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押し付けられた仕事って何のこと?

作者: 廃くじら
掲載日:2026/09/13

婚約者に自分の仕事を押し付けるキッズの話を読んで「ん?」と思うこと。

「このエミリアは、こともあろうか身分を笠に着てアイシャ──いえ、ホランド男爵令嬢に執拗な嫌がらせを繰り返し、先日ついに階段から彼女を突き落としたのです! どうしてこのような卑劣な女を王家に迎えることなど出来ましょうか! 父上、どうか婚約を破棄し、エミリアに厳正な処罰をお願いいたします!!」


 王城の謁見の間で第一王子ヨハンが父である国王陛下に対し芝居がかった仕草で訴えていた。周囲の目は一様に冷めきっていたが、ヨハン本人はそれに気づいていない。


 普段は数十人の文官武官が控えている謁見の間は、今は人気も少なくガランとしていた。この場にいるのは国王陛下と第一王子、そして王子の婚約者エミリア・セシル侯爵令嬢とその父親のセシル侯爵、後は私を含めた文官が三名と近衛兵が二名だけ。


 私は王宮に仕える下級文官。名も無き木っ端役人とでも認識して下されば結構。この茶番劇の立会人だ。


 国王陛下は王子の訴えを受けて侯爵令嬢に訊ねた。


「倅はこのように言っておるが、どうかなエミリア嬢? 貴女はホランド男爵令嬢に嫌がらせをしていたのかな?」


 エミリアはキッパリと言った。


「事実無根です陛下」

「嘘を吐くな、エミリア! 貴様はアイシャが私と親しくしていることに嫉妬してかような暴挙に及んだのであろう!!」


 王子は顔を真っ赤にして叫んだ。


 改めて説明するまでもないことかもしれないが、これは第一王子が婚約者セシル侯爵令嬢を断罪し彼女との婚約を破棄せんとする裁判の場である。訴えの内容はセシル侯爵令嬢のホランド男爵令嬢に対する嫌がらせと暴行。


 ちなみに王子は当初この訴えを学園の卒業パーティーで大々的にするつもりだったが、それは周囲の人間の密告により防がれ、こうして非公式の裁判として処理されている。王家の恥を大々的に晒さずに済んで家臣一同ホッとした。


 それはさておき、王子の主張に対しセシル侯爵令嬢は落ち着いていた。


「それは下衆の勘繰りというものです。確かに殿下に対し、未婚の令嬢との過度な接触は慎むべきだと忠告は致しましたが、それを以って嫉妬だなどと言われてはたまりませんわ」

「ええいっ、黙れ黙れ! 貴様はそういうところが可愛げがないのだ! 口を開けば厭味か仕事の話ばかり! 少しはアイシャを見習ったらどうだ!!」


 王子の主張はただの子供の癇癪だったが、国王陛下を含め大人たちは黙ってそれを見つめる。


「本来殿下がご自分でなさるべきお仕事を私が代行しているのですから、仕事の話題が多くなるのはやむを得ないことでしょう。まして私に仕事を押し付けて出来た時間でホランド男爵令嬢と浮気をされていたのでは、厭味の一つも言いたくもなります」


 セシル侯爵令嬢の言葉に王子は図星を突かれたのか顔をカッと紅潮させた。


「っ! アイシャとはあくまで学友として親しくしているだけだ! 証拠もなく出鱈目を言うな!!」

「出鱈目、ですか……」


 セシル侯爵令嬢が失笑する。確かに浮気について物的証拠などありはしないが、王子とホランド男爵令嬢が男女の仲だということは関係者の間では公然の秘密。誤魔化せると思っているなら確かに失笑ものでしかあるまい。


 周囲の反応に気づいた様子もなく王子はさらに続けた。


「それに貴様がどう誤魔化そうと複数の学友が貴様がアイシャに嫌がらせをしたところを目撃している! 言い逃れは出来んぞ!!」


 王子の言葉にしかしセシル侯爵令嬢は全く動揺しなかった。


「殿下の訴状には予め目を通させていただきましたが、その目撃者というのは皆ホランド男爵令嬢と親しくしている殿方ばかり。全く信憑性に欠けますわね」

「何だとっ!?」


 反応を見る限り、どうやら王子はホランド男爵令嬢が複数の男子生徒と関係を持っていたことに気づいていなかったらしい。


「そもそも私は王宮での執務が忙しく、ホランド男爵令嬢になど関わっている暇はありませんの。その突き飛ばされたという日も一日中王宮に詰めていましたので、私に犯行は不可能ですわ。王宮に勤める皆様方が証人です」

「っ!?」


 王子は目を丸くして私たち文官に視線をやる。その日、セシル侯爵令嬢に付き合わされていた私は無言で首を縦に振った。


「そんな……アイシャが嘘をついたと……?」


 王子は愕然とした様子で呻く。即オチにもほどがあると呆れてしまったが、この分だと悪意を以って婚約者に冤罪をなすりつけようとしていた訳ではないらしい。国王陛下はそのやり取りを見て口を開いた。


「どうやら結論は出たようだな」

「っ!」


 王子は顔を引き攣らせて国王陛下を見るが、言い訳の言葉も出てこない。陛下は言った。


「件のホランド男爵令嬢と彼女の協力者については別途調査の上で処分を行うが、ヨハン、お前の訴えに関してはこの場で裁定を下そう」


 王子がゴクリと生唾を呑み込む。


「セシル侯爵令嬢にかけられた嫌疑は事実無根。第一王子ヨハンが色に溺れ不確かな情報に踊らされたことは王族としての資質に疑問を抱かざるを得ない。よって学園卒業後に予定されていた立太子は見送るものとする」

「…………」


 廃嫡は無しか。温情ではあるまい。王家直系の男児は第一王子と第二王子の二人だけ。今回の裁定は事実上の継承順位繰り下げだが、三歳年下の第二王子にも問題がないとは言い切れない。第一王子にも一応、保険として芽は残しておくといったところだろう。


 陛下の裁定は続いていた。


「また第一王子ヨハンとセシル侯爵令嬢との婚約については両者有責による解消。ただし表向きは合意による解消とし、詳しい事情は伏せるものとする」

「な……っ!?」


 セシル侯爵令嬢が両者有責という言葉に反応して信じられないと言った顔をした。


 国王陛下は彼女を無視しセシル侯爵に視線を向けて言った。


「セシル侯爵。それで構わぬな?」

「御意」


 セシル侯爵は不満など微塵も感じさせぬ表情で深々と頭を下げた。


「ま、待ってください、陛下!!」


 セシル侯爵令嬢が慌てて声を上げる。裁定の場で陛下の許可も得ず発言するなどあってはならないことだ。セシル侯爵は慌てて娘を黙らせようとしたが、国王陛下はそれを「構わぬ」と片手を挙げて制し、侯爵令嬢に言った。


「何かな、エミリア嬢?」

「両者有責とは一体どういうことでしょう!? 私は将来の王子妃として職務に励み、王家に貢献してきました!! 一体私に何の過失があると言うのでしょうか!?」


 彼女の認識ではそうなのだろう。


 焦るセシル侯爵に国王陛下は目で「気にするな」と語り掛け、穏やかな表情で言った。


「エミリア嬢。職務と言うが、そもそも君は王子妃、あるいは王妃にとって一番大切な役割とは何だと思うかね?」


 問われてセシル侯爵令嬢は一瞬目を瞬かせた。


「え? それは、王家の一員として国を富ませ──」

「違う」


 国王陛下は侯爵令嬢の言葉をキッパリと否定した。


「無論、そうした意識は大切だが、王子妃や王妃にまず一番に求められるのは夫婦関係を円満なものとし、後継者を産み育てることだ。それ以外の仕事は妃でなくとも替えが利く。こう言っては語弊があるかもしれないが、政務などは二の次で良いのだよ」


 陛下の言葉は決して侯爵令嬢を軽んじているわけではない。血を繋ぐことは王族にとって最も大切な仕事の一つ。王族の婚姻とはその為にあるのだ。


「しかるにエミリア嬢はその役割を果たしていただろうか? 倅との交流を十分に図っていた、あるいは図ろうとしていたと言えるかね?」


 国王陛下は穏やかに問い質す。侯爵令嬢は一瞬戸惑った表情を見せるも、すぐに言い返した。


「た、確かに殿下と十分な交流が図れていたとは言えないかもしれません。そのことがホランド男爵令嬢が殿下に近づく隙を生んでしまったと仰られるのであればその通りでしょう。ですがそれは殿下から仕押し付けられた仕事が忙しく──」

「その押し付けられた仕事とは一体何のことかな?」

「──え?」


 国王陛下の言葉に侯爵令嬢は目を瞬かせた。陛下は苦笑して続ける。


「仕事とは言うが、私は倅に本格的な仕事を任せたつもりはない。王族とはいえ学生で、経験も能力も立場も備えているとは言えないからね。政務の流れを知るため決裁書類に目を通し、気になったことや意見があれば書面で提出するように指示は出したがそれだけだ。エミリア嬢がそれを代行したとて、婚約者との交流に支障が出るほど多忙になるとは思えぬのだがね?」

「…………」


 侯爵令嬢は言葉に詰まった。


 ヨハン第一王子が特別優秀だというなら話は別だが、そうではない未熟な子供に本格的な政務を任せる者などいはしない。まして王族であれば補佐する人間も当然いるし、わざわざ婚約者が代行しなければならない仕事など何もなかった。


 侯爵令嬢は押し付けられたと言ったが、実際には政務に興味を持った彼女が王子に口出しし、怒った王子が彼女に仕事を放り投げたと言った方が正しい。そして彼女はそれを拡大解釈した。


 侯爵令嬢は陛下に反論した。


「わ、私はこの国の発展を願い、絹織物のブランド化と養蚕業への支援事業を立ち上げました!」

「ああ、エミリア嬢が提案し、実現したアレだね。事業が最近黒字化したと報告を受けているよ」


 陛下の言葉を勘違いしたのか、侯爵令嬢は胸を張って続けた。


「そうです! 私は国家に貢献する為、より積極的に──」

「そんなことをしてくれと誰か君に頼んだかね?」

「──え?」


 国王陛下の冷めた言葉に侯爵令嬢は言葉を失った。


「論点がズレているよ。私は倅が君に押し付けた仕事とは何かと聞いているのだ。それは君が勝手に作った仕事だろう?」

「勝手……で、ですが実際にこの事業は成果を挙げて──」

「それは将来の王子妃に恥をかかせるわけにはいかないと、そこにいる文官たちが寝食を忘れて事業に取り組んだ成果だよ。決して君の拙い思い付きによるものではない」


 国王陛下の勿体ないお言葉に私たちは深々と頭を下げた。


 呆然とする侯爵令嬢に、陛下は呆れの滲んだ声音で言った。


「セシル侯爵は君に何度も警告していた筈だ。政務ごっこにのめり込む暇があれば、王家の婚約者としての役割を果たすように、と」

「ごっこ……」


 陛下の言葉は子供に対して些か厳しくはあったが、我々文官の想いを代弁したものでもあった。あまりこんなことは言いたくないが、これなら親の脛を齧って遊び惚けてくれていた方がまだマシである。


「今回の一件、倅の振る舞いが一番の問題であったことは言うまでもない。だがエミリア嬢、君も婚約者としての役割を放棄し、自分の興味関心や功名心を優先した。周りが何度も警告していたにも関わらずだ。それは罪とまでは言えないが、セシル侯爵からの申し出もあり有責とさせてもらった」

「お父さまが……?」


 侯爵令嬢は傍らに立つ父を呆然と見上げた。


「君の熱意が間違っていたとは言わん。だがそれは求められる役割と責任を果たした上で取り組むべきことだった。父君が泥を被った意味も含めて、自分の行動が周りに与える影響についてよく考えるように」


 陛下は大人としてそう締めくくった

普通、ガキンチョに大切な仕事とか任せないよねって話。


なお、有責といっても侯爵令嬢に実害はなく、父親の侯爵が勘違いした娘の鼻っ柱を折るために国王に頼んでそういう建前にしてもらっただけ。


国王も国王で息子の行状は早くから把握して問題視していたが、一度痛い目に遭わせるべきと判断して放置していた。


現実社会で女性は仕事ではなく子供を産んで育ててればいいと主張する意図はなく、こういうファンタジーの価値観だとそうなるよね、って話です。

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