0-0:Water Planet
これは、晴菜と明里が、鳴恵と出会う前の物語。
ティア・ナイト達の物語はここから始まったのだ。
《地球からはるか数万光年離れた水の惑星》
そこには地表が一切存在していない。
惑星の全てが水で覆われて、人々は海底に建設された人工プラントにて生活を送っている。
惑星内に人工プラントは無数にあるのだが、その中でももっとも巨大で惑星内の中枢をなしている人工プラント、通称『プラント・ゼロ』は現在混乱の最中にあった。
「ティア・ブレスは?」
「雷は何とか取り返した。でも、風と花のティア・ブレスは反逆者達の手の中」
銃声が響き渡り、人々の叫び声が木霊する『プラント・ゼロ』。
その内部で二人の女性がこの現状を打破すべく動き出していた。
一人は、澄んだ青い目が特徴の10代後半に見える若い少女。
彼女はブルーアイで鋭く辺りを観察する。
「それは、非常に嫌な状況でずわね。それで、ここにいるのは足止めの下っ端で良いのかしら?」
「正解。ティア・ブレスを持った本体は既に格納庫の方。多分、このまま惑星を脱出するつもり」
もう一人の女性は、輝くような銀髪を優雅にたなびかせている。
口調から察するにブルーアイの少女と同格みたいだが、見た目の年齢では銀髪の女性の方が明らかに上だった。
若く見積もっても20代は過ぎているはずだ。
「それは、ますます嫌な状況になるわね。宇宙に出られたら追うのが大変だし、ティア・ブレスを持っているのなら追わないわけにはいかないし」
壁に背中を貼り付け、ブルーアイの少女は小さくため息を吐き出した。
そんな彼女の横では未だに銃弾が飛び交い、仲間の兵士達が応戦を繰り返している。
兎にも角にも時間が無いことだけはよく分かった。
ブルーアイの少女はその瞳を隣の銀髪の女性に向ける。
何も言わずとも銀髪の女性に意志は伝わったようだ。
銀髪の女性は力強く頷くと左腕を胸元の前まで持ち上げ、そこにある銀色のブレスレットをさらけ出した。
ブルーアイの少女も頷き、左腕を胸元まで持ち上げる。
銀髪の女性と同じ形をしたブレスレットがあるが、唯一無二の違いとしてソレは海のような蒼色をしていた。
「いくわよ」
二人の女性は右手を左の手の甲に重ね合わせた。
「ティア・ドロップス コントラケット」
そして、変身のかけ声と共に右手を斜めに振り下ろす。
右手はブレスレットを軽くこすり、水が波紋を広げるような優雅な音を奏でる。
これが、戦いの始まりの合図だ。
___________________________________
《プラント・ゼロ 宇宙船格納庫》
そこには三人の男と三人の女性、そして一人の子供がいた。
彼らは部下達が既に制圧を終えた格納庫を歩いている。
行く先にあるのは一隻の宇宙船。
この『プラント・ゼロ』という呪縛から抜け出し、彼らを楽園へと導いてくれる架け橋だ。
七人は宇宙船の入り口に立ち、後ろを振り向いた。
格納庫内に集まったのは七人と心を共にする同士達だ。
例え、反逆者という汚名を着せられても楽園への夢を捨てきれなかった心弱き者達でもある。
七人の中、中央に立つ男が勝利の雄叫びを上げるがごとく右手を高々に掲げ、そこにある桜色をしたブレスレットを同士達に見せつける。
格納庫内は歓喜の叫び声で満たさせ、その振動は格納庫全体を包み込み、熱気を含んだ熱い魂達が所狭しと鼓舞していた。
ブレスレットを掲げていた男はそんな光景を目の辺りにして満足げな冷たい笑みを浮かべると、踵を返し宇宙船の中に乗り込んでいく。
彼の周りにいた六人も目の前に広がる光景にそれぞれの思いをはせ宇宙船へと乗り込んでいく。
「待ちなさい」
七人の足が同時に止まり、再び後ろを向く。
そこに広がっている光景は先程と大差がない。
たが、大勢の同士達の中、明らかに異質な存在が二つほど混ざり込んでいた。
天女のごとき姿をした青色の戦士と銀色の戦士だ。
「あなた達を、宇宙へ逃がしはしないわ。そして、奪ったティア・ブレスも返してもらうわよ」
青色の戦士の言葉が宣戦布告となった。
青色の戦士と、銀色の戦士が戦闘の構えを取ると、反逆者たちは一斉に二人の戦士へと攻撃を開始する。
銃声が鳴り響き、金属と金属がこすれ合う音が木霊するが、ティア・ブレスが生み出した衣が戦士の身を護ってくれる。
二人の戦士は反逆者達の攻撃をものともせず、反撃に転じた。
ティア・ブレスの加護を受けた二人に反逆者達は為す術がなく、一人また一人と地面に倒れ伏す。
「お前たち、今まで良く俺についてきてくれたな」
今まさに宇宙船に乗り込まんとしていた七人の反逆者。
その中心に経つリーダー格の男性が口を開いた。
感情の起伏が全く感じられない、冷淡な声が戦場と化した格納庫内に響き渡る。
「ご苦労だった。最後の仕事だ。その、楽園への道をたたんとせん悪魔のごとき死者どもを叩きつぶせ」
なんて事のない、ただの命令。
反逆者達を捕らえるためこの場に現れた青色の戦士と、銀色の戦士には男の声はそれ以上でもそれ以下でもなかった。
だが、彼に付き従う反逆者にとってもはその命令は二人の感じ取れない何かがあったのだろう。
格納庫内の志気が肌で感じ取れるほど高まり、二人の戦士と比べ力で劣るが、数で勝る反逆者達は死をも恐れない人海戦術に出てきた。
七人と彼らが奪ったティア・ブレスが乗り込む宇宙船はもうすぐそこに見えていた。
目と鼻の先だ。
だが、そこに立ちはだかる者達の数が如何に多きことか。
その数、一分や二分で片づけられるモノではない。
そして、二人の戦士が近づくこと叶わない宇宙船に、七人の反逆者達は皆乗り込み、格納庫と宇宙船とをつなげていたハッチが無情にも閉じていく。
「待ちなさい!」
エンジンを起動させ、振動を始める宇宙船に向い青色の戦士は怒鳴る。
しかし、目の前に広がる反逆者達が作り出す人の海を見据え、戦士は『間に合わない』と悟った。
かくなる上は、青色の戦士に残された道は一つだけだった。
宇宙船には近づかず、逆に後ろへ飛び反逆者達の邪魔を受けないよう距離を取る。
銀色の戦士も青色の戦士のせんとすることが分かったのか、反逆者達を青色の戦士に近づかせないよう、戦術を変えた。
左腕の人差し指と中指だけを立てて、青色の戦士は左腕にはめたティア・ブレスに意識を集中させる。
思い描くのは一筋の軌跡のみ。左腕から放たれ、宇宙船を打ち抜く一本の流線。
それが、青色の戦士の意識に明確な形を描き出した時、彼女の必殺技は完成する。
「ウォーター・レイ・アーチェリー!!」
彼らの言う楽園を目指すべくその巨体を宙に浮かせていた宇宙船。
その標的めがけて青色の戦士の左腕から一本の矢が放たれる。
白銀に輝く矢は迷うことなく、獲物を射抜くため突き進む。
打ち落とした。
青色の戦士がそう確信した瞬間、彼女の予想を覆す出来事が起きたのだ。
宇宙船の周りに突如として発生した竜巻。
宇宙船を護るように渦を巻き、迫り来る白銀の矢はその獰猛な風の渦中に巻き込まれて、無惨にもその役目を果たすことなく砕け散った。
密閉空間の格納庫内に竜巻が突如起るわけがない。
今の竜巻は宇宙船を護るために戦っていた反逆者達もけして少なくない数まきこんでいたが、間違えない、あの宇宙船にのった七人の誰かの仕業だ。
「風の、ティア・ブレス……」
そして、これも間違えのないことだが、あの竜巻は、二人の戦士が追っているティア・ブレスにより引き起こされたモノだ。
認めたくないことだが、青色の戦士の必殺技を易々と打ち砕いた力を見ると、青色の戦士よりも数倍ティア・ブレスの使いに慣れた者の仕業だった。
「まさか………」
思わず、青色の戦士は呟いたが、その後は格納庫内に轟いた爆音にかき消されてしまった。
格納庫から光速で飛び出した宇宙船の残像を、青色の戦士は呆然と眺めることしか、もはや許されなかった。
ティア・ブレスを奪った七人の反逆者達は、こうして見事『プラント・ゼロ』から逃げだし、彼ら彼女らの言う楽園に向い旅立ったのだ。
___________________________________
《プラント・ゼロ 軍事司令室》
その後、格納庫に取り残された反逆者の仲間を取り押さえ、『プラント・ゼロ』内の暴動は収束を迎えたのだった。
だが、それはあくまで暴動が無くなっただけであり、今回の事件の根本的な部分は何一つ解決していなかった。
格納庫内で、反逆者達を捕まえんと、彼らと戦闘を繰り広げていた青と銀の戦士は、共に戦闘の衣を脱ぎ、彼女らの上司の部屋へとやって来ていた。
「いや、二人ともご苦労だった。全てが上手くいった訳ではないが、『プラント・ゼロ』の被害は当初の予測よりも小さく戦いを終えることが出来た。これはひとえに、君たち、ティア・ナイトのおかげだよ」
そう言い、今戦闘の結果を評価する上司だったが、その顔色はけして明るくはない。
上司の前で毅然と立つ二人の戦士も同様で、その顔には微塵の気のゆるみもない。
「だが、風と花のティア・ブレスを奪われたまま、彼らに逃走を許してしまった」
事実を確認するように銀髪の女性が口を開くと、彼女の上司は苦虫を噛みつぶしたような顔になる。
「そうだな。こちらにあるのが君たちの光と水、そして未だ持ち手の現れない雷のティア・ブレス。3対2、約半分を彼らに奪われた事になるな。まったく、俺は、どうやってこの事実を上層部に報告すればいいんだよ」
「それで、彼らの逃走先は判明しましたの?」
上司の愚痴には耳を貸さず、ブルーアイの少女が話を進める。
そんな相変わらずな部下の態度に上司は苦笑いを浮かべつつ話を元に戻す。
「100光年離れた場所までは、監視衛星が奴らの宇宙船を追跡することが出来た。それがもし、フェイクでないとするなら、その行き先に一つ、奴らの望みそうな星があった。おろらくは、太陽系第三惑星に向ったのだろう」
上司は、分かりやすく説明するため、空中に立体宇宙図を投影し、二人の部下に「地球」の場所を告げる。
「結構遠い」
「なんか、嫌な状況になりそうだわ」
地球の場所を確認した銀髪とブルーアイ、二人の部下はそれぞれ思いのままの感想を述べる。
「それで、追跡班は如何にして編成いたしますの?」
「そう急ぐな。そっちの方は既に決定済みだ。もっとも、お前達の予想通りの編成でだがな」
「それは、本当、嫌な状況ね」
上司の勿体ぶった言い方に今度はブルーアイの少女が苦言を零す。
だが、その次の瞬間には、ブルーアイの少女も、その横に立つ銀髪の女性も共に姿勢を正し上司からの命令を待つ。
上司も小さく咳払いして、気を引き締めて部下達に上層部からの命令を伝える。
「ミシハ。お前はこれより、水代 晴菜と名乗れ」
「はい」
ブルーアイの少女が新しい自分の名を呼ばれ、一歩前に出る。
「コクア。お前の新しい名は、九曜 明里だ」
「はい」
銀髪の女性も、それに習う。
「二人には、逃げた反逆者達を追って、地球へ向ってもらう。君たちの使命は、反逆者であり殺戮者であり逃亡者である彼らの殲滅、ならびに奪われたティア・ブレスの奪還である。何は質問は?」
上司としての威厳を示すためか、先程までの弱々しさを全く感じさせない堂々たる態度で二人の予想通りの命令が告げられた。
「では、一つ」
銀髪の女性、九曜 明里が軽く手を挙げた。
「地球に向うのは、私たち二人だけなのか。バックアップ要員すら与えてくれないと?」
「ああ、そうだ。地球へは君たち二人で行ってもらう。知っての通りあそこは、辺境の惑星で外部の惑星との接触が零だ。そのため惑星保護条例で、無意味に異星人が入ってはいけないことに成っている。辺境の星が独自に築き上げてきた文化を護るためだとか言う理由らしいな。だた、今回は例外故、この「プラント・ゼロ」から二人だけ地球に降りることが許された。だから、残念ながら、それ以上の援軍は、無理だ」
「嫌な状況」
ブルーアイの少女、水代 晴菜が軽口を挟んでくる。
「だが、上層部は君たちに、雷のティア・ブレスを持っていかせることも決定した」
「それは、要するに。こっちかは持っていけないから、むこうの星で、人員は現地調達しろということなのね」
「そう言うことだ、晴菜君。ただし、知っての通りあの星にはややこしい星間条例が多数存在しているため、人員調達もあくまで内密に行ってくれたまえよ。もし、あの星で君たちが異星人であることが大々的に知れてしまったら、この星全体の信用問題に発展してしまうことをしかと肝に命じておくように」
「了解」
晴菜と明里、二人の部下は異口同音で上司と部下の話を終えた。
その後、二人は『プラント・ゼロ』を立ち、太陽系第三惑星、「地球」へ向った。
そこに逃げた、七人の反逆者であり殺戮者である、彼らに制裁を与えるために。
彼女たちと、そしてまだ見ぬティア・ブレスに選ばれる少女達の物語はここから、始まった。