14-2:Strong Wind Part2
《海上を駆ける清流》
海の上を一条の矢が駆けていた。
荒ぶる波に逆らい、矢が目指すのは、かつての憧れとこれからの憧れ。
気高きブルーアイの瞳に確かな意志を秘め、ティア・アクアは自らが生み出
した矢の上に乗り、海原を一直線に突き進み、そして、其処へたどり着いた。
かつて、圧倒的とも言える強き力で自分を救ってくれた彼女の背中を思い出
す。
あの時と比べ、何処か悲哀に満ちた背中がそこにはあった。
これからも、雄々しき拳で自分を救ってくれるであろう彼女の笑顔を思い出
す。
それ以上の、強く輝きに満ちた笑顔がそこにはあった。
「鳴恵!」
手を伸ばすが、届かない。
風によって無惨にも全てをはぎ取られた白銀の戦士は為す術なく堕ちてい
く。
「鳴恵!」
ストーム・メイ・ジェノサイドの余波がティア・アクアにも迫り来る。
ティア・ウィンドを中心に球を描きながら膨れあがる強風に逃げ場はない。
またしても、気高き一滴はこの技の元敗れ去るのか?
いや、違う。
逃げていては鳴恵の元にたどり着けない。
新たな憧れを得た戦士は、風に雄々しく立ち向かう。
「邪魔よ!」
左の拳を、気高く、強く、そして雄々しく握りしめ、ティア・アクアは風を
殴りつける。
爆破的に拡がるストーム・メイ・ジェノサイドを相手にティア・アクアは怯
むことなく突き進む。
風が海を剔る。
水が空を舞う。
拳が青に輝く。
「はあああああああああっ」
刹那でも気を抜けば風に飲み込まれそうな恐怖の中、晴菜は叫ぶ。
「スプラッシュ・ゴウ・インフェルノ!!」
青の拳が風を打ち破った。
全ての水を拳に集めたティア・アクアの新たなる技が、強き暴風に打ち勝っ
たのだ。
阻む壁を砕き、矢は前を見据える。
全ての神経を左の人差し指と中指に集中させ、狙うは、白銀の衣をはぎ取ら
れ、無力な鳴恵。
己の技と彼女の心を信じ、輝く白銀の腕輪に向かい、気高き一滴は、
「ウォーター・レイ・アーチェリー!」
二発の水の矢を解き放つのだった。
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《再会の海上》
意思の疎通なんて出来た訳じゃない。
だけど、時間差で放たれた二条の矢を見て、鳴恵は晴菜の考えを瞬時に読み
とった。
風に、時に、重力に抗うことをせず、海面へと堕ちながら、雄々しき少女は
ゆっくりとその時を待つ。
ティア・アクアがまさかストーム・メイ・ジェノサイドを破るとは思わなか
った。
「キミはどうして強くなったのかな?」
誰に尋ねるでもない独り言を呟き、ティア・ウィンドは風を読む。
ティア・アクアから放たれた二つの矢。その目指す先にいるのは鳴恵だ。
「させないよ」
ティア・ウィンドは軽く拳を握りしめる。
風が渦を巻き、二つの矢を飲み込み、ウォーター・レイ・アーチェリーはい
とも簡単に霧散した。
ストーム・メイ・ジェノサイドは360度全方位に均等に風の力を使う必殺
技だ。
例え、ティア・アクアに破られたとしても、それは水の力が風の力に勝って
いるというわけではないのだ。
強く、風はまだ吹き荒れる。
鳴恵の、さらに正確に言うには光のティア・ブレスを狙った希望の矢を砕か
れ、だがそれでも晴菜は笑っていた。
ティア・アクアはゆっくりと左手の人差し指と中指を上げ、上空のティア・
ウィンドに標準を定めた。
晴菜とカザミス、二人の視線が交差し、そして、誓約の言葉が紡がれた。
「ティア・ドロップス コントラケット!」
突如、海底から姿を現した三本目の矢が光のティア・ブレスに触れた。
海こそは水の絶対領域。
そこでは風さえも水に敵うことはない。
甲高い音が鳴り響き、鳴恵の体が白銀の光に包まれる。
傷だらけのティア・ライト。それでも、戦士は何でも起き上がる。
明里から受け継いだ諦めない輝く心、そして晴菜と築いていく雄々しく気高
い絆を胸に抱いているかぎり、例え死しても『輝き一撃』は戦い続けるのだ。
「っっっ!!」
力の限り叫ぶ。
あまりに力みすぎていて言葉にならない程の想いで空気を振るわせる。
もう一度、彼女と一緒に戦える。世界の何よりも鳴恵が欲しいと想った世界
が今、ここにある。
「だから、独りで勝って戦うなと言ったのに」
っと、悪態を笑顔で呟きながら、ティア・アクアは10本の指を全て拡げ、
水の矢を無造作とも思えるぐらい大量に解き放った。
狙いなんてない、これはティア・ウィンドを射抜く矢ではないのだ。
晴菜にはカザミスに勝てる力がない。
気高き一滴は強き一陣には勝てない、その現実はさきの戦いで身をもって教
え込まれた。
その強さに憧れて、追い付きたくて、追い越したくて、それは結局叶うこと
はなかった。
でも、小夜子が教えてくれた。
強さは力だけではない。
力ではカザミスに勝てなくても、今の晴菜にはかつては無かった絆がこの胸
にある。
誰にも負けない強い絆が、二人をより輝かせる。
それは無限の道標。
気高き一滴が放つ、無数の矢がティア・ライトに数多の可能性を提示してく
る。
だが、どれほどの道があろうとも、人が進める道は所詮一つなのだ。無限と
いう数に錯覚を起こしてはならない。
この無限の道標から鳴恵は選ばなくてはならないのだ、晴菜と共にカザミス
に勝つその道を。
「ホワイト・ファイ・ウェーブ!」
両の手を合わせ、ティア・ライトが生み出すのは10本の銀糸。
明里が繋いでくれたこの力と、晴菜が作ってくれたこの道で、鳴恵がつかみ
取るのは、あの日からずっと憧れていた友との絆だ!
ティア・ライトから伸びる銀糸が、ティア・アクアの生み出した水の矢を捉
える。
空中に支えを得た銀の戦士は其処を支点とし空へ舞う。
一度舞い上がった白銀の衣はそれ以降、大地へと堕ちることはない。
ここには無限の道導がある。
次から次に水の矢を銀糸で捉え、ジャングルで獣たちが枝から枝に飛び移る
かのように、ティア・ライトは空を舞っていた。
無限の中から選び取るのは、とても勇気がいることだ。
それは自分の中の可能性を潰していくこと。
自分の道を自分で削っていくこと。
大きな原石である自分を小さくしていくことだから。
でも、その先に生まれた物は、かつてはけして持つことのできなかった輝き
を得る。
「ゴウゥゥゥゥゥ!!」
ティア・ライトの拳がティア・ウインドに迫る。
が、その攻撃は風の壁に阻まれた。
光と風の均衡。
拳はより輝き、風はさらに吹き荒れる。
「今、この瞬間がキミの憧れ?」
「ああ、そうだ。きっとオレはずっとこの繋がりが欲しかったんだ!」
ティア・ライトが拳を引いた。
空中で体全体を後ろに傾け、水中ターンでもするかのように風の壁を力強く
蹴りつけた。
急速に戦線を離脱するティア・ライト。
だが、それは逃げではない。
そう、彼女たちは今繋がっているのだ。
二人で一つなのだ。
「スプラッシュ・ゴウ・インフェルノ!!」
強き一陣の真下から必殺の叫び声が轟く。
遠距離攻撃型のティア・アクアが無謀にも全域攻撃型のティア・ウィンドに
接近戦を挑んできたのだ。
ティア・ウィンドは慌てることなく足裏に風の壁を作る。
青の衝撃は、水の矢を多数生み出したためだろう、先程ストーム・メイ・ジ
ェノサイドを砕いた程の力はない。
「キミも、この瞬間を憧れたの?」
「いいえ。わたくしが憧れていたのは、あなたのような強さ。こんな弱さを補
うような戦い、わたくしは憧れたことなどない」
「その割には、顔が笑っているよ」
「憧れはないですが、いざ鳴恵と一緒に戦ってみると、何故か嬉しくてたまり
ませんの」
拳だけは破れない風の鉄壁にティア・アクアはもう一方の手を当てる。
しかし、今度のそれは拳ではない。
人差し指と中指だけを伸ばし、弓矢のように見立ててたそれこそが、彼女の
真の必殺技だ。
「ウォーター・レイ・アチェリー!!」
「ホワイト・ファイ・ウェーブ!!」
雄叫びは二方向から聞こえ来た。
予想外の声に、とっさの―刹那の十分の一ほどではあるが―判断が遅れてし
まった。
ゼロ距離の接近戦においてその間こそが命取りとなる。
水の矢の先端が既に、足下の風の壁を貫いている。
一度傷の入った壁はいくら強固にしようと脆い。ティア・ウィンドは風を蹴
り、水の矢から飛び退いた。
必殺の水の矢が風を貫き、輝く銀糸が一直線に走りくるが、そこにはもう標
的はいない。
必殺の攻撃を外すとは致命的な隙を作ることになる。
両の拳を突き上げ、無防備なティア・アクアにティア・ウィンドは一気に肉
薄した。
風を操り、自由に空を駆ける強き一陣は空では無敵だ。
「ッヒぐ」
ティア・ウィンドの拳がティア・アクアの鳩尾にめり込む。
折角カザミスが治した晴菜の鎖骨や内臓がまた彼女の手によって壊されてし
まう。
しかし、気高き一滴は口から血を逆流させながらも、鳩尾にめり込んだティ
ア・ウィンドの拳をしっかりと握りしめた。
「悪あがきをすると、余計に苦しいよ」
「いいえ、苦しいのではなく、痛いのですわ。お互いにね」
その瞬間、ティア・ウィンドの背中に衝撃がのし掛かった。
まるで、突如として強き一陣の真上に瀧が出現したかのような錯覚に陥る
が、それはあながち間違えではない。
これは先程、ティア・アクアが放った必殺のウォーター・レイ・アチェリ
ー。
空に向って放たれたソレは、しかし、輝き銀糸に絡まり、方向を変えていた
のだ。
ティア・アクアが放った必殺の一撃。
それを初めからティア・ウィンドにヒットさせるなんて無理な話だ。
僅かな希望も、実力という差に跳ね返されてしまう。
ならば、希望が実力に劣るというのなら、実力に勝る絆でヒットさせればい
いのだ。
初撃はわざと外す。
ヒットさせるのは、彼女の動きを封じた後だ。
あの日、毒で動けなかった晴菜を救ってくれた鳴恵は、瞬間移動する敵をし
っかりと両手で押さえつけた上で必殺技を放った。
それのちょっとした応用という所だろうか。
ティア・アクアは風を感じた。
ティア・ウインドが風を操っている。
風の壁を作り、水の衝撃を和らげる狙いだろう。
「させませんわ」
その後、ティア・アクアのとった行動は理解に苦しむ物だった。
あろうことか、彼女はティア・ウィンドの体を引き寄せ、落下の上下を入れ
替えてしまったのだ。
ティア・ウィンドは下、ティア・アクアは上。
「うあああああああ」
敵に当てるはずの、水の攻撃を、ティア・アクアは自身で受けている。
しかもこれは、彼女の意思でだ。
自暴としか思えない、暴挙にティア・ウィンドはまたしても先を読むことが
できなかった。
今まで、カザミスは多くの猛者を戦って、勝ってきた。
息のあった連係プレイをするコンビと渡り合ってきたことだって、何度もあ
る。
息のあった攻撃では、こんな鳴恵と晴菜の即興連携とは比べ物にならないほ
ど完成された攻撃だって、倒してきた。
しかし、何故だ。
何故、カザミスは、この二人に押されてしまう。
この二人の雄々しさに、カザミスの心の奥が震えていた。
バッッッッッッシャアアアアアアアアアアァァァァァンンンンンンン!!
ティア・ウィンドの背中に衝撃が走り、視界が一面の青に変わる。
この時、やっとカザミスは、晴菜達の作戦が何であったのか理解した。
本来なら、あの時、海の中に潜んでいた水の矢を見抜けなかった時にこの戦
場を危惧していなければならなかった。
だが、あの瞬間、カザミスは思わず笑ってしまったのだ。
弟子が僅かであれ、師匠を超えた瞬間だった。
確かに海の大部分は水で占められているが、空気が皆無という訳でもないの
に、あの矢の気配は微塵も感じ取ることができなかった。
海の中では、気高き一滴は、強き一陣よりも強い。
そのことが証明された瞬間だった。
だから、この流れは至極当然。
自分がより有利な状況に敵を誘い込むのは、戦術の基礎。
戦場は海上から、海底へ。
風の世界から、水の世界へと変わり、戦いの女神達は皆、笑っていた。
一人は、憧れに辿り着いた輝く笑み、
一人は、憧れを諦めた気高き笑み、
最後の一人は、憧れを思い出した強い笑みを、
それぞれ浮べていた。
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《清き水の中》
音のない海の世界。
見えるのは気高き青の衣と、輝く白銀の衣。
そして、二つの笑顔。
(だから、私は、鳴恵とミシハ。二人と戦っているとこんなにも心が震えてい
たのか)
二つの戦士に共通しているの、笑顔という名の絆だ。
命をかけた戦いだというのに、あの二人は溢れる笑顔を抑えられず、笑って
いる。
楽しそうに、嬉しそうに、子供のように素直に笑っている。
(ごめんね、ルイ。私は最後まで最悪なお母さんだ。実を言うとね、もうルイ
の敵討ちのことなんてあんまり考えてない。
私はもう少ししたら、ルイの元に行く。そしたら、あの世でいっぱい、ルイ
に謝る。
だから、ごめん。今、この命だけは、彼女たちの笑顔のために戦わせて)
水が流れている。
気高き一滴を作り出すために、水がティア・アクアの指先に集中していく。
光が煌めいている。
輝き一閃を生み出すために、光がティア・ライトの十指に形成される。
風が渦巻いている。
が、強き一陣を練り出すための、風はティア・ウィンドの拳に足りない。
(そして、あの世であったら、今度こそ、ルイが笑えるように、笑ってくれる
ように、可愛い笑顔を浮べられるように、私頑張ってみせるから。だから、私
はルイの母親失格だけど、ルイは笑顔が大好きなの)
何処までも抵抗しようとティア・ウィンドは拳を握りしめる。
本当は、ルイが死んだ時にカザミスが戦う意味は失われていた。
命をかけて、自分を殺して、弟子を裏切ってまで守ると誓った大切な存在。
その彼女がこの世からいなくなった時点で、本当はもう、カザミスは戦えな
くなっていた。
我が子を失った悲しみ、誓いを守り抜けなかった憎しみによって、自分を騙
し戦ってきたが、所詮は付け焼き刃。
そんな想いで戦意は長続きしないし、自暴となった結果、カザミスは敵の策
にはまった。
全く、強き一陣の名が泣いているとカザミスは自嘲する。
だが、今は違う。
今のカザミスには戦いたい理由がある。
青と銀の笑顔、この二つの笑顔をもっと、もっと見ていたい。
その先にあるのが、自分の死だとしても、構わない。
自暴になったわけではない。
生き抜くことが、常に正義ではない。
死しても守りたい物、生み出したい物があるというのなら、もしそれが命を
かけてでしか手に入れない物だとしたら、死を選ぶこともまた、幸せなのかも
しれない。
生きていれば幸せがやってくるように、死と共に手に入る幸せだってきっと
世界にはある。
(さあ、ルイ。もし見えるのなら見ていて。私の最後の狂舞を。そして、私と戦う、あの二人の笑みを)




