戦闘後
「アデル、自分を大事にね」
目の前にロヴィがいて、僕にそう話しかけてくる。うん、大丈夫、そう答える。
「僕は守るんだ」
「誰を?」
僕はその疑問に少し考え込む。さっき答えを見つけたはずなのに、よくわからなくなる。
「みんなを」
「みんなって?」
みんな、みんな、誰だろう。首をかしげて、思いつく。父上と母上、クラウやロヴィ、みんなが守ってくれた僕、怖くて、怖くて、前を向けなかった僕を助けてくれたクリスさんやエリサさん、ユリウス、村のみんなを守る。
「だれから?」
次の疑問の答えはすぐ思いつく。
「敵から。大切な人を傷つけようとする敵から」
「あの黒目黒髪の男?私を殺した男?村を襲った男たち?」
「みんな。僕の大切な人を傷つけようとする人たちみんな」
「どうやって?」
敵は、敵は倒さなければならない。僕はそう信じている。僕を傷つけようとする人、僕の身近な人を傷つけようとする人は許してはいけない、そう思っている。あの黒目黒髪の男、ロヴィを殺した男、村を襲った男たち、みんなみんな倒さなければならない。そうじゃないと、無くしてしまうから。
そのために、僕は強くなる。立ちふさがる敵がいるなら、それを倒してみんなを守る。そうしていれば、父上や母上に会った時に胸を張れると思うんだ。
それをロヴィにいうと、少しだけ目を伏せる。けれど、すぐにその顔を上げて、彼女は僕に向かって手を伸ばしてくる。
「大切な人は、それだけなの?」
僕はその手に触れて、答えるんだ。
「これから増えるかもしれない。これから出会う人たちも守りたいんだ」
「これから好きになる人も?」
ロヴィは僕の手を両手で包む。僕は、僕は……
「……ァル、ヴァル、ヴァル!」
遠くから声が聞こえて、瞼を開く。
「クリスさん、ヴァルが起きたよ!」
ユリウスの顔が僕の視界いっぱいに広がっていて、僕は驚く。
すこし離れたところから足音が聞こえてきて、顔をそちらに向ける。クリスさんとエリサさんが僕のもとにやってきて、エリサさんが僕を強く抱きしめる。
「よかった、無事で……」
エリサさんの声はかすれていて、少し泥の匂いがする。
心配したのよ、無茶しないで、抱きしめられたままの僕にたくさんの声がかけられる。ごめんなさい、そう声を出すと、エリサさんの腕に力が籠る。
「本当に、無事で……」
エリサさんはついに泣き声になる。僕もそれにつられて涙ぐむ。エリサさんは、僕を心から心配してくれている、そう思う。僕は彼らの子供じゃないし、親戚の子供でもない。僕は誰なのか、それも知らないはずなのに。クリスさんたちが助けてくれてよかった、心からそう思うんだ。
しばらくしてエリサさんが僕を離す。顔を上げると、やっぱりエリサさんの頬には涙のあとがあるんだ。
そのエリサさんの横にクリスさんが座っている。その横にはユリウス。僕は僕の家に寝かされていた。エリサさんの手から離れて、体を起こす。囲炉裏からぱちりと音が聞こえてくる。
なんで僕は寝かされていたのだろう。そう思って、思い出す。村を襲った人たち、みんな掴まっていて、僕も捕まった。けれど、父上からもらったナイフを使って……
「あの、あの男は?みんなはどうなったの?」
そう声をあげると、クリスさんが大きく息を吐く。
「三人は逃げた。軽く怪我した奴はいるが、皆、無事だ」
その言葉に僕は安心する。皆が無事でよかった。
「よかった……」
「みんなお前に感謝していたよ。がんばったな」
クリスさんの手が伸びてきて、僕の頭をなでる。大きな手が気持ちいい。
そうしてしばらく僕の頭をなでていたクリスさんは、その手をとめる。その手を肩に下ろすんだ。僕の肩には両手が載せられていて、少しだけ重い。
「ヴァルテッリ、こちらを見なさい」
低い声、僕は顔を上げてクリスさんを見る。その眼はすごく真剣に見える。
「みんなを助けたことはすごくえらい。けれど、危険だ。お前は二人の男を殺して、一人を倒した。そのおかげで私たちは助かったし、一人を兵士に引き渡すことができた」
「殺したことに関しては何もいうつもりはない。お前は襲われたし、命の危険もあったから。ただ、運がよかっただけだ。本当に危険だった。お前の実力じゃないってことをはっきり認識しておけ」
クリスさんはそういって、僕の肩を強くつかむ。本当に、本当に危険だったんだ、そう言う。
本当にそうだと思う。クリスさんの言う通りで、僕の実力じゃないってことは僕もわかっている。隠れて、隙をついて攻撃して、それが上手くいった。ただそれだけで、僕が強いわけじゃない。
「決して叱ってるわけじゃない。本当に、本当に心配した。よく、無事だったな……」
そう言ってクリスさんは僕のことを強く、強く抱きしめる。僕はされるがままにされて、心配をかけたのだから。
夜、エリサさんが作ってくれた夜ご飯が前に並ぶ。塩をまぶして半月くらいの肉を削ぎ火で炙ったもの、ふっくらと炊いたお米と一緒に蒸した沢山の野菜、それらが目の前に並べられているんだ。
「今日くらいは、少しだけ贅沢をしてもいいだろう」
そんなことをクリスさんが言って、それにエリサさんも同意したんだ。だから今日は少しだけ豪華。
いつもは干し肉にするから干す前の塩漬け肉なんて食べられなくて、すごく珍しい。
「ほんの少しだけ塩を抜いたから、丁度いい塩梅よ」
エリサさんが笑って言う。その味を想像するだけで口のなかに涎が溢れてくる。美味しそうだな、楽しみだな、そう思うんだ。
クリスさんはお湯をすすっていて、僕のことを見て少し笑っているように見える。早く食べたくて、目線を送る。
「わかったわかった、食べようか」
クリスさんの笑い声の混じった合図で食べ始める。僕は我慢できなくて肉にかじりつく。何もかかっていなくても、染み込んだ塩が味を主張していてすごくおいしい。歯で噛みちぎれるほどに固くて、脂身が舌の上でとろけるような気がする。
噛みちぎって、咀嚼して、お米を口にいれて、咀嚼する。お米も野菜の甘味が出ていていつもと違う。お肉が固いからか、ご飯は少し柔らかめに炊いてあって、口の中でそれが混ざりあうんだ。
「美味しい?」
「うん!すっごく!」
エリサさんの質問に答えると、にっこりと笑うんだ。そうして、僕の口元に手を伸ばしてくる。
「落ち着いて食べなさい、無くならないから」
その言葉とともに伸びてきた手は口元についたご飯粒を取ってくれる。少しだけ恥ずかしくて、落ち着いて食べようと思う。お肉があまりにも美味しそうだったから、かきこんでしまったんだ。
たらふく食べて、お腹が破裂しそうになってしまう。クリスさんはそれを見て笑っていて、手元で包丁を研いでいる。エリサさんは食器を片付けている。いつもとあまり変わらない、平和な夜なんだ。
膨らんだお腹をさすりながら、僕は布団を敷く。僕自身の分だけじゃなくて、クリスさんとエリサさんの分も。三つを横に並べて、枕と掛け布団も用意する。今日の夜もきっと冷えるから、掛けるものは必要だと思う。
敷き終えて二人を見ると、クリスさんはナイフで枝を削いでいるんだ。たぶん、罠に使うんだと思う。毎回毎回仕掛けが折れてしまうから、使ったら補修しなきゃならない。少しだけ大変だけれど、老いておけば獲物がかかるかもしれないものだから、しっかりやらなきゃいけないんだ。胡坐をかいた上に、木屑がぱらぱらと落ちていく。
「クリスさん、これ」
「ああ、ありがとう」
木屑を入れるための籠を渡すと、笑ってその中に入れるんだ。今日の料理で少し減ってしまったから、また外から取ってきて折らなきゃと思う。火種にするのは、クリスさんが削いだ屑か、僕が拾ってきて小さく折った木の枝だから。
少しして、皆で布団に入る。もう部屋は暗くなっていて、月明かりが少しだけ部屋に入ってきている。蝋燭はとっくに消されていて、夕焼けはとうに過ぎている。
「ヴァル……」
クリスさんがぽつりと僕の名前を呼ぶ。暗い部屋で、身じろぎの音が響く。エリサさんがもぞりと動いて、少し息を吐く。
「なぁに?」
「今日は、本当にお疲れ様、がんばったな」
「うん……」
「誇りに思うぞ」
「うん、ありがとう」
「じゃあ、また明日は早いからな。畑の世話を皆でしなければならん」
「うん、おやすみなさい、クリスさん、エリサさん」
「おやすみ、ヴァル」