秋来ぬと
8月。うだるような暑さが続く日々のなか、大学生・美代はクーラーの効いた部屋で、とても静かに、しかし胸をどきどきさせながらスマホを開いていた
『金曜日に贈る和歌』
ネット上で見つけたそのサービスを知った瞬間、美代の心は弾けた
美代(だって……金曜日になると、私宛に、和歌が届くんだよ?しかも手紙で……!こんなの好きに決まってるじゃん……!)
美代は小さいころから手紙が好きだった
修学旅行のしおりにまで手紙を書き込み、文房具屋でレターセットを見かければ必ず買い、ペンを使うたび“この色なら誰に送ろうかな”と考えるタイプだ
だから、送信フォームに入力しながら、胸の奥がそわそわしてはじけそうだった
“手紙が大好きです。素敵な和歌をお願いします”
送信した瞬間、どこかくすぐったい幸福感に包まれた
ーーーそして金曜日
大学帰りにポストを開いた美代は、柔らかな黄色の封筒を見つけ、文字通り跳び上がった
美代「きた……っ!!」
部屋に駆け戻り、そっと封を開く
出てきたのは、落ち着いた蘇芳色の一筆箋。まるで涼風を宿したように、黒い筆文字が静かに漂っている
秋来ぬと目にはさやかに見えねども
風の音にぞおどろかれぬる
美代「……きれい……」
意味を調べると、古今和歌集の秋の歌
“風の音”から秋の気配に気づく、繊細な感性の歌だと知り、じんわり胸が温かくなった
美代「確かに、暦ではもう秋なんだよね……。なんか、いいなぁ。こういうの……」
その日は、一筆箋を眺めながら過ぎていった
ーーーそして数週間後
夏休みの終わり、残暑はまだ厳しい
大学への道を歩いていた美代の頬を、ふいに柔らかい “風” がかすめた。
さわ……さわ……
美代「……え?」
蝉の声が遠くなり、代わりに風の音が耳に残る
暑さの中に、ほんの少しだけ、秋の涼しさが混じっていた
美代「あ、今の……秋の風だ……」
心の中に、ふっと歌がよみがえる
“風の音にぞ、おどろかれぬる”
美代「……これ……めちゃくちゃ素敵じゃん……!」
自分の世界が、ふいに広がった気がした
“季節が変わる瞬間”がこんなに綺麗だって、初めて知った
その日はずっと上機嫌で過ごし、帰宅するとすぐにスマホを開いた
美代「よし……また応募しよ。次はどんな和歌が届くんだろ……!」
ワクワクしながらフォームを開く
金曜日が、いつもよりずっと待ち遠しく感じられた
・和歌
秋来ぬと目にはさやかに見えねども
風の音にぞおどろかれぬる
(古今和歌集 藤原敏行)




