日常
木剣がぶつかり合う音が林に響く。右上から振り下ろされる木剣に、両手で持つ木剣の腹を下から押し当てるようにぶつけ、同時に足を左に踏みこむ。木剣の切っ先を地面に向け、横に跳ねるように体を動かすようにして振り下ろされた木剣を流す。
仕返しとばかりに手首を返し、頭上に掲げた木剣を振り下ろす。流れるように振り下ろされたそれを、相手は後ろに跳び退ることで避けようとして、右の肩口に切っ先が当たる。
「くっ!」
呻くような声を出して、相手は手に持つ木剣を地面に落とし右肩を抑える。それを見て僕は木剣を投げ捨て、声をかける。
「大丈夫?当てるつもりはなかったんだ」
「なんとか、まぁ軽く当たっただけだから」
切っ先が当たっただけとはいえ、木が当たったのならば痛いはず。狼狽える僕をみて、ユリウスは笑う。
「気にすんなって、明日はお前が痛がる番なんだから」
右肩を抑えながらも、右腕をぐるぐるとまわす。きっと大丈夫なんだろう、腕を動かす姿をみて少しばかり安心する。
「今日はこれで終わり、としようぜ。それにしても、やっぱヴァルは強いなぁ」
「んーたまたまだよ。もっと筋肉をつけないと」
「そうだなぁ。罠じゃなくて、弓で狩れるようになるには力が足りないよな」
ユリウスと話し合う。僕たちは、クリスさんやユリウスのお父さんたちみたいに罠で狩るんじゃなくて、弓矢を使ってもっと効率よく狩れるようになろうと訓練してるんだ。罠だと、かからないときが結構ある、運で狩りをしてるから。それに対して弓なら獲物を狙うことができるから。ただ、弓を引くには力がたりないから、体を鍛えようとしてる。
でも、本当はもっと違う理由で鍛えてるんだ。ユリウスはお父さんが持ってる本に書いてある騎士、それになってみたいと思ってるから。僕は、表向きはそういう理由だけど、本当はあの男に勝ちたいと思うから。白い鎧をきた黒目黒髪の男、父上と戦っていた男、あれに勝ちたいから。だから、時々木の枝を木剣に見立ててユリウスと戦ってる。当然、二人とも怪我をしないように滅茶苦茶にやらないようにしてる。あくまで、練習だから。結果はほとんど僕が勝つ。僕のほうが、力が強いから。
たぶん、クラウと一緒に運動してたからだと思う。走るのは僕のほうが早いし、僕のほうが力が強い。けれど、僕はだからといってユリウスを馬鹿にしたりはしない。ユリウスのほうが僕より努力してるから。僕は魔族だから、父上の子供だから、人間のユリウスよりも強いんだ。それでもたまにユリウスが勝つのは、ユリウスのほうが練習していて、凄い動きをするから。たぶん、僕が人間で、ユリウスと戦うことになったら負ける。木剣の扱いがユリウスのほうが上手いんだ。それは、ユリウスが前から練習していたからだし、今も練習しているからだと思う。あとは、才能、かな。
泉から湧き出る水を二人で飲む。冷たくて、さっぱりしてる。運動した後、汗をかいているから、水が美味しく感じるんだと思う。
ここに始めてきてから三ヵ月、ずっとユリウスと遊んでた。ユリウスがお父さんの手伝いをしなきゃいけない時は、僕もエリサさんを手伝った。畑を耕したり、収穫したり、大変だけれど、凄く楽しい。
エドゥアルド達とはあまり絡まないようにしてる。会うといじられるから、あまり会わないようにしてる。会ったときは、無視するようにしてる。彼らは彼らで遊ぶ場所があるらしくて、僕たちと遊ぶ場所は被らない。もっと年上の人たちは、近くの町に勉強をしにいってしまったから会えていない。彼らはそこでお嫁さんも探すんだってクリスさんは言っていた。僕とユリウスも、十四歳になって少ししたら街にいって勉強するんだって。エドゥアルドたちは来月には街にいくらしい。あと四年、すごく楽しみ。
夕方になって、秘密基地から村に帰る。木剣代わりの木の枝は泉の近くにおいておいて、ユリウスと二人で歩いて帰る。夜は危険だから、村に戻りなさい、そうエリサさんに言われたから。ユリウスと仲良くなったんだ、そう伝えたら、喜んでいた。たぶん、友達ができたから、僕が無事に回復したからだと思う。
でも、本当は違う。僕はあいかわらず人間が怖い。クリスさんと、エリサさんと、ユリウスと話す時だけ平気なだけ。他の人と話す時はまだ手が震えるし、怖い。エドゥアルド達はユリウスが近くにいないと話せない。それ以外では走って逃げるようにしてる。だから、エドゥアルドたちからは女男って言われてる。臆病者、弱虫、そうも呼ばれる。勝手に呼ばせておけばいいんだ、そうユリウスは励ましてくれる。
村の大人と話す時も、手は震える。最初はエリサさんがいなきゃ話もできなかったから、それよりかは進歩してると思う。一応エリサさんがいなくても話せるようにはなったから。でも、言葉が出てこないときもある。大人の人は、記憶を失う前に色々あったんだろうって思ってるらしい。だから、皆優しくしてくれる。
わかってはいるんだ。この村の人たちは皆優しいってこと。だけど、村の中心にある立て看板には、張り紙が張られているから。“人ならず”を発見したら、至急街に届け出ること、そういう立て看板。だから、もし僕が魔族だってバレたら、すぐに連れて行かれてしまう気がして、大人を信じられない。実は、ユリウスにも魔族だって言えていない。いったら嫌われて、大人に言いつけられてしまいそうな気がするから。だから、ユリウスは僕をヴァルテッリだと思ってる。本当はいけないことだってわかっているけれど、怖い。折角できた友達なのに、失いたくないから。
だから、魔法も練習できてない。他の人に見られたら怖いから。でも、そう思っているうちに、紋章の書き方も忘れてしまった。どうせほんのちょっとした魔法しか使えなかったけれど。
家に帰る。ユリウスとは、柵をこえたところでお別れした。僕の家とは反対側にあるから、家の前まではそうそう行かない。いつも朝柵の前で待ち合わせして、会えなかったら互いの家に行くようにしてるんだ。
木の扉をあけて中に入れば、もうエリサさんは帰ってきていて。
「おかえりなさい」
「ただいま!」
囲炉裏につるした鍋をかき混ぜながら、エリサさんは挨拶をする。それに元気よく答えて、手を洗う。水を張った桶から柄杓で水を掬って、手にかける。最後は柄杓も洗って、そうして桶の上に戻す。藁草履を脱いで、囲炉裏の傍に腰かける。鍋の中には粥が煮立っていて、凄く美味しそう。
「今日は楽しかったかい?何をしたんだい?」
「今日もユリウスと遊んでたんだ。またユリウスに勝ったよ!」
「ヴァルテッリは強いねぇ、怪我をしないようにね」
エリサさんは嬉しそうに褒めてくれる。僕が元気にしていると、エリサさんはうれしいみたい。それはクリスさんも同じで、きっとクリスさんも同じ質問をすると思う。
「クリスさんは?」
「もうしばらくで帰ってくると思うよ」
そうエリスさんが答えた直後、扉が開く。見れば、クリスさんがにこやかに笑っている。その姿を見て、エリサさんと声を合わせて言う。
「おかえりなさい」
「ああ、ただいま。今日は魚が取れていたよ。食べようじゃないか」
そういって、腰につけていた魚篭から魚をとり持ち上げる。魚はとても美味しいから、僕は嬉しくなる。ただ、いつも食べられるわけではなくて、ときたま食べれるんだ。
焼いた魚と粥を食べて、お腹がいっぱいになる。外は暗くなり始めていて、囲炉裏の火が部屋を照らしているんだ。お茶を飲みながら、エリサさんが一息つく。僕は草履のほつれを直している。エリサさんが僕の為に作ってくれた草履は、もうずっと使っているからそろそろ壊れてきている。
「エリサさん、この草履もう駄目かもしれない」
「そうねぇ、そろそろ作り直すかしら」
そんなことを言っていると、横になったクリスさんも話しに参加してくる。
「私の草履もそろそろ駄目かもしれん。今日木の根を踏んだ時に随分ほつれてしまった」
「あら、ならヴァルテッリ、今度一緒に作りましょう、作り方を教えてあげる」
「うん、わかった!」
草履は今の僕の靴。前まで履いていた靴は、ばれるかもしれないからしまってあるんだ。服もそう。父上からもらったナイフもしまってあるし、ネックレスもしまってある。僕がつけているのは、母上からもらったブレスレットだけ。だから、今は完全に村の子供と同じ格好をしている。
「さぁ、そろそろ寝ましょう」
エリサさんが手を叩く。そうして、布団を広げていく。自分の文の布団は自分で出す、それが我が家流。牽き終わったら、その上に横になる。クリスさんが一言告げて、囲炉裏の火を消す。家の中は一旦真っ暗になるけれど、目が慣れれば月明かりでほんのり明るくなる。そうして、眠くなるまでじっとしてるんだ。
朝、鳥の鳴き声と家にさしこむ光で目を覚ます。エリサさんは既にご飯を作り始めていて、クリスさんも着替えている。二人とも朝に強くて、いつも僕はお寝坊さんだ。
漬物と汁、少しのごはんという簡単な朝ご飯を食べる。エリサさんはそうそうに食べ終わって、三人分のお昼ご飯を作り始めている。クリスさんは食べながらも、どこにいくか考えている。
「ヴァルテッリ、明日は森にいかないかい?そうして、毛皮を剥ぐのを手伝ってくれないかな?」
クリスさんが僕に声をかける。今までクリスさんが森に連れて行ってくれたことはなかったから、僕は嬉しくなる。
「うん、行く。ユリウスにも伝えておくね。きっとユリウスは明日お父さんの手伝いだから」
そう答えると、歯屋kも明日が待ち遠しくなる。エリサさんは、気を付けなさいよ、そういいながらも僕とクリスさんにお弁当を渡す。おにぎりと漬物を葉っぱで包んだそれをもらって、僕も着替えはじめる。
クリスさんが家をでてしばらくして、エリサさんが声をかけてくる。
「今日は少し勉強してから遊びに行きましょう」
勉強、この村では数学なんてできないし、歴史も勉強できない。当然魔法も勉強できない。でも、文字の勉強はできるんだ。木の板に炭で文字を書いていく。街で使っていたものとは違う文字だから、難しい。使っている言葉は同じなのに、人間族と魔族で文字が違うんだ。なぜかはわからないけれど、少し違う。だから、僕はエリサさんに文字を教わっていく。言葉も同じっていっても、人間しか使わない単語もあるんだ。草履とか、囲炉裏がそう。この村で生活し始めて、エリサさんに教わって初めて知ったんだ。
町に勉強しにいくことなると、文字を読み書きできなきゃ生活できないのよ、そうエリサさんは言う。この村の子供たちは皆文字をかけるから、僕はそれに遅れて勉強してる。難しいけれど、でも結構うまくなった。でも、村で勉強しただけじゃたりないの、そうもエリサさんは言うんだ。村で使う言葉は限られているから、町ではもっと沢山の言葉を勉強できるわ。それだけじゃなくて、数学も、歴史も学べるのよ、そう言うんだ。
でも、僕は勉強が嫌いじゃない。クラウのそれとは違うけれど、エリサさんは教えるのが上手だから。数日に一回、短い時間の勉強だけど、ためになるんだ。言葉を勉強して、町にいって、強くなる。そのために必要なものだから。