予約済み
短編です
妻には予知能力があったんじゃないかと、未だに思う。
天気の良い日に傘を持たされた時は、ついに頭まで?と思ってしまったが、帰りに突然の雷雨。おかげで濡れずに済んだ。帰ってありがとうと伝えると、妻は「私の言う通りだったでしょ?」といたずらっぽく笑う可愛らしい人だった。
妻は、娘が10歳の頃に、病気になって、5年ほど闘病生活を続けていた。落ち込む俺と娘をよそに、妻だけは明るかった。
娘が高校に上がるころ、制服姿を病室で見て、医者が止めに来るほど大喜びしていた。あの頃にはもう、彼女は満身創痍だったはずなのに、そんなことを微塵も感じさせない笑顔で俺と娘を安心させてくれるような、強い女性だった。だからかな、娘も俺も、妻はきっと病気を克服して、家に帰ってくるんだろうと、ずっと思っていた。
でも人生はそううまくいかないモノだ。
病状が悪化して、あっけなく。医者も驚くほど、順調に進んでいたのに、急に、と。もう手の施しようがなかったと。そう言われた。
俺と娘は急に二人ぽっちになってしまった。
娘は妻が入退院を繰り返している間から、自分のことは自分でやる、手のかからない子だった。だから俺も、仕事に打ち込めたんだけど、きっとすごくつらい寂しい想いをしていたと思う。時々は、旅行に行ったりして、気分転換をしてやろうと連れ出したこともあるけど、やっぱりどこか、寂しいという表情が抜けなかった。俺も同じ気持ちだから、なんと声をかけて良いやら。
でも娘が二十歳になるまでは、独り立ちするまでは、俺が、娘の支えにならなくては。そんなことをずっと考えていた気がする。
娘は大学へ行き、19歳になった頃、振袖が必要なことを思いだした。近所の呉服屋で金額を見て驚く俺に、娘は「私、成人式行かないから大丈夫だよ」なんて言ってくれた。悔しかった。娘にそんな思いをさせてしまうことが情けなかった。
落ち込んだまま家に帰ると、宅急便で振袖が届いた。送り主の呉服屋に電話をかけると「奥様からご予約いただいてます」と。娘が今好きな色、柄の振袖に、娘は泣いて喜んだ。
俺は急いでヘアサロンに予約を取って、成人式の日に休みを取った。渋い顔をする上司の胸ぐらをつかみたい気持ちをグッと堪えて、妻のような笑顔を浮かべて何とか有休をもぎ取った。
娘の姿はとても綺麗だった。あの頃の妻にも似ているし、それ以上に綺麗だなんて言ったら、きっと妻は笑って「まぁ、娘ならいいわ!」なんて言うんだろうな。娘が成人して、コレでようやくひと段落。肩の荷が一つ降りたような心持だった。
成人式を終えた時、携帯に電話がかかってきた。
「奥様からご予約をいただいております」
丁寧な日本語を使う電話口の男は、有名ホテルのレストランの人間だった。
娘と二人分のコース料理を予約してあるんだとか。普段の服装なら場違いだけど、今日はスーツと振袖だから、入店も難なくクリア。こんな高価な店は初めてで、妙に緊張してしまう。娘は母親からのプレゼントだと大喜び。
ドキドキの高級レストランでの食事に少しだけ慣れてきたころ、デザートと一緒に、ウェイターが手紙を持ってきた。
娘当てだろうと思っていたけど、どうやら俺に向けた手紙もあるようで、なんだか気恥ずかしい気がした。
[娘ちゃんを一人で育ててくれてありがとう。お疲れ様。一生あなたと一緒にいるつもりだったけど、私、カミサマに好かれてたみたい。先にあっちの様子見ておきます。あなたはできるだけゆっくり、牛歩で来ること!最速で来たら許さないから!
娘ちゃんのイベント事は、これからもまだまだ続くから、二十歳が区切り、なんて思わないでね。65歳の定年、おめでとう。あなたの人生も楽しみつつ、娘ちゃんの事、ちゃんと見届けてね]
妻はやっぱり予知能力の持ち主だと思う。
——娘が二十歳になったら、君の元へ——
行きたかったんだけどなぁ。




