4-1:Heroic Strike Part1
《二人きりの橋の上》
橋の上に二人の反逆者がいた。
一人はどう見ても子供の体格をしており、もう一人は光を嫌うかのように全身を黒いローブで包んでいた。
行き交う人たちはローブを着た女性に最初は特異な者を見る目を向けていたのだが、そのローブの下に隠れた肌の色が日系人ではありえない浅黒さを持っていると知ると皆、個々人勝手に納得していた。
「あそこだね」
その体格からくる予想を裏切ることなく、子供らしい声が呟いた。
彼女の横に従者のように立っていたローブ姿の女性は何も言わず頭を縦に振った。
二人の視線の先にあるのは、赤い螺旋が描かれた煙突からはき出される白い煙と眼下の薄汚れた川だった。
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《神野家 リビング》
土曜日。
特に部活には属していない鳴恵はこれといって予定がない。
朝、八時ぐらいまで安眠を楽しみ、晴菜と明里が待つリビングへと彼女はやってきた。
晴菜は新聞を読みながらカフェオレを飲んでおり、明里はというと民放の朝の連続ドラマを見ていたりする。
(オレ、たまにこいつらが宇宙人かどうか疑問に思うようになってきたよ)
「おはよう、晴菜」
「だから、気安くわたくしの名前を呼ばないでください」
いつもの定例会話をすまして椅子に腰を下ろした鳴恵は、晴菜がカフェオレ用にテーブルに出していた牛乳のパックを手に取りコップに継ぎ足し、一気に飲み干す。
平和な朝だった。
平和すぎて欠伸が出てしまうそうだ。
晴菜達が残してくれていたパンをトースターにセットして、焼き上がるのをじっと待つ。
新聞のテレビ欄と社会欄とスポーツ欄に目を通したかったが新聞は今、晴菜の手の中にある。
鳴恵は仕方なく、朝の連続ドラマを見ることにしたが、運が悪いことにちょうど終わったようだ。
画面下に『つづく』とテロップが出ていた。
そして、テレビの画面はすぐに朝のニュース番組へと変わってしまった。
「明里さ、あのドラマ楽しい?」
「うん」
いつも通り、余計なことをすべて削除した簡素な答えが返ってきた。
『何処が?』と続けてこの無口な明里ともう少し言葉のキャッチボールを楽しもうと思った鳴恵だったが、質問はニュースキャスターの報道を読み上げる声の前に止めざるを得なかった。
「え~、次のニュースです。姉沢市にある科学工場が事故により、廃棄油を近隣の川に流失された事件で、この工場に三日間の業務停止命令が下されました」
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《反逆者達の宇宙船》
反逆者達がこの星―地球―にやってきた宇宙船。
その中の一室にロッグとマロードが向かい合っていた。
ロッグは腕を組みながら椅子に座り、マロードは凛とした立ち姿で手にした資料に視線を落としている。
「ルイとカザミスの報告は間違えないのだな」
「はい。人間達の方でもどうやら同じことを調べていたようですので、あの工場が海を汚したのは間違えないでしょう」
マロードがすぐ横にあるモニターを操作すると、画面はこの国の民放を写しだした。
ニュースキャスターの声が、今ロッグとマロードが議題にしている工場を背景にして聞こえてくる。
「なるほど。これで確定だな」
「はい。それで、『制裁』は誰の手によって行われますか? 早期に行動出来るようにとルイとカザミスはまだあの工場の前にて待機させておりますが」
マロードからの報告を聞き、ロッグは鼻で笑った。
「いや、戻らせろ。恐らく、ティア・ブレスを持ったあいつらもそのニュースを見て、我々の考えを見抜くだろう。ならば、あの二人では自由な行動がとれまい。アーガを送り込め。あの工場に我々の楽園を汚した罰を思い知らせろ。『制裁』を与えてこい」
反逆者のリーダーは獲物と狩人を決めた。
これより狩りが――制裁という名の殺戮が――始まる。
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《二人きりの橋の上》
「うん、分かった。それじゃ、これから戻ります」
24時間休むことなく白い煙を吐き続けている工場を見ながら反逆者の少女は携帯電話を切った。
この携帯は捕獲していた人間達の持ち物からドレイルが独自に改造を加えた物で、このような反逆者間での連絡の際に――それこそ、本物の携帯とさほど変わらぬ用途なのだが――非常に重宝している。
「カザミス、あたし達は戻れだって。あそこへの『制裁』はアーガがするって」
ローブを纏ったカザミスは頷くと少女を抱きかかえ右肩の上に乗せた。
こうやってみると、仲の良い親子に見えなくもないが、二人の表情は何処か感情を感じさせない仮面をかぶっているようだった。
カザミスの右腕が左腕の手首を掴み、止まった。
一瞬、その顔に苦笑が刻まれる。
「どうかしたの?」
右肩に乗せた少女がカザミスの顔をのぞき込みながら尋ねてくる。
「いや、ただ気配を感じただけだ。彼女たちがこっちに向かっている」
「へえ、戦いたいなら戦っても良いよ」
安心したとばかりに少女は顔を上げ、まくし立てるように言う。
「いや、命令違反はしたくない。それに一対一で戦いたい」
「そっか。それじゃ、帰ろうか」
少女の申し出にカザミスは首を縦に振り、左手首を掴んでいた右手を素早く横に引いた。
水面が共鳴するかのような音とカザミスの誓約の言葉が鳴り響き、カザミスと少女は空高く舞い上がった。
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《姿を隠した茂みの中》
予想していたことだが、工場の前はマスコミやら抗議の市民団体達が沢山いた。
この前の学校での反逆者襲撃事件の時と言い、最近こういう光景をみる機会がなんだか多い。
「やっぱ、人が多いな。こんなんじゃ、正面切って入れて下さいって言ってもオレ達みたいな一般人絶対に入れてもらえないだろうな」
まあ、こんな事件が起きて無くとも、何の予定もない者を易々と通すほど今の工場の警備は甘くないだろうが。
「あなた、何を言っていますの?誰がそのような回りくどいことをすると言いましたか?」
双眼鏡を片手に工場の内部を観察している明里の横で、晴菜が振り返る。
「やっぱり、不法侵入かよ」
ため息を漏らす。
「鳴恵さんはそうなるでしょうね。わたくしと明里はこの星の住人ではないので、法律はさほど気にはいたしませんがね」
「お前ねえ、郷には入れば郷に従えってことわざだってあるんだ。あんまり日本の警察とか甘く見ているとそのうち、痛い目見るぞ」
晴菜を指さして指摘してやるが、彼女はそんなこと全く気にしていないようで軽く肩を竦めるだけで鳴恵の言葉を受け流した。
「どうですか、明里。反逆者の姿は確認できましたか?」
明里は首を横に振り、相変わらずさらりとした表情で鳴恵の血の気が引けるようなことを言ってのけた。
「ここからじゃ無理。障害物が多すぎる。でも、作業員の死体は三つ見つけた」
「そう、嫌な状況ね。鳴恵さん、この星に住む者として四の五の言ってられなくなったのはあなたの方じゃないのですか?」
左腕のティア・ブレスを見せつけながら、青い瞳が鳴恵を挑発するかのように射抜く。
悔しいが晴菜の言うとおりだ。あの工場の中で反逆者が人を殺している。
そんな現実を見てしまったら見て見ぬふりなど鳴恵には出来ない。
「分かったよ。オレ達の存在も反逆者の存在も警察とかにはばれないよう、気をつけることは忘れるなよ、晴菜」
鳴恵も『雷』のティア・ブレスを晴菜に見せつけるように持ち上げる。
「だから、私の名前を気安く呼ばないで下さい」
「行く」
明里の合図の元、三人の戦士は同時にティア・ブレスを奏でる。
「ティア・ドロップス コントラッケト!」
三人の腕から、水面が共鳴するかのような音が鳴り響いた。