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7-1:Water Hearts And Flower Hearts Part1

《神野家 朝の一間》


 その日、神野鳴恵は本当に何も聞かされていなかった。

 だから、リビングに入った瞬間に目に入った光景に、唖然として馬鹿みたいにあけた口を閉じることが出来なかった。


「ハ、ハル、お前……」


 頭の中がフル回転で活動するが、それでも目の前の光景を理解できない。

 別に、その二つを見慣れていない訳ではない。

 むしろ、毎日当たり前のように見ている。だが、天地が逆転してもあり得ない組み合わせの二つが一つになっているのだ。


「だから、気安く呼ばないで下さる。それと、じろじろと見るな!」


 けっして視線を合わせようとはせず、それでいて恥ずかしさと憤怒で顔を真っ赤にして、鳴恵と同じ制服を着た晴菜が叫んだ。


___________________________________

《羽黒高校 1年D組》


 朝の朝礼が終わると、鳴恵のクラスは―中でも特に男子生徒達は―騒然と騒ぎ出した。

 理由は聞かなくても分かっている、隣のクラスにやってきた転校生だ。

 帰国子女の彼女は、容姿端麗で、けして日本人では持ち得ない透き通るようなブルーアイを持っている。

 芸能人、それもどちらかというとハリウッド女優のような美貌を持つ謎の転校生にクラス中の話題は持ちきりだった。

 そんな、謎の転校生に関する秘密をほとんど知っている鳴恵は、今日何度目か分からないため息を知らずに漏らしてしまった。

 転校生の名前は、水代晴菜。

 住所は鳴恵と同じで、本籍は『プラント・ゼロ』と呼ばれる外惑星。

 つまり、彼女は地球人ではなく地球外生命体なのである。

 もっともそんなことを馬鹿正直に言っても誰も信じてくれないだろうから、その辺りは巧妙に戸籍を偽装して学校に転入してきたようだが。

 職業は、正義のヒロイン。

 いや、これには若干の語弊があるかもしれない。

 彼女は仲間と共に、反逆者と呼称される『プラント・ゼロ』の犯罪者を追ってこの星へとやってきたのだ。

 反逆者の抹殺が彼女の使命であり、彼女自身には『正義のヒロイン』をしている自覚は全くないのだ。


(でもさ、この地球を滅ぼそうとしている奴らと戦って、なおかつ戦うときには、ティア・ブレスで変身するだから、自覚無くても傍目から見たらオレたちって、もろ『正義のヒロイン』だろうな)


 性格は、一言でいうと『ツンデレ』。

 鳴恵も出会った最初頃は色々ときつく当たられた。

 最近は、鳴恵のことを少しは認めてくれるようになったから、多少はマイルドになったが、それでも躊躇いもなく握り拳で容赦なく殴られるのも珍しくない。

 好きな食べ物は葡萄で、甘党の傾向があり。

 残念ながらスリーサイズは鳴恵も分からないが、鳴恵が見た感じの予想では……。


「……さん、なるえさん。……、もしもし、鳴恵さん!」

「わっ」


 晴菜に関する事で物思いにふけすぎていたようだ。

 気がつくと鳴恵の前の席に、三菱美咲が座っていた。


 五度目の呼びかけでやっと、鳴恵が自分の存在に気づいてくれた事に安堵しながら、美咲は彼女に話しかけた。


「鳴恵さんって、最近妙に考え事している時が多いけど、何かあったの?」


 ここ二週間ほどだろうか、鳴恵はたまにこうやって物思いにふけている日が多くなっていたことに美咲は気づいていた。

 ずっと聞こうと思っていたのだが、話を切り出すタイミングを見つけ出すことが今まで出来ずにいたのだ。


「あ~」


 鳴恵はそう言うながら、腕を組み視線を窓の外に向けた。

 その仕草はまるで、言い訳を考えている様に見える。


「ちょっと、隣の、美咲のクラスにさ、転校生来ただろう。そいつが、どんな奴かなって思ってたんだ」


 その時の歯の奥に物が詰まったかのような物言いに違和感を覚えた。

 この感覚をなんと言えば良いのだろうか。

 嘘は言っていないと思う。

 でも、何かが違う。

 まるで、秋桜を、秋桜としてではなくただの花としてしか紹介できないような違和感がぬぐいきれない。


「名前は、確か水代 晴菜さんでしたね。帰国子女で、ブルーアイの……」

「あ~、じゃなくてさ、その転校生ってちゃんとクラスに馴染めてるかなと思ってな」


 言葉を遮りながら、鳴恵が訂正してくる。


「え? まだ、この学校に来たばかりだから、馴染むも何もないと思うんだけど?」

「あっ、そうだよな、変なこと聞いたな。わりぃ、今の質問は忘れてくれ」


 そこで、ブルーアイの転校生―水代 晴菜―に関する話は、後味の悪い終わり方をしてしまった。

 朝礼後の残りの休み時間はいつものようなたわいない友人同士の話で終始して、あっという間に一限目の開始を告げるチャイムが鳴った。

 鳴恵に軽く手を振りながら彼女の教室を出て、美咲は隣にある自分の教室へと戻る。

 チャイムは鳴ったが、まだ教師はやって来ていない。

 そのためだろう。

 水代晴菜に群がる他クラスの男子生徒もかなりの数この教室に残っている。

 自分の席に向かいつつ、教室の女子達のグループごとにかわされる囁き声に聞き耳を立てる。


 予想通り、あの水代晴菜に対するクラスの女子生徒の評価は最悪だ。


 出る杭は打たれると言うし、あの自己紹介の時の喧嘩を売るような愛想のなさも反感を買う大きな要素になっている。

 男子からはその容姿端麗から好奇心の目で見られ、女子からはその容姿端麗を妬まれる。

 どうやら、水代晴菜の学園生活は、鳴恵が心配するように前途多難な道のりのようだ。

 美咲が席につき、少しすると教師がやって来て、他のクラスの男子生徒は教室を出て行き、残ったこのクラスの男子生徒達も渋々自分の席へと戻っていく。

 号令が終わり、教師が出席確認を始める中、美咲は鳴恵が水代晴菜を心配していた事がどうしても気になってしまい、つい彼女の席を盗み見てしまった。

 水代晴菜は、腕を組みその美しいブルーアイの瞳を窓の外に向けていた。

 その姿は、先ほどの鳴恵の姿に似ていて、どうしてだが、美咲は自分が儚く散る桜の花びらのような惨めな存在に思えてならなかった。


___________________________________

《羽黒高校 1年E組》


 四限目の英語教師の授業は、既に晴菜が宇宙船内で初期に学んでいた物だった。

 今更、復習する事でもないし、そもそも彼女がこうやってこの学校に来たのは、鳴恵や他の生徒達の様に勉強をするためではない。

 一週間程前に、この教室に反逆者が現れた。

 その理由を探るために、晴菜は―半分は明里によって無理矢理に―このクラスに転校して来たのだ。


 (しかし、ここは一体何なのでしょう?)


 一日の大半をこうやってただ座り、他人の話を聞くだけで終始する。

 なんとも平和で、反吐が出るぐらい下らない事なんだろう。

 毎日を惰性で生きているかのような、見た目は清潔だがその内はスラム街よりも廃っている奴らに囲まれているみたいで、晴菜は早くも明里に乗せられた自分が嫌になった。


(本当、嫌な状況。鳴恵が毎日来ているから、どんな所かと思っていましたのに?)


 そんな風に、軽く自己嫌悪を始めた頃、四限目の終了を告げるクラス委員の号令が聞こえた。

 まだチャイムはなっていないが、教師が早めに授業を切り上げたようだ。

 晴菜は、渋々ながら席を立ち上がり―しかし尊敬も敬意も持てない奴になんて頭を下げることなんて絶対に出来なく―『礼!』というかけ声を無視して、そのまま廊下に向かい歩き出した。

 どうせ、ここにいても今までのように馬鹿な男どもに囲まれるだけだ。

 次は昼休みである程度の時間、自由に行動することが出来る。

 その間を使って、反逆者がここにやって来た理由を見つけ出し、一刻も早くこんな廃れた場所とはおさらばしたかった。

 教室を出て、廊下を右に回る。

 その間にも男子生徒が何人か話しかけて来たが、完璧に無視する。

 廊下を渡り、階段を上り、最上階までたどり着くとそこにある扉を力強く押し開けた。

 本来なら、この屋上へと繋がる扉は、自殺防止のために封鎖されているのだが、今日に限っては、晴菜の相棒である彼女が錠前を壊してくれていた。

 ドアを開け、屋上に躍り出た晴菜。

 そして、屋上で彼女を待っていたのは、太陽の光を浴びて美しく煌めく銀髪を持つ、『光のティア・ブレス』の戦士、九曜明里だった。


「晴菜。どう、学校は楽しい?」


 傍目から見たら、相変わらずの無表情で尋ねてくるが、つきあいの長い晴菜には明里の微妙な表情の変化を見逃さなかった。


「あなたは、何故そんなことを嬉しそうに聞いてきますの? それに聞くなら、そんなことではなく、反逆者に関する情報は見つかったのかを尋ねるべきではありませんの?」


 対する晴菜は、誰の目から見ても明らかな怒気を含んで、相棒に詰め寄る。


「ごめん。でも、晴菜は鳴恵と一緒にいれて嬉しくないの?」

「そんなことわたくしには関係ありませんわ。それに、そもそも鳴恵とわたくしは違うクラスですし……」

「同じクラスが良かったの?」

「別にそのような意味ではありません! ただ、彼女がいたら少しはあの空間に活気が出ると思っただけですわ!」

「そっか」


 無表情ながら澄ました顔で、ほんのちょっと早口になった晴菜の言い訳を聞く。


「もう良いですわ、明里。それで、そちらの方はどうでしたか?」

「廃工場のこと?」

「ええ、そうですわ。何か反逆者に動きはありましたか?」


 廃工場というのは、先日晴菜達ティア・ブレスの戦士と反逆者の一人が戦った場所のことだ。

 ただ、あの工場は、この学校とは違い反逆者に襲撃された理由は明確だ。

 あの工場は、この星の水を汚していた。

 そのために、反逆者からの制裁を受ける羽目になった。

 そこまで明確な襲撃理由が分かっているのに、明里を監視に置いている理由は……、


「今のところは動き無し」

「そうですか。もしかしたら、他の反逆者が様子を見に来ると思ったのですが、反逆者と言うのは思った以上に仲間意識が低い様ですわね」


 あの廃工場の戦いにおいて、晴菜達は一人の反逆者を殺し、その遺骨は今まだあの廃工場の中にある。

 そのため残りの反逆者が戻ってこない仲間を捜しに来るかと思い、明里が監視を続けていたのだが、どうやら見込み違いだったようだ。


「でも、鳴恵は凄くて、格好いい。あの工場で、一人で、晴菜を守った」

「ねえ、明里、あなた最近よく話を鳴恵に関することに持っていきますわね」

「それは、気のせい」


 鉄壁とも思える澄ました表情で、明里はそうめんが竹の筒を流れ落ちるようにさらりと嘘を言ってのけた。


「だとしたら、嫌な状況ですわね」

「本当に、そう思っている?」

「ええ、当たり前ですわ。…………ですが、わたくしを守ってくれたときの鳴恵は、確かに、『雄々しき一撃』の名前に恥じない戦士でしたわ」


 後半部は、小声で呟いた。

 その顔が朱色にほのかに染まっているのは、鳴恵を褒めることの恥ずかしさ故か、もしくはまだ彼女が知らない別の感情に由来してのものか。

 まあ、その後、顔が爆発寸前のトマトのような真紅に染まったのは、恥ずかしさからだろうが。


「おう、明里、晴菜」


 校舎から繋がるドアから、完全な不意打ちで声がかけられた。

 四限目の授業を終え、晴菜と同じ制服を着た鳴恵がドアを押し開けて、屋上へやって来た。

 確かに家を出るときに、昼休みに屋上に来るように言っていたから、彼女がここに現れたぐらいでは別に晴菜は慌てない。

 ただ、その登場のタイミングが狙ったかのように最悪なタイミングだったのだ。


「鳴恵……。あなた、今の、わたくしと明里の話聞いてましたの!」

「いや、今来たところ。でも、オレを見たときのお前の顔、写真に撮りたいぐらい慌ててたな。なあ、明里、二人で何話してたんだ?」

「ちょっと、明里、絶対に言うんじゃないわよ!」


 明里は一瞬、どう答えるべきか迷った。

 が、ここで本当の事を言ってはいくら何でも晴菜が可哀想だと、結局嘘でもなくかといって真実でもない事実でお茶を濁すことにした。


「晴菜は、学校がつまらないらしい」


 鳴恵は南極で狐を見たようなきょとんとした表情で、晴菜は死刑判決が無期懲役になったかのような安堵の表情で、それぞれ明里を見返した。


「う~ん。噂を聞いていて、そうじゃないかと思ったけどやっぱりそうか。ハルって、転校してきてからずっと、怒ったような顔して近寄りがたいって男子達が嘆いていたからな」

「そうなんだ。でも、晴菜が怒っているのはいつもの事」

「あ、言われてみればそうだよな。駄目だぞ、ハル。学校じゃもっと愛想良くしないと友達出来ないぞ」

「だから、何度も、気安く呼ばないで下さる。それに、わたくしはあんな生きた屍のような奴らと言葉すら交わしたくもありませんわ」

「ハル。好き嫌いは、しょうがないとしても、クラスメートは同じ時間と場所を共有する大事な仲間だから、そんな風に言うのはどうかと思うぜ」


 生きた屍とは酷い言い方だった。

 確かに、晴菜や明里とかに比べたら、ここにいる生徒達は―鳴恵も含めて―ただ言われたことを受動的に行っているだけで、生きる情熱みたいなモノは圧倒的に足りていないだろう。

 だけど、それでも、みんな色々な壁や不安を持って、それぞれが全力ではないにしても、毎日がんばって生きてきているんだ。


「別に、わたくしの仲間は、あなたと明里だけで十分よ。わたくしはあんな奴らとあなたを同等に見ることは出来ませんわ」


 そう言うと、晴菜は右手の人差し指と中指だけを突き立て鳴恵の眉間に標準をあわせた。

 ティア・ブレスの能力を使っていない今、その手から水の矢が放たれることはないが、彼女の鳴恵を射抜く瞳は有無を言わせぬ力を秘めている。


(でも、ここが鳴恵の凄い所。晴菜の心を開いてくれる魅力)


 明里は薄く笑い、かつて『憧れの彼女』に裏切られて以降仲間を選ぶようになった晴菜と、そんな晴菜とは仲間としてではなくそれ以上の関係だと思っている鳴恵の二人を優しく見守っていた。


「ハル……」

「だから、気安く呼ばないでくださる。いくらわたくしでも本気で怒りますわよ」

「もう、かなり頭に血が上っているくせに、まだ怒り足りないのかよ」


 鳴恵はため息を一つつくと、予備動作もなしにいきなり自分に向けられている晴菜の手を左手で掴んだ。

 自分の手を介して、鳴恵の暖かさが伝わってくる。

 たったそれだけのことなのに、晴菜は一瞬、動揺してしまった。

 鳴恵に手を握られた瞬間、認めたくないことだが確かに心臓の鼓動が早まった。

 そうして動揺を見せている隙に、鳴恵の手が晴菜のソレよりも、少しだけ大きな手が力強く握りしめてくる。

 晴菜は自分の気持ちが分からなかった。

 頭の中を様々な感情が生まれては泡のように弾けて消えて、また生まれては消える。

 まるで、頭の中が沸騰したかのようだ。


「いいぜ、ハル。オレがこの学校の魅力、嫌ってなるぐらい教えてやる。反逆者の手がかりを探すなんて、その後だぜ」

「ちょっと、あなた何、馬鹿な事を言ってますの! わたくしは反逆者の手がかりを見つけるためだけにここに潜入したのです。それ以外の事など、わたくしには……」

「私も、鳴恵の意見に賛成」

「明里、あなたまで一体何を言い出すのですか?」

「晴菜、一日は長い。少し休むのも大事」

「よ~し、そうと決まれば、早く行くぞ、ハル。一日は長いけど、昼休みは短いからな」


 抗議の声を無視して、手をしっかりと握りしめた鳴恵は、ブルーアイの少女を引っ張って校舎へと続くドアをくぐり抜けた。

 晴菜の罵声の合間をぬって、「じゃあな、明里」と言う声が聞こえきたのを最後にドアは閉められ、二人のティア・ブレスの戦士達は、再び、校舎の中へと戻っていく。

 鳴恵と晴菜の学校生活は、まだまだ始まったばかりだ。


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