね。毎週、何万円もするネコを買ってくんだから」

「わたしもそう思って聞いてみたの。女の人はどこかの会社の社長だって。わたしは3週続けて、女の人がネコを買ってるのを見たんだけど、特に毎週買ってるわけじゃなくて、売れ残りそうだなと思ったネコを買ってるそうよ」

 石橋店長が今夜の『ミステリーナイト』を振り返った。

「いやー、今日は考えさせられる話だったね。みるくちゃんの話は人生の悲劇っていうか、人間の一途な思い。神楽坂さんの話はネコや犬の殺処分の問題。今回、初参加のみるくちゃんは、『ミステリーナイト』はどうだった?」

「最初はちょっと緊張してたんですが、すごく楽しかったです。みなさんも個性的で面白い方たちだし」

「それはよかった。今度は2週間後にあるから、また参加してね」と店長は満面のスマイルで言った。

「はい、お願いします」


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