7-2:Water Hearts And Flower Hearts Part2
《羽黒高校 食堂》
「やっぱ、お昼は食堂だよな」
そう言う鳴恵に無理矢理腕を引っ張られた晴菜がやって来たのは、鳴恵の言う通り『食堂』だった。
既に、屋上という寄り道をしていた彼女たちは、他の生徒達に比べて大きく出遅れてしまった。
昼休み恒例の食券販売機に出来る長蛇の列はかなり短くなっているが、その分メニューにいくつもの売り切れマークが光っていた。
鳴恵は列の最後尾に並び、制服の胸ポケットから財布を取り出した。
そのため、屋上からここに来るまでずっとつながれたままだった鳴恵の手がやっと晴菜の手から外れた。
鳴恵の手が外れたというのに、左手にはまだほんのりと暖かさが残っている。
それが、不思議であり何故か心地よい。
「お~い、晴菜。ご飯何にするのさ?」
「葡萄味の食べ物は何かありますか?」
「う~ん、残念ながら学食にそういったキテレツというか冒険的料理はそうそう無いかと思うな」
「では、あたなと同じ食べ物で構いませんわ」
この星―地球―にやって来て、『葡萄』のおいしさに目覚めた晴菜であったが、別に食にうるさい訳ではない。
軍人として、質素な食生活を余儀なくされたときもあったから、味がちゃんとついているだけでご馳走なのだ。
「そっか、んじゃ、コロッケカレーを二個と」
逆に鳴恵は、この学食ではほぼ毎日、カレーを食べている。
別にカレーが大好きというわけじゃないのだが、ここのカレーの食べ終わった頃にはうっすらと額に汗をかいている辛さが、彼女の味覚にマッチして、彼女の心と舌を魅了してやまないのだ。
多分、三年は飽きない味だと鳴恵は思っているけど、学生間の評判はあまり芳しくないのか、みんなもう飽きてしまったのか、ピークを過ぎた後だというのにまだ売れ残っていた。
食券を二枚かって、次はおばちゃん達がいる厨房に行く。
「おばちゃん、コロッケカレー二つ」
と声を掛けて、料理が出来るまで少し待つ。
途中、カレーのルーを白米にかけているおばちゃんが、
「あれま。鳴恵ちゃん、えらくべっぴんさんと一緒やね。彼女が噂の転校生か?」
と聞いてきた。
出来上がったコロッケカレーをお盆に載せつつ鳴恵は、
「そうだよ。これからも、ここにちょくちょく連れてくるからよろしくね」
と笑顔で答えて、厨房を離れた。
出遅れて食堂に来たためか、ピーク時のごたごた間はかなり緩和されていて、ちょくちょく空席も目立っている。
鳴恵はちょうど良い席がないかと探していると、窓際に二人用の席が空いているのが見えた。
晴菜を引き連れてその窓際の席に座って、『いただきます』と両手を合わせた。
対する晴菜は宇宙人であるため、『いただきます』の習慣が無く、席に着くとすぐさまカレーに手をつけている。
一口カレーを口に含むとすぐさま、その端正な顔つきをしかめる。
「これは、少々辛いですわね」
「そうか。オレはちょうど良い辛さだと思うけど。そっか、晴菜って結構甘党だから、辛いの苦手なのかもな」
「苦手というか、食べれない辛さではありませんわ。ただ、口直しは何か欲しいかもしれませんわね」
「じゃ、この後は購買にでも行って、『葡萄味』のアイスでも買うか」
『葡萄』。その単語に晴菜は、分かりやすいぐらいに反応した。
尻尾や耳があれば間違えなく、喜びでピンと立ってしまいそうな感じだ。
(こういう所は素直なんだよな)
そんな事を考えながら、『雷』のティア・ブレスを持つ少女はカレーを口元に運ぶのだった。
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《羽黒高校 購買部》
カレーを食べ終えた二人は、約束通り購買部へとやって来た。
晴菜はバニラの中に『葡萄』の果汁が詰まったアイスを、鳴恵はアイスという気分じゃなかったので板チョコをそれぞれ買って、購買部のすぐ横にある休憩所のベンチに腰を落とした。
休憩所には鳴恵達の他にも多数の生徒達がいて、彼らの視線が二人に注がれている。
食堂でも視線を感じていたが、こっちのソレは食堂以上にあからさまな視線だった。
学校一雄々しい女の子、神野鳴恵。そして、学校一気高い女の子、水代晴菜。
一人であっても目を引く彼女たちが一緒にいる。
しかも、秘密を知らない者達がまともに考えれば二人は対極に位置する存在だと思うだろう。
そんな二人が一緒にいる。
これで、目を引くなという方が難しいかもしれない。
「何なんですか、彼らは。さっきから遠巻きから、わたくしたちを見ているだけで何もしてこない。虫ずが走りますわ」
葡萄味のアイスを食べているのにも関わらず、晴菜はしかめっ面だ。
「まあ、そう言うなって。あいつらだって、お前とどう接して良いか分からないんだよ。もっとも単純な興味本位の奴らも何人かいるのも確かだろうがな」
「何故、そんなことを悩むのですか。好きなら好き、嫌いなら嫌いでよろしいのではありませんか?」
「晴菜は、そうかもしれないけどな。さっきも言っただろう、オレ達はこの学校で時間を共有する仲間だ。やっぱ、仲間は仲良くやっていきたいじゃんか」
「仲間? 仲良く? お気楽ですわね。仲間を選ばなければ、いつか裏切られますわよ」
静かに、だが、光の差し込まない洞窟に水滴が落ちる音が響くような孤独な音色を持って晴菜が言う。
そして、彼女は頭に浮かんだ何かを必死に追い払うかのようにアイスにがぶりついた。
(今は、裏切られ、倒すべき敵か)
眠れない夜―二人で酎ハイを飲み合い明かした夜―に、晴菜がこぼした言葉を鳴恵は思い出した。
過去、何があって、現在、どんな状況に置かれているか、何となく分かる。
そして、遠からず未来、何が起こるのかも。
きっと、避けられない運命なんだろう。
でも、逃げられない運命があるとしても、そのことばかり考えていたら運命と出会う前に疲れてしまう。
だからこそ、この学校では、しがらみをすべて捨てて晴菜には楽しんでもらいたい。
たとえ、晴菜が嫌がっていても、きっと彼女も一つぐらいこの学校に好きなところを見つけ出すことが出来るはずだ。
隣に視線を送ってみると、ちょうど晴菜はアイスの最後の一欠片を食べ終えた所だった。
「よし、それじゃ、次行ってみよう!」
またしても、晴菜の手を握りしめて、鳴恵は彼女を引っ張って、学校内を歩き回るのだった。
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《焼死体が取り残された廃工場》
一般人の出入りが禁止された廃工場に、白銀の衣を纏った女神―ティア・ライト―が降り立った。
ここは、アーガが制裁を行ったあの廃工場で、制裁によって流れた血がまだ染み込んでいるのか空気がどす黒く濁っている様な気がする。
ティア・ライトは変身を解き、九曜明里はここで愛用しているパイプ椅子の上に腰掛けた。
その前にはアーガの焼死体がまだ転がっている。
毎日毎日、いつ来るかも分からない相手を、焼死体を眺めながら待ち続ける。
こんな生活精神衛生上良いことではないのだが、これがもっとも反逆者と出会える可能性が高いのだ。
とはいうものの、何の動きもしない焼死体を三日も眺めていれば飽きが来るし、気分の良いモノではない。
明里はそっと目を閉じて、彼女の仲間達が今頃何をしているだろうかと考えてみた。
駄々をこねる晴菜を無理矢理にでも引っ張る鳴恵。
そんな姿が何の苦労もなく脳裏をよぎり、明里は苦笑した。
後、どのくらいこの星に居れるか分からないが、彼女たちはきっと良き関係を気づいていけるだろう。
誰もいないはずの工場に足音が響いた。
明里は閉じていた瞳をあけ、パイプ椅子からそっと立ち上がった。
「来るのが遅い」
「すまなんだ。これでも、忙しい身の上でな、時間を作るのに苦労したのだ」
通路の向こう、アーガの焼死体目指して近づいてくる影が徐々に光に照らされその輪郭をあらわにする。
明里も知っている反逆者だ。
筋肉によって全体的に盛り上がった体つきに、頭は綺麗に剃ったスキンヘッド、顔つきの彫りは深く年の頃は三十代はいっているように見える。
軍服がとてもよく似合いそうな彼の名は、シャーグルだ。
「あなたが来たの」
「ロッグ殿は別としても、他の方々は仲間の死にはさほど興味がないらしくの。皆、死んだ者は死んだとあきらめているようだから、しかたなく儂がな」
「命令され、来たんじゃないみたい」
「ご名答。だが、仲間の死体がこんな場所で野ざらしにされいるのは、気分が悪い。命令に従うのならば、ティア・ブレスを持つそならたとも戦ってはならぬのだが、出会ったのなら仕方あるまい。アーガの体、返してもらうぞ」
シャーグルはそう言って、腰を落として左手を脇に、右手を中段に構えた。
その両手の腕から鮫の歯にも似た数多の牙が生えた。戦闘準備は万全のようだ。
対峙する明里も『光のティア・ブレス』を胸元に掲げて、ブレスに埋め込まれた白銀の宝玉の上に右の親指を乗せる。
「お主、一人か?」
「うん。当たり」
「後の二人は、どうしたのだ?」
「あの二人? あの二人はね、今、……」
明里は目を細めた。それはまるで、庭先で仲良く遊ぶ姉妹を見守る母親のように優しい。
「戦いよりももっともっと大事なことを学んでいる。だから、」
目を見開き、ティア・ブレスに添えていた右手で白銀の宝玉を力強く擦りつけた。
誓約の音色が廃工場内に響き渡る。
「ティア・ドロップス コントラッケト!」
明里の体が一瞬、光に包まれて、次の瞬間、明里は白銀の女神へとその姿を変えていた。
「輝き一閃 ティア・ライト! だから、あの二人の分までわたしが戦う」
ティア・ライトの宣言が戦いの合図でもあった。
シャーグルとティア・ライト、二人は同時に床を蹴り、牙と光の糸が激突した。
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《羽黒高校 裏庭》
あれから晴菜を図書館に連れて行ってみたが、晴菜の反応は今一だった。
後はグランドでサッカーをして遊んでいる男子グループの中に混ざるというのも考えたが、残り5分となった休み時間では何が出来るとも思えなかった。
さて、どうしようかと思っていた鳴恵だが、そんな彼女の視界にとてもよく見知った少女が横切った。
三菱美咲だ。
そして、彼女が向かっている先にあるのは、まだ晴菜を案内していないこの学校の花壇だった。
「っし。ハル、次行く所決まったぞ」
「だから、気安く呼ばないでくださる」
そんないつもの通りの会話を交わしながら、鳴恵は晴菜の手を引っ張り、美咲の後を追って花壇へと向かう。
「っよ、美咲」
如雨露を持った美咲がいた。
彼女は、咲き誇る花や、まだ蕾の花、誰の趣味で植えられたか知らないが様々な花が植えられている畳六畳分ぐらいの花壇の前に立っていた。
「鳴恵さんっ。それに、水代さん……?」
鳴恵の登場は分かったが、何故ここにあの転校生がやって来たのか全く理解できない美咲は目を白黒させて晴菜を見つめてしまう。
しかし、あまりに長いこと見つめすぎていたのだろう。
晴菜がまるで『じろじろ見るな』と言わんばかりににらみ返してきたので、美咲は肩を竦めてしまった。
「こ~ら、晴菜。美咲はオレの親友なんだから、あんまり怒った顔見せて怯えさせるなよな」
「親友……ですか?」
「そう。オレのこの学校での一番の友達だぜ。だから、きっとお前も仲良くなれるさ」
そんな事を何の疑いも無く鳴恵は言ってのける。
鳴恵は今の言葉をごく当たり前のことだと考えていた。
しかし、その言葉を聞いた者にとってはそうではなかった。
美咲は、晴菜と鳴恵が重なり合った時から抱いていた不安が晴れ渡るのを確かに感じた。
晴菜は、胸の奥にバラの刺が刺さるような確かな違和感を感じてしまった。
「あの、鳴恵さん。朝から、気になっていたのだけど、鳴恵さんと水代さんって前から知り合いなの?」
(違うよ。この学校で友達になったんだよ)
朝の時、自分と晴菜の関係を隠したように、鳴恵は美咲に嘘をつこうとした。
そのことに関しては、何の罪悪感もない。
美咲を、反逆者との戦いに巻き込む必要性なんて全くないし、知らなければ幸せなことだってある。
鳴恵は、美咲には花を大事に思う、今まで通りの彼女でいて欲しいと心から思っていた。
なのに、夢でさえ描けなかっただろう意外な所から事実が告げられた。
「そうですわよ」
美咲の顔が凍った。
同時に鳴恵も信じられないという顔で、真実を告げた少女―水代 晴菜―の顔を見た。
晴菜の顔に浮かんでいた表情は、困惑だった。
彼女自身が何故、真実を語ってしまったのか分かっていないようだ。
明らかに狼狽した表情で、自分の口元に指を当てそのまま固まってしまう。
鳴恵、晴菜、美咲、誰も何も言えない状態のまま時が過ぎ、午後の授業の開始を告げるチャイムが三人の金縛りを解くかのように轟くのだった。




