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金曜日に贈る和歌  作者: 朝凪


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12/13

しのぶれど

3月上旬。街は春の訪れでどこか華やいでいた

市立図書館で働く司書の美咲には、最近ひとつだけ困っていることがあった

同じ図書館で働く年上の司書・榊原のことを、どうやら好きになってしまったのだ

榊原は口数こそ多くないが、古い本の扱いが驚くほど丁寧で、利用者にも穏やかに接する人だった。返却された本のページをそっと撫でる指先や、季節の展示を考える時の静かな横顔を見るたび、美咲の胸はふわりと騒ぐ。けれど職場恋愛なんて気まずいし、何より美咲自身がとても恥ずかしがり屋だった


(絶対にばれたくない……)


そう思って普段通りを装っているのに、最近やたら同僚たちに顔を覗き込まれる


「村井さん、今日なんだか機嫌いいですね」

「その展示、榊原さんに褒められた?」

「……もしかして、好きな人できました?」


図星すぎて、美咲はしどろもどろになるばかり

恋を隠しているつもりなのに、どうやら全然隠せていないらしい

そんなある日、昼休みに親友から送られてきたメッセージに“金曜日に贈る和歌”のリンクが貼られていた


『あんた、顔に出る恋してるから』

「………そこまで私って、分かりやすいのかな」


とりあえず、美咲はそのサイトを開いた

入力フォームを前に、どうやって書こうかと頭を悩ませる

そして、やっと文章を絞り出した


“職場に好きな人がいます。誰にも知られたくないのに、周りには気づかれているみたいです。恋って、こんなに隠せないものなんでしょうか”



ーーその週の金曜日

図書館から帰宅した美咲のもとに、やわらかな桜色の封筒が届いた。中には白い便箋と、淡い紅を思わせるインクで書かれた1首



しのぶれど色に出でにけりわが恋は

ものや思ふと人の問ふまで



意味を調べた美咲は、しばらく固まったあと、真っ赤になってクッションに顔を埋める


「……やっぱり、出てるんだ……!」


けれど、恥ずかしさのあとに、じわじわとおかしさが込み上げてくる

千年以上も前に詠まれた歌に、今の自分がそのまま映っている。恋を隠せず、周りに見抜かれてしまう人は昔からいたのだと思うと、少し肩の力が抜けた

そして美咲は、もうひとつのことに気づく

“隠せないほど好きになっている”という事実は、みっともないことではなく、むしろ自分の心が本物だという証なのではないか、と


翌週、美咲は春の特集棚に“恋の和歌の本”をさりげなく並べてみた

その作業を見た榊原が、「その並び、いいですね」と穏やかに微笑む

美咲はどきりとしつつも、以前より少しだけ自然に答える


「……ありがとうございます。春なので、少しだけ“色が出る本”を集めてみました」


榊原は一瞬だけ不思議そうにしたあと、並んだ本の一冊を手に取る

そこには、あの和歌が載っている

ページを開いた榊原が、ふっと笑う


「なるほど。たしかに、春向きですね」


その横顔を見て、美咲の頬はまた少しだけ熱くなる

でも今度は、隠そうとしすぎなかった

恋はたぶん、隠すものというより、少しずつ育てていくものなのだ

春の光が差す図書館の棚の前で、美咲は恋が色づき始めているのを感じるのだった




・和歌

しのぶれど色に出でにけりわが恋は

ものや思ふと人の問ふまで

(平兼盛 拾遺和歌集)

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