表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/12

第7話

朝、目を開けて最初に思った。


今日は、ちょっとだけ空気が重い。


重いと言っても、息が詰まるほどじゃない。靴の底に小石が一個挟まってる、くらいのやつだ。歩けるけど、気になる。


「気になるって時点で、

 もう負けてる気がするんだよな」


誰にともなく言って、起きる。


水を飲む。今日も水は優秀だ。裏切らない。人間もこれくらい安定してほしい。


外に出ると、昨日より明らかに視線が多い。


多い、というより、減っていない。


「あー……これ、

 消えると思ってたやつだ」


噂は時間が経てば薄まる。

薄まると思っていた。


でも今日は、薄まる前に一段階変わっている。


見る側の目が、

「興味」から「確認」に変わっている。


「確認って、

 面倒くさいやつだな」


市場の前を通ると、会話が途切れる。


完全に止まるわけじゃない。

音量が一段落ちる。


「あ、はいはい」


小声で言う。


「俺、話題の一部になってるっぽい」


別に声をかけられるわけじゃない。

指をさされるわけでもない。


ただ、

「通った」

という事実が、会話の節目になる。


「昨日まで無関係だったのに、

 今日は関係者扱いか」


関係者ってほどのこと、何もしてないんだけど。


商店の前まで来ると、ミアが扉を拭いていた。朝の光が当たって、黒髪がやけに柔らかく見える。


視線が集まる。

本人は気づいていない。


「おはよー」


カイルが声をかけると、ミアが顔を上げた。


「おはようございます」


いつも通りの声。

それだけで、少し安心する。


「今日は外からなんだ」


「朝のうちにやっておかないと、

 後で手が回らなくなるので」


「計画的だなあ」


「普通です」


普通、という言葉を信じると、大体裏切られる。でもミアの場合、本当に普通だ。


「今日は暇?」


ミアが布を畳みながら聞いてくる。


「いまのところは、いいなぁ」


自分でも、ちょっと軽すぎると思う。でも軽く言っておかないと、重くなりそうだった。


「良くないですよ」


「でも忙しいと、

 暇な時間が恋しくなるでしょ」


ミアは一瞬考えてから、視線を逸らした。


「……それは、そうですけど」


その間が、周囲の視線をさらに引き寄せる。


「あー……」


小さく息を吐く。


「今日も、

 よく見られてるな」


「え?」


「いや、独り言」


店に入ると、昨日までいなかった客がいる。見覚えのない顔。冒険者っぽい。


視線が合う。

すぐ逸らされる。


「露骨だなあ」


水とパンを取って、カウンターに置く。


「最近、外が騒がしいですね」


ミアが言う。


「うん。

 昨日のやつ、まだ生きてる」


「怖くないですか」


「怖いって言葉、

 便利だからね」


「……怖くないんですか」


「怖くないわけじゃないよ」


一拍置いて、肩をすくめる。


「ただ、

 怖がっても暇は埋まらない」


ミアは納得したような、していないような顔をした。


会計を済ませて外に出る。


今度は、完全に視線を感じる。


二つ。

三つ。

四つ。


「あ、増えてる」


増えている、という事実を確認してしまった時点で、もう元には戻らない。


「まあ、

 見られる分には減るものもないし」


減らないけど、増える。


通りを歩いていると、声をかけられた。


「なあ」


振り返ると、昨日見た冒険者の一人だ。


「この辺、

 詳しい?」


詳しい、という言葉の使い方が雑だ。


「そこそこ」


「昨日の街道の件、

 何か知らないか」


知らない、と言えば終わる。

終わるけど、終わらない。


「知らない」


即答する。


「そうか」


冒険者は引き下がった。

でも、目は引き下がっていない。


「……ああ」


歩き出しながら思う。


「これ、

 始まっちゃったやつだ」


始まるほどのことは、何もしていない。

していないのに、始まる。


「面倒だなあ」


本音が出る。


木陰で立ち止まり、空を見上げる。

今日の空も、曇り。


「変わらないものって、

 減ってくな」


誰に聞かせるでもなく、言う。


それでも、歩く。

止まったら、もっと見られる。


「まあ、

 暇じゃなくなるよりは、

 マシか」


そう言って、笑ってみる。


笑った顔が、

ちゃんと「いつもの顔」に見えているかどうかは、

自分では分からない。


でも少なくとも、

まだ声は軽い。


「あー……」


いつもの言葉を出す。


「暇だぁ」


でも今回は、

誰かに聞かれていた。


それが分かった瞬間、

カイルは少しだけ、歩く速度を上げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ