8-2:One Night Tell Ⅱ
《鳴恵の自室》
コンコン。
ノック音が聞こえると、鳴恵はすぐさま机から顔を上げてドアの方を見た。
誰が来たのかは既に知っている。
夕食の席で、小夜子によって決められたことであり、鳴恵も反対しなかった。
「どうぞ」
答えると、ゆっくりとドアが開き、布団の一式を持った晴菜がそこに立っていた。
今日から、この部屋で一緒に寝る少女だ。
昨日まで、晴菜と明里は小夜子の部屋に無許可で寝ていた。
しかし、その部屋の本来の持ち主が戻ってきた今日、晴菜がそこで寝るわけにはいかず、こうやって部屋移動の命を受けたわけだった。
ちなみに、鳴恵達が帰宅する前に、何故か小夜子と意気投合したらしい明里はそのまま小夜子の部屋でお世話になることになった。
「っよ、ハル」
「だから、気安く呼ばないで下さる」
「そんなこと言っても、今日からルームメイトって奴だろう。お前もそろそろ折れたらどうだ」
「ふん。私は『気高き一滴』よ。気安く呼ばないで」
「あらあら、明里さんから聞いた話だと、晴菜さんと鳴恵さんはもっと仲良しだと思っていたんだけど、違うのかしら?」
晴菜の後ろから第三者の声が聞こえてきた。
晴菜の掛け布団やら枕を持ってきた小夜子だ。
「ママ」
鳴恵の顔が輝く。
それは、晴菜が昔のカザミスに向けていた顔と全く同じで、晴菜の心の奥に、知らず鋭い針が突き刺さる。
「鳴恵ちゃん、晴菜さんと同じ部屋だからってあんまり夜更かししたら駄目よ」
「わ、分かってるって」
そうは言うものの、顔は少し引きつっていた。
どうやら、図星だったようだ。
晴菜が置いた布団の上に、小夜子は持ってきた掛け布団などを乗せて、さらにいくつか晴菜と同室になる上での注意点を鳴恵に教えていた。
(鳴恵、楽しそうですわね)
小夜子と一緒にいるときの鳴恵は、今までの彼女と違って見えた。
(あれが、『憧れ』が側にいる者の顔ですか)
テーブルの上に、置き鏡が見えた。晴菜は視線をずらして、そこに映る自分の顔を見る。
(『憧れ』を失ったわたくしの顔とは大違いですわね)
鏡に映る自分の顔。
それは、『強き一滴』にはほど遠い、弱者の顔にしか見えなかった。
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《二人きりの暗闇の中で》
夜はすぐに更ける。
彼女は勉強そっちのけで晴菜に話しかけてきた。
『プラント・ゼロ』での暮らしや、宇宙船の中で見てきた星の話など色々なことを教えてくれとせがんできた。
ここは鳴恵の部屋で、彼女に与えられた秘密の場所。
小夜子や明里でさえ、ずっとここにいるわけではない。
晴菜はいつも以上に元気な鳴恵に閉口しながらも、答えられることには極力答えることにした。
そうして、他人に自分の過去を話して気が付いたのは、自分がいかに『カザミス』に憧れて、彼女を追いかけていたのかだった。
鳴恵との話の中で、彼女のことは話したくなかった。
すると、自然と話せる内容は絞られてしまうのだ。
二時間もしないで、晴菜の話は底をついた。
カザミスとの事なら、それこそ、一晩中だって話していられるのに。
「それじゃあ、電気消すぞ、ハル」
「だから、気安く呼ばないで……」
「はいはい、分かって晴菜。消すぞ」
そして、部屋の照明は消えた。
鳴恵は暗い方がよく眠れるタイプなので、豆電球すらついていない。
暗闇の世界、目が闇になれるまでは何も見えない。
電気を消した鳴恵が、布団の中に入る音が聞こえてくる。
彼女はこの部屋に元々あったベットで眠り、晴菜は床に引いた布団の上で横になっている。
しばらくは、闇の中、鳴恵も晴菜も何も言わなかった。
(鳴恵は寝たのかしら?)
闇に目が慣れ、天井にある光を発しない電灯が見えるようになった頃、晴菜は隣に視線を向けてみた。
でも、鳴恵はベットの上にいて、晴菜の位置からは上半身を起き上がられでもしないと、鳴恵の顔は見えない。
別にそこまでして知りたい事でもない。
もう一度、視線を天井に向けた。
(やっぱり、眠れませんわね)
何となくそんな予感はしていた。
眠れないほどに心臓が高鳴っている理由も分かる。
神野 小夜子。
鳴恵の『憧れ』と出会ってしまったことが、どうしようもなく、カザミスに『憧れ』ていた頃の自分を思い出させる。
そして、あの小夜子の一体何処に鳴恵は憧れたのか分からないことも、晴菜を睡眠から遠ざけている要因でもあった。
「晴菜、お前、どっちのこと考えている」
薄闇の中、鳴恵の声が聞こえた。
彼女も眠れなかったようだ。
鳴恵と自分は同じ立場にある。
そんなことに何故か、晴菜は安堵感を覚えてしまう。
「どっちとは、何と何なのですか?」
「オレのママのことと、『風のティア・ブレス』の持ち主のこと。どっちだ」
苦笑いを浮かべた。
鳴恵に心を読まれているようでは、どうあがいたって、カザミスの様にはなれない。
「その両方ですわ」
晴菜は心を偽らず、正直に答えた。
薄闇の中、鳴恵の顔は見えず、声だけしか聞こえないこの状況が彼女を素直にさせ、普段は見せない弱い一面をさらけ出したのか。
あるいは、ただ単純に、そこに鳴恵がいたからだけかもしれない。
「ママの事が、分からないんだろう」
小さな子供が、自分の宝物を自慢するかのような声だった。
いや、まさにそんな状況だろう。
「ええ、その通りですわ。彼女、小夜子は……」
「カザミスと違いすぎる」
告白の後半は、鳴恵に取られた。
彼女は今、ベットの上でどんな顔をしているのだろうか。
晴菜の頭の中で、出会ってから色々見ていた鳴恵の表情が浮かび上がっては消えて、この状況にぴったりな表情を探し出していく。
(今の鳴恵は、きっと笑ってますわね。多分、わたくしを『ハル』と気安く呼ぶときのような顔で)
心を読まれた事は悔しくなかった。
しかも何故か逆に、心を読まれた事が心地よい。
「オレだって、そう思うぜ。まあ、オレはカザミスをちゃんと見た訳じゃないけど、彼女の強さは、よく分かる。それに比べて、オレのママは、はっきり言ってカザミスみたいな強さは持っていない」
『憧れ』の存在に対してはっきりと弱さを断言する鳴恵に、晴菜は目を丸くした。
が、すぐにその理由が分かったような気がした。
『弱さ』を知って、それでいてもなお、『憧れ』を抱いている。
だから、鳴恵は戦いの中で、ティア・ブレスを持つことに恐怖や不安を感じながらも、『憧れ』に向かって歩き続けて来たのかもしれない。
見せかけだけではない、すべてを知った上での『憧れ』は簡単には無くならない。
(わたくしも、そうでした。わたくしも彼女の『弱さ』も知っていた。だから、裏切られた今も、彼女への『憧れ』を捨てきれないでいる)
「では、あなたは、小夜子の何処に『憧れた』のですか? わたくしはそれがよく分からないのです」
「う~ん。分かりにくいかもしれないけど、オレがママに憧れたのは、ママの『強さ』なんだよ」
話が矛盾している。
「どういうことですか。あなたは今、小夜子は強くないと言いました」
「それは違うぜ、晴菜。確かに、オレはママはカザミスみたいな強さは持っていないと言った。でも、ママはママの強さを持っているんだ」
(小夜子の強さですか……)
だが、小夜子の強さが一体なんであるのか分からなかった。
今日、彼女と過ごしてみて感じたのは、彼女は普通の人間であるということだ。
確かに、過去に宇宙人と出会っていたり、他とは違う人生を歩んでいた様だが、だからといって彼女が特別な訳でもない。
(まあ、料理はとても美味しかったですけどね)
ふと、夜に四人で食べた食事の味が思い出された。
あれは、この星に来て食べた中でもっとも美味しい料理だったのは否定しない。
でも、それは反逆者と戦うことには全く役に立たず、『強さ』でもない。
「なあ、ハル」
「気安く呼ばないで」
「こんな夜更けでも……。お前、もうそれ条件反射で言っていないか?」
「あなたが何度も何度も、呼ぶからです。それで、話はソレですか?」
薄闇の中、二人の毎日飽きることのない、いつも通りの会話が流れる。
「いいや、違うよ。なあ、晴菜」
「何ですか?」
「オレさ、少し勘違いしていたのかもしれないな」
「何をですか?」
「オレの『憧れ』って奴をさ」
そう言うと、ベットの上で鳴恵が動く物音がした。
何事かと思い、視線をベットの方に向けると、彼女はベットから起き上がって、床に足をつけていた。
片方は座り、片方は横になる。
そんな構図は何だか不格好に思えて、晴菜は自分も上半身を起こそうとしたが、その動きを鳴恵は手で制した。
(話はアレで終わりというわけですか……)
正直に言うと、話が終わった事が少し寂しかった。
それに話はまだ途中だったはずだ。
小夜子と再会したから得たであろう鳴恵の本当の『憧れ』がいったい何なのか、晴菜は知りたかった。
「鳴恵、」
(教えて)
そう言おうとした晴菜の言葉は、鳴恵の予想外の行動で、皆まで言う必要が無くなってしまった。
そして、自分の心配が杞憂であったことを知る。
「うん、どうした、晴菜」
あろう事か、鳴恵はベットから降りて、下に引いてある晴菜の布団の中に無理矢理入ってきたのだ。
当然、シングルサイズの布団に二人なのだから窮屈であるのだが、晴菜は何故か笑みを浮かべてしまった。
「あなた、何を考えているのですか?」
鳴恵は手探りでベットから愛用の枕を引き下ろすと、晴菜の枕のすぐ隣に置いた。
どうやら、このままこの布団で寝るつもりらしい。
温かい手が、晴菜の手を力強く握りしめる。
「ハルは……」
「だから、気安く呼ばない」
「うう、これだけ近くで話しているんだから、誰にも聞こえないって」
「そういう問題じゃないと教えたはずよ」
そんな文句を言うものの、手が離れないように強く握り替えしていた。
「は~い。じゃあ、改めて。晴菜はさ、カザミスやママのこと考えて眠れないんだよな」
「ええ、そうですわ」
「オレもそう。ママが戻ってきてくれたのは凄く嬉しいけど、やっぱりまだ戦うことが怖くて、迷っている部分はあって、眠れない」
不思議な気分だった。
鳴恵と手を握っている。
たったそれだけのことだというのに、心の奥で毎日燻っていた不安が消えて、瞼が重くなってきた。
それは、鳴恵も同じだったのかもしれない。
彼女も、晴菜の手をしっかりと握りしめたまま、しかし、その瞼はすでに閉じられている。
(本当は、凄く簡単なことなのかもしれないわね)
何についてかは、晴菜自身分からなかったが、微睡んでいく頭の中でそんな事を思った。
睡魔が襲ってきて、このまま微睡んでいけばどんなに気持ちいいことだろう。
だが、その前にどうしても聞いておかねばならないことがあった。
瞼を閉じ、頭の半分がもやにかったような状態の中、最後の気力を振り絞って、鳴恵に尋ねた。
「鳴恵、あなたの本当の『憧れ』とは何だったのですか?」
返ってきた声は、既に半分眠っているような朦朧とした意識の中で、それでも、ちゃんと答えを教えてくれた。
「うん? それはな、一人じゃなく、持ちつ持たれつ。……そんな強さだんだよ……オレが本当に…『憧れて』いたのはな」
その言葉を最後に鳴恵は眠りに落ちた。
規則正しい寝息が晴菜にとって最良の子守歌となる。もう限界だった。
晴菜は体を支配する睡魔にその全身をゆだねることを決めた。
(持ちつ持たれつ。だから、コレなのですね)
繋がった手の感触を確かめながら、晴菜は安眠の世界へと堕ちていく。




