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9-1:Broken Nexus Part1

《鳴恵と晴菜の部屋》



 カーテンの隙間から白い光が差し込んで来ている。

 どうやら、既に朝のようだ。

 時計を見ると、時計の針はもうすぐ九時に迫ろうとしていた。

 久々に熟睡してしまったようだ。

 今日が土曜日で良かったと鳴恵は心底思った。


「すぅぅ」


 吐息が前髪にかかって、優しく揺らす。

 目を向けるとそこには鳴恵の両手をしっかりと握りしめて安らかな寝顔を無

防備にさらけ出している晴菜だった。


(こうやってみると、ハルって子供みたいだな)


 まるで、小学生のようなルームメイトを見て、鳴恵は優しく微笑んだ。

 普段どんなに気丈に振る舞っていても寝顔はこうも子供ぽい。

 そのギャップが可愛くもあり、不安でもあった。


(ハル。お前、本当は強がっているんじゃないのか?)


 多分、こんな事直接聞けば握り拳が飛んでくるだろう。

 だが、それでも聞くべきではないのか?

 こんなにも安らかな寝顔を見ているとそう思ってしまう。

 出来れば、頭を撫でてやりたい所だが、残念なことに両手は晴菜にしっかり

と握りしめられている。

 下手に手を動かせば、晴菜が目覚めてしまうかもしれない。

 それから、しばらくは晴菜の寝顔を何をするでもなくただ見守っていたが、

この気高きお姫様にもお目覚めの時がやってきたようだ。

 閉ざされていた瞼がゆっくりと開かれる。


「おはよう、ハル」


 少し焦点の合っていない感じのする晴菜に向かって、笑顔で朝の挨拶をす

る。

 どうやら、これで、晴菜の眠気は完全に覚めたようだが、彼女はいきなりの

事で少々動揺してしまっていた。

 どのくらい動揺していたかというと、いつもの「気安く呼ばないで下さい」

という台詞が出てこない程だ。



「あ、お、おはよう、ございます、鳴恵」


 急に恥ずかしくなったのか、一晩中握りしめていた鳴恵の両手から手を離

す。


「あれ、ハル、顔が真っ赤だぞ」

「うるさい」


 からかってくる鳴恵に拳をたたき付けたが、眠っている状態で、しかもずっ

と鳴恵の手を握りしめていたから痺れている今の晴菜に力は出せなかった。


「お前、朝から元気だよな。さて、起きるぞ」


 鳴恵はそう言うと、勢いよく布団から起き上がった。

 晴菜もゆっくりと布団から上半身を起こす。


「よし、ハル。早く布団畳んでリビングへ行こうぜ。きっとママが美味しい料

理作ってくれているはずだからな」

「ええ、よろしいですわ、鳴恵。ですが、その前に一言よろしいでしょう

か?」


 ブルーアイが、鋭く鳴恵を射抜く。

 しかし、鳴恵は全く気にせず、「何だ?」と言い、首を傾げるだけだった。


「私のことを、気安く呼ばないで下さる」


 こうして、一日が始まった。



 救いようのない絶望が始まる一日が。


___________________________________

《神野家 リビング》


「おはよう、鳴恵ちゃん、晴菜さん。丁度、良いタイミングよ」


 リビングへ行くと、既に小夜子と明里は起きており、二人して朝食の準備を

していた。

 テーブルの上には卵焼きとウィンナーの乗ったお皿に、焼きたてのフランス

パンが並べられている。

 キッチンでは明里がサラダの盛りつけをしているところだった。


「明里、あなた、料理なんて出来ましたの?」

「ううん。今日が初めて」


 いつものように感情の起伏が少ないが、それでも楽しそうだった。

 その横では小夜子がなにやら紫色の粘り気のある液体を瓶に詰めている所だ

った。


「ふ~ん、ママに誘われたのか?」

「うん。小夜子は凄い人」


 丁度盛りつけが終わった所だろう、小さく改心の笑みを浮かべた明里がボー

ルを抱えてリビングへと戻ってくる。

 そして、テーブルの上にサラダを置くとそのまま席について、四つのコップ

に―ティーパックであるが―紅茶を注ぎ始めた。


「持ちつ持たれつ、ですか」


 昨夜の言葉を思い出した晴菜が小さく呟く。

 あの言葉の意味が分かった訳ではないし、晴菜はまだ小夜子という人物を心

から認めてはいない。

 ただ、鳴恵の憧れの人だと言うことで、今はまだ拒否はしていないだけだ。

 しかし、明里は早くも、小夜子を仲間として認めたようだった。

 あの見るからに、ひ弱そうで戦闘に向かない小夜子の一体何が、鳴恵や明里

を引きつけるのか晴菜にはまだ分からなかった。


「さあ、晴菜さん。そんな所に突っ立ってないで、座りましょう」


 キッチンから、紫色の瓶を胸に抱えて小夜子がやってくる。

 その顔は優しく微笑んでいる。

 これがあの『雄々しき一撃』、神野鳴恵の母親であるのかと思わず疑いたく

なるほど、女性的な柔らかさに満ちた笑みだった。


「そして、はいコレ、どうぞ」


 そして、胸に持っていた小瓶を晴菜に差し出した。

 色は紫色と普通あまりない色をしているが、それには毒々しさはなく、絞り

立ての果実のような美しい色合いをしていた。


「何でしょうか、コレは?」

「私の手作りの、葡萄ジャムですよ。昨日、明里さんから晴菜さんは、葡萄が

大好きって聞いたので作ってみました。多分、美味しいと思いますよ」


 『葡萄』と聞いた瞬間、迷いもなく小夜子の腕から小瓶を奪い取った。

 そして、素早く椅子に座るとテーブルの中央に並べられたフランスパンを一

つ取って、早速塗ってみる。

 その間に小夜子と鳴恵も椅子に着き、晴菜の一挙挙動を見守っている。

 二人、いや、明里を含めた三人の視線が気になったが、あえて無視して葡萄

色に染まったフランスパンを一口囓ってみる。


「あ。美味しい」


 素直な感想がこぼれ落ちた。

 葡萄が持つ、甘みとほんのりとした酸っぱさが見事に舌の上に広がってく

る。


「ふうう、それは良かったです。葡萄ジャムなんて、凄く久々だし、晴菜さん

の味覚にあるか心配だったけど、喜んでくれて、良かった」

「だろう、晴菜。ママの料理は、本当どれだって美味しいんだから。それにマ

マの作る特性ホットケーキもお前なら絶対に好きになるぜ。あのママ特製蜂蜜

の甘さはやみつきになるから」

「……でも、そんな小夜子の娘は、なんで料理が下手なのかな?」

「うわ。明里、お前しれっと痛いこと言うな」

「大丈夫、鳴恵。冗談だから」

「うあうあああ。明里。冗談でも、事実だから、痛いんだよ!」

「まあまあ、鳴恵ちゃん。ご飯中よ。落ち着いて、ね」

「でも、ママ………」


 なにやら、騒がしくなった周りを無視して、晴菜はもう一度葡萄ジャムが塗

り立てられたフランスパンを一口囓ってみた。

 やっぱり、美味しくて、思わず口元に笑みが刻まれる。


(やっぱり、美味しい。それに、何だか、騒がしくて、楽しいですわね)


 晴菜の顔が、不器用にはにかんだ。


___________________________________

《反逆者達の宇宙船》


 薄暗い照明の中、円卓に七人の反逆者が集まっていた。

 彼らの前にはいつも様にスクリーンが現れ、今そこに映し出されているのは

『雷』、『水』、『光』のティア・ブレスの戦士達だった。


「では、以前からの計画通り、彼女たちへの制裁はルイとそのマリオネットに

一任致しますわ」


 この薄暗い部屋の中で唯一立っている秘書風の女性―マロード―は、そう言

うとルイを保母が園児を見守るような優しい瞳で見た。

 まるで小学生かと思えるほど幼い少女―ルイ―は、マロードの命令に小さく

頷くと、すぐさま席を立った。


「分かった。じゃあ、カザミス、美咲。行こう」


 そして、そんな少女に従うように二つの影も立ち上がる。

 一つは中世の魔法使いを思わせる法衣を纏った女性―カザミス―であり、も

う一方はセーラー服を来た若い女性―三菱美咲―だった。

 二人のマリオネットは、この場に残った反逆者に軽く一礼すると何も言わず

主の後に付き従う。

 人形遣いと二つの人形が、ドアを出て行く。

 その瞬間だけ、外から光が入り込んだが、扉が閉まると反逆者はまたしても

薄闇の中に閉じこめられた。


「あぁぁ、せっかくぅ、『花』に選ばれた人が、仲間になったのにぃ、もう出

て行くくなんてぇ~~。『花』について、ぁたし、もっと調べたったよぉぉぉ

ぉ」


 四人になった反逆者の中で、白衣を羽織った女性―ドレイル―が、何の前触

れもなくいきなり不平の声を上げた。


「もう少し、我慢しなさい。そうすれば、『花』だけではなく、残りの三つも

手にはいるわ」


 駄々をこねる子供を言いくるめる母親のような、何処か諦め口調でマロード

が宥める。


「そうだな。『花』の方も、戦力としてではなく、別の側面としても使えそう

だ。数の上では三対二と我らの方が不利だが、あの女が『花』になったおかげ

で、我らは圧倒的に優位に立てた。戦いとは、数だけでは決まらないもの故

な」


 ドレイルの隣に座るスキンヘッドの男―シャーグル―も、ドレイルの暴走を

押さえるために、しかし敢然とした事実を、述べる。


「シャーグルぅ、なんか、訳わからないよぉ」


 遠回し気味に「うるさいから、黙っていろ」と怒られような気がするドレイ

ルは頬を子供ぽっく膨らまして不満を表すが、マロードもシャーグルももは

や、彼女には取り合わなかった。


「それで、マロード殿。それがしらは、今まで通り、行動してよろしいの

か?」

「いえ、シャーグルとドレイルには、これより新たな使命について頂きます。

『花』を私たちの仲間に迎え入れ、原住民からの情報収集も一段落した今、反

逆者が『この星に与える制裁』は次の段階に入ります」


 マロードはモニターを操作して、シャーグルとドレイルの前に出された映像

を別のものに返る。

 二人の前に移った映像は―マロードがこの星のテレビから抜き取ったもので

はあるが―氷の大地であった。


「ほう」

「へぇぇ、思ったより早かったねえぇ」


 シャーグルとドレイルが思わず感嘆の声を漏らす。

 そして、この場において、沈黙を保っていた最後の反逆者―ロッグ―がそ

の、氷山よりも冷たい声をついに響かせた。


「ドレイル、準備にどれぐらいかかる?」


 初対面の者が聞けば、その剣山のごとく鋭い声に思わず立ちすくんだ事だろ

う。

 同じ使命を持ち共に歩んでいる他の反逆者でさえ、彼の声を聞けば自然と背

中に冷たい汗が流れてしまう。


「う~ん。もの自体はぁ、『プラント・ゼロ』からぁ、持ってきた物だからぁ

ぁ、一週間もぉあればぁ、使ぁえるようになるよぉ」

「五日で、終わらせろ」

「はぁ~い」


 他の者ならいざ知らず、あのロッグからの命令では流石のドレイルも文句が

言えない。 彼女が珍しく素直に無理な命令に従う。


「シャーグルは、これから現地に向かって、最終的な調整を行ってもらう。我

々の作り出す『楽園』が失敗作にならないように、この星の地表に生きるすべ

ての生物を確実に破滅に導くため、万全を期す。くれぐれも不備のないよう

に、頼むぞ」

「心得た」


 頷くとシャーグルは席を立ち上がり、それに習って、ドレイルもマロードも

ゆっくりと席を立ち上がった。

 三人の反逆者が彼らのリーダに視線を向ける。

 ロッグは、薄く笑みを刻むと自分の部下の顔を見渡した。

 皆、信頼に足る仲間であり、彼らがいればこの星を『楽園』に変えることな

ど造作もないことだろう。

 ロッグはゆっくりと立ち上がり、右手を真っ直ぐ前に伸ばす。

 そして、三人もロッグ同様に右手を前に差しのばす。


「メイク ザ ヘブン」


 反逆者共通の使命を口にしたロッグは、拳をきつく握りしめる。


「メイク ザ ヘブン」


 そして、彼の仲間も自分らの使命を改めて口にして、己の心にしかと刻み込

んで、意志の強さを示すかのように、差しのばした右の拳をきつく握りしめる

のだった。

 だが、その中に一つ、不協和音が混じっていた事に気づく者はいなかった。



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