1-3:Thunder Calling Part3
《羽黒高校 1年D組教室》
結局今日一日の授業は何一つ頭に残らなかった。
放課後、セーラー服のスカートをはいていることなど全く気にせず足を組んでいた鳴恵は胸ポケットからバスの定期入れを取り出した。
その定期入れはいくつかポケットがあり、鳴恵はその中から一枚の写真を抜き出して眺めた。
(あいつのツンデレ具合は、最強だな)
昨夜、何に対して怒ったのかは分からない晴菜は、鳴恵にジュースをぶっかけた勢いのまま本当に帰ってしまったのだ。
向うとの連絡手段を何も聞いていないので、今の鳴恵には晴菜や明里が何処似るのか知る術がない。
下手をしたら、宇宙人である彼女たちとはもう二度と会えないのかも知れない。
(ま、最低限、オレがティア・ブレスを持っている限り、それはないと思うけど、今度会ったら晴菜に謝らないとな)
「あ、鳴恵さん。また、おばさん達の写真眺めてる」
何時の間に近づいてきたのか、美咲が後ろから現れ、鳴恵の持つ写真を見ていた。
「まあな。ちょっと色々とママ達について考えたいことがあったからな」
写真を定期入れに戻し、鳴恵は机の横に引っかけってあった鞄を手に取った。
「さあ、帰ろうか、美咲。お前、今日バイトだっけ?」
「はい。五時から」
「って事は、直接行くんだな。じゃ、いつものコースで帰るか」
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《混雑を始めたファーストフード店》
学校帰りの学生が多くなったファーストフード店の一席に、晴菜と明里は座っていった。
かなり遅めの昼食を二人は黙々と食べている。
「晴菜、まだ怒ってる?」
「ええ、もちろん、怒っていますとも」
「それは、鳴恵さんが戦う理由のせい?」
「そうよ。昨日も説明したでしょう。憧れなんて、持っていても無駄なのよ。そんなのは、何の役にも立たない。いくら憧れたって、結局は自分の作り出した理想像との違いに嘆くだけですわ」
「それは、晴菜の経験談?」
「そうですわ」
「晴菜は、鳴恵さんの事が嫌い」
「それは……」
今までハッキリとした口調で喋っていたのが一変、晴菜は急に黙りこんで、まるで逃げるかのように止めていた食事を再開した。
明里もそれ以上は、何も言わず晴菜と同様に黙々とハンバーガーを食べる。
晴菜が窓に背を向けるように座っており、それに対面する明里は自然と窓の外が視界に入っていく。
そんな人の流れを見ていた明里は不意に言った。
「あ、鳴恵さん」
「え? 何処ですか?」
先程までの悪態は何処へやら、素早く後ろを振り向き鳴恵を探す晴菜。
しかし、鳴恵の姿は何処を探しても見つからない。
「引っかけましたわね、あなた」
「うん、嘘」
無表情で肯定する明里。
「あんた、良い性格していますわ」
「でも、晴菜が鳴恵さんの事、嫌ってないのはよく分かった」
まんまと明里の策略にはまったことと、『鳴恵』と聞いた瞬間迷わず彼女を捜してしまった自分が恥ずかしくなる。
「ねえ、晴菜。鳴恵さん、私たちの仲間に迎えいれよう」
明里はハンバーガーを食べ終え、日本人よろしく両手を合わせごちそうさまのポーズをする。
「……」
晴菜が何も返せないでいると、明里はゆっくりと姉が妹を優しく叱るように言った。
「晴菜、憧れって言うのは、誰かをただ想う事じゃない。誰かを追い抜くために抱く感情」
「……」
「だから、鳴恵さんは、大丈夫。彼女は強くなる」
端から見ると相変わらずの無表情な明里だが、彼女の気持ちは本物だった。
そして、晴菜が鳴恵に抱いている、怒りは偽りの感情だった。
言い争っても勝てるわけがない。
晴菜も、本当は明里同様に鳴恵を仲間に迎えいれたいと願っているのだから。
「いいわよ。今夜、また彼女の家に行きましょう」
「うん。……あ!」
「うん? 今度は何を見つけたって言うの………っ!」
振り返り窓の外を見た晴菜は、椅子が倒れるのも関わらず、一気に立ち上がった。
窓の外にいるスキンヘッドの男が、不敵な笑顔を浮かべ晴菜を手招きしている。
「晴菜、やはり、彼が反逆者?」
「そうよ。名はシャーグルと言っていましたわ。どうしましょうか、明里。このまま、あいつの誘いに乗って私たちが勝てると思うかしら?」
「それは、分からない。でも、あいつをこのまま見過ごすわけにはいかない」
「それなら、話は決まりですわね」
ファーストフード店内にいるにもかかわらず、晴菜は左腕のティア・プレスに手をかざす。
「っち」
しかし、後は手を振り下ろすだけという所でシャーグルが背を向け上に跳躍した。
変身を止め、外に出た晴菜と明里。
二人がビルの屋上にいるシャーグルの姿を探し出すと同時に、彼はまたしてもあらぬ方向へ飛び去った。
あからさまに二人を何処かへ誘導しようとしている動きだが、ティア・ブレスの戦士達―――ティア・ナイト―――はその危険性を承知の上で彼の後を追うのだった。
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《花屋の裏口前》
「じゃ、がんばれよ、美咲」
「はい。いつもありがとう、鳴恵さん」
ペコリと一礼して美咲が花屋さんの裏口に入っていく。
今、鳴恵がいるのは美咲がアルバイトで働いている花屋さんの前だった。
建前上、学校の規則でバイトは禁止されているのだが、そんなことを気にする学生は殆どおらず、クラスの三分の一の学生は学校に隠れてアルバイトに励んでいる。
美咲もそんな学生の一人で、週に三日は、こうやって学校帰りから直接バイト先に向っているのだ。
「さあって、これからオレはどうしようかな?」
いつものように美咲をバイト先まで送り届けた鳴恵は両手を頭の後ろで組んだ格好で歩き出した。
この花屋さんは商店街の外れの方にあるので、バス乗り場にいくためには商店街を突っ切らねばならない。
何か、買い物でもして帰ろうか。
(あ、そーいや、晴菜の奴、葡萄を美味しそうに食べてたな。よっし、果物屋にでも寄ってみるかな)
「あぁ~、みぃつぅけった」
奇妙な声がかかってきた。
学校の友人にも、そうでない友人にも、いや鳴恵が今まで出会ったきた如何なる人にも当てはまらない独特のしゃべり方だ。
辺りを探すと、白衣を着た女性が鳴恵を嬉しそうに指さしていた。
「はじめましてぇ。あたしはぁ、ドレイルぅっていいまぁ~すぅ。よろしくねぇ、『雷ぃ』のティア・ブレスゥの持ち主さん」
白衣を着ている女性が何者か、鳴恵は理解できた。
まだ商店街の端辺りにいるので人通りが少ない。
空手の構えで相手の出方を待った鳴恵だが、このドレイルという女性は昨日のシャーグルと名乗った男性と違いまったく殺気というモノが感じられない。
「やだよぉ。あたしはぁ、あなたとぉ戦いたいから、やって来たんじゃぁないんだよぉ」
笑いながら、手を横に振る。
「じゃ、なんで反逆者がオレの前に現れたんだ?」
「それはぁ、あたしはぁ、知りぃたいから。ティア・ブレスゥっていう未知ぃの力をぉ」
そう言うとドレイルは白衣のポケットから緑色の液体が詰まった瓶を取り出し、種も仕掛けもないよぉと言うように振って見せた。
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《人里離れた山の中》
シャーグルとの追いかけっこもやっと終わりがきたようだ。
今までは、晴菜と明里に背を向けて逃げいていたシャーグルが遂に正面を向いたのだ。
「ここが、あなたの決闘の場所ということなのかしら」
「すまんな。お主らとは内密に事を運べという条件なんでな。こう、薄暗く人気の少ない所を勝手に選ばしてもらった」
ここは山道に続くトンネルだった。
確かに、シャーグルの言うように先程から車も通らないし、人が近づく気配も感じられない。
「あなた達は、人間社会に存在がばれるのを嫌っている?」
「かも知れないな。だが、所詮私は、約束を実行するにすぎない。奴の思惑など、私には関係ない。さて、あまり、無駄話をしていてもつまらないだろう。始めようとしようか、お二人がた」
シャーグルはドレイルから受け取っていた緑色の液体が詰まった瓶を地面にたたき付けた。
緑の液体はすぐさまコンクリートの中に吸収されていくが、それで終わりではなかった。
地面に植えた種が発芽して芽が出て、成長して木になるように、コンクリートの下から手が生えてきたかと思うと、その緑色の手はすさまじい速度で成長を始め、三秒もすれば河童のような形態をした怪人へと変ってしまったのだ。
「嫌な状況」
「一気に七人が増員。数の上では私たちが不利」
「しかも、相手の能力は未数値。嫌な状況よね」
「でも、そんな状況でも戦うのが私たちの使命」
「分かっていますわ、そんなこと。明里、いくわよ」
晴菜と明里は同時に左腕を胸元にかざした。
彼女たちの左腕に宿るのは、『水』と『光』のティア・ブレス。そのティア・ブレスの中央に埋め込まれた宝石を晴菜と明里は親指で優しく撫でる。
「ティア・ドロップス コントラケット!!」
誓約の言葉と、宝石が奏でる音の多重奏が二人の戦士の体を包み込む。
今、ここに『水』と『光』のティア・ブレスの戦士が舞い降りる。
「気高き一滴 ティア・アクア」
『水』のティア・ブレスに選ばれた、透き通るブルーアイの戦士が名乗りを上げ、
「輝き一閃 ティア・ライト」
『光』のティア・ブレスを持ち、煌めく銀髪をなびかせる戦士がその後に続いた。