暗い目覚め
「アデル、大好き!」
「アデル、今日は何をして遊ぶの?御花畑にいきたいなぁ、お母さんにプレゼントしたいの」
「アデル、結婚しようよ、ね?」
「お名前は何て言うの?アデル?かっこいい!」
「アデル、ぬいぐるみ、ありがとう」
「遅いよ、みんなもう待ってるよ?」
アデル、アデル、アデル、僕を呼ぶ声が色々なところから聞こえてくる。けれど、回りを見渡しても誰も見当たらないんだ。薄暗い場所で、前も後ろもよく見えないんだ。誰もいないんだ、どこにも、何も。
「ロヴィ、ロヴィ、どこにいるの?」
声を出してロヴィを呼ぶけれど、物音ひとつさえも僕の声には反応してくれない。でも、どこからか僕の名前を呼ぶ声は聞こえてくる。アデル、アデル、どこにいるの?アデル、アデル、遊ぼうよ!そんな声が聞こえてくる。その声色は僕のよく知っている、大好きな相手の声で、だから僕はぐるぐると見回すんだ。
「ロヴィ、ロヴィ!でてきてよ!どこにいるの?」
「アデル、アデル、遊ぼうよ!大好きだよ!」
「ロヴィー!僕はここだよ!」
大きな声で叫ぶけれど、ロヴィはどこにもいないんだ。誰もいないし、どこにいるのかもわからないし、寒いんだ。体が震えてしまうくらい寒くて、胸が痛いんだ。だから、どこかに暖かいものとか、火とかないかどうか探してみるんだけれど、それもどこにも見当たらないんだ。
「誰か、誰かいないの?」
ついにロヴィの声も聞こえてこなくなって、音が何も聞こえなくなる。無音の部屋、多分部屋なんだろうって思う。誰もいなくて、寂しくて、寒い部屋。なんで僕はこんなところにいるんだろう。今日は母上とロヴィとクラウでお花畑にいこうと思っていたのに。もう朝だろうから、みんなが待っている広間に行きたいのに。何故僕はこんなところに囚われているんだろう?なんでクラウは来てくれないんだろう?
「誰か、ロヴィ!母上!クラウ!」
叫んで、叫んで。喉が痛くなるまで叫ぶけれど、誰からの返答もなくて。叫び疲れて、へたりと座り込む。寒くて、寒くて、本当に凍えて、もう寒いよ……誰か、ロヴィ……
そうやって、座り込んで動けなくなってしまって、段々眠くなってくる。疲れたからかな、それとも、寝足りないのかな?どんどん眠くなってきて、目の前がぐらぐら揺れてきてしまうんだ。何故だかわからないけれど、眠くて、でも、寝てはいけないって思うんだ。寝たら折角の約束がなくなっちゃうから、寝ちゃいけないんだと思う。だから右手で目を擦って擦って、眠気を覚まそうとするんだ。ごしごし、痛くなるほど強く擦って、それでも眠くて、瞼が重くてもう限界……
「アデル!寝ちゃだめ!」
突然大きな声がかかってびっくりする。それで目が覚めて、前を見ればロヴィがいて。銀の髪の毛、緑の瞳、真っ赤なワンピースを着ていて、とってもかわいい。でも、その胸にはいつも付けている緑色の石がなくて、おかしいなって思う。だから、ロヴィに質問をするんだ。ロヴィが忘れてしまうなんて珍しいことだから。
「ロヴィ、ネックレスはどうしたの?」
ロヴィはその質問には答えてくれなくて、にっこり微笑む。とってもかわいい、大好きな笑顔を見て、僕の頬が熱くなっていくのを感じるんだ。ほっぺが真っ赤になってしまっていないかな?なっていたら恥ずかしいな、そう思う。
そんな僕を見て、ロヴィは首を少し傾げながら笑うんだ。その笑みは僕を元気にしてくれて、不思議と寒さを感じなくなる。でも、すぐにロヴィは真顔になるんだ。何の感情もないような顔、怒っているのか、笑っているのか、悲しんでいるのか全くわからないんだ。だから、なんでそんな顔をしているのか聞こうとして、ロヴィが僕の胸を指さしてくるんだ。
何かがあるのかな、そんなことを想いながら僕は自分の胸を見るんだ。そこには皆からもらったプレゼントのネックレスがあって。綺麗なリングだな、そう思っていたら気が付いてしまう。リング2つの間に緑色の石があって。これはロヴィの石……?なんでこんなところにあるんだろう?
ねぇロヴィ、これ君のだよね?そう声をかけようとして前を見たら、さっきまでと風景は一変しているんだ。目の前で僕のお家が真っ赤に燃え盛っていて、その前にロヴィが立っている。でも、そのロヴィは血まみれで、顔は真っ青で……ああ、思い出したよ、ロヴィ、ロヴィ、僕の愛しいロヴィ……あれは、夢じゃなかったんだね……
目が覚める。周りは薄暗くて、夢の続きなのかと思う。でも、ぼんやりと灯りみたいなのが見えて、少しだけ寒い。さっきの夢の続きとは少しだけ違うような気がして、ここはどこだろう、そう思うけれど、体は縛り付けられたように重くて、動かない。首だけでもって思うけれど、それも動かなくて、鼻から息が漏れる。音は聞こえなくて、目の前もぼやけて、何の匂いもかげなくて、全くわからない。
縛られているのかな、やっぱりあいつらに捕まってしまったのかなって思う。それとも、僕は死んでしまったのかな。死んでしまったら、どうなってしまうんだろうって思ったことはあったけれど、今がそうなのかな。これからどうなってしまうんだろう、そんなことを思うんだ。捕まっているなら、多分僕はこれからめちゃくちゃにされちゃんだろう。魔族の生き残りだから、実験に使われたり、皆の前で殺されてしまうのかな。もう魔族は皆殺されちゃっているのかな。もし死んでしまっているなら、ロヴィとクラウに会えるのかな。もう二人は死んでしまっているから、きっと二人と一緒に遊べるんだ。
ロヴィも、クラウも、フロンデさんも死んじゃったんだ。父上と母上はどうかな、生きているのかな?きっとあの変な男の人を倒して、逃げてるのかな。きっとそうだと思う、だって父上はすごく強いから。だから、もし父上と母上に何か言えるなら、ごめんなさいって言いたいんだ。先に死んじゃってごめんなさいって。ロヴィを守れなくてごめんなさいって、約束を破っちゃってごめんなさいって。きっと父上は僕の頭を撫でてくれて、母上は抱きしめてくれるんだろうって思う。きっと父上は僕を慰めながら、約束を破った人間に怒っているんだと思う、母上もきっと同じ。僕が先に死んじゃったから、きっと父上も母上も悲しんでいると思う。本当に、ごめんなさい……
そんなことを考えていたら、誰かに体を抱きしめられる。目の前はぼやけているから、何となくしか見えないけれど、誰かがいる。音は聞こえないし、鼻も利かないからわからないけれど、抱きしめられているってことだけはわかる。僕はまだ死んでいなかったんだ、じゃあ、捕まっているのかな、そう思うんだ。もう、どうにでもしてくれって思う。早く殺してよ、ロヴィ達が待ってるから、僕も早く死んでしまいたいって思う。結局逃げられなかったんだ、そう思うと悲しくて、心臓のあたりが凄く痛くなるんだ。
目から涙が流れてくる。ロヴィ達のことを想うと悲しくて悲しくて、だから涙が止められない。そうしたら、僕はもっと強く抱きしめられる。優しく、いたわるように抱きしめられているのがわかる。なんでだろう、なんで抱きしめられているんだろう。両手が勝手に動いて、僕のことを抱きしめている人を抱きしめ返すんだ。
いきなり、口に何かが当てられる。何かわからないけれど、少し暖かいような気がして。涙で濡れた目で見るけれど、薄暗いしぼやけていてよくわからない。何だろう、毒かな、人間は僕をどうしたいんだろう。でも、もうなんでもいいんだ、だから僕は口にあてられたものをぱくりと口に入れる。暖かい、少し塩味のするどろどろとした液体が僕の口の中に流れ込んでくる。何かな、今まで食べたことのない味だけれど、人間の毒なんだろうか。でも、少し寒かったから暖かいものは嬉しいな。
また口に何かあてられて、僕はまたそれを口に含む。さっきと同じ暖かい液体がまた入ってきて、それを飲み込むとまた何かが口にあてられる。味はよくわからないけれど、それでもきっと食べられるものなんだろう。啜って、啜って、飲み込んで、飲み込んで、別に咬まなくてもいいほどにどろどろしていたから、僕でも飲み込めるんだ。
それを何回か繰り返したんだ。暖かい液体で、僕の体は温まっていく。これは一体何なんだろう、もしかしたら、人間じゃないのかも、そんなことを思うんだ。凄く優しく抱きしめてくれているし、それに、ゆっくり、僕の速度にあわせて優しく何かを食べさせてくれたんだ。だから、あいつらの仲間じゃないだろうし、きっと魔族の誰かなんだろうって思う。けれど、こんな食べ物は食べたことがないし、話も聞いたことがないから、どこの誰なんだろう?そんなことを考えていたら、凄く眠くなってくる。夢で感じた眠気と同じくらいか、それよりもずっと強い眠気だから、どんどん眠くなっていって……
物音で目が覚める。目を開けば、さっきと変わらない薄暗い場所。どこかに寝かせられているんだろう、少しだけ硬い寝床なのがわかる。ここはどこなんだろう、そう思って体を起こす。そうして、体が動くってことに気が付くんだ。それに、さっきから音が聞こえていることにも、目がぼやけていないことにも気付くんだ。服は薄くてぼろぼろの服を着ていて、僕はこんな服は持っていない。
体を起こして周りを見渡せば、誰かの家にいるってことがわかったんだ。でも、僕のお家とは全然違う場所だってこともわかったんだ。たぶん、三つか四つしか部屋がないんだろうって思うような、小さな家だったから。僕が寝ているのは広間なんだろうって思う。屋根が少し高くて、部屋の真ん中には暖炉みたいなものが置いてある不思議な広間だったんだ。僕は部屋の端っこに寝かされていて、反対側には入口と台所みたいなものが見えたんだ。ベッドだと思っていたけれど、木の床に布をいくつか敷いただけの寝床で、だから硬かったんだ。
暖炉みたいな場所では薪がぱちぱちと燃えていて、その上には何かがつりさげられるようになっていたんだ。あそこで何をするのかわからないけれど、きっと暖を取るためだけのものじゃないんだろうなって思った。窓は少し高いところにあって、外からの空気が少しだけ漏れこんでいたんだ。だから部屋は暑すぎなくて、寒すぎなかったんだ。箪笥みたいなものも見えて、でも、僕のお家とは全てが違ったんだ。
「誰か……いますか……?」
声を出してみる。喉が擦れていて、小さい声しかでないけれど、思ったよりも家に響く。誰も部屋にいるようには見えなくて、それが心細い。なんで誰もいないんだろう、僕は捕まったんじゃなかったのかな。
うん、わかってる、きっと捕まったんじゃないってことを。捕まったんなら、僕を縛ったり、何もない部屋に閉じ込めたり、そんなことをしているはずなのに。本だとそうやって捕まっていたシーンがいっぱいあったから。きっと僕は誰かに助けられたんだろう。ただ、誰に?
「誰か、誰か、いませんか?」
喉が痛いけれど、できるだけ大きな声で叫ぶ。こんな家の形、僕はしらないからお家の近くの魔族の家じゃないってことはわかる。川に落ちて、それからの記憶があまりないから、きっとそのまま流されたんだと思う。あの川はどこに繋がっているのか僕は知らないから、僕が今どこにいるのか見当もつかないんだ。どれくらい離れたところの魔族の集落なんだろう?
がたた、そんな音がして、目の前の扉が開く。僕の声が聞こえたんだろうか、誰かが入ってくる。外は明るくて、入ってきたのはお爺さんとお婆さん。年齢はわからないけれど、若くないってことはわかるんだ。でも、よぼよぼのお爺さんってほどでもなくて、髪の毛が大分白くなってる年頃の二人。
「起きたか、起きたか」
お爺さんは嬉しそうに笑って、お婆さんは急いで僕のほうに来る。
「元気かい?どこか痛い場所はないかい?」
お爺さんは背負っていた荷物を台所の近くに置いていて、お婆さんは僕の前まで来てそう声をかけてくれる。多分この二人がこの家に住んでいる人たちで、僕を助けてくれた人たちなんだろう、そう思う。優しげなお婆さんが僕の体をぺたぺたと触って、元気かい、そう声をかけてくる。僕は声が出なくて、頷くことしかできないんだ。
お婆さんの姿は僕や父上、母上によく似ていて、羽も牙も角もない。お爺さんも近づいてきて、やっぱり何もない。目の色は茶色で、顔に皺がでてきているんだ。だから、二人が魔族なのか、それとも人間なのかわからなくて、僕は質問をする。
「あの、二人は、魔族ですよね?似人族ですよね?」
僕がその言葉を紡いだとき、二人は互いに顔を見合わせた。僕はそれをみて、嫌な予感がしたんだ。少し息を吸うお爺さん、僕はその口から出てくる言葉が凄く怖く感じる。
「魔族、ではないよ、残念ながら。人間だ」
目の前が一気に暗くなったような気がするんだ、その言葉を聞いて。さっきまで笑っていたお爺さんとお婆さんの顔が、一気に悪い物に見える。僕をとって食うような、そんな顔に見えるんだ。
そうすると、僕の体はがたがたと震えはじめるんだ。必死に止めようとするんだけれど、止められない。ロヴィの体に突き刺さった剣が見えて、クラウを襲ったあの人間が見えて、ころころと転がってきたフロンデさんの頭が見えるんだ。それを見てお婆さんは手を伸ばしてきて。
「ひっ……」
喉から変な声が漏れて、僕は自分の体を抱きしめて丸くなる。その手は何のための手、僕を襲う為の手だと思うから。出口は反対側で、僕では多分逃げ切れないから、こうして、少しでも抵抗することしかできない。怖くて怖くてこれから何をするのか、僕はどうされちゃうのかな、そんなことを想うんだ。だから体はがたがたと震えて……
「大丈夫、私たちはあなたを傷つけたりはしない」
そんな僕に優しい言葉が投げかけられる。それと同時に、少し暖かい両手が僕を包み込むように抱きしめるんだ。突然のことにびっくりするけれど、きっと僕を信用させてから何かをするんだ、そう思う。人間なんてロヴィ達を殺した酷い奴らだから。
そんな時、ふっと母上を思い出す。母上は人間で、とても優しかった。お家にいた料理人さんを思い出す、街にいた人間を思い出す。僕の知っている人間は、そんなことをする人たちだけだったんだろうか?たしかにロヴィ達を殺したのは人間で、でも、母上たちも人間だ。だから、優しい人間はいるんだろう。だから、きっとこの二人も優しい人間なんだろう、そう思う僕がいる。だけれど、母上たちが特別だったんだ、そう思う僕もいる。
体を抱きしめて丸くなる僕、そんな僕を抱きしめるお婆さんの柔らかな香り、その匂いが僕の鼻まで漂ってきて、僕は迷う。頭の中の二人の僕が意見を言い合ってる、どっちを信じるべきなんだろう。人間にも信じられる人たちがいるっていう僕と、人間は酷い奴らだっていう僕。ただ、母上の顔を思い出して、大好きな大好きな母上を思い出して、やっぱり人間にも優しくて信じられる人たちがいるんだ、そう思うほうが強くなってくる。人間は酷い奴だ、そう思ったら母上も酷い奴だって思うことに繋がるし、母上を傷つけてしまう、そう思うんだ。
だから、僕は自分を抱きしめていた力を弱めて、顔をあげようとするんだ。
「すみません、協力お願いします」
突然家に声が響く。何の声かわからなくて、お爺さんがそれに返答して歩いていく音が聞こえるんだ。たぶん、入口に誰かがいるんだろう。そう思って、僕を抱きしめてくれているお爺さんの影から入口のほうを見る。お婆さんの髪の毛があって、抱きしめられているからよく見えないけれど、そこには兵隊がいて。
体が強張ってがたがたと震えが強くなるんだ。兵隊の腰には剣が見えて、どうみても人間の兵隊で。僕を探しにきた、僕を殺しにきたんだ、見つかった、そう思って怖くて怖くて体が言うことを聞かない。
お婆さんの抱きしめる力が強くなる。たぶん、僕が怖がっているのをわかっているんだろうと思う。だから、優しく抱きしめてくれているんだろうと思う。やっぱり、この人たちは優しい人なんじゃないか、そう思うんだ。でもその一方で、このまま引き渡されるさ、人間だからね、そう言っているもう一人の僕もいて、迷ってしまうんだ。そんな二つの間で迷う僕に、その言葉は聞こえてきて。
「すみません、ここらに“人ならず”はいませんか?人に害なす“人ならず”は見つけ次第こちらで捕縛して処理する旨の命令が国よりでていますので。魔族なんて言い方をして必死に逃げようとする奴らもいますので、情報でもありましたら。」
心臓が止まりそうになる。“人ならず”なんて言い方はわからないけれど、続く言葉でそれが魔族だってことがわかって。捕縛して処理、その言葉がぐるぐると頭の中を回る。殺すってことでしょう、ロヴィ達みたいに。
震えが酷くなってきて、僕の耳元でお婆さんが声を出す。大丈夫よ、大丈夫、私たちが守ってあげるわ、兵隊に聞こえないために小さな声だったけれど、僕の耳にはしっかり聞こえてくる。
「知らんな、知らんよ。“人ならず”なんてしばらく見てもない。何年ぶりかな、見ての通り我が家には妻と親戚の子供しかいやせんわ」
お爺さんが言葉を紡ぐ。親戚の子供……?震える体だけれど、何をいっているのかは聞き取れる。
「親戚の子供ですか、失礼ですが、この家にはお二人しか住んでいない筈では?」
「ああ、この前の大地震、東方であっただろう?行商をしていた親戚が住んでいてな、その子供だ。外に墓があっただろう、母親はもう向こうで死んでいたらしくてな、父親と逃げてきたんだが、その父親は今や墓の中」
「失礼ですが子供を確認させていただいても?何分“人ならず”は危険ですので」
「構わんよ。エリサ、ヴァルテッリを連れてきなさい」
お爺さんの声が聞こえてきて、お婆さんが動く。優しく抱きしめていた腕は、僕を立たせるようにして。僕の耳に今までの会話は聞こえていたけれど、ヴァルテッリが誰か全くわからないし、なんで僕を親戚の子供なんて言うのかも分からなくて。
「目を閉じていなさい、私が先導してあげるから」
僕にだけ聞こえるような囁きが、お婆さんから漏れる。どうにでもなれ、僕はそう思って目を瞑る。そうして、お婆さんに手を引かれて入口のほうに。段差があるからね、気を付けて、そんな言葉も投げかけられて。心臓がばくばくなる、緊張して体が固まって、うまく動かない。怖い、怖い、助けて。
「兵隊さんよ、これがヴァルテッリだ。大地震のあとの火災で目を焼かれてしまってな、見えないし瞳も痛めてしまって、今は療養している」
「ふむ、確かに子供ですね、疑ってすみません」
「いやいや、仕事なのは知っているから、な。“人ならず”から守ってくれて感謝しておるわ。お疲れ様」
「いえ、では失礼します。ご協力感謝します、お大事に」
目を瞑っているから何も見えないけれど、兵隊が去っていく音は聞こえる。ふぅ、誤魔化せたな、そういうお爺さんがいて、お婆さんも安心したように息を吐くんだ。僕は何故二人が僕を隠したのかわからなくて、でも凄く緊張したんだ。だから、僕は全身の力が抜けて、意識が急速に遠くなっていって。
大丈夫?ねぇ、あなた、ねぇ、そんな声が近くから聞こえてくる。この村にはいないようでしたよ、次に行きましょう、そんな声が遠くから聞こえてくる。
さっきまで、人は信じられない、そう言っていた僕が頭の中で消えて行ったのを感じて……僕はもう立っていられなくなって……