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1-1:Thunder Calling Part1

《羽黒高校 1年D組教室》


 授業の終了を告げるチャイムが鳴っている。

 しかし、既に授業は区切りが良いところまで来たという理由で5分程前に終わっていた。

 今この教室に残っているのは、仲間内で様々な雑談を繰り広げている男子が三人、そして、そのグループの中に違和感なくとけ込んでいる一人の女学生だった。

 女学生の黒髪は長く腰ほどまであるのだが、それは大和撫子的な美しさを示すのではなく、彼女の凛とした顔立ちを合わさり、勇猛とした佇まいを表している。


「鳴恵さん、おまたせ」


 黒髪の女学生が、振り向いた。

 神野 鳴恵。

 それが、彼女の名前であり、物語の主人公の名でもある。

 鳴恵が振り向いた先では教室の扉が開き、一人の女学生が顔だけをのぞかせている。

 彼女はまるで戦国武将の生まれ変わりではないかと思われる鳴恵とは違い、一国の姫のようなお淑やかさが体の隅々からあふれ出してた。

 見るからに大人しそうな少女だ。


「おう、美咲、今行く」


 鳴恵は今まで話し合っていた男子生徒達に、片手を軽く上げることで別れを告げ、三菱 美咲の元へ歩いていく。

 男子生徒達の「鳴恵姉さん、また明日」という別れの言葉に鳴恵はもう一度手を挙げ、教室から出て行った。

 それから、鳴恵と美咲はそろって、下駄箱の方へ歩いていく。


「鳴恵さん、一体何話していたの?」


 下駄箱に辿り着き、上履きを履き替えた美咲が聞く。


「ちょっとな、あいつらが近くに美味しいアイスクリーム屋が出来たとか話していたから、色々と教えてもらっていたんだ」

「男の子がアイスクリームの話で盛り上がっているの? なんか変な気分」


 鳴恵と足並み揃えて歩きながら、美咲は小首を傾げた。


「美咲、そう言うのは偏見だぞ。好きなモノを心から好きって言っている奴らなんだから、味については間違えなく、信頼できる。っと言うわけで、今から一緒に行こうか」

「えぇ?」

「だって、お前、今日バイト休みだろう。既に予定があるのなら、また後日だけど………」

「ない。予定、全然無いよ」


 全力で首を横に振る、美咲。


「じゃ、決まりだな。オレから誘ったんだから、もちろんオレが奢るから、遠慮せずに食べようぜ」


___________________________________

《鳴恵の帰宅路》


「じゃあね、鳴恵さん」

「おう、また明日な」


 すっかり日が暮れ、町が街灯に照らし出されている中、鳴恵と美咲は手を振り別れを告げた。

 今、二人が立っている分岐点、ここを右に曲がれば美咲の家に、左に曲がれば鳴恵の家に辿り着く。

 二人が共に歩けるのはここまでだった。

 そして、ここでの別れが二人の運命を大きく隔てることになる。


「はあぁ、そろそろ、ママのご飯が恋しくなってきたかな」


 通い慣れた通学路を一人歩きながら、鳴恵は愚痴を零した。

 鳴恵の父親はインドネシアへ単身赴任中である。

 そして母親は一ヶ月はインドネシアで、二ヶ月は日本でという具合に交互に夫と娘の側にいるのだ。

 母親が向こうに行っている間は、鳴恵は実家で一人きりだ。

 普通は女学生が一人で一ヶ月も暮らすなんて危ないと思うのだろう。

 だが、彼女の母親は鳴恵の事を全面的に信頼しており、自分の娘の負けん気の強さと空手の腕前に絶対の自信を持って、彼女を一人にしていた。

 歩き慣れた帰宅路。

 鳴恵がすんでいるアパートは住宅地の中にあって、市街地からはバスを使わないと少々帰るまで時間がかかる場所に住んでいる。

 時計を確認してみると、どうやら丁度良いバスは無いみたいだ。

 鳴恵は小さくため息をつくと、バス停で何もしないで待っているのは嫌だったので、一駅分歩くことにした。

 五分ぐらい歩いただろうか。

 もうすぐ、バス停が見えてくるはずと言う場所で、鳴恵は立ち止まった。

 悲鳴が聞こえたような気がしたのだ。

 迷いはなかった。

 鳴恵は持ち前の正義感から悲鳴の聞こえた方へ向い走り出した。

 悲鳴を出したであろう女性はすぐに見つかった。

 この辺りは市街地の外れで、街灯も人通りも少ない。

 変質者が出てもおかしくない場所だった。


「やめろっ」


 鳴恵は腰を抜かしている女性の前に立ち、体を半身に、臨戦態勢を取る。


「ふん、新しい原住民か。丁度良い、お前も一緒に来てもらうぞ」


 鳴恵の前には、威厳という言葉がぴったりの男が立っていた。

 逆三角形に整えられた肉付きに、彫りの深いその顔は、変質者などではなく陸軍の司令官こそが天職のように思える。


(やばいかもな・・・・・・)


 対峙する相手の姿を確認して、鳴恵は気を引き締めた。

 正直、変質者だから、相手はもっと貧弱な体つきをした奴か、頭の禿げた中年親父を想像していたのだが、見事に外れてしまった。

 ただ立っているだけなのに、鳴恵は彼から一部の隙も見いだせない。


「ふん、原住民ごときが、何故この星をここまで汚したのか、お前達答えられるよな」


 目の前で起きたことに鳴恵は目を見開いた。

 後ろで女性が金切り声を上げたが、すぐに事切れたように聞こえなくなった。

 スキンヘッドの男の両腕に、まるで鮫の牙のような刃が無数に生えてきたのだ。

 どう考えも人間技じゃない。

 そもそも、地球上の生物であるかも怪しい。


「あんた、何者なんだ?」

「我が名は、シャーグル。この水の惑星を清める者だ」


 シャーグルと名乗った男性が一気に跳躍した。

 一瞬で鳴恵との距離が詰まる。


「っっっ」

 

 鳴恵の反応が遅れた。

 振り下ろされてくる刃がやけにゆっくり見えるが、それに反して体は鉛に変ってしまったかのように動かせない。


(殺される!)


「ウォーター・レイ・アーチェリー!」


 鳴恵の目と鼻の先を鋭い水の矢が通り過ぎる。

 シャーグルの攻撃は中断され、鳴恵から再び距離を取り、矢が放たれた方向を睨み付ける。


「水のティア・ブレス・・・。追っ手か」


 鳴恵を救ったのは、透き通った海を連想させる青色の衣に身を包んだ鳴恵と同じ年ぐらいの女性だった。


 その青色の戦士は―――どういう原理なのか鳴恵には想像もつかないが―――重力やらその他色々な地球上の法則を完全に無視して形を保っている水の弓をシャーグルに向けている。


「さあ、選びなさい。ここで私に生まれてきたことを後悔する程無惨に殺されるか、あなたの知っている秘密を全て話し楽に死んでいくのかを」

「お嬢さん、残念だが私はどっちも選ばない。選ぶのは君だよ、ティア・ブレスを大人しく渡し我々の仲間になるか、力ずくで奪われ全てを破壊されるか。どっちがお好みだね?」

「それは、どっちも嫌な状況ね」

「私の気持ち、少しは分かってくれたかな?」

「ますます、嫌な状況。あなたみたいな反逆者と考えることが同じだったなんて」


 シャーグルに向けている弓は寸分も動かす事無く、青色の戦士は器用に肩をすくめて見せた。

 そして、それが合図であったかのように青色の戦士とシャーグルの戦闘が開始された。 青色の戦士は、先程に比べると小さいが、その分連射性が上がった小さい水の矢をシャーグルに放つ。

 水の矢の数発がシャーグルの肉を抉り、シャーグルから青色の血がほとばしる。


「えっ?」


 どう考えても人間同士の戦いとは思えない戦闘を目の前に、鳴恵は傍観者に徹することしかできなかった。

 そうしている間にも二人の戦いは続いている。

 水の矢はシャーグルに確実にダメージを与えていたが、それはごく僅かなモノでしか無かった。

 急所を狙った矢は全て、シャーグルの腕に生えた刃によって切り裂かれてしまう。


「っく!」


 シャーグルが青色の戦士に肉薄した。

 近距離において、戦士の弓とシャーグルの刃、どちらが有利なのか考えるまでもないことだ。

 形勢が逆転し、今度は青色の戦士が防戦一方となる。

 今までの借りを倍にして返す勢いで、刃が水色の戦士の衣を切り裂いていく。


 カラン。


 衣のポケットにでも入っていたのだろうか。

 中央に黄金の宝石を埋め込んだブレスレットが水色の戦士から地面に落ちた。

 戦士とシャーグルの顔色が変わる。

 一方は狼狽、一方は驚愕の表情を浮かべ二人の視線はブレスレットへと注がれる。

 反応は、シャーグルの方が早かった。

 彼は力任せに青色の戦士を後方へ押し飛ばすとその勢いを殺すことなく身を素早く屈め、地面を転がるブレスレットへ手を伸ばす。

 指先がブレスレットに触れる。

 そうシャーグルが確信した瞬間、しかし、それは現実にならなかった。

 地面を転がるブレスレットは水の矢によってあらぬ方向へはじき飛ばされたのだ。

 青色の戦士が、シャーグルが、宙へ浮かぶブレスレットへと視線を向け、その落下地点を予測して素早く動き出す。


「あっ!」


 鳴恵が場違いな声を上げる。

 ブレスレットが落ちてきたのは、まさに鳴恵の目の前だった。

 躊躇いは無かった。

 この瞬間、鳴恵はこうするしか道はないと確信していた。

 早さのアドバンテージはないが、変わりに距離のアドバンテージがある。


「やああ!!!!!」


 鳴恵はプールに飛び込むように勢いをつけ、地面を転がる。

 その際に、しっかり転がっているブレスレットを掴んだ。

 その黄金の宝石が埋め込まれたブレスレットはまるで、最初から鳴恵のために作られていたかのよにしっくりと手に収まる。

 前転の勢いを利用し、鳴恵は再び両足で地面に立つとシャーグルの姿がもう目前に迫っていた。

 牙のごとき刃が鳴恵の首筋めがけて振り下ろされる。


「なに?」


 しかし、シャーグルの刃は空を切った。

 一度目は人間を超越した早さを想定しておらず体が動けなかった鳴恵だが、二度目は心の準備がありさして驚くこともなく空手で鍛えた動体視力がかろうじてシャーグルの動きを捉えることが出来たのだ。


(不思議だ。この腕輪を持ってると、勇気がわいてくるみたいだ)


 一歩間違えば、文字通り首が飛ぶというのに鳴恵は恐れることなくシャーグルの攻撃を見切り続けている。


「いくぞぉぉぉ」


 鳴恵は、手に握りしめたブレスレット―――雷のティア・ブレス―――を腕にはめた。 ブレスレットは鳴恵を拒否することなく、受け入れ、彼女の左腕に収まる。

 鳴恵を中心に激しい閃光が辺りを包んだ。


 鳴恵の、青色の戦士の、シャーグルの視界は光で埋め尽くされた。


 やがて光が闇の中に散らばっていくとそこには黄金の衣を纏った鳴恵が雷神のごとく立っていた。


「え? っちょ、何だって言うんだよ。これ」


 制服が一瞬で、魔法少女のような格好に変ったことに鳴恵は動揺し、纏ってしまった黄金の衣を―――半分血の気の引けた顔で―――見下ろす。


「雷のティア・ブレスに選ばれた者か・・・・・・。二対一では、流石に分が悪いか。ここは一時撤退かな」


 袖を引張りして、自分が着ている衣を観察している鳴恵に背を向けシャーグルは空高く跳躍し戦線を一気に離脱していく。

 シャーグルが居た場所を水の矢が通り抜けるが、一手行動が遅かったようだ。


「逃がしましたか。それにしても、嫌な状況になりましたわね」


 シャーグルが飛び去った方向を一瞥した青色の戦士は、直面した新たな問題に向く。

 鳴恵は両手をまるで力の加減が分かっていないような動きでゆっくりと開いたり、閉じたりしている。


「ねえ、あなた名前は? 後、年と職業も名乗りなさい」


 初対面の相手にいきなり命令形だった。


「なんだよ、それ。そーいうのは先に自分が名乗るモノだろう」

「うるさい。勝手なことしてくれて、こっちは大迷惑なのよ。これ以上調子に乗ると、あなたの頭貫くわよ」


 青色の戦士は、冗談で言っているわけではなさそうだ。人差し指と中指だけをのばした手を鳴恵の眉間に当てる。


「あんた、短気だな。ま、いいや、オレの名前は神野 鳴恵。年は一七歳で、職業は高校生。好きな食べ物は・・・・・・」

「余計な事まで言わなくて、良い」


 透き通るようなブルーアイが鳴恵を射る。

 青色の戦士が放っている殺気は間違えなく本物だ。

 下手なことをすると本気で水の矢で銃殺されると思った鳴恵は取りあえずは彼女の言うことに従うことにした。


「分かったよ。じゃ、次はオレは何を答えれば良いんだ?」

「質問は、後よ。まずは何処か落ち着いて話せる場所に案内しなさい」


 青色の戦士―――水代 晴菜―――は、雷のティア・ブレスに選ばれた神野鳴恵なる少女を見て、心の中でもう一度呟いた。


(本当、嫌な状況になりましたわ)


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