6-1:Prelude Of Violent Storm
《神野家 リビング》
「ちょっと、あなたアレ本気だったのですの?」
「うん。ほら、もう準備も終わった」
「っ……」
「晴菜、顔が真っ赤」
「だって、わたくし、あの鳴恵と同じ……」
鳴恵がお風呂から上がって見るとなにやら、明里と晴菜がリビングで言い争っていた。
思わず、ドアノブを掴んだまま中の様子に聞き耳を立ててしまったが、あんまり良い趣味とは思えなかったので、鳴恵は意を決してリビングの中へ入った。
「二人とも一体、何やってんだ?」
鳴恵がリビングに姿を現した瞬間、晴菜は迅速の行動をとった。
目にもとまらぬ速さで明里から書類をひったくると背中に隠したのだ。
「別に、何も。これはわたくしと明里で解決しなくてはいけない問題ですから、あなたは口を挟まないでください」
「でも、オレの名前も聞こえたんだが」
「気のせいですわ。コレは、あなたには全く関係の無いことですわ。そうよね、明里」
「今の所は、だけど」
何だが、もの凄く気になる。
もう少し、聞き耳を立てていれば良かったかもなと悔やみつつも、それ以上聞くのを止めた。
あの晴菜に無理矢理聞いた所で、絶対に口は割らないだろうし、逆に拳の一発や二発が飛んでくるだろう。
それに今の所は自分と関係ないのなら、将来的には自分と関係のあることなのだろう。
詳しくはその時、聞けばいい。
そう結論付けた鳴恵は、キッチンの冷蔵庫へ行き、よく冷えた麦茶でのどを潤した。
「鳴恵」
コップを流しに置いて、再びリビングへ戻ろうとした所で晴菜から声がかかった。
何かと思ったが、彼女の手には鳴恵のお古である寝間着が抱えられていた。
「お風呂、入らせて頂きますわ」
「ああ、ごゆっくり」
この家の本来の住人である鳴恵から了承を得て、浴槽へと向う。
そんな晴菜の後ろ姿を何気なく見ていた鳴恵は、突如、鳴り響いた電話の呼び出し音で慌ててリビングへと戻ることになった。
「はい、神野ですけど」
受話器を取り、名前を名乗る。
友達との連絡は主にメールだし、こんな時間にかけてくるなんて一体誰だろう。
セールスの電話ならすぐに切ろうと思っていたが、受話器越しに『彼女』の声を聞くとその顔はたちまち弛緩するのだった。
「あら、元気そうね、鳴恵ちゃん」
「ママ!!」
そう、今の電話は、鳴恵がこの世でもっとも『憧れる』存在、彼女の母親からだった。
「どう、鳴恵ちゃん。そっちは変わったこと無いかしら?」
変わったことなら、山のようにある。
まず最初に宇宙人と知り合って、今はママに彼女たちと黙って同居中。しかも、そんな彼女たちを手伝って反逆者と呼ばれる奴らと戦っているのだ。
でも、そんな事、絶対にママには言えない。
言えば、反対されるかもしれないし、今は遠くの地でパパを支えているママにこれ以上余計な心配を掛けたくはない。
「大丈夫だよ、ママ。オレは、今まで通り、平和に暮らしてるよ」
受話器を握りしめた左手に、あのアーガを殴った時の感触が蘇ったが、無理矢理その感触を遠くへ投げ去った。
確かに、気分が良い物ではなかった。
だけど、あの時はアーガを殺さなければ、逆に自分と晴菜が殺されていた。
しかたないのだ。
それに、あの時のママだって、人間の姿をしていた悪魔と戦っていた。
あの時のママを乗り越えるためには、きっと避けては通れない道だったんだ。
「ねえ、ママ」
気がつくと鳴恵は、すがるような声を出してしまっていた。
「うん、どうしたの、鳴恵ちゃん」
受話器の向こうからママの―いつもの、優しくて聞いているだけで心の枷がきえてしまいそうな―声が聞こえてくる。
(やばい。このままだとオレ……)
ついついママに甘えてしまいそうになる自分に鞭を打って、努めて元気な声を出した。
「ママの方は、どうなのさ。パパと仲むつまじくやってる?」
それから先、鳴恵は大好きで、この世の中で一番尊敬していて、そして『憧れ』を抱いているママとの国際電話を楽しんだ。
ママの声を聞いているだけで、アーガを殺した罪悪感が薄れていく気がする。
それは多分、安心するからだろう。
懺悔をしているわけではないのに、まるで懺悔をしているかのように心の中のもやが消えていく。
「でね、鳴恵ちゃん。こっちの人たちって凄いのよ。私の半分ぐらいもある大きな魚と一人でつり上げたりして。まあ、でも、意地悪でもあって、そんな大きな魚を私に抱きかかえさせるのよ。ぬめぬめしてちょっと気持ち悪かったわ」
「あはは。ママって割と怖いモノ知らずだと思っていたんだけど、苦手なモノってあるんだ」
「怖いモノは、一通り経験したから大丈夫だけど、ソレと気持ち悪いモノは別物なのよ」
(ママに、会いたいな)
電話越しにそんな事を思った。
反逆者やティア・ブレスの事を話せなくても良い。
ただもう一度、自分の『憧れ』である姿を確認したかった。
最近、鳴恵の中では、『雷のティア・ブレス』を持ち続けることに対して『不安』と『憧れ』が拮抗している。
そんな自分に、もう一度明確な道しるべが欲しかった。
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《神野家 冷たい風の吹き抜ける廊下》
ドア越しに鳴恵の声が聞こえてくる。
盗み聞きなんてけっして褒められた事ではないと分かっていながら、晴菜は足を動かすことが出来なかった。
手に鳴恵からもらった寝間着と明里から渡された書類を抱えたまま、ただ、ドアの前に立ちつくしている。
このドア一枚隔てた先に鳴恵がいて、その鳴恵は電話越しに彼女の『憧れ』である母親と話している。
(鳴恵の母親とは一体どんな人物なのでしょうか。鳴恵が『憧れ』を抱くほどの人物。やっぱり、『彼女』と似ている部分があるのかしら)
晴菜の脳裏に、褐色の肌を持つ女性が浮かび上がったが、頭を振って無理矢理『彼女』の姿を遠くへ吹き飛ばす。
あの日、晴菜は『彼女』に裏切られた。
だから、あの時の『憧れ』を引きずっていたって何も変わりはしないのだ。
「神野 鳴恵」
最近、鳴恵の事がよく分からなくなっていた。
いや、正確には鳴恵に抱く彼女自身の気持ちが分からなくなっていた。
『雷のティア・ブレス』の装着者であり、ティア・サンダーとして反逆者と戦う鳴恵、そして晴菜を気安く『ハル』などと呼び、迷いながらも『憧れ』に向かって進み続けている神野 鳴恵。
彼女のことを思うとき、心が安らぐのは何故だ。
それは、『彼女』に対する憧れでも、明里に対する信頼とも違った、晴菜が初めて体験する未知の想いだった。
(わたくしは、鳴恵の事を一体なんだと思っているのかしらね)
心に問いかけても答えは返ってこない。
だから、答えを求めて、晴菜は明里から無理矢理渡されたあの書類をきつく握りしめ、決心した。
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《反逆者達の宇宙船》
薄暗い会議室に設えたのは、七個の椅子。
しかし、今そこには一つ空席があった。
その席が埋まることは―少なくとも昨日まで座っていた本来の主によっては―もうない。
「アーガが、ティア・ブレスの戦士達に殺されました」
まるで、計算結果を伝えるかのような淡々とした声で、マロードが言う。
仲間の死を伝えたというのに、その表情は何一つ変化無かった。
しかし、変化が無かったのはマロードだけではない。
この場にいた反逆者全員が、アーガの死を聞いても何一つ動揺しなかった。
いや、ただ一人、顔には出さないまでも、アーガの死に痛恨の念を抱いている者がいた。
「マロード、話の焦点はそこでは無かろう」
マロードとほぼ対面するような場所に座っているシャーグルが、先を促す。
アーガの死はまさに文字のごとく報告だけで片づけられてしまった。
「ええ。アーガの死に伴い、各人の使命を変更します。シャーグルは今まで通りの原住民の捕獲を並列して、アーガが行っていた原住民への拷問を行って下さい。ドレイル、あなたは早く『花のティア・ブレス』の装着者を見つけ出しなさい。人員が減ったから、もうだれもあなたを手伝えなくてよ」
ドレイルが不満の声を上げたが、マロードは完全に無視して話を続ける。
「そして、カザミス。あなたには、ティア・ブレスの装着者の監視を行ってもらいます」
銀縁の眼鏡の奥にある目を鋭く細めて、マロードは威嚇するかのようにカザミスを見た。
「監視、どの辺りまでやればいい?」
褐色の肌をしたカザミスが珍しく議会の席で口を開いた。
「ただの監視で結構ですわ。ティア・ブレスの装着者であるあなたなら、離れた場所からでも彼女たちの動向を知ることが出来るでしょう。彼女たちがこれ以上、私たちの邪魔をしないように、監視していてください。無理にあなたの方から、彼女たちに手を出す必要はありませんわ。制裁は、あなたと『花のティア・ブレス』によって行いますから、時が熟すまで黙って待ってなさい」
「了解した」
カザミスは頷き、左手にはめた『風のティア・ブレス』に視線を落とした。
そこにはまっている宝玉の色は琥珀。
その奥に、『彼女』の、あの美しいブルーアイの瞳が見えたような気がして、カザミスはしらず苦笑を漏らしていた。
与えられた使命がティア・ブレスの監視なら『彼女』と再び対峙する日もそう遠くないだろう。
時は絶えず、動き続ける。
世界は絶えず、変化する。
『風』が強く吹き荒れ、『花』が儚く咲き誇る時、物語は一気に加速していく。




