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12-3:Dis Light Part3



《雷のようにまっすぐに》


 刹那、ティア・アクアの瞳に輝きが蘇ったのを鳴恵は見逃さなかった。

 しかし、殴りつけた拳が彼女の頬を離れると同時に、水色の戦士の瞳には再

び闇が宿っていた。


(っち。漫画じゃないから呼びかけるだけじゃ駄目か。やっぱ、ハルをマリオ

ネットにしている根元を叩き潰さないと)


 そのためにはやはり、雷のティア・ブレスが必要だ。

 今、しなければならないのはマリオネットの晴菜と戦うことではない。

 明里が照らしてくれた希望へと繋がる道を前に進むことだ。

 鳴恵はティア・アクアの横を通り抜けて、前に進もうとする。

 しかし、その足が数歩進んだところで、左腕を後ろから握りしめられた。

 誰だ?

 と思った時には、鳴恵の体は宙へと浮き上がり背中から地面へと叩き付けら

れている。

 背中を強打して、息が詰まる。

 ここが砂浜でなければ、背骨や脊髄に損傷を負っていたことだろう。


「っく」


 急いで起き上がろうとするも、それよりも前に冷たい人差し指と中指が眉間

へと突きつけられた。


「ハル……」


 青の衣を纏いし、戦士が無表情な瞳で鳴恵を見下ろしている。

 今、その目に映る鳴恵の姿は家畜とそう変わらないのだろうかと思わせるほ

ど、感情が感じられなかった。

 流石にこの状態からすぐに形勢を逆転させるのは難しい。

 そう判断すると鳴恵は、とりあえず、深呼吸をして乱れた息を整えることに

した。

 水の矢が鳴恵を貫くことはなく、波音の中、鳴恵の息づかいだけが響いてい

た。


___________________________________

《想いが交差する海岸》


 いい気味だ。

 鳴恵と晴菜が戦っている様を見ながら、美咲は内心で微笑んだ。

 二人が戦えば戦うほど二人の絆が壊れ、二度と修復できなくなっていく気が

して最高に気持ちが良い。

 特に鳴恵が晴菜の頬を殴りつけた瞬間などは、何処かへ飛んでいけそうなほ

どの快感が美咲の全身を貫き通った。


(そうよ、戦いなさい、水代晴菜。鳴恵さんの親友は私だけで良いの。あんた

なんか、鳴恵さんから愛想を尽かされて、殺されちゃえばいいのよ)


 だが、美咲にとって至福の時は長続きしなかった。

 生身の人間がどう足掻いた所で、ティア・ブレスの戦士には勝てるわけ無い

のだ。

 鳴恵は地面に倒れ伏し、ティア・アクアの指が今まさに鳴恵を貫こうと彼女

の眉間に突きつけられている。


(いや、ちょっと止めなさいよ。あんたなんかが鳴恵さんを殺さないでよ)


 今まで二人の戦いを見守っているだけだった少女は左手を前に掲げた。

 そこに埋められたのは桜色の宝玉。

 手にした力。

 彼女の親友である鳴恵と同じティア・ブレスだ。


(この戦いが終わったら、水代晴菜、あんたを原型が分からないほどに解体し

て、ドレイルから雷のティア・ブレスを奪い取って、鳴恵さんに返して、そし

て、そして、鳴恵さんも私と同じマリオネットにして、二人で、同じマリオネ

ットなって全てを共にして生きていくの)


 美咲は左手にある桜色のティア・ブレスをそっと右手で包み込んだ。


(だって、私は鳴恵さんの親友なんだもん。だから、鳴恵さんは最初は嫌だっ

て言っても、最後には私のお願い絶対に聞いてくるはずなの。水代晴菜、あん

たなんかが私と鳴恵さんの中に入ってくるな。あんたは、マリオネットとして

この戦いで死ねば良いのよ)


「ティア・ドロップス コントラケット」


 錯綜した想いを抱きながら、美咲は右手でそっと花のティア・ブレスを撫

で、誓約の言葉を口にする。彼女の体が、温かな桜色の光に包まれた。


「儚き一輪 ティア・フラワー」


 光が消えた後、そこに立っていたのは一人の戦士。

 友情という楔に縛られた儚き戦士だった。

 ティア・フラワーが砂浜を蹴る。

 たったそれだけでティア・フラワーはティア・アクアへと肉薄し、憎むべき

ブルーアイの少女を力の限り殴りつけた。

 ティア・アクアの体がぐらつき、砂浜へ倒れ落ちる。

 その隙をついて、ティア・フラワーは背中から砂浜へ倒れ込んでいる鳴恵の

上に馬乗りし、鳴恵の自由を奪う。


「美咲……」


 変わってしまった友の姿に鳴恵は思わず目を伏せるが、マリオネットなり正

常な判断能力を失った美咲はそんなこと全く気にせず語る。


「嬉しいよ、鳴恵さん、わたしに会いに来てくれたんだよね。この戦い終わっ

たら、一緒にマリオネットになって、二人だけで暮らしていこうね」


 ティア・フラワーの手が鳴恵の首筋へと伸び、ゆっくりと力を加えていく。

 本気を出せば、人の首ぐらい簡単にへし折ることが出来る。

 しかし、美咲の目的は鳴恵を殺すことでない、絶望させ、自分と同じマリオ

ネットにすることだ。

 親友が息が出来ず、苦しんでいる。

 なのに、美咲は嬉々として鳴恵の首を締め付ける。


「ごめんね、鳴恵さん苦しいよね。親友の私には、よく分かるよ。でも、これ

が鳴恵さんのためなの。

 こうして鳴恵さんが苦しんで、水代晴菜が死んで、あの光の戦士も負けて、

心の底から絶望してくれたら、私と一緒のマリオネットになれるの。

 私たち、親友だよね。だから、一緒にマリオネットになろうよ」


 酸素を求めているのだろうか、鳴恵の口がぱくぱくと激しく動く。

 ほんの少し鳴恵の顔が青くなってきたのを確認すると、ティア・フラワーは

手を離し、鳴恵に酸素を与える。

 次は何分ぐらい、首を締め付けてあげようか。

 そんなことを考えていたティア・フラワーの耳に親友の声が響いた。

 下を見下ろすと、鳴恵が首元をさすりながら、何か言っている。


「わりぃな、美咲……」


 友はそう言って、学校での表情と何ら変わらない溌剌とした笑顔を向けて、

そして、今まで美咲が見たことのない怒りの形相で怒濤の啖呵を切ってきた。


「オレは、諦めない。そう決めたんだ。オレが憧れたママと紅さんのように、

オレはもう一度、ハルと一緒に戦うんだ!

 どんな逆境だって、どんな絶望だって、オレはハルや明里を信じて、諦めず

戦い抜く。

 だから、はっきり言わしてもらう。

 美咲、今のお前は、マリオネットと化したお前は、邪魔なんだ!!」

「………………え?」


 鳴恵の言葉に美咲の世界が凍り付いた。

 ゆっくりと両手を持ち上げて耳を塞ぐ。

 焦点を失った虚ろな瞳は虚空を彷徨い、現実を否定するかのように頭を振

る。

 頭に木霊するこの声を消したい。

 嘘だと言って欲しい。

 いや、嘘に決まっている。

 親友である鳴恵があんなこと言うはずがない。

 そうだ、今のきっと水代晴菜が負け惜しみで叫んだに違いない。

 それを、そうたまたま聞き間違えたんだ。

 現実を否定する言い訳を必死で考えるが、それでも鳴恵の声は消えない。

 

 邪魔なんだ。

 邪魔なんだ。

 邪魔なんだ。


「いや」


 弱々しい声と共に、ティア・フラワーの瞳から涙がこぼれ落ちた。

 それは何より、美咲が現実を認めた証だった。


 お前は、邪魔なんだ!


「いああああああああああああああああああああ」


 体全体を弓状に仰け反らせたティア・フラワーはそのまま砂浜へと崩れ落ち

た。涙や涎、鼻水を垂れ流しながら、ティア・フラワーの体が何度も痙攣して

いる。

 壊れたねじ人形のごとく、何度も「いやだ」と呟くその姿は、見るに耐えな

い悲壮さに満ちていた。

 親友が悶え苦しむ中、自分を押さえつけていた枷がなくなった鳴恵は砂浜か

ら起き上がり、すぐさまあたりを見渡す。


「っく」


 まず目に入ったのは、自分に対して右の人差し指と中指を向けているティア

・アクア。

 一歩でも動けばその瞬間に射抜かれるだろう。

 だが、ティア・アクアのその後ろに繰り広げられている惨劇に鳴恵の頭は真

っ黒になり、


「やめろ!!」


 叫ぶと同時に既に体は動いていた。


___________________________________

《寂しがりやな少女と慈愛の彼女》


 どうして、そんな感情が湧いたのか、ルイには全く理解できなかった。

 マロードがティア・ライトと戦っている。

 水と花のマリオネットも元雷の戦士と戦っている。

 そんな中、戦いに参加しないルイ同様に、戦闘に加わらず事の成り行きを見

守っている女性が一人、彼女の前にいた。

 小夜子だ。

 いつもなら、ルイはあんな弱い存在など気にもかけない。

 なのに、まるで鮫が血の臭いを嗅ぎつけるかのように、ルイの心は彼女に引

き尽きられていた。

 初めて抱く感情にとまどいを隠せない、ルイ。

 そんな彼女の視線に気づいたのか、小夜子がゆっくりと人形遣いの元へと歩

き始めた。

 咄嗟に、ルイに戦いの余波が当たらないように彼女のすぐ横にいたカザミス

が小夜子を制止すべく前に出たが、


「大丈夫」


 人形遣いはそんなマリオネットの行動を諫めた。

 夕暮れの海岸がゆっくりと夜に染まるか中にたった一人残されたような、寂

しさを何故か感じつつ、ルイはカザミスのスカートをしっかりと握り、あの不

思議な存在―神野小夜子―が砂浜を踏みしめる様を黙って見ていた。

 すぐそこで、この星の消滅をかけた戦いが繰り広げられているというのに、

そうまるで散歩でもしているかのような落ち着いた足取りなのが不思議でなら

ない。


 風が吹き荒れないことに、小夜子は胸をなで下ろしたが、彼女の戦いはこれ

からが正念場だ。

 風の衣を纏うことが出来る褐色肌の女性と、彼女のスカートを握っている少

女。

 そんな二人に手が届くほど近づいた小夜子はやっと歩みを止め、語り始め

た。


「あなたが、マリオネットを生み出しているのですね」


 いきなり話しかけられたことに対してルイは無表情だった。

 まるで彼女自身が人形であるかのように感情のこもらない黒瞳だけが小夜子

を映している。

 全く反応が無いことに小夜子は困ったような笑みを浮かべたが、すぐさま気

を取り直してルイのすぐ横に立つ、褐色肌の騎士に目を向けた。

 彼女は小夜子の行動が理解できなかったようで、疑惑に満ちた瞳で小夜子を

監視している。

 睨まれるだけで、過去の経験より得た生存本能が慟哭を鳴らし小夜子に危機

を知らせる。

 でも、瞳に感情が宿っている分、人形遣いの少女よりも会話が続きそうだ。

 そして、案の定先手を打ってきたのは彼女の方からだった。


「キミは何者なの?」

「私は、神野小夜子。神野鳴恵の母親ですけど、何の力もないただの人妻です

よ」

「神野鳴恵の母親……。じゃあ、キミは私たちの敵になるんだね」


 カザミスはそう言うが、ティア・ブレスの力を使うつもりはないらしい。

 ルイが「大丈夫」と言ったのもあるし、小夜子の立ち振る舞いを見ていれ

ば、彼女が戦闘に関しては素人同然だという事は一目瞭然だ。

 小夜子程度の相手なら目をつぶり両腕を固定された状態であってもカザミス

が無傷で勝利する。

 それに、もし何かしらの策や特殊能力が合ったとしても、この至近距離なら

ば相手が少しでも変な動きをした瞬間、ティア・ウインドに変身するまでもな

く、指先一つで、この女性の喉を切ることが出来る。

 それだけの強さをカザミスは持っているのだ。


「はい。そうなりますね。ですが、あなたみたいな強者に喧嘩を売るほどの度

胸は持ってませんよ」

「キミは不思議だね。私の強さが分かっていて、何故近づいてくる? 私がそ

の気になれば、キミはルイ向かって歩いてきた時点で死んでいたよ」

「ええ、そこは私も怖かったです。あたなが私を殺すとすれば、そのタイミン

グ以外にはありませんから。

 でも、あなたは殺さなかった。少なくとも、私に興味を持ち、話をしたいと

思った。だから、この話が終わるまでは、私の命は安泰ですよ」


 小夜子が優しく微笑む。

 本当は、怖くて怖くて仕方ない。

 こんな修羅場何度くぐり抜けたって慣れてこない。

 だが、小夜子は逃げない。


 彼女は信じているのだ、雄々しい自分の娘を、けして諦めをしらない明里

を、そして、気高き心を持つ晴菜を。


 絶望は希望に繋がる。

 彼女たちはきっと深い闇の中でも光を掴み立ち上がる。

 だから、小夜子はカザミスとルイの前に立つ。

 それが例えほんの僅かであっても、仲間のために自分が出来ることをするた

めに。


「じゃあ、話が終われば、キミは死ぬの?」


 カザミスが、文字のこと苦目にも止まらぬ速さで小夜子の頭を鷲掴みにし

た。

 刹那の出来事に、小夜子は一瞬、顔を引きつらせるが、それでも悲鳴を上げ

ることはなかった。


「そうかもしれません。この命は今まさにあなたの手の中にあります。握りつ

ぶしたければ、握りつぶして構いません」

「キミは一体何がしたいの?」

「あなたとこうして、話がしたいだけです」

「それが、何になると言うの?」

「希望に繋がります。この世界に闇を生み出さないために。残された僅かな希

望の光を風に掻き消されないために。ほんの少しでも、僅か数秒でも良い、そ

の光を輝き続けさせるために。そして、光が繋がるために。私はこうして、あ

なたと話しています」


 迷いのない真摯な瞳がカザミスを射抜く。

 この女性はきっと何があっても、ルイのマリオネットになることはないだろ

うと確信させる、強く輝いて、それでいて、雄々しくも優しい瞳が、そこには

あった。

 カザミスは、小夜子を鷲掴みにしていた手を外して、小さく微笑んだ。


「キミ、知ってる? キミがどれだけ足掻こうと、私が出るまでもなく、もう

キミたちには一閃の光明さえ残ってないんだよ」

「よく知っています。でも、待っているのが、闇のティア・ブレスの誕生と言

う、最悪の道筋だとしても、私はこんな事ぐらいしか出来ないんですよ」


 波音を拾って、一陣の潮風が二人の間を吹き抜けた。

 カザミスの―何処か晴菜のブルーアイに似た雰囲気を持つ―強い瞳が小夜子

を射抜く。

 その瞳に宿る僅かな感情は、敵を褒め称える賞賛だった。


「なるほどね。結末ではなく道筋ね、それがキミの希望なんだね」


 そう言うとカザミスは歩き出し、小夜子の横を通り抜けた。

 小夜子は自分の浅はかさを呪った。

 いや、それ以上にカザミスという相手が悪すぎたのだろう。

 たった一言の、違和感から彼女は小夜子の考えを見抜いてしまったのだ。

 強き一陣の名を持つカザミスでは、小夜子とて役者不足だった。

 小夜子はもう風を遮る壁には成れない。

 だが、これで終わりなどではない。

 振り返り、カザミスのスカートを握りしめている人形のような少女を見た。

 小夜子とカザミスが語り合っている時もこの少女は何も考えはしなかったの

だろう。

 相変わらずの無表情がそこにはあった。

 でも、彼女は前を見ず、後ろにいる小夜子をまだ見てくれていた。


「あなたはルイさんって言うのですね。どうですか、私をマリオネットにして

みませんか?」


 人形遣いの少女はゆくりと首を横に振った。


「やっぱり、そうですよね。こんな年増で、何の力もない人妻なんて誰もマリ

オネットにしたいなんて思いませんよね」


 負け犬の自嘲気味に呟いたその言葉は、


「ティア・ドロップス コントラッケト」


 来るべき時に備え吹き荒れる風に掻き消され、翡翠の閃光のその向こう側の

光景は、


「強き一陣 ティア・ウィンド」


 小夜子が覚悟していた世界が拡がっていた。


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