ラウンド4:結果で測る政治
(スタジオの照明が再び明るくなる。だが今度は、より鋭く、より強烈に4人の対談者を照らし出す。長い議論を経て、彼らの表情には疲労が見えるが、同時に最後の戦いへの覚悟も宿っている。チャーチルは葉巻を咥え直し、ビスマルクはビールの最後のジョッキを手にし、スターリンはパイプを強く握り、ルイ14世は扇子を膝の上で固く閉じている)
あすか:(中央に立ち、クロノスを高く掲げる。背後の画面に、各指導者の統治期間の年表が映し出される)「最終ラウンドです。これまで、理念を、信念を、哲学を語ってきました。しかし——」
(画面をスワイプすると、統計データが次々と表示される)
チャーチル在任期間の大英帝国
・第二次世界大戦:勝利
・1945年選挙:敗北
・植民地:次々に独立、帝国縮小
ビスマルク在任期間のドイツ
・ドイツ統一:成功
・社会保険制度:世界初の導入
・解任後20年:第一次世界大戦勃発
スターリン統治期間のソ連
・工業化:農業国から工業大国へ
・第二次世界大戦:ナチス撃破
・大粛清:推定数百万人が犠牲
・死後38年:ソ連崩壊
ルイ14世治世のフランス
・在位期間:72年(史上最長級)
・ヴェルサイユ宮殿:完成
・財政:破綻寸前で死去
・死後74年:フランス革命
あすか:「結局のところ、政治は結果で判断されます。理想がどれほど美しくても、現実が伴わなければ意味がない」
(4人を鋭く見渡す)
あすか:「では、問いましょう。あなたたちの統治は——理想的だったと言えますか?」
ルイ14世:(立ち上がり、扇子を開く。しかしその動きには、以前ほどの優雅さがない)「朕の治世は空前絶後の栄光でした」
(声に力を込めて)
ルイ14世:「ヴェルサイユ宮殿——世界中の王が羨む建築の傑作。フランス語はヨーロッパの共通語となり、フランス文化は大陸を席巻しました。芸術、音楽、演劇、すべてが黄金期を迎えたのです!」
ビスマルク:(冷たく)「で、その栄光は誰のためのものだった?農民は重税に喘ぎ、戦争に次ぐ戦争で国土は疲弊した」
ルイ14世:(顔を赤くして)「国家の偉大さには犠牲が伴います!ヴェルサイユは、フランスの威厳を示すために必要だったのです!」
チャーチル:(立ち上がって)「威厳?その威厳は、農民の血と汗で築かれた虚飾だ。陛下の豪華な舞踏会の裏で、民衆は飢えていた」
ルイ14世:(必死に)「だが文化は残りました!今日まで、人々はヴェルサイユを訪れ、朕の時代を称賛します!」
スターリン:(冷徹に)「観光名所として、だ。政治的遺産としてではない」
ルイ14世:(言葉に詰まる)
あすか:(静かに)「ルイ14世、正直に答えてください。もし統治をやり直せるとしたら——何を変えますか?」
ルイ14世:(長い沈黙の後、扇子を閉じて座る)「...財政。もう少し...倹約すべきだったかもしれません」
(小さな声で)
ルイ14世:「だが、芸術への投資に後悔はありません。美は永遠です。政治は朽ちても、美は残るのです」
あすか:「ビスマルクさん、あなたはいかがですか?」
ビスマルク:(ビールを飲み干し、ジョッキを置く)「私の成果は明白だ。ドイツ統一——これは私の生涯最大の業績だ」
(立ち上がり、力強く語る)
ビスマルク:「1871年、バラバラだったドイツ諸邦を一つにまとめた。三つの戦争——デンマーク戦争、普墺戦争、普仏戦争。すべて短期間で決着をつけ、犠牲を最小限に抑えた」
チャーチル:(挑戦的に)「戦争で統一を成し遂げた。血で築いた国家だ」
ビスマルク:「当然だ。外交だけでは統一できなかった。だが無駄な戦争はしなかった。目的を達成したら、すぐに和平を結んだ。これが現実主義だ」
(テーブルを指で叩く)
ビスマルク:「さらに、社会保険制度。医療保険、労災保険、年金——世界で初めて導入した。労働者を守り、社会主義革命を防いだ」
スターリン:(皮肉を込めて)「労働者を守った?懐柔しただけだろう。本当の解放ではない」
ビスマルク:(即座に)「だが貴公の『解放』は、何百万を強制収容所に送った。私の方法で、ドイツの労働者は平和に暮らせた」
あすか:「しかし、あなたの死後20年で第一次世界大戦が起きました」
ビスマルク:(表情が曇る)「...それは後継者たちの愚かさだ」
(しばらく沈黙し、深く息を吐く)
ビスマルク:「いや、正直に言おう。それは——私の失敗だ」
(全員が驚いてビスマルクを見る)
ビスマルク:「私は強力な制度を作った。だが、それを運用できる人材を育てなかった。私に依存しすぎたシステムは、私がいなくなれば崩壊する。これが私の最大の過ちだった」
チャーチル:(静かに)「...それを認めるとは」
ビスマルク:「現実主義者だからな。失敗は失敗だ。言い訳はせん」
あすか:「スターリンさん。あなたの統治は、最も論争的です」
スターリン:(パイプから煙を吐き出し、ゆっくりと立ち上がる)「論争?結果を見ろ」
(低く、だが力強く語る)
スターリン:「1928年、ソビエトは農業国だった。農民が木製の鋤で畑を耕していた。1953年、私の死の時——ソビエトは核兵器を持つ超大国だった」
(画面にソ連の工業化のデータが表示される)
スターリン:「5カ年計画で、重工業を建設した。ナチス・ドイツの侵攻を撃退し、ベルリンを陥落させた。戦後は東欧に社会主義圏を築き、宇宙開発で世界の先頭に立った。これが結果だ」
チャーチル:(立ち上がり、激しく)「その結果のために何人が死んだ!?ウクライナの飢饉で300万!大粛清で何百万!強制収容所、処刑、拷問——!」
スターリン:(表情を変えず)「革命には犠牲が伴う」
チャーチル:(怒りで震える)「犠牲だと!?貴公は人間を数字としか見ていない!」
スターリン:(冷たく)「では聞こう、チャーチル。貴公はドレスデン爆撃を命じた。何万の民間人が死んだ?広島と長崎の原爆投下を支持した。それは『必要な犠牲』ではないのか?」
チャーチル:(言葉に詰まる)「それは...戦争を終わらせるために——」
スターリン:「私も同じだ。社会主義を守るために、工業化を成し遂げるために、犠牲が必要だった」
ビスマルク:(両手を広げて)「ほら、また同じ論理だ。目的のために手段を正当化する」
スターリン:(ビスマルクを見る)「貴公も戦争で何万を殺した」
ビスマルク:「その通りだ。だが私は、それが『正義』だとは言わない。必要だったと言うだけだ」
あすか:「スターリンさん、しかし——ソビエト連邦は崩壊しました」
(スターリンの表情が、初めて大きく変わる)
スターリン:(低く、抑えた怒りを込めて)「...後継者たちが道を誤った」
(拳を握りしめる)
スターリン:「フルシチョフの修正主義、ブレジネフの停滞、ゴルバチョフの裏切り。彼らが革命を売り渡したのだ」
ルイ14世:(小さく)「後世のせいにするのは...朕と同じですね」
スターリン:(ルイ14世を睨む)「...」
あすか:「では、もし統治をやり直せるとしたら?」
スターリン:(長い、長い沈黙。その目には、何か複雑な感情が渦巻いている)「...方法は、変えられたかもしれん」
(全員が息を呑む)
スターリン:「だが、目標は正しかった。平等な社会、搾取のない世界——これは正しい理想だ」
あすか:「チャーチルさん、あなたの番です」
チャーチル:(立ち上がり、葉巻を手に持つ。その手が微かに震えている)「私の結果?イギリスは自由を守り抜いた」
(声を強めて)
チャーチル:「1940年、ヒトラーのナチス・ドイツがヨーロッパを席巻した。フランスは陥落し、イギリスは孤立した。誰もが降伏を勧めた。だが私は——戦うことを選んだ」
(画面に、ロンドン空襲の映像が流れる)
チャーチル:「『血と汗と涙』を国民に約束した。甘い言葉ではなく、厳しい現実を。そして国民は応えてくれた。5年間の苦闘の末、我々は勝利した」
スターリン:(冷たく)「我々の助けを借りてな」
チャーチル:(認める)「...その通りだ。貴公のソビエトも戦った。アメリカも参戦した。一国だけでは勝てなかった」
ビスマルク:「で、その勝利の直後——貴公は選挙で負けた」
チャーチル:(苦笑する)「そうだ。1945年7月。私は国を救った英雄だったはずなのに——国民は労働党を選んだ」
ルイ14世:「なんと...恩知らずな」
チャーチル:(首を振る)「いや、それが民主主義だ。国民は戦時のリーダーではなく、平和を築くリーダーを求めた。それが彼らの選択だ」
あすか:「それを受け入れられましたか?」
チャーチル:(深く息を吐く)「...正直に言えば、悔しかった。怒りさえ感じた。だが——」
(葉巻を見つめる)
チャーチル:「それでも、私は民主主義を信じる。どんなに苦しくても、国民の判断を尊重する。それが民主的指導者の責務だ」
あすか:「しかし、帝国は崩壊しました。インド、アフリカ、アジア——次々と独立しました」
チャーチル:(明らかに痛みを感じている)「...それは...私にとって最も辛いことだった」
(座り、顔を手で覆う)
チャーチル:「私は帝国主義者だった。大英帝国の維持を信じていた。だが時代は変わった。植民地の人々は自由を求めた」
あすか:「もし統治をやり直せるとしたら?」
チャーチル:(顔を上げ、目に涙が光っている)「インドだ。もっと早く独立を認めるべきだった。ベンガル飢饉——あれは私の責任だ」
(声が震える)
チャーチル:「だが当時の私には...見えなかった。帝国の栄光しか見えていなかった。今なら理解できる——自由は、イギリス人だけのものではないと」
あすか:(4人を見渡す。彼らの表情には、疲労と同時に、何か深い感情がある)「皆さん、正直に語ってくださいました。では——最後の質問です」
(クロノスを高く掲げる。画面に大きな問いが浮かび上がる)
「もし今、21世紀の現代に転生するとしたら——自分とは違う体制を選ぶとしたら、どれを選びますか?」
(4人が驚きの表情を見せる。この質問は完全に予想外だったようだ)
ルイ14世:「朕が...絶対王政以外を?」
あすか:「ええ。自分の体制の限界を見つめた今——他の体制から学べることはありませんか?」
(長い沈黙)
チャーチル:(最初に口を開く)「...ビスマルクの現実主義、かもしれん」
ビスマルク:(驚いて)「ほう?」
チャーチル:「理想だけでは国は守れない。私はそれを学んだ。時には冷徹な決断も必要だ。感情に流されず、現実を見つめる——貴公のその能力は、認めざるを得ない」
ビスマルク:(しばらく沈黙し、うなずく)「...私は、民主主義の『正統性の移譲』だな」
(全員が驚く)
ビスマルク:「私の死後、システムが崩壊した。なぜか?権力の平和的移譲の仕組みがなかったからだ。選挙という制度は——意外に重要だ」
スターリン:(渋々、低く)「...社会保険制度」
あすか:「ビスマルクの?」
スターリン:「そうだ。革命なしに、労働者をある程度守る方法もあった、かもしれん。大粛清は...別の道もあったかもしれない」
(その告白に、スタジオが静まり返る)
ルイ14世:(小さく、しかしはっきりと)「民主主義の...『変化への対応力』でしょうか」
チャーチル:(驚いて)「陛下?」
ルイ14世:(扇子を膝の上に置き、真剣に)「時代は変わります。朕の治世は長かったが、その後の世界に適応できなかった。柔軟に変化できる体制——それは、認めざるを得ません」
(4人が互いを見る。初めて、真の相互理解が生まれた瞬間だ)
あすか:(感動した表情で)「では、最終結論を伺います。『理想の政治』とは、結局——何だったのでしょう?」
チャーチル:(立ち上がり、葉巻を消す。真剣な表情で)「完璧な政治など存在しない」
(全員を見渡す)
チャーチル:「だが——自由と尊厳を守りながら、失敗から学び続けること。それが民主主義であり、理想への道だ。時間はかかる。効率は悪い。間違いも犯す。だがそれでも——人間を人間として扱う、唯一の方法だ」
ビスマルク:(立ち上がり、ビールジョッキを置く)「理想とは、現実を改善する道具だ」
(腕組みをして)
ビスマルク:「どの体制が優れているかではなく、その時代、その国に何が機能するか。固定観念に囚われず、結果を出す——それが政治家の務めだ。イデオロギーは二の次だ」
スターリン:(パイプを置き、立ち上がる。珍しく長く語る)「理想の政治とは...搾取のない社会を作ることだ」
(一拍置いて)
スターリン:「方法には誤りがあったかもしれん。犠牲は大きすぎたかもしれん。だが目標は正しい。完全な平等は一朝一夕には来ない。歴史は長く、道は険しい。だが——諦めてはならない」
ルイ14世:(立ち上がり、扇子を閉じる。その動作には、以前とは違う謙虚さがある)「理想の政治とは——美しく、秩序ある社会を創ることです」
(4人を見る)
ルイ14世:「朕は今夜、理解しました。その美しさは、一つの形に固定されるものではない。時代によって変わる。民主主義にも、現実主義にも、社会主義にも——それぞれの美がある。だが秩序と調和への希求——それは永遠に変わらない、人類の夢です」
あすか:(涙ぐんで)「素晴らしい...」
(クロノスを胸に抱く)
あすか:「4つの体制、4つの理想。激しく対立しながらも——皆さんは最後に、互いから学びました」
(画面に、4人の言葉がまとめて表示される)
チャーチル:人間の尊厳を守り続けること
ビスマルク:現実に適応し、結果を出すこと
スターリン:平等という理想を諦めないこと
ルイ14世:秩序と美を追求し続けること
あすか:「そして——全員が認めました。完璧な政治など存在しないと。だからこそ人類は、理想を追い求め続けるのでしょう」
(4人がゆっくりと、互いに向かって一礼する。敵対していた彼らが、今は戦友のように見える)
あすか:「第4ラウンド、これにて終了です。そして——『歴史バトルロワイヤル:4つの玉座』の対談も、終わりに近づいています」
(オーケストラが静かに、しかし感動的に流れ始める)
あすか:「エンディングに参りましょう」
—エンディングへ続く—




