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謎解きはネコカフェで  作者: 滝元和彦
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ミステリーナイトにようこそ


 午後10時30分、某駅の改札から、1人のスーツ姿の若い女性が出てきた。女性の名前は天衣あまいみるく。19才。彼女は今年の3月まで高校生だった。教育ママのおかげ(せいで?)で、県内有数の進学校に進んだが、周りの友人たちが皆、大学に進学する中、みるくは早いうちから社会に出て働きたいと就職する道を選んだ。どういう仕事に就くか、いくつか候補があったが、彼女が選んだ職業はホテルウーマン。以前、ホテルウーマンの人生を描いた映画を観て、『この仕事がしたい!』と思った。でも、実際に働いてみると、想像以上に大変な仕事なのが分かった。大変だが、充実感もあった。特に、お客様の笑顔を見ると、みるくはこの仕事をしていて良かったと思う。そういう時は溜まった疲れも吹き飛んでしまう。それでも、4、5日連続勤務が続くと、さすがに若いとはいっても、心身ともに疲れてくる。そんな時、彼女は1人暮らしを始めたアパートの近くにあるネコカフェで、にゃんことたわむれながらリフレッシュする。ふだんは、だいたい19時ごろに店に寄るのだが、今日はすでに閉店の午後10時を過ぎている。それにもかかわらず、みるくは、そのネコカフェを目指して急ぎ足で歩いていく。大通りから1つ狭い路地を入ったところに、彼女の目的地がある。看板はもう消えていて店の名前が見えにくくなっているが、そこには『キャットテール』と書かれていて、かわいいネコのイラストが描かれている。彼女がこんな遅い時間にやってきたのには理由があった。2日前に、みるくが店に来た際に、店長からアンケートに答えてほしいと頼まれたのである。そのアンケートの質問には、当ネコカフェを利用して、満足したかとか、どういうサービスがあればよいと思うかとか、いろいろあったが、最後に『謎解きは好きですか?』という質問があった。それまでの質問とは、あまりにも違いすぎていて、みるくは『えっ?』と思ったが、彼女はミステリーやサスペンスものが大好きだったから、『はい』の欄に2重丸をした。

 それから3日経って、みるくが仕事からアパートに帰ってくると、郵便受けに封筒が入っていた。裏側に招き猫の絵が描いてあるのをみて、すぐに差出人が『キャットテール』なのが分かった。玄関口で封筒を開けると、ポストカードのようなものが1枚だけ入っていた。それには『ミステリーナイト』への招待状と書かれていて、今週の金曜日午後11時にぜひお越しくださいと添えられているだけだった。みるくはちょっと、あやしいなとは思ったが、思い切って参加してみることにした。友達も誘おうかと思ったが、彼女の親友の莉奈りなはネコが嫌いだったし、『なんかヤバい会なんじゃない?わたしはやめとく』と断られてしまった。

 みるくはそのポストカードを手に握りしめてドアをゆっくりと開けた。

「暗っ!」

 店内は、ふだんの落ち浮いた照明とは違って、違ってというよりも、ほとんど暗闇に近かった。みるくが暗闇に慣れてくると、店内の様子がうっすらと見えてきた。いつも見慣れているレイアウトではなく、部屋の中央に細長いテーブルがあって、テーブルにはいくつかロウソクが灯されていた。そのロウソクの明かりで、椅子に腰かけている人の姿がぼんやりと見えた。

「あのー」みるくがテーブルに向かって声をかけた。

 すると、テーブルの奥に座っていた人が立ち上がって、みるくのそばに歩いてきた。

「やあ、こんばんは、みるくさん。待ってたよ」

「こんばんは」

 みるくのそばに来たのは、ネコカフェの店長だった。店長の石橋渡いしばしわたるは年令25才。もともと、彼の父親がここで飲食店を経営していたのだが、引退したために、改装してネコカフェとしてオープンしたのだ。去年から彼が店長として働いている。身長が180センチ近くあって、スラリとした体型で、いわゆるイケメンである。ホストクラブで働いていそうな顔をしている。

「ちょっと暗いけど、そこの空いてる席に座って」石橋店長が指さしたのは、店長が座っていた右隣の椅子だった。

「ロウソクの火を使うなんて、すごい雰囲気ですね。なんか怪談話でもするみたい」

「はははは。ごめん、ごめん。これはただの停電なんだ。もうちょっとしたら、電気がつくと思う」

「て、停電ですか」

 みるくが空いてる椅子に座ると、長テーブルには、すでに5人が座っているのが見えた。みるくの正面には、20代くらいの男性。みるくが椅子に座ると、ロウソクのほのかな明かりで、みるくに視線を向けているのが見えた。右隣には、50代くらいの小太りのおばさん。宝石を体のあちこちに身に付けていて、金持ちオーラを出している。その正面には、スーツ姿の真面目そうな中年男性。小太りのおばさんの右隣には制服を着た女子高生。その正面には、70代くらいのおじいさん。みるくと店長を含めて、長テーブルには7人が座っている。

 店長が椅子に腰かけた。手には、なにか持っている。店長はそれをテーブルにそっと置いた。それはネコの彫り物のようだった。

「じゃあ、少し早いけど、全員そろったんで、始めましょうか。まず、新人さんを紹介します。今日から『ミステリーナイト』に参加してくれることになったみるくさんです。みるくさん、簡単でいいから自己紹介してくれる?」

 いきなり自己紹介してくれと言われて、みるくは焦った。入社した時の苦い経験を思い出した。

「えっ?自己紹介ですか。えーと、名前は天衣みるくです。名字のあまいは、てんころもって書きます。甘い、辛いのあまいじゃありません。今年、高校を卒業して、今は『マリンキャッスル』っていうホテルで働いてます。趣味は映画を観ることと、読書、それから神社、お寺巡りです。将来は、海外のホテルとかで働いてみたいと思ってます。よろしくお願いします」

「あまいみるくって、両親、絶対ねらって名前つけたよな」みるくの正面に座っている長い髪を茶髪に染めた男が、からかうように言った。

 みるくはなにか言い返そうとしたが、店長が先に、

「じゃあ、リク、おまえから簡単に自己紹介してってくれる?」と茶髪の男に促した。茶髪の男は、目の前にあるグラスに入っている飲み物を一気飲みした。

「名前は宇都宮陸斗うつのみやりくとっす。年令は非公開で。今はバイトしながら、絵の勉強をしてる感じっす。いちおー、美大卒業してるんで、自分で言うのもなんだけど、絵はそこそこうまいと思うっす。こんなとこっす」

「みるくちゃん、要するに、リクは親のすねかじりなのよ」みるくの右隣のおばさんが陸斗の方に煙草の煙を吹きながら言った。

「けむたいんだよ、神楽坂のおばさん、次はあんたの番だぜ」陸斗は煙草の煙を追い払うような仕草をした。

「いっつも、おばさん、おばさんって、言っとくけどね、わたしはこれでも、まだ40代なんだからね。ええと、自己紹介ね。名前は神楽坂いずみ。仕事はマンションと飲食店の経営をしてます。この近くでも、焼肉屋をやってるから、今度遊びに来てちょうだい。趣味は旅行かな。ついこの間も、南米に行って来たのよ。写真をいっぱい撮ってきたから、見たかったら見せてあげる。まあこんなとこね」

「じゃ、次は本郷さん」石橋店長がそう言うと、神楽坂の正面に座っている男性は、神経質そうに、メガネのフレームに手をやった。

本郷昭宏ほんごうあきひろです。よろしくお願いします。自分はサラリーマンをしてます。これといった趣味はないんですが、休みの日なんかは食べ歩きをしてます。ラーメンは日本中食べ歩きました。次はカレーの食べ歩きをしようと計画中です。興味があったら、ネットなどに情報をのせてるので、見てみてください」

「オレ、本郷さんのイチオシだっていうラーメン屋に行ってみたんすけど、あそこ、クソまずかったっすよ」陸斗が言うと、

「本当ですか、それは失礼しました」と、本郷が悪いわけでもないのに、陸斗に頭を下げた。

「本郷さん、気にすることはないですよ。リクの味覚はおかしいんですよ。じゃあ、次はくるみちゃん」

「はい」神楽坂の右隣の若い女性が返事した。

榊原さかきばらくるみです。高校2年です。役者の仕事に興味があるので、将来は女優さんになれればいいなと思ってます。趣味は普段の生活の中で、面白いなと思ったり、感動したりしたものをスマホで写真を撮って、写真共有サイトにアップすることです。興味があったら、のぞいてみてください」

 みるくは、自分と2つくらいしか違わないのに、ずいぶん大人っぽいなと感じた。同性からみても、なんか色っぽいところがあるなと思った。特にメークをしてるわけではないが、落ちついた雰囲気を持っている。

「じゃあ、最後、ひいらぎさん」

「……」

「柊さん、起きてますか?」

「あ、ああ、わしか。わしの名は柊武ひいらぎたけし。以上じゃ」

「終わりっすか。もっとなにかないんすか?」陸斗がそう言ったが、

「ない」と一言だけ言っただけだった。みるくが柊の方に視線を向けると、柊は目をつぶってるように見える。もともと目が細いので、開いてるのか、閉じてるのかよく分からない。

「柊さん、ほんとに無口よね。でもこの中で、一番、正解率が高いのよね」神楽坂の言葉にも、反応する気配はない。

 柊の自己紹介が終わって、石橋店長が立ち上がろうとした時、停電していた店の明かりがついた。

「やっと、電気がついた」

 みるくは電気がついて気がついた。みるくの足下に、アメリカンショートヘアーのチーズがいたのだ。チーズは8才のオス。なんでチーズという名前かというと、理由は単純でチーズが大好物だからだ。チーズはみるくのお気に入りのネコである。

「チーズ、いたの?」

「にゃあ」

 チーズはみるくの脚に顔をすりすりして、愛嬌をふりまいている。みるくはチーズを抱きかかえた。

「ごめんね、今日はチーズ持ってきてないの。また今度ね」

「にゃあー」

「石橋店長、そういえば他の子たちはどこにいるんですか?」

「みんなこの時間はケージの中で眠ってるよ。スリーピーはそこにいるけど」

「どこにいるんですか?」みるくは捜してみたが、見当たらない。

「ここですよ」サラリーマンの本郷が左隣にいる柊の方を指さした。

「柊さんが抱っこしてるんです。スリーピー!」

 本郷が名前を呼ぶと、柊のテーブルの下から、スリーピーが顔を出した。スリーピーは5才のマンチカンのメスで、いつも眠そうな表情をしているので、そういう名前になったそうだ。スリーピーはテーブルにいる人たちに眠そうな目を向けて、また顔を引っ込めた。

「じゃあ、電気もついたし、みんなの自己紹介も終わったんで、みるくさんのために、簡単に『ミステリーナイト』の説明をしようかな。『ミステリーナイト』は、簡単に言うと謎を解く会なんだ。毎回、みんなから謎めいた話を持ってきてもらって、その謎を推理するんだ。謎は基本的には、日常で経験したものに限る。あまりにも血なまぐさい話や残酷な話はさけてほしい。なんでかというと、ぼくは血とかそういうのが嫌いだから。謎は解けている方がいいけど、解けていない場合は、ここにいるみんなで推理して、その推理が正しいかどうか、後で確かめてもらう。それから『にゃんポイント』についてだけど」

 石橋店長が『にゃんポイント』と言うと、眠そうな目をしていた柊が反応した。

「にゃんポイント!わしの『にゃんポイント』はいくつだったっけ」

「柊さんは確か、152にゃんポイントですよ」店長は手元に置いているメモ用紙を見ながら答えた。

「じいさんがこの中で、一番ポイント持ってんだよな。オレなんか、まだ35にゃんポイントだぜ」陸斗がうらやましそうに言った。

「リクはこの前、景品と交換しちゃっただろ」

「交換なんてしなきゃよかったよ。あんなもんと交換だなんて思わないわ」

「あのー、『にゃんポイント』ってなんですか?」みるくはちょっと興味が湧いてきた。

「あー、ごめん、ごめん。『にゃんポイント』っていうのは、当ミステリーナイトが発行してるポイントで、謎を解いた時に貯まるんだ。出題者が話をした後、ノーヒントで正解したら、5にゃんポイント。ヒントを1つ出して正解したら、4にゃんポイント、ヒントを2つ出して正解したら3にゃんポイント、以下2にゃんポイント、1にゃんポイントとなっていく。もし、ヒントを出しても、誰も正解できなければ、出題者が5にゃんポイントもらえる。貯まったポイントは、いろいろな景品と交換できるよ」

「みるくさん、景品はあんまり期待しないほうがいいっすよ。オレなんか、この前、お楽しみ袋っていうのと交換したんすけど、中に入ってたのは、ネコのトイレの砂3か月分だったんで。オレん家、ネコ飼ってねーし」

「トイレの砂ですか」

「ははは。あの時はちょうど景品を用意しとくの忘れてて。悪かった、次からはちゃんとしたものを用意しとくよ」

 チーズが勢いよくテーブルの上に乗ってきた。

「ニャー」

「チーズがそろそろ始めましょうって言ってるわよ」そう言って、神楽坂は自分の腕時計を見た。すでに深夜0時を過ぎていた。

「説明はこんなとこかな。細かいことは、そのつど教えてくよ。じゃあ始めようか。それではみなさん、静粛に。おっほん」

 店内は壁にかかっている時計の音だけが聞こえる。石橋店長は静まりかえったのを確認した。すると、

「ネコに福澤諭吉」いきなり石橋店長が、かなりのボリュームの声でそう言った。

「ネコに福澤諭吉」他の5人も店長の後に続いた。

「えっ?なに?」みるくは、キョトンとした表情を店長に向けた。

 店長はそう言った後、テーブルに置いたネコの置物に軽く一礼した。他の5人も同じように一礼する。数秒経ってから、女子高生のくるみが、

「みるくさん、これは石橋店長の趣味なんです。毎回、ミステリーナイトを始める前に、店長がへんな一言を言うんです。でも、ネコに福澤諭吉って、どういう意味なんですか?」

「あははは。みんなは、ネコに小判っていうことわざは聞いたことあるよね。でも、いまどき小判はないだろってことで、現在使われてる一万円札の福澤諭吉にしてみただけだよ。みるくさんも次からは、みんなといっしょに言ってね。じゃあ、本題に入ろうか。ええと…」と言って、店長はメモ用紙に顔を近づける。みるくは、とりあえず愛想笑いをした。

「んー、困ったな。今日は1人は、神楽坂さんが話す番になってるんだけど、みんなネタ切れみたいで、もう1つ足りないんだよなあ。本郷さん、なんかないですかね?」

 本郷は、申し訳なさそうな顔をした。

「この前話したばっかりですからねえ。陸斗君はどうですか?」

「オレもないっすね」

 6人の視線が、みるくに集中した。

「天衣さん、なんかミステリーな話ない?」神楽坂がそう言うと、アメショのチーズがみるくの正面にやってきた。

「にゃん」チーズも、みるくに話を催促してるようだ。

「ミステリーですか」と言いながら、みるくは、最近なにかあったかなあと考えてみる。家ではなにかあったかなあ?仕事では特にないし。家族旅行に行った時、なにかあったっけ?んー、あ!そうだ。

「そういえば、ちょっと前…」

「みるくさん、ネタ持ってるんだね。じゃあ、今日の一番手はみるくさんで決まり!みるくさんが話してる最中に、みんなから質問がでたら、答えられる範囲で答えてね。いちおう、質問は自由ってことにしてるから。ちなみに解答は3回まで答えられるんだ。間違えたら、お手つきってことで、1回休み。じゃあ、みるくさん、どうぞ」

 みるくはちょっと緊張しながらも、最近、彼女の周りで起きたミステリーについて話し始めた。

「さっき、自己紹介の時に話したんですけど、わたしは今年の3月に高校を卒業して、4月から『マリンキャッスル』っていうホテルで働いてるんです。場所は海浜公園の近くにあって、そこまではここから電車とバスを使って通勤してるんです。この通勤の途中に、ちょっとミステリーなことがあったんです」

 チーズは、みるくの話してることが分かるのか、みるくの正面のテーブルの上に寝そべって、真剣な様子で聞いている。

「ホテルで働きだして1か月くらいは、電車やバスから見える景色を見ながら通勤してたんですけど、そのうち、景色を見るのも飽きてきて、音楽を聴いたり、スマホでゲームをしたりして過ごしてました。電車とかバスとかって、だいたい座る席って同じところじゃないですか?わたしはバスに乗ったら、右側の後部座席の辺りに座るんです。そこが空いてなかったら、その前に座って、そこも空いてなかったら、その前って感じで、とりあえずは右側に座るんです。でも、その時はめずらしく混んでて、右側に座れなかったんです。左側に1つだけ空いてる席があったので、たまにはいいかなと思って、真ん中くらいの席に座って、窓から見える景色を、ぼーっと見てたんです。普段、右の窓からしか景色を見てなかったので、けっこう新鮮な感じでした。今まで気づかなかったお店とか、建物を見つけて、携帯で写真を撮ったりしてたんです。左側に座るのもいいかもって思って、それからしばらく、左側の席に座って、景色を見ようって決めたんですけど、なにげなく景色を見てたら、あるものが気になっちゃって」

 ミステリーナイトのメンバーは興味深そうに、みるくの話に聞き入っている。ただ1人、柊のじいさんは、うつむきながら半ば目を閉じている。スリーピーは柊じいさんに抱かれて熟睡してるようだ。

「バスの停留所に『小学校前』っていうバス停があるんです。ちょうど、駅とホテルの中間くらいのところです。駅からは離れてるので、そんなにお店とかはないし、人もいっぱいいるわけじゃないんですが、小学校やファミレスや結婚式場なんかがあって、それなりに人通りがあるんです。そこに交差点があるんですけど、その交差点の手前のところにお茶の広告があるんです。そんなに大きなものじゃなくて、ちょうど、わたしたちの背の高さくらいの大きさで、『サニーライフ』っていう飲料会社が出してる緑茶の広告です。みなさんも、どこかで目にしたことはあると思います。わたしはバスから外の景色を眺めながら、その広告を見たら、あと半分くらいだなっていう目印にしてたんです。その日もバスがそこを通る時、広告を見たんですが、その広告の前で、じっと立って広告を見続けてる男の人がいたんです。その日は別になにも思わなかったんですけど、それから何日かして、わたしが窓の外を見ていると、またその広告の前で、じっと立ってる男の人がいたんです。スーツ姿の普通のサラリーマンで、身長やかっこうを見ると、前と同じ人でした。わたしは誰かと待ち合わせかなにかしてるんだろうって思ってたんですけど、それからまた何日かすると、またその男の人が立ってたんです。ちょっと長くなっちゃいましたけど、わたしからのミステリーは、『その男の人は広告の前で何をしてたんでしょうか?』です」

 みるくは慣れないながらも、なんとか話し終えた。

「みるくさん、なかなか良いミステリーを持ってるね。ところで、その謎は解けてるのかな?」

「はい、解けてます」

 石橋店長は満足そうな顔をした。

「じゃあ、質問タイムにいきますか。この段階で分かっちゃった人は答えてもいいよ。そうだ、みるくさん、なにか飲む?お腹がすいてたらサンドイッチとかあるけど」石橋店長がテーブルの下からメニュー表を出した。それをみるくの目の前に開いて置いた。みるくがメニュー表を見てみると、昼間のメニューといっしょだったが、名前の前に全部『ミステリー』と書いてあった。

「石橋さん、この名前の前に書いてあるミステリーってなんですか?」

「あっ、それはただ『ミステリーナイト』向けのメニュー表で、中身は同じものだよ」

「同じですか、じゃあミステリーカプチーノお願いします」なんかヤバい飲み物みたいだなあと思いつつ頼んだ。

「ミステリーカプチーノ1つお願い」店長が声を張り上げた。

「はーい」店内のどこかから声がした。

「ちょっと質問いいっすか?広告の前で立ってる男の人は、同じ人って言ったけど、ものすごく似てる別人ってことはないっすかね。例えば、双子の兄弟とか?」

「同じ人です」

 陸斗に続いて、女子高生のくるみが手を挙げた。

「あのー、その男の人が立ってる時間は具体的に何時くらいなんですか?」

「だいたい、7時30分くらいです」

「他の時間には立ってないんですか?」

「わたしが帰りのバスに乗ってる時はいないですね。だいたい夕方の7時ごろですけど」

 くるみは聞いたことをノートにメモしている。

「質問よろしいでしょうか?」サラリーマンの本郷が手を挙げる。

「どうぞ」

「その男の人が見ていた広告は具体的にどういうものでしょうか?」

「どうぞ、お待たせしました。ミステリーカプチーノです」

 みるくの横に、ネコの着ぐるみを着た店員が立っていた。

「あれ?横山さんですよね」

 着ぐるみと言っても、顔はほぼ隠れていないから、誰なのかはすぐに分かる。

「いいえ、わたしはロシアンブルーのコマです」

「コマってあのコマ?」確か、そんな名前のネコがいたのを思い出した。

「はい、そうです。みるくさん、いつも可愛がってくれてありがとうです」

「はははは、コマは『ミステリーナイト』の夜は人間になれるんだよ」石橋店長は笑いながら答えた。

「それでは、楽しいひと時をお過ごしください」着ぐるみの店員はくるりと回転すると、キッチンの方へ歩いていった。後ろ姿を見ながら、みるくは、横山さんてあんな感じのキャラだったかなと思った。いや、もっとマジメな人だったはず。ああそうだ、質問されてたんだっけ。

「ええと、広告の内容ですよね。広告には女優の折原麻由おりはらまゆさんがお茶を左手で持って、右手はお茶の底を支えるような感じで持ってるんです。広告の上の方には、新発売って大きく書いてあって、その下にお茶の名前が書いてあるんです。お茶の名前は『毎日緑茶』です」

「折原麻由さんですか、人気の女優さんですね、ありがとうございました」

 石橋店長がメンバーを見渡した。

「じゃあ、質問タイムはそろそろいいかな。柊さんは質問ないですか?」

「………」

「じいさん、寝てるんじゃないっすか」

「柊さん、にゃんポイントいらないんですか?」店長が言うと、

「にゃんポイント!」柊じいさんは急に目を開いた。

「質問ないですか?」

「わしは質問はないぞ」

「そうですか、じゃあ解答タイムにいきますよ。まずはノーヒントから」

 石橋店長がそう言った直後、陸斗がまっさきに手を挙げた。

「当てちゃっていいっすか。その男は自分の腕時計か携帯を見てたんすよ。たぶん、近くに会社があるんだけど、出社までちょっと早いから、時間をつぶしてたんじゃないっすか?」陸斗は妙に自信ありげな顔をしている。

 みるくはニコッと微笑んでから陸斗に、

「違います」と答えた。

「違うんすか。一瞬、笑顔になったから当たったかと思ったよ」

「そんなに単純じゃないと思うわよ、リク」と言って、神楽坂が手を挙げた。

「どうぞ、神楽坂さん」

「あれじゃないかしら、その男の人は、絵かなにかのモデルになってた。依頼者に、その広告の前で一定の時間、立ってるように言われてたとか」

「残念ですけど、それも違います」

「あら、違うの。けっこう難しいわね」

 神楽坂が答えた後、ミステリーナイトのメンバーは考えこんでしまった。陸斗は小さな声で、ぶつぶつ言ってるし、神楽坂はメンソールたばこを立て続けに吸って、部屋を煙で充満させてるし、本郷はメガネ拭きでメガネを入念に拭いて考えている様子だ。

「店長、いいですか」女子高生のくるみが手を挙げた。

「どうぞ、くるみちゃん」

「男の人は、実は広告を見てたんじゃなくて、その広告の後ろにあるものを見てたんじゃないですか。例えば、広告の後ろにあるビルとかお店とか、そういう建物に興味があったんじゃないですか」

 くるみがそう発言すると、みるくの大きな目は、さらに大きくなった。それからゆっくりと、

「うーん、違います」と少し間を置いてから言った。

「あー、やっぱり違うか」

「みるくさん、今、答える時、ちょっと間があったっすよね。くるみちゃんの答えが正解に近かったってことっすかね」陸斗はそう言って、じっと、みるくの顔をうかがっている。

「みるくさん、そういうのは答えなくていいからね、リクはそうやって、探りを入れてくるから」石橋店長はまだ答えていない柊のじいさんと本郷の方に視線を向けた。柊のじいさんは今も目を閉じたままで、眠ってるのか起きてるのか分からない。本郷はメガネ屋の店員かと思うくらいに、丁寧にメガネを拭き続けている。

「じゃあ、1つ目のヒントいっちゃおうかな、いいかな?」

「ヒントに行く前に当てるぜ」陸斗が手を挙げる。

「大丈夫か、間違えたら後がないぞ」

「柊のじいさんが目を覚まさないうちに当てないと」

 柊のじいさんが目を開けた。

「わしは眠ってはおらん。考えとるのだ」

「ヤバい、早く当てなきゃ。ええと、その男の人は、女優の折原麻由さんのファンなんすよ。どうすかね」

「違います」みるくはきっぱりと答えた。

「だめか」

「いくらファンでも、そう何回も見ないだろう。1つ目のヒントいっちゃうよ」

 メンバーがうなずく。テーブルの上にいるチーズもうなずいたように見えた。

「みるくさん、ヒントをお願い」

 みるくはどうしようかと思った。ヒントを出すことを考えていなかったからだ。最初のヒントはなるべく当てられないようなものにしないと。

「じゃあ、ヒントいきますね。わたしは何回も男の人を見たっていいましたけど、それには、ちょっとした規則性みたいなのがあって、男の人は6日ごとに、その広告の前に立って、広告を見ているんです」

「6日ごと?マジっすか、確かめたんすか?」陸斗はぼさぼさの茶髪に手を当てながら聞いた。

「確かめました。ちゃんとした理由もありました」

「ねえ、それって、7日ごとじゃないの。それだったら、1週間の決まった曜日に立ってるってことになるんだけど」陸斗に続いて、神楽坂が質問する。

「7日じゃありません、6日です」

「6日かあ」

 ようやくメガネを拭き終えた本郷が手を挙げた。

「どうぞ、本郷さん」

「わたくしが思いますに、その男の人は、広告を出している会社の社員なんです。その社員は、どのくらいの通行人が広告に興味を示すのかをチェックしてるんではないでしょうか。それを6日ごとに、定期的にやっている。いかがでしょう」

「本郷さん、残念、違います」

「そうですか」

 悲しそうな顔をしている本郷のお腹にスリーピーが乗ってきた。なぐさめようとしてるみたいだ。

 1つ目のヒントは、さすがにヒントとしては難しいのか、その後、メンバーはまた考え込んでしまった。そうやって5分が経過したのを時計で確認した石橋店長は、

「じゃあ、2つ目のヒントいっていいかな?」

「そうね、これだけじゃあ分からないわね」神楽坂の前に置いてある灰皿は、すでにたばこの吸殻でいっぱいになっていた。

「他の人もいいかな?」

 みんなうなずく。

 どうしよう、次はどのヒントにしよう。あっ!そうだ。

「じゃあ、2つ目のヒントですね。これは、実はさっきもちょっと話してたんですけど、その広告がある『小学校前』っていう停留所の近くには、結婚式場があるんです。それがヒントです」そう言って、みるくはメンバーを見渡した。みるくのヒントを聞いても、みんな黙ったままだ。陸斗がメンバーの様子を見てから手を挙げた。

「リク、分かったの?」

「答えちゃっていいっすか。その男の人は結婚式の招待客だったんすよ。たぶん、その広告の前で、誰かと待ち合わせをしてたんす」

「でも、リク、6日ごとに立ってるっていうのは、どういうことになるの?」神楽坂が聞いた。

「それは、たまたまだったんすよ。偶然に6日ごとに結婚式に呼ばれたんじゃないっすか」陸斗はみるくの答えを待つ。

「残念でした。違います」

「リク、3回間違えたから失格な」

「あー、自信あったのに」

「他に答える人いないかな、柊さんはどうですか?」

「……。まだ分からん」

「くるみちゃんはどう?」

 くるみは自分で書いたノートを熱心に見ている。

「もう1つくらいヒント聞かないと」

「そう、じゃあ次のヒントにいっちゃおうか」店長はみるくに視線を送る。

「男の人は左手薬指に、指輪をしてました」

「指輪?既婚者ってことよね」そう言いながら、神楽坂は腕を組んで考えこむ。

 遠慮がちに本郷が手を挙げた。

「どうぞ」

「わたくしが思いますに、その男の人は結婚式場のスタッフなんですよ。広告の前で立ってたのは、広告を見てたのではなくて、結婚式場に来る客を迎えに出ていたわけです。いかがでしょう?」

 みるくが答える前に、石橋店長がツッコミを入れた。

「本郷さん、それだと、指輪をしてたっていうヒントはどうなるんです?」

「うーん、そうなんですよねえ、結婚式場のスタッフっていっても、みんな結婚してるわけじゃないですからねえ。そのスタッフがたまたま既婚者だったってことでしょうかねえ」と言って、みるくの答えを待つ。

「残念です、本郷さん」

「やっぱり違いますか」

 3つ目のヒントは、さらにメンバーを考えこませてしまったようだ。柊のじいさんは、低くうなるような声を出している。陸斗はすでに3回間違えて、解答権を失っているので、テーブルの上のチーズとじゃれあって遊んでいる。

 首を傾けて、どうかしらという表情で、神楽坂が手を挙げた。

「神楽坂さん、どうぞ」

「あれじゃないかしら、その男の人は、かつてそこの結婚式場で結婚式をしたことがあるのよ。当時をなつかしく思って、結婚式場を見に来てるんじゃない?一種のノスタルジーってやつね」

 みるくの表情が変わった。

「ちょっと違います」

「ちょっと違う?正解に近いってこと?」

「そうっすよ、おばさん、がんばって!」陸斗は感情のこもらない声で応援する。

「あんたに言われなくても、頑張るわよ」とは言ったものの、それから5分が経過してしまった。石橋店長が、あくびをかみ殺しながら、

「じゃあ、4つ目のヒントにいこうか」と1人ずつ顔を見る。

「みるくさん、ヒントをお願い。ちなみにヒントは4つまでだから、これで最後になるね。もしこれで、誰も答えられなければ、にゃんポイントはみるくさんのものになるよ」

 えー、どうしよう?あれを言っちゃおうかなあ。でも、あれを言っちゃうと、分かっちゃうかもしれない。みるくは迷ったが、言うことにした。

「じゃあ、4つ目のヒントですね。その広告のある場所は、交差点になってて、最近そこで交通事故があったみたいです。30代くらいの女性の人が車にはねられて亡くなったそうです。これがヒントです」

 みるくがそう言ってから少し間をおいて、2人がほぼ同時に手を挙げた。くるみと柊のじいさんだった。

「柊さんがちょっと早かったかな。どうぞ、柊さん」

 それまで、半ば目を閉じて話を聞いてきたじいさんは、急に覚醒したような様子だ。

「そのヒントを聞いて分かったぞ。こういうことじゃないか。広告の前に立っている男と亡くなった女性は、そこの結婚式場で結婚式をしたんじゃ。その帰り道に、交差点の横断歩道を歩いていたところ、その女性が車にはねられてしまった。それで、その男は定期的に事故があった交差点にやってきて、供養してるんじゃ。どうかな?」そう答えて、みるくの方に切れ長の目を向ける。

「男の人が広告を見てたのは、どうしてでしょう?」

「広告を見てたんじゃなくて、たぶん、広告の裏側には、亡くなった女性を供養する花がたむけられているんじゃないか」

「じゃあ、男の人が6日ごとに来てるっていうのは?」

「それがよく分からんのだが…。6日ごとか。ああ、そうか、思いついたぞ。6日ごとと言えば、六曜か」

「ろくよう、なんすかそれ?」陸斗がたずねる。

「カレンダーなんかに、仏滅とか友引とか書いてあるのを見たことがあるだろ。あれのことだ。一種の縁起をかつぐようなもんだが。たぶん、その男は大安の日にそこに来て、供養してたんじゃ。結婚式はたいてい大安の日にやるだろ。どうかな?」

 みるくは心の中で思った。なにこのおじいさん、すごくない?

「正解です」

「よっしゃー、にゃんポイントもらったぞ」柊じいさんは年がいもなく喜んでいる。

「あー、また柊さんに、先を越されちゃった。わたしもそうなんじゃないかって思ったんだけど」くるみは悔しそうな声を出す。

「じいさん、ちょっとは女子高生に手加減してやんないと」陸斗が言うと、

「わしは勝負ごとでは、手を抜かんぞ」と答えて、立ち上がろうとする。

「柊さん、立たなくていいよ。オレの方から渡しにいくから」石橋店長が席から立ち上がって、柊のもとに歩いていく。柊の横に来るとポケットからコインを取り出して、じいさんに渡した。にゃんポイントはプラスチックのコインになっているようだ。

「でも、みるくさん、よくその事が分かったわね。男の人に聞いたの?」神楽坂がたずねる。

「そうなんです。わたしって、一度気になっちゃうと、どうしても確かめないと、気がすまないんです。それで聞いてみたんです。初めは教えてくれなかったんですけど、わたしが広告の後ろに花が供えられてるのを見つけて、知り合いの方が亡くなられたんですか?って聞いたら、話してくれたんです。柊さんの言った通りで、近くの結婚式場で式を挙げて、帰る途中で事故にあってしまったそうです。男の人は、今でも自分を責めているようでした。自分が妻の代わりに死ねばよかったんだと繰り返し言ってました。よく見たら、男の人の手にはハンカチが握られていました。わたしには見えないようにしてましたが、なみだを拭いてるのは、わかりました」

 一同はみるくの話を聞いて、すっかり、しんみりとしてしまった。

「なんか雰囲気が暗くなっちゃいましたね」みるくが気にして言うと、石橋店長が爽やかなスマイルをみるくに向けた。

「そんなことないよ、みるくさん。ありがとう、良い謎だったよ。それに惜しかったね、くるみちゃん、次がんばって」

 とりあえず、話し終えることができて、みるくはほっと安堵のため息をついた。


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