思い出話に合わせて
書評ではないのであしからず。
そして内容的にまとまりがない。
『シアター!』 有川浩
有川浩という作家を知ったのはまだつい最近のことで、きっかけは『ダ・ヴィンチ』の一月号だった。有川さんの『図書館戦争』という著作について新井素子さんと藤田直哉さんの記事が載っていて、なんとなく興味を持った。
その興味を持ったままなんとなく本屋に行き、なんとなく買ったのは『塩の街』だった。
読んでみて、素晴らしい作家を知ったと思った。『塩の街』については別のところに記事を書いたので今回は割愛するが、素直に面白かった。そして他の著作も読みたいと思った。
その流れで、たまたま立ち寄った本屋の文庫分のコーナーに置かれていた『シアター!』に出会った。休日である今日、午前中に読み始め、めちゃくちゃ面白いと思った。ページをめくる手が止まらず、つい読み続けてしまった。他にも色々と作業はしていたが、さきほど読み終えたので頭の中に残っているうちに触れておきたいと思う。
この作品は「何かをしたいと思っている大人」に特に響くと思う。それは「何かをしたかった大人」でもいいし、「何かができればいいのに」と思っている子供にも漏れなく響く。
主な舞台となるのは、三百万という負債を抱え解散の危機が迫る小劇団「シアターフラッグ」。主宰である春川巧は、兄である春川司に金の工面を泣きつく。司は金を貸す代わりに、「二年間で三百万を劇団の収益から返済出来ないようであれば、劇団を潰せ」という条件を出す。新たにプロの声優である羽田千歳が劇団に加わることになり、新生「シアターフラッグ」はどうなるのか……というような話。
何よりこの話が響いたのは、僕が「何も持たない」人間だからだろう。「持たない」人間は、常に「持つ」人間を羨ましいと思っている。そこには憧れもあれば、妬みもある。それを表現することもあれば、そんなことには興味はないという態度を取ることもある。それは、仲間になれない自分を認識したくないからに他ならない。
劇団に関わることになった春川司は、社会人としての事務能力を活かして的確な指示を出し、真摯な仕事ぶりで劇団員から頼られる存在になっていく。けれども彼の中では、「自分は作品を作っている人間ではない」という思いがあり、それは「作っている」人物たちのちょっとした会話からも一種疎外感のような意識を度々認識する。もっとも、鉄血宰相というあだ名を付けられることになった彼はその感情を表明しない。
春川司はとても仕事のできる人間に描かれていて、決して「何も持たない」人間ではない。彼が思うのは、共通言語を持ち合わせていない自分だ。それが彼の人間性に共感し、好感を持つ理由かなと思う。
彼は子供の頃から手がかからない、しっかりした子供だと思われていた。そのために、手がかかる弟に比べ、大人からは放っておかれる子供だった。ヒロイン役の羽田千歳も「こいつは大丈夫って思われるの、ときどき寂しいですよ」という発言をしている。
そんな場面に共感したと思うのは、なんだか嫌な気もする。格好付け過ぎな気もする。なぜなら彼らは全面的に「持たない」人間ではない。あくまで「シアターフラッグ」という空間であったり、幼い頃の学校体験であったり、ワークショップで疎外感を感じてきただけかもしれない。
それでも、よくわかると思った。僕が人から聞く自分の印象は、「落ち着いている」、「しっかりしている」、「真面目」。そんなのばっかりだった。そんなこと言われても、ちっとも嬉しくない。もちろん、社会人である今は、その印象が仕事で有利に働くために嫌だとは思わない。でも、ちっとも嬉しくなかった。そんなことしか言われなくて、自分は「つまらない」人間だと心の底から思っていた。
大学生の頃、知り合いから「劇団の舞台監督をやってくれ」と言われた。正直言って、意味のわからない依頼だと思った。なぜ俺を選んだのかと聞くと、「性格が向いてそうだと思ったから。サキスケなら出来る!」と余計に意味のわからないことを聞かされた。でも、「何も持たない」僕はその頃は何でもやってみようという気持ちを持っていた。
演劇の初心者どころじゃない。それまでに演劇を観た回数も三回くらいしかなかったはずで、劇団がどういった体制で運営されているのか全く知らなかった。ただ、「何か」をしたいという思いだけがあった。
取りあえず舞台監督について書かれた分厚い本を買った。読んでみたところ、とてもじゃないが理解が追いつく内容ではないし、とてつもなく責任のある役目だ、と思った。少なくとも、何も知らない者ができるような役割じゃないと思った。結果として何もできなかったと思う。ただ、そのときは「こんな本を買って勉強しようという姿勢を持つこと自体が向いているんだよ、やっぱサキスケは真面目だわ」という声を得た。
一部はよくやったという労いの言葉をかけてくれたが、同時にあいつは何もしなかったという声も聞いた。それが当然の反応だろうとは思う。やってみても、やっぱり自分は部外者だったという思いが強く残った。今にして思えば、浮ついた思いがあるだけで何の努力もしていなかったことが思い出される。
思い出話ばかりが長くなってしまうが、そんなわけでこの作品は今までの何よりも感情移入が強い設定を持っている作品だった。ちなみに、「持つ」「持たない」にスポットが当てられているわけではないので、その点は注意してほしい。これはあくまで、「僕の印象」だ。話は舞台を打つ流れで進んでいくし、そこには他の登場人物たちの心情や恋愛も描かれている。
ただ、この人の作品はやはり相当上手い。難しい言葉を駆使して複雑に、詳細に丁寧に表現することは恐らく誰でもできる。けれども有川さんは簡単でとても柔らかい、読みやすい文章で情景をありありと描き出す。台詞回しも抜群だと思う。この人は本当に凄い。今までに読んだことがなければ是非読むべき。
今あなたは、「何かに夢中になっている」だろうか。そんなことを素直に思い出すことのできる秀作。
もっとも、書きながら同時に「偉そうに夢を語っちゃってさ、夢を持たなきゃいけないの?」なんて台詞を言われたこともあったなと思い出した自分に苦笑いを浮かべるしかできないのだけども。