友
振り下ろされた両手剣を防ぐために、右手につけた盾を頭上に掲げる。きっとそれだけでは足りないから、片手剣を持つ左手も添えて衝撃に備える。
ガツン、木と木がぶつかる音が森に響いて、それと同時に両腕に衝撃が走る。盾にかかっている重みを感じながら、僕は左手を盾の影から相手に向かって振り回す。意表を突いたはずだけれど、その剣は後ろに下がることで避けられてしまって、僕は牽制がてら片手剣を相手に向かって突き付ける。
両手剣を持つ相手、少し離れたところにいる彼に対して、僕は距離を縮めようとする。片手剣では距離を縮めないと攻撃できない上に、両手剣の最適な攻撃範囲に位置していたからだ。だから、相手が剣を振り回せないようなところに近づこうと思って地面を蹴る。
相手はそれを予想していたかのように、両手剣の切っ先を僕に向けて突いてくる。それに驚いて、でももう前に進んでいたから避けられなくて、思い切りよく突き出された剣の切っ先が腹を突く。僕が避けられなかった、守りきれなかったから、剣が体に当たってしまうんだ。相手はそれを見て、慌てて剣をひっこめるけれども、だからといって痛みが楽になるわけじゃない。本気じゃないってことはわかっているけれど、それでも十分な威力をもっていて、そのまま倒れ込んでしまう。
一瞬息ができなくて、それから息ができるようになるけれど、胸に空気が詰まって咳き込んでしまう。
「大丈夫?」
ユリウスの声が耳に入る。大丈夫じゃない、けれど、大丈夫だって手を挙げておく。地面にうずくまって、片手でお腹を押さえて痛みをこらえる。多分、服をめくれば赤くなっていると思う。木剣だけれど、それでも痛いものは痛いから。
咳き込んで咳き込んで、しばらく蹲って、やっと痛みが引いてくる。膝立ちになって前を見れば、ユリウスが水を汲んでくれていて、彼の手から器を受け取って水を飲み干す。冷たい水が喉をつたっていって、気分がさっぱりする。息を大きく吐いて、反省を口にするんだ。
「駄目だ、また負けちゃった」
「ごめんな、あそこで剣を引くことができなかった」
「ううん、大丈夫、避けられなかった僕が悪いから」
これで二連続で負けていて、悔しい。ユリウスは両手剣の扱いがうまくて、僕はあまり勝てない。僕が両手剣を使ったときは五分五分なのに、ユリウスが両手剣をつかうとだいたいはユリウスが勝つんだ。
「近づければ勝てるかもしれないのになぁ」
僕が片手剣を使っていて勝った時は、全てユリウスに近づけた時なんだ。だから、近づけば勝てる可能性が高くなるってことはわかってる。
「近づかれたら困るから、必死にやってんのさ」
ユリウスは笑う。そう、ユリウスは僕に近寄らせないように剣を振ってる。僕はなんとかして近づこうとするんだけど、ユリウスのほうが一枚上手なんだ。
散らばった片手剣と盾を拾い上げて、泉のそばに置いておく。それから、ユリウスと二人で泉の近くの石に腰かけるんだ。ここがいつも反省会をしている場所。泉からお水を汲んで、ごくりと飲み干す。
「まぁでも今回は良かったと思うよ。あの上からのよく防いだよな」
「んー、前はそれで耐えられなくて負けたから、流石に僕も成長するよ」
「でもな、ヴァル。盾で防いだときに、俺を蹴飛ばしてれば違ったと思うぞ」
「確かに……全然思いつかなかった」
想像もつかなかったことをユリウスに言われて、次こそはそうしよう、そう思う。練習して練習して、それで強くなっていけばいいと思うから。今は木剣だから、いくら負けても大丈夫。だから、その内に臨機応変に戦えるようになればいいと思う。これが本物の剣だったら、一度負けたらそこでおしまいだから。
そんなことを思ってユリウスと話していると、ユリウスのお腹が音を立てる。
「お昼にしよっか」
僕がそういうと、ユリウスも頷く。家から持ってきた包みを開けて、おにぎりにかぶりつく。口の中に甘みが広がっていって、すごくおいしい。口いっぱいにおにぎりを頬張ってから、漬物を齧る。ほっぺを目いっぱいに膨らませて、咀嚼をして飲み込む。途中で詰まったような気がして、慌てて水で流し込むんだ。
「ふぅ……」
思わず声がでちゃう。運動して、汗をかいたからお水が美味しい。おにぎりも、すごく美味しい。ユリウスはもう二つ目のおにぎりを食べてて、きっとそれだけお腹が減っていたんだなって思う。
おにぎりの最後の一口を口に入れて、背筋を伸ばす。隣ではユリウスが肩を回していて、僕は背伸びをしたまま体を左右に倒す。
「次はどんな武器を買う?」
ユリウスが僕に聞いてくる。両手剣も片手剣も、もう大分慣れてきたんだ。だから、ユリウスはその質問をしたんだろう。
「槍とか、使ってみたいね」
「そうだなぁ。両手剣よりも長いから難しそう」
「ただ狩りには使えないかもね」
「投げれば使えるよ。ただ、俺は斧を使ってみたいな。でも片手剣とそこまで変わらないのかな」
「うーん確かにそうかもね。でも斧なら、剣よりもほかの使い道が多くて役に立つかもね」
僕は泉の傍に置いてある石斧を指さすんだ。何度も何度も修理した石斧、僕たちで作ったこんな物でさえも、細い木を折るのには十分なんだ。だから、行商人から買えるような金属の斧なら、もっと使いやすいと思う。
ユリウスは僕の言葉に頷いて、でも少しさみしそうな顔をするんだ。
「確かに、斧は買っておくべきだな。でも、お金が怪しい」
「うん……なら節約のためにも金属のを買おうよ」
「そうだな、ただなぁ……」
ユリウスは腕を組んで考え始める。金属の斧はいくらだったっけ、僕も必死に思い出そうとする。一回弓を買うときに聞いたけれど、ほとんど覚えていない。木でできた武器の価格は覚えているんだけど、金属は覚えていないんだ。
「とりあえず、次の行商までの間にお金になるものを用意しておこうよ」
僕がそう声をかければ、ユリウスは頷くんだ。二人で貯めれば、きっと買えるだろうから。
「金属の斧さえ買ってしまえば、俺らはもっと簡単にお金が稼げるかもな」
「んー、それはわからないけれど、薪とかを集めやすくなって村の人たちが喜ぶと思う」
ユリウスが水を飲んで、大きく息を吐く。あと一月くらいで行商はやってくるから、そろそろ売るものを用意しはじめなきゃいけないんだ。
ユリウスは立ち上がって、足を伸ばす。僕もそれに合わせて腕の筋をゆっくり伸ばしたりする。これから何をやろうかなぁ、そんなことを考えるんだ。今日これ以上やっても、多分剣戟じゃユリウスには勝てないからやらない。明日からは僕が両手剣を使えるようになるから、そしたらやろうと思うんだ。だから、今日これからやるのは狩りか、それとも採集かな。
ユリウスがこちらを見て、にっこりと笑う。弓を持とうとしないから、多分この林を散策するんだと思う。
「ヴァル、金になりそうなものを探しにいくぞ」
やっぱり、僕はそう思うんだ。まぁ、僕もそれは嫌じゃない。狩りは楽しいけれど、獲物の後始末が大変だから。血を抜いて、内臓を取り出して、皮を綺麗に剥いで、肉と骨を部位ごとにばらばらにして……一羽のウィルドラビットを解体するのでさえ凄く大変だから、あまりやりたくない。手も服も汚れてしまうから、エリサさんに申し訳ない。
歩き出すユリウスの後ろについていく。ユリウスはこの林に本当に詳しくて、迷ったところを見たことが無い。たぶん、本当は迷っているけれど、気付かせずに対処しているんだと思う。僕一人だと迷うと思う。
「明日は収穫を手伝わなきゃならない、面倒くさいな」
ふとユリウスが呟く。たわわに実ったから、今回は沢山収穫できるだろうね、僕はそう返すんだ。大変になるだけさ、ユリウスは肩をすくめる。僕も明日は多分手伝うことになると思う。
村の人たちにとって、年二回の米の収穫はとても大事な仕事だ。だから、みんなで一斉にやるんだ。クリスさんも、エリサさんもやると思う。行商に売るから、沢山作るんだ。多分、明日は米だけじゃなくて野菜も収穫するんだろう。色々、獲り頃になっていたはずだから。
腰が痛くなるんだよな、ユリウスは愚痴を言うんだ。確かに、しゃがんだり立ち上がったりを繰り返すから、次の日は腰や背中が痛くなる。でも、仕方ないことだと思う。だって、それをしなかったら僕たちは、村の人たちは生きていけないから。お金が沢山あるわけでもないし、食材が余っているわけでもないから。
ふと、ロヴィといた日々が懐かしくなる。父上や母上、クラウと一緒にいたあの頃は、色々なものを食べていたな、そう思うんだ。ステーキだとか、大きな果物だとか、そんなものはこの二年間一度も食べてないな、そう思う。確かに肉は食べられるけれど、厚いお肉に胡椒をたっぷりかけたものは食べられない。パンも、スープも、ほとんど食べられない。食べられても、あの日々とは比べられないんだ。
わかってる、僕が贅沢だってことは。あれは、父上が父上だったから、僕が父上のもとに生まれたからできた贅沢だったんだってことは。
「ヴァル、どうした?」
振り向いたユリウスに声をかけられる。考え事をしていたから、ユリウスの話を無視してしまっていたかもしれない。もしかしたら、変な顔になっていたかもしれない。ごめん、考え事してた、ユリウスにそうやって謝るんだ。
そうしてまた考え込む。だからといって、今の日々が最悪だとは思っていないんだ。エリサさんとクリスさんには感謝している。僕は、二人に助けて貰えなかったら多分生きていないから。ロヴィが死んで、あの川に飛び込んだまま、僕は目覚めなかったかもしれない。兵士に見つかって、捕まったかもしれない。クリスさんとエリサさんのお陰で、今の僕がいる。居場所をくれて、ご飯も食べさせてくれて、服も用意してくれて、僕は彼らに感謝してもしきれないと思うんだ。
居場所は、決して広くはないけれど、二人の優しさがつまっている場所。ご飯は、決して豪華ではないけれど、美味しくて暖かい優しい味。服は、決して煌びやかな物じゃないけれど、クリスさんの優しさとエリサさんの愛で作られたもの。それらに不満は無いんだ。村の人たちも、皆優しい。エドゥアルド達は村にいないから、僕達を邪魔だと思う人はいない。何よりも、僕にはユリウスがいる。大事な、大事な友達。二年間、喧嘩は少ししたけれど、ずっと仲良くやってきた相棒。だから、今の生活に不満は無いんだ。
「ユリウス、ありがとう」
「ん?どうした?」
僕の声に、不思議そうな反応をするユリウス。ううん、何でもない、僕はそう言って、話をおしまいにする。ユリウスは首を傾げていたけれど、それだけ。
急かすように、僕の足が速まる。ユリウスはそんな僕にしつこく質問することは無く、僕に合わせて足を速める。それが少し嬉しくて、自然と頬が緩んだ。