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14-3:Last Wind



《思い出の中にて》


『ありがとう』


 あの日、助けた少女はそう言って、羨望を秘めた瞳でカザミスを見ていた。

 そして、その少女は成長し、戦士となり、今、決意を秘めた瞳でカザミスを

見ている。

 水の戦士の指先にカザミスを射抜くための矢が生成されていく。


『お願い致します。わたくしをあなた様の弟子にして下さい』


 あの日以降、少女はそう言って何度もカザミスの元を訪れてきた。

 弟子を持つつもりなど全くなかったカザミスは最初こそ、少女の願いを断り

続けていたが、最終的には少女の願いを受けていることとなる。

 それはきっと、今、自分を殺そうとしている彼女がそうであるように、あの

決意を秘めた瞳にカザミスの心が動かされてしまったからだろう。

 ティア・ウィンドの二つ名は、強き一陣。

 カザミスの戦闘能力は確かに、その二つ名に恥じぬほど高いのだが、その強

さ故、彼女は弱かった。

 強いと言うことは、苦難の道を歩むことが弱者に比べ圧倒的に少ない。

 弱者はそれを羨ましがるが、カザミスは違った。

 強い故、彼女は何を達しようという決意を抱けずにいたから。

 強き一陣は、そんな感情を抱かずとも結果を出してしまうのだ。

 だから、もしかしたら、カザミスも心の何処かで彼女に憧れを抱いていたの

かもしれない。

 気高き一滴の二つ名に恥じぬ、決意を秘めた心を持ち続ける彼女の事を。


『やはり、カザミスはお強いですわ。わたくしが何年修行してもあなたにだけ

は勝てない気が致しますわ』

『それはそう。だって、キミは私の弟子だから。私を抜くような技は教えない

よ』

『ふふふ。それは酷い話ですわよ、カザミス』


 気高きブルーアイの瞳を持つ少女と過ごした時間はカザミスにとってけして

悪い時間ではなかった。

 いや、むしろ、楽しかったと言える。

 常に何かと戦い続けてきたカザミスにとって、半人前とは言え共に戦ってく

れる仲間がいるのは心強かった。

 何より、自分の教え子が育つのを間近で感じられていたあの日々は充実して

いた。

 あの頃は、この日々が永遠に続いていくのではないのかとさえ思ってしまう

ときもあった。

 カザミスと少女の二人で戦い続けていく日々。

 だけど、物語にはいつか必ず終わりがやってくる。

 舞い上がった羽根は、常に空を飛び続けるわけではなく、いつか地面に落

ち、その役目を終える。


『ごめん、私はもう戦わない』


 そう宣言した時に見せた少女の顔をカザミスは忘れない。

 落胆、絶望、失意。

 そんな感情を混ぜ合わせつつも、少女はカザミスを睨み付けてきたのだ。

 今にもカザミスを射抜かんとする瞳でカザミスを見つめていた。

 きっと泣きたかったんだろう。

 きっと『嫌だ』と叫びたかったんだろう。

 でも、気高き少女はそんな自分の弱さをさらけ出すことは無かった。

 そこが彼女の強さであり、弱さであった。

 そのことをカザミスはずっと前から知っていたが、結局最後まで少女に彼女

の弱さを理解させてあげることは出来なかった。

 今にして思えば、自分の師匠としての役目はまだ終わっていなかったのだろ

う。


『もう、名前は決めてある。ルイって名前』


 強き一陣が戦いを止めた理由。

 それは彼女がその胎内に新しい命の息吹を授かったからだった。

 でも、その真実をカザミスは誰にも語ることなく戦士を引退してしまった。

 強き一陣である自分への周囲の期待がどれほど高い物であるか知っている。

 強き一陣である自分はその期待に答えられるが、周囲はきっと自分の娘にも

同じ期待をすることだろう。

 果たして、自分の娘が周囲の期待に答えられるか?

 その自問に、カザミスは首を横に振った。

 自分の娘には自分の進みたい道を歩んで欲しい。

 誰にも決められず、自分の意志で自分の未来を決めて欲しかった。

 だから、引退を機にカザミスは姿を眩ましたのだった。

 自分の娘が持つ能力と、歩む未来が何であるか知らずに。



『カザミス!!』



 海の水がティア・アクアの想いをティア・ウィンドに伝えてきた。

 ここは戦場、物思いにふける暇など無い。

 人生の走馬燈を最後まで見ることもなく、強き戦士は死線を渡り歩くしかな

い。

 それが戦士の運命であり、彼女が選んだ最後の道である。


 強き一陣は強く笑った。


 自分の娘が最後まで笑顔を浮かべられなかった分まで笑うかのように、強く

笑みを刻む。


(ミシハ、そして、神野鳴恵。私は強いよ)


 海の水がティア・アクアの人差し指に集中していく。

 全てを貫く気高き矢が今、カザミスを狙いつける。

 今、ティア・ウィンドとティア・アクアは互いに密着した状態である。

 ティア・アクアの人差し指と中指がティア・ウィンドの胸元に突きつけられ

た。

 零距離での攻撃、それは消して逃げられぬ必殺の距離であるはずだ。

 だが、教え子がもっとも得意とする必殺技をただ黙って待つほど、カザミス

は優しい師匠ではない。


 技は素早く放つ、必殺技は文字のごとく、必ず殺せると確信した時にのみ放

つ。


 戦闘の基礎として彼女に叩き込んだはずだが、強さに憧れる教え子の必殺技

に固執してしまう癖は抜けきらなかったようだ。

 ティア・アクアが必殺の一撃を準備する僅かな時間があれば、カザミスは1

0の対応策を準備する事が出来る。


「ウォーター・レイ・アーチェリー!!」


 そして、最後の風が吹き荒れる。


___________________________________

《憧れの中にて》


 ずっと憧れていた。

 小夜子と紅。小さな頃に自分を守り抜いてくれた二人の絆が、自分も欲しい

とずっと思っていた。

 願い続けていた。

 ティア・ライトはゆっくりと手を握りしめる。

 その左腕に光るのは、大切な仲間から受け継いだ想いと力と絆の証。鳴恵が

憧れていたモノが今、ここにある。

 自分はこれからまた、命を殺そうとしている。

 それがどれだけの許されざる罪なのか、彼女は知っている。

 知っているのに、輝き一撃の心の高揚はどうやっても抑えられない。


(オレは死んだら、絶対地獄に堕ちるな。でも、どんな地獄でもあいつと一緒

なら、それだけで楽しそうだ)


 鳴恵は心の奥で、自嘲とも希望とも取れる愚痴をこぼす。

 そして、水と風を見る。

 ここは海の中、気高き一滴ティア・アクアの独壇場。敵はカザミス、あの不

器用なハルが師として憧れていた人物。

 ならば、必然的にこの戦いでのティア・ライトの役割は決まってくる。

 ティア・ライトは拳をきつく握りしめる。

 収まらない胸の鼓動を心地よく感じながら、戦いの合図を静かに待ち続け

る。

 例え修羅であろうとも、地獄であろうとも彼女から受け継いだけして諦めな

い心を力に変えて、


「ウォーター・レイ・アーチェリー!!」


 輝き一撃は今、轟く。


___________________________________

《絆の中にて》


 人差し指に水の力が集まっていく。

 不思議な感情だった。

 心はまるで鏡のように月を映し出す水面のように澄んでいるかのようでもあ

り、まるで空から重く降り注ぐ雨のように濁っているかのようでもあり、まる

で打ち寄せては引く波のように揺れ動いていた。

 必殺の準備は出来た。

 後はカザミスに突きつけた矢を解き放つだけで全ては終わる。

 憧れ、師と仰いでいた彼女を殺すことで全ては終わる。

 不思議な感情である。

 恐怖も悲しみも喜びも憎しみも全てが降り注ぐ雨のように平等に晴菜の心を

濡らしていく。


 カザミスを殺した後の自分には果たして何が残るのだろうか?


 きっと深い消失感が残るのだろう。

 憧れを永遠に失うことに、一生満たされない消失感を味わうことになるだろ

う。


『ハル!』


 でも、あの声は残る。

 馴れ馴れしく何度も名前を連呼する、大嫌いなあの声は残る。

 だから、あの輝きに答えるため、目の前の強さに打ち勝つため、今は気高く

矢を射ねばならない。

 心のさざ波が、張り詰めた弦のように静まった。

 今こそが、必殺の時。


「ウォーター・レイ・アーチェリー!!」



 水の矢がティア・ウィンドの体を貫いた。


___________________________________

《海中に吹き荒れる最後の風》


 結末は、予想以上にあっけなかった。

 水の矢がティア・ウィンドの体を確かに貫いたのだ。

 カザミスの胸元から血潮が流れ出ては海の潮と混ざり合い、その色を薄めて

いく。

 あまりにも簡単な勝利に、逆に晴菜は現実を信じることが出来なかった。

 ティア・ウィンドの強さは弟子であった自分がよく知っている。

 あのカザミスがこんな簡単な攻撃で殺されるはずはないのだ。

 現実が上手く認識できない。

 勝利を信じることが出来ない。

 静まりかえっていた心の鏡面が再び揺れ動いた。


 ティア・アクアに隙が生まれた。


 その瞬間、ティア・ウィンドはティア・アクアを抱き寄せ口づけを交わした

のだ。

 これは弟子との別れのキスではない。勝つためのキスだ。

 カザミスのティア・ブレスは『風』。

 この海の中ではほとんど存在していないが、生き物は常に自分の中に風を持

ち生き続けている。

 そう、生きとし生けるものは呼吸をしなくは生きていけないのだ。

 自分の肺にあった酸素を全てティア・アクアの中へ押し込む。


 その酸素は気流となり、晴菜の体内に風を生み出す。


 風であれば、ティア・ウィンドは操ることが出来る。

 例えば、それが、人体内であれば風によって体内気管を切り刻むことだって

可能なのだ。

 ここに来てやっとカザミスの考えが分かったが、もはや手遅れである。晴菜

の体内で既に風は吹いている。

 ティア・アクアはティア・ウィンドから唇を離し、体内の空気を全て吐き出

そうとするが、止めた。

 気管に空気が流れた時点でその気管は風で切り刻まれ、気管として機能しな

くなるから、逆に酸素を体内に留めておかねばならないのだ。

 持久戦になった。

 とても短い持久戦だ。


 体を水の矢で貫かれたカザミスが死ぬのが先か、酸素を無理矢理押し込まれ

た晴菜が空気を吐き出すのが先か。


 海の中、師弟は耐えた。

 海の中、師弟の目が合った。

 海の中、師弟は目だけで笑いあった。


 互いの強さを称え合っていた。


 風と水は動いた。

 このまま持久戦で決着をつけるつもりなど二人には無い。

 待つ時間があると言うことはその時間に必ず勝つチャンスが潜んでいるのだ

から。

 ティア・アクアはこの海に膨大にある海の力を人差し指の一点に集中させ

た。

 ティア・ウィンドは自らの流れ出ている血潮に含まれていた空気を掻き集め

て、まち針のような小さな矢を作り出した。

 水と風の人差し指が、互いの眉間に突きつけられる。

 ティア・アクアの一撃は相手の顔を吹き飛ばすだけの威力をもっている。

 ティア・ウィンドの一撃は辛うじてティア・アクアの脳天を貫けるぐらいの

威力しかない。

 だが、共に敵を殺すには十分な殺傷能力を持っており、この距離なら外すこ

とはまずない。

 互いの眉間に最後の一撃を突きつけながら、三秒が過ぎ、カザミスは覚悟し

た。


 水と風、二つの矢が同時に放れた。


『ママ』


 ルイのあるはずのない声が聞こえた。

 それはルイが一度も言わなかった言葉。

 これは彼女が産まれてからずっと共に過ごしてきた想い出からカザミスが構

築した幻聴でしかない。

 娘にママと呼んでもらう。

 そんな当たり前の願いさえカザミスは叶えることが出来なかった。

 ルイは人形遣い。

 持って生まれた能力は制御する術を覚えるより先に最初のマリオネットを作

り出してしまったのだ。

 ルイの能力をいち早く見抜き、絶望の表情を浮かべていた母親を、赤子は母

親と認識するより先にマリオネットに作り替えたのだ。


 水と風、二つの矢は進む。

 

 海面に沈んでいるのだ。

 常に体全身で海の水を感じている。それなのに、カザミスは自分の額に水

を、それも気高く迷い無く研ぎ澄まされた水を感じた。

 水がゆっくりと確実に押し込まれていく感覚が確かになっていく事に、感覚

が一つずつ消えていく。

 

 まずは痛覚、続いて聴覚、触覚とカザミスの体が死滅という黒色に染まり行

く中、彼女は見ていた。


 辛うじて残った視覚が捉えるのは、海の中であってもその存在感を確かに示

している水の矢。

 そしてカザミスが決死の覚悟で作り出した風の矢を縛り付ける五本の銀糸で

あった。

 その光景を見てカザミスが心に想いを描いた。

 が、想いが言葉に変わる、そんな刹那の刻を世界は強き一陣に与えなかっ

た。


 ルイやミシハと共に過ごしてきた僅かばかりの幸せな時間も、

 ルイにマリオネットにされた絶望の記憶も、

 反逆者として生きて行かざるを得なかった悲しみの記憶も、

 その全てが、まるで一陣の強風が吹いたかのように、舞い上がり、砕け散

り、黒色に染まり上がった。


___________________________________

《大海原でのやりとり》


「ぷはあああ」

「かっっは」


 海上に青と銀の戦士が浮上してきた。

 二人は大きく顔を横に振り、顔中に張り付いた水滴を飛ばす。

 飛び散った水滴が光を反射して白銀に光る。

 たったそれだけのことが、今はとても美しい光景に見えた。


 今、一つの戦いが終わった。


 風のティア・ブレスを持つカザミス。

 最強の戦士であり、最後の反逆者であった彼女を、殺した。これで、この地

球に侵略してきた全ての反逆者を倒した事になる。

 終わったのだ。

 一つの戦いがやっと終わったのだ。

 ティア・ライトは顔を上げ輝く空を見上げ、ティア・アクアは顔を下げ揺ら

めく海面を見下ろしていた。


 少しだけ、出会ってから今までのことを思い出すには十分だけど、これから

先のことまでは考えられない、そんな短い時間が過ぎて、二人の戦士は同時に

口を開いた。


「なあ……」

「ねえ……」


 二人の声は重なり合い、共にその後を続ける事が出来なかった。

 互いに相手の出方を窺いながら、静に波の音だけが木霊した。


「あ~~、オレのは凄く下らないことだろうから、お前の方から先に言って良

いぜ」

「なっ、わたくしのも別に、その……大した話じゃないわけもないけど、で

も、やっぱり……聞かない方が……いえ、そんなのでは駄目。あの女に負けて

しまうわ!」


 赤面から怒り顔、そして、気高き戦士の顔へとティア・アクアの顔が百面相

のように目まぐるしく変わっていた。

 海面の中で拳を握りしめて、勇気を振り絞って口を開いた。

 学校で鳴恵に三菱美咲を紹介された時からずっと知りたいと思っていた答

え。

 でも、怖くてずっと聞くことの出来なかった答えでもある。


「ねえ、鳴恵。教えて下さらない。三菱美咲はあなたにとって親友ですわ。で

は、わたしはあなたにとってなんなのですか?」


 鳴恵の答えを知らなかったから、自分は美咲のように『鳴恵の親友だ』と言

い切ることが出来なかったから、心の闇を突かれてマリオネットへなってしま

った。

 もう過ちを繰り返さないためにも、そしてそんな理論を抜きにしてでも答え

を知りたかった。知らねばならなかった。

 でも、想像していた以上に怖かった。

 これなら、カザミスを相手にして戦っていた方がマシだと思えるぐらいに答

えが返ってくるのが怖かった。


「まず、お前は、美咲みたいにオレの親友じゃないな。だってお前は、いくら

オレが遊びに誘っても全然乗ってこないし、お前と一緒に遊んで楽しかったっ

て想い出はあんまりないからな」


 波の音に乗って、晴菜の中で、何かが壊れたような気がした。

 分かり切っていたはずの答えだけど、晴菜は一涙の小さな希望に縋ってい

た。

 もしかしたら自分も鳴恵にとってあの女と同じように親友と呼んでくれるの

ではないかと憧れていた。

 そんな想いが全て砕け散った。


「やはり、そうですか」


 波の音に掻き消されそうなぐらいにか細い声しか出すことが出来なかった。

 自分から望んだ答えだ。

 知らなければ良かったなんて甘えた事は言わないが、それでも心に空いた空

虚は隠しきれない。

 太陽が輝き、海面が光を反射した。

 海面を見下ろしていたティア・アクアはその反射を直視してしまい思わず顔

を上げた。

 そして、言葉が聞こえた。まだ、鳴恵の言葉は終わっていなかったのだ。


「ああ、オレ達は親友じゃない。オレもさ、オレとお前の関係ってなんだろう

なって考えていた時期がある。

 親友じゃないけど、それは、オレ達の間に何の絆もない訳じゃない。オレ達

はこうして共に戦ってきた。なんで一緒に戦い始めたのか、お前と出会った頃

の事、思い出したら、なんとなく答えが分かったよ。

 オレとお前は、盟友なんだとオレは思うぜ」


 すぐ横に浮かぶティア・ライトを見た。

 彼女は何処までも清々しく、空を見ていた。

 迷いや嘘なんて絶対に含んでいない。

 そう確信させる真っ直ぐな瞳と少しだけ恥ずかしそうに歪められた優しい笑

みがあった。


「盟友………」


 彼女が教えてくれた言葉を、ゆっくりと自分に染み込ませるべく呟いてみ

た。

 その瞬間、まるで心が雷に打たれたかのように震えた。

 そして不純物を含んだ水が電気を通すかのように雷は一瞬で心中に伝わっ

て、心臓が勝手に高鳴り始めた。

 

 心が抑えきれなかった。


 自分にも、自分も、ちゃんと鳴恵と繋がっていると分かったことがこんなに

も嬉しいことだなんて考えてもしなかった。


「ああ、親友じゃなくて盟友だ。だって、約束しただろう。オレは絶対に憧れ

に追い付く。そして、お前に教えてやるっていたんだ。

 憧れの先にあるものが何であるかをな。その約束が始まりで、その約束が俺

たちをこうして繋ぐ絆になった。

 だから、オレとお前は約束で堅く結ばれた盟友だよ」


 不覚にも溢れてくる涙を抑えるので、鳴恵の言葉が半分ぐらいしか聞き取れ

ない。

 もったいないと思う反面、もうコレで十分だと思う自分もいた。


 気高き一滴は涙など流さない。


 流してはいけないのだ。

 そんなことしなくても、こんなにも嬉しいのだから。


 そして……鳴恵と目が合った。

 彼女はちょっと驚きながらも頷いた……そして、そんなことしなくとも盟友

は自分の心を分かってくれるはずだから、だから無く必要なんて何処にもない

のだ。


「なあ、今度はオレがお前に言いたかった事。言っても良いか。正直、下らな

いことだけど、オレはただこの一言をお前にまた言いたかったから、ここまで

来たんだろうな」


 改まって、ティア・ライト―鳴恵―が口を開いた。

 何だろうかと最初は分からなかったが、鳴恵のいたずら娘のような何かを企

んでいる感満載の抑えきれない笑顔を見た瞬間、彼女が何を言わんとしている

かよ~く分かった。

 それまでの嬉しさが影を潜めて、ティア・アクア―晴菜―が、これまでもそ

うであったように不機嫌顔に逆戻りする。

 もっともそれでも内からあふれ出してくる嬉しさは完全に抑えつけることは

出来て居らず、結果、なんとも形容しがたい不器用でだからこと愛らしい顔に

なってしまっていたが。


 そして、二人は同時に言った。


 これまで、何度も、数えてなんかいれないぐらい何度も、繰り返してきた二

人の、もっとも二人の関係を表したいつものやりとりを。


「ハル!!」

「気安く呼ぶな!!」


 一瞬の静寂の後、大海原のまっただ中で、素直すぎる少女と素直になれない

少女の笑い声が木霊しあった。


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