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とある魔王の成長記  作者: 蘚鱗苔
1章 魔王の息子として、
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プロローグ

 胸の前で組まれていく私の両手、指と指が絡み合っていく。別段神など信じていない、そんな人が行うような行いなど私は重要視していないが、この瞬間だけは何故かそれをしなければならないような気がした。互いに絡み合った指は強く強く互いを締め付けあい、それは私自身の焦りや恐怖、怯えを表している。それに気が付いて、息を漏らす。

 笑えるものだ、思わず口も歪んでしまう。魔王たる私が、もはや死すべき種族たる私が、この世で最強に準じた強さを誇っていた私が、こうも何かに縋ることになろうとは。それでも私はやめられない、私にとってこれは全てなのだから、悲願なのだから。愛しき人との子供、嗚呼、居るのかもわからない人々の信仰の対象に祈る、神よ……



 第一章 幼年編 ~「魔王の息子として、」~



 おぎゃあ、おぎゃあ


 目を閉じ、半ば下を向いて目を強く結んだ私に聞こえてきたのは、待ち望んだ声だった。歓喜に包まれて目を開ければ、そこには満面の笑みを浮かべる先ほどまで辛そうにしていた愛しの君の姿と、友として長年戦線に立ち続けてきた我が家のメイド長の笑い顔、安心して力が抜けたような若いメイドの顔が飛び込んできた。


「魔王様、おめでとうございます。かわいいかわいい男の子ですよ」

「おめでとうな、お前さんよ。これで我らが魔王の家系も安泰というものよ」


 互いに祝福の言葉を述べるメイドとメイド長。メイドは本心からの言葉だろう、メイド長は、あいつのことだから私が必死に祈る姿を笑っていたに違いない。まあ、今回も許そう、彼女のお陰で難を乗り切れたのだから。

 大事な大事な一粒種、男の子か。彼女の胸の中で泣いている赤子、なんと小さく弱弱しいのだろうか。我が子、未だ所々血に塗れ、目は固く結ばれており、小さな口を大きく開けて産声を上げる我が子。その体に目立った問題点はなく、このまま大きくすくすくと育ってほしい。

 ふと思う、やはり、私の跡を継ぐのは男ということか。女であったならばどうしようかと思ったけれども、こうして生まれたのが男であるならば、その考えは杞憂であったということか。しばらくは普通の子供として、そして幾つかからは魔王の子供として、覚えてもらうべきことは覚えて貰わなければ。


 頭が急速に回転し、これからのビジョンというものを描いていく。立てるようになった我が子を抱き上げる私、我が子と共に野を駆ける私、模擬訓練で汗を流す私、中々感慨深いものだ。


「貴方、名前を付けてあげましょう、私たちの子供に」


 ぐるぐると半ば周りが見えなくなっていた思考が、一瞬で現実に引き戻される。声を掛けてきた愛しの君を見て、彼女の奮闘に感謝し、強く強く抱きしめたい衝動に駆られる。


「ありがとう、リーゼ。今日まで、本当にありがとう。感謝するよ」


 深く深く、彼女に向かって頭を下げる。偽りの感謝ではない、これは本心からだ。心から、本当に心からの感謝を彼女に捧げたい。

 彼女と出会ってから、私は最高の日々を過ごすことができた。この人里離れた辺境の地、山奥も山奥、絶境の山頂のこの館まで来てくれて、そして私と愛を誓ってくれた。私はどうしても、どうしても愛おしい、愛おしくない筈がない。私が強く抱きしめてしまえば死んでしまうほど儚げな彼女だが、私では到底与えることのできない幸せな苦痛を耐えてくれた。辛かっただろう、それでも弱音を上げず、私のそばを離れずにいてくれた。彼女の姿に私は感謝をし続けるだろう。


 メイド長は我が子を大事に抱え、産湯につけて体の血を流している。未だ我が妻にはやることがあるけれど、とりあえずは峠を越えたと言ってもいい。消耗はしているけれども、産後は良好だろうと確信する。メイドは柔らかな布を両手に抱え、我が子の体を拭こうと待っていて。

 愛しき妻は感謝を告げる私をじっとその目で見つめている。綺麗な、綺麗な黒い目だ。私の赤い目とは大違いの、澄んだ、澄んだ目だ。そうして彼女の顔を見つめていれば、彼女は何を思うか、ゆっくりとほほ笑む。そうしてその薄く朱の差した唇を開く。


「貴方、名前を、考えましょう?私はいくつか案があるのだけれど、貴方はどうかしら。考えてある筈よね、あんなに楽しみにしていたのだから」

「心配ないさ、私とて考えてある。あとは、意見のすり合わせだな。それよりも、身体は大丈夫か?出産は酷く体力を使うものだと聞いている、無理ならば寝ていいんだ。名前はその後で決めればいい、私はリーゼ、君の体調が心配だ」

「大丈夫よ、心配性よね、貴方。魔王たる貴方が実は心配性なんて、皆が知ったら笑われてしまうかしら」

「御妃様、その点はご安心を。彼が心配性なんてことは昔からの者皆が知っております」

「フリーデ、その言い方はないだろうよ」


 妻に我が子を渡しながらメイド長が放った言葉によって、部屋は大きな笑いに包まれる。お産で疲れているだろうに、愛しき妻も楽しそうに笑う。彼女の快活な笑い方からは、私はいつも元気をもらう。そうして笑いに笑ったあと、彼女と共に名前を考えていく。顔は血色がよく、少しばかり隈があるが元気そうに見える。女性はタフだ、あんなにも弱弱しい姿だというのに、あんなにも弱弱しい種族だというのに、なかなかどうして侮れない。

 時折茶々を入れてくるメイド長に彼女は笑い、私は少しばかり膨れる。新入りのメイドはおろおろと、場の空気を未だつかめていない。まあそうだろう、ただ彼女には大切な仕事があるのだから、居て貰わなければならない。


 会議は紛糾し、中々名前は決まらない。その間も、愛しの我が子は愛しの君の腕の中。いつの間にか眠っていて、柔らかな布の中で満足そうな顔を覗かせている。私たちの希望、将来私の亡きこの魔族を纏めるだろう我が子。未だ片手で握りつぶせそうなほど脆弱に見える我が子からは、何故だかわからないが力を感じる。新たに生まれ落ちた生命の力そのものだろうか、生きようとする意思だろうか、どちらにしても崇高で、気高い力だ。そうだ、彼の名前はこれにしよう。いくつも考えていた名前がすっぽりと抜け落ちて、新たに一つの名前が思い浮かぶ。そうだ、これが適している。


「リーゼ、名前を思いついた。今まで用意していた名前を全て放り投げてしまえるほど、この子にぴったりな名前だ。この子が健やかに育つように、私たちの愛の結晶が強く美しく気高い者になるような願いを込めた名前だ。アーデルベルト、アデル、これでどうだろう」

「ふふっ、凄い期待ね。貴方がそこまで自信を持っていうのだから、私はそれが良いわ。アデル、聞きなさい。アデル、私たちの子、貴方は大事に大事に育ててあげる。アデル、貴方は私たちの希望」

「私とリーゼのように、人と魔族が共に生きる、そんな日々の象徴となるだろう希望」

「愛しい子、愛しているわ」


 彼女はすんなりと名前を受け入れ、そして腕の中の子供を強く強く抱きしめる。我が子は寝ているというのに、名前を呼ばれたと共ににこやかに笑みを浮かべたような、安心したような顔になる。メイド長は隣でにこやかに笑い、メイドも安心した顔つきになっている。まだ若いメイド、新入りだけれどもメイド長の評価は高い彼女。この状況に安心したのだろうか、残念ながら彼女には大事な大事な用件を伝えていない。そのために彼女はこの場違いに感じる様な場所にいるのだ、恐らくはなんとなく予想もついていることだろう。


「クラウ、よく聞け」

「はい、魔王様」


 来るべきときが来た、そんな表情をするメイド。今まで浮かべていた笑みは顔から消え去り、真剣な表情に塗り変えられている。ああ、これならば問題ないだろう。そう判断して、私は口を開く。


「お前はまだ若い、そんなお前がここにいるというからには、お前には大きな大きな仕事がある。予想はついているだろう?若いお前にしかできない仕事だ、私たちでは中々手の届かない仕事だ。私とフリーデではどうも、随分と戦馬鹿になってしまったからな」

「そんなご謙遜を。魔王様は偉大な方でございます。私などより立派にその務めを果たすことができるはずです。しかしながら、私にできることであれば、謹んでその仕事受けさせていただきます」

「そうか、それならばいい。お前に課す仕事は、とても重要なことではあるが、とても簡単なことだ。アデルを頼む、つまりはそういうことだ。リーゼと協力し、アデルを正しい方向に育ててやってほしい。リーゼと私でその役をするのが本来の仕事なのだが、私はなかなか忙しいし、リーゼ一人では辛かろう。フリーデとて暇ではない、それにな、年齢が近いほうが反発はないだろう。上から押し付けられただけでは覚えるものも覚えないし、どこかに心を許す先が必要だ」

「それに魔王様のようなやんちゃな子供だろうからね」

「フリーデ、冗談は止せ。いや、もしかしたらそうかもしれないな。そうであるならば、クラウ、お前の仕事は意外と大変かもしれない」

「その大役、全霊をもって務めさせていただきます」


 うら若き新人メイドが大きく頭を下げる。これならば、問題はないだろう。これならば、彼女もアデルを良い子供に育ててくれるだろう。

 部屋に泣き声が響く、アデルがどうやら起きたらしい。リーゼがゆっくりと揺らし、声を投げかけている。フリーデはその姿をほほえましく見ている、長年の友の肩に手を置いて、私もその姿を見守る。何とも感慨深いものだ、私にこんなにもかわいい息子ができようとは。



 彼女が優しくアデルをあやしているのを見て、ある日の光景を思い出す。あれは私が魔王としてではなく、密かに人里に潜入したときのことだったか。なんとか王都にまでたどり着き、城下町で飯を食っていたときのことだろうか。服に汚れをつけてしまったからと言って冒険者であろう大の大人たちに脅されている三歳ほどの子供がいた。母親は冒険者たちに怯え、返す言葉もなくぺたりと座り込み震えていた。いや、あれは冒険者たちに突き飛ばされたのだと認識したのは、彼女の服装が少しばかり乱れていたからだっただろうか。

 そして子供は泣きだしていて、今にも冒険者たちは殴りかかりそうだった。私はその光景を傍観していて、人間とはなんと浅ましいものと考え込んでいたはずだ。

 たしか、そこに彼女は通りかかった。彼女もお忍びで城下町に来ていたはずだ、そして子供を見て見過ごせなかった。彼女は冒険者たちの前に立ちはだかり、強く強く叱責した。ただそれは冒険者たちにはよろしい対応とは言えなく、彼らは激高し口汚く罵った。それでも尚彼女は一歩も引くことはなく、強い口調と目線を保持したまま立ちはだかっていた。その美しい横顔に、決意を秘めた凛々しい表情に私は一目ぼれをしてしまったのだっけ。

 私が介入すれば、その騒動はすぐに終結を迎えた。両手を上げて逃げ出していく彼らをよそに、リーゼはなく子供をあやしていた。その姿に私はまた惚れたのだ。その光景がフラッシュバックして、暖かな気持ちになる。そしてそれを思い出したからだろうか、私はその時と同じ行動をとる。


「リーゼ、アデルを抱かせてくれないか?」

「どうぞ、貴方。落とさないようにね、首は座っていないのだから、抱き方はこうよ」


 羽毛よりも軽いのではないかと思うほどの赤子を私は彼女から受け取る。リーゼにあやされ、またすやすやと寝始めていたアデル。顔は掌よりも小さく、身体は私の足より少しばかり大きい程度。嗚呼、愛おしい。そう思って胸にゆっくりと優しげに引き寄せようとした瞬間、アデルは大声を上げて泣き始めた。


「貴方、以前もこういうことがあったわね。アデル、いらっしゃい」


 けらけらと笑いアデルを受け取るリーゼ。そうだ、あの時も私が声を掛けた瞬間に酷く泣き出したのだった。笑いをこらえるフリーデ、それを横目に私は顔を赤くすることしかできなかった。

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