ラウンド3:理想の指導者像
(スタジオの照明が少し暗くなり、スポットライトが4人の対談者を照らす。第2ラウンドの激論を経て、彼らの表情には疲労と同時に、まだ燃え尽きない闘志が宿っている。チャーチルは新しいウイスキーを注ぎ、ビスマルクはビールジョッキを傾け、スターリンはパイプを咥え直し、ルイ14世は扇子を膝の上に置いている)
あすか:(中央に立ち、クロノスを掲げる。背後の画面に4つの王冠、選挙箱、党の紋章、剣のシルエットが浮かび上がる)「さて、第3ラウンドです。これまで権力の源泉、自由と秩序を議論してきました。では——その権力を、誰が握るべきなのか?」
(画面に大きな問いが表示される)
「理想の指導者とは?そして、その指導者をどう選ぶべきか?」
あすか:「血統による世襲、民衆による選挙、党による選抜、実力による台頭——歴史はさまざまな方法を試してきました」
(4人を順番に見る)
あすか:「ルイ14世、あなたは5歳で王位に就きました。選挙も試験もなく、ただ生まれたという理由で。これが正しい指導者の選び方ですか?」
ルイ14世:(扇子を優雅に開き、立ち上がる。その立ち居振る舞いは完璧に計算されている)「もちろんです。指導者は選ばれるものではなく——生まれるものです」
(ゆっくりと歩きながら、演劇的に語る)
ルイ14世:「朕は幼少から、王たることを学びました。起床の儀式、食事の作法、謁見の仕方——すべてが教育でした。朕の人生そのものが、国家のための訓練だったのです」
チャーチル:(皮肉を込めて)「素晴らしい教育だったようで。だが陛下、歴史には無能な王が山ほどいる。血統は能力を保証しない」
ルイ14世:(扇子を止め、チャーチルを見る)「無能な王?確かに存在します。だが無能な大統領も、無能な首相も存在するでしょう?民主主義は愚者を排除できますか?」
チャーチル:(即座に)「できる!選挙で落選させられる!」
ルイ14世:(冷笑する)「そして政策は二転三転し、国家に一貫性がなくなる。見てごらんなさい、貴国の歴史を。保守党と労働党が政権を奪い合い、政策が右に左に揺れ動く。これが安定した統治ですか?」
ビスマルク:(うなずく)「一理ある。長期的視野は、専制の利点だ」
ルイ14世:(満足げに)「その通り!朕は72年間、一貫したビジョンでフランスを統治しました。ヴェルサイユの建設、芸術の庇護、中央集権化——すべてが計画的に進められました」
スターリン:(冷たく)「その『一貫したビジョン』で、財政は破綻した。死後すぐに革命が起きた。素晴らしい成果だな」
ルイ14世:(顔を赤くして)「それは後継者たちが——」
ビスマルク:(遮るように)「後継者の責任?いや、陛下のシステムの欠陥だ。陛下という有能な王の後に、凡庸な王が続いた。血統は才能を保証しない。これが世襲制の致命的弱点だ。指導者に必要なのは血統ではない——能力だ!」
(テーブルを拳で叩く)
ビスマルク:「私はユンカーの出身だが、王族ではない。だがドイツを統一した。なぜか?三つの戦争に勝利し、外交でヨーロッパを操り、国内改革を成し遂げたからだ。これが実力だ」
スターリン:(珍しく同意するように)「その点では同感だ。私も靴屋の息子だ。だが革命を成し遂げ、ソビエトを超大国にした」
ルイ14世:(侮蔑的に)「成り上がりの傲慢さ。まさに混乱の時代が生んだ怪物と言えますね」
ビスマルク:(怒りを抑えて、低く)「怪物?結構。だが朕の曾孫、ルイ16世は——その『成り上がり』のナポレオンに、完膚なきまでに打ちのめされた」
ルイ14世:(立ち上がり、扇子を握りしめる)「ナポレオンは...革命という病が生んだ例外です!秩序の破壊者!」
ビスマルク:「例外?いや、証明だ。血統より実力が勝ることの。ナポレオンは平民の出身だったが、ヨーロッパを震撼させた。貴公の子孫は、ただ王宮で震えていただけだ」
ルイ14世:(言葉に詰まり、座り込む)
あすか:(ビスマルクに視線を向ける)「では、ビスマルクさん。指導者に必要な資質とは、具体的に何でしょう?」
ビスマルク:(座り、ビールを飲んで)「冷徹な現実認識だ。理想論に溺れず、状況を正確に把握する。そして決断力——躊躇せず、必要な行動を取る。時には冷酷にな」
チャーチル:(険しい表情で)「冷酷さ?それは暴君の言い訳だ!」
ビスマルク:(冷たく笑う)「暴君?私は三つの戦争を短期間で終わらせた。無駄な犠牲を避けるために、圧倒的な力で速やかに決着をつけた。これが冷酷なら——貴公の第一次大戦は何だ?4年間で何百万が死んだ」
チャーチル:(反論しようとして言葉に詰まる)
ビスマルク:「指導者は人気者である必要はない。だが結果を出さねばならない。国民が食え、安全が保たれ、国が繁栄する——それが達成できれば、指導者として合格だ」
チャーチル:(立ち上がり、葉巻を指で弾く)「違う!結果だけではない——過程が重要なのだ!」
(情熱的に、演説調で語り始める)
チャーチル:「真の指導者には、何よりも——民衆への責任感が必要だ。我々は民衆から権力を預かっている。その信託に応えねばならない」
ビスマルク:(鼻で笑う)「民衆への責任?貴公はインドやアフリカで何をした?植民地の民衆への責任はどこへ行った?」
チャーチル:(明らかに痛いところを突かれて)「...それは...時代の限界だった。だが我々は学び、改革した」
ビスマルク:「都合の良い言い訳だ。結局、貴公の『民衆』とは、イギリス人だけを指していた」
チャーチル:(苦しそうに)「確かに...過ちはあった。だがそれでも、民主的な指導者は——独裁者よりましだ」
スターリン:(冷たく)「民主主義の指導者は、次の選挙のことしか考えない。短期的な人気取りに終始する」
チャーチル:(スターリンに向かって)「人気取り?私は1940年、国民に『血と汗と涙』を約束した!甘い言葉ではなく、厳しい現実を伝えた!」
スターリン:「で、戦争が終わったら捨てられた」
チャーチル:(怒りと悲しみが混じった表情で)「...そうだ。私は選挙で負けた。だが——それこそが民主主義だ!」
(スタジオに静寂が訪れる。チャーチルの言葉に、ある種の悲壮感がある)
チャーチル:(座りながら、静かに)「私は国を救った。だが国民は別の道を選んだ。それが民主主義だ。指導者は永遠ではない。権力にしがみつかない——これこそが、民主的指導者の美徳だ」
ルイ14世:(小さく)「...そして政治は不安定になる」
チャーチル:(力強く)「いや、健全になるのだ。どんな指導者も腐敗する。権力は人を変える。だから任期を設け、交代させる。これが独裁を防ぐ唯一の方法だ」
あすか:「スターリンさん、あなたは沈黙していますね。指導者について、どうお考えですか?」
スターリン:(パイプから煙を吐き出し、ゆっくりと立ち上がる。その存在感が、スタジオの空気を重くする)「指導者とは——党の意志の体現者だ」
(低く、だが明瞭に語る)
スターリン:「個人の資質など、二の次だ。重要なのは、労働者階級の利益を理解し、歴史の法則を体現できるかどうか。それができる者を、前衛党が選抜する」
ビスマルク:(冷笑する)「きれいごとだ。結局、貴公は絶対権力を握った。党の選抜?貴公が党を支配していただけだろう」
スターリン:(表情を変えず)「私は党の決定を執行した。個人崇拝は、過渡的な現象だ」
チャーチル:(激昂して)「過渡的?貴公は何十年も独裁した!反対者を粛清し、党内ですら誰も逆らえなかった!」
スターリン:「反対者?反革命分子だ。彼らは労働者を裏切り、革命を転覆させようとした」
ビスマルク:(大きく笑う)「ハハハ!トロツキーも反革命分子か?ジノヴィエフも?カーメネフも?皆、貴公の同志だったではないか」
スターリン:(わずかに目を細める)「彼らは道を誤った。修正主義に走り、革命を危険にさらした」
チャーチル:「つまり、貴公に逆らう者は皆『反革命』なわけだ。これが党の選抜か?独裁者の気まぐれではないか!」
スターリン:(初めて声を荒げる)「気まぐれ?私は毎日18時間働いた!国家の隅々まで目を配り、工業化を推進し、戦争に勝利した!貴公らのように酒を飲んで演説しているだけではない!」
チャーチル:(立ち上がって)「私も戦争を指揮した!だが私は議会に説明責任を負っていた。貴公は誰にも責任を負わなかった!」
スターリン:「歴史に責任を負っていた」
チャーチル:「歴史は死者の山を記録している!」
あすか:(強く制止する)「お二人とも!感情的になりすぎです!」
あすか:(深呼吸をし、冷静に)「では、整理しましょう。皆さんが考える、指導者に必要な資質をまとめると、面白いことに——全員が『自分の方法で選ばれた指導者』が最良だと主張しています」
ビスマルク:(肩をすくめて)「当然だ。我々は自分のシステムで成功したのだから」
あすか:「では、こう聞きましょう。もしあなたたちが、他の3つの体制で指導者になったとしたら——成功できますか?」
(4人が考え込む。この質問は予想外だったようだ)
チャーチル:(しばらく考えて)「...独裁者になれと?私には無理だ。議会での議論、演説、説得——これらなしに統治など考えられない」
ビスマルク:「私なら民主制でも勝つ。選挙運動は戦争だ。敵を分析し、戦略を立て、勝利する。同じことだ」
スターリン:「無駄な質問だ。体制が変われば、必要な指導者の資質も変わる。私は革命の時代に必要な指導者だった」
ルイ14世:(優雅に扇子を開いて)「朕はどの体制でも、優雅に君臨できるでしょう。威厳とは、システムを超えた普遍的価値ですから」
ビスマルク:(ルイ14世を見て笑う)「陛下が選挙運動?農民と握手し、工場を視察し、演説する姿が想像できんな」
ルイ14世:(むっとして)「そのような...下品な行為を、なぜ王がせねばならないのです」
チャーチル:「だから陛下の王朝は滅んだのだ」
あすか:「興味深い答えですね。つまり——指導者と体制は、切り離せない?」
ビスマルク:(うなずく)「その通りだ。民主主義には民主的な指導者が、独裁には独裁的な指導者が必要だ。魚を木に登らせることはできない」
スターリン:「だから体制が重要なのだ。正しい体制があれば、適切な指導者が現れる」
チャーチル:「逆だ!指導者が体制を作る。我々が民主主義を守ったから、民主主義が続いている」
ルイ14世:「どちらも違います。体制も指導者も、神の意志によって定められる——」
ビスマルク:(大きな声で)「また神か!陛下、いい加減にしろ」
(ルイ14世が黙り込む)
あすか:「では、別の角度から。もしあなたたちの後継者を選ぶとしたら——どんな人物を選びますか?」
チャーチル:(即座に)「選ばない。国民が選ぶ。それが民主主義だ」
ビスマルク:(考え込んで)「...これが私の最大の失敗だ。後継者を育てなかった。有能な官僚はいたが、私のような政治家は育てなかった」
スターリン:(長い沈黙の後)「...党が選ぶ。だが——」
(珍しく言葉を濁す)
スターリン:「確かに、後継者問題はあった。フルシチョフは修正主義に走った」
ルイ14世:「後継者?息子以外にありえません。血統こそが正統性ですから」
ビスマルク:「で、その息子が無能だったら?」
ルイ14世:「...教育します」
ビスマルク:「教育で天才は作れない」
あすか:「皆さん、実は共通点がありますよね」
(4人が不思議そうに見る)
あすか:「全員が、後継者問題で苦労している」
(画面に各人物の後継者の運命を表示する)
チャーチル:アトリー首相が当選し、政策を転換
ビスマルク:ヴィルヘルム2世が解任後、第一次大戦へ
スターリン:フルシチョフがスターリン批判
ルイ14世:ルイ15世、16世と続き、革命で王朝崩壊
あすか:「どんなに優れた指導者でも——その後を保証できない」
チャーチル:(深く息を吐く)「...その通りだ。だからこそ、個人ではなく制度が重要なのだ」
ビスマルク:(珍しく真剣に)「私は間違っていた。強力な制度を作ったが、それを運用できる人材を育てなかった。私という個人に依存しすぎた」
スターリン:(低く)「...後継者たちは、道を誤った。だが、それは彼らの責任だ」
ルイ14世:(小さく)「朕も...もう少し財政に注意を払うべきだった。後継者に、困難な状況を残してしまった」
(スタジオに珍しい静寂が訪れる。4人が、それぞれの限界を認めた瞬間だ)
あすか:(優しく)「完璧な指導者など、存在しないのかもしれませんね」
あすか:(立ち上がり、クロノスを掲げる)「では、第3ラウンドの結論です」
(画面に文字が表示される)
「理想の指導者は、体制と時代によって異なる。しかし全ての指導者に共通する限界——それは、自分の後を保証できないことだ」
あすか:「選挙で選ばれても、世襲でも、党の選抜でも、実力で台頭しても——どんな指導者も、いつかは去る。そして後に残るのは、その指導者が築いたシステムと、教訓だけ」
チャーチル:(立ち上がって)「だからこそ、民主主義なのだ。個人に依存しない。制度が続く」
ビスマルク:「だが、その制度も維持できなければ崩壊する。運用する人材が必要だ」
スターリン:「正しい理論があれば、指導者は変わっても道は続く」
ルイ14世:「血統が続けば、王朝は永遠です」
あすか:(微笑んで)「全員、まだ自説を曲げていませんね」
(4人が互いを見る。対立しながらも、ある種の理解が生まれている)
あすか:「さて、最終ラウンドです。権力の源泉、自由と秩序、指導者の資質——これらすべてを議論してきました。では、結局のところ——」
(画面に大きな文字が浮かび上がる)
「政治の成功は、何で測るべきか?」
あすか:「第4ラウンド『結果で測る政治』。これが最後の戦いです」
(4人の表情に、最後の決意が宿る)
ビスマルク:(ビールジョッキを掲げて)「やっと本質に辿り着いたな。結果こそがすべてだ」
チャーチル:「いや、過程も重要だ——」
スターリン:「歴史が審判する」
ルイ14世:「朕の治世は、すでに歴史に刻まれています」
あすか:「では——その歴史の審判を、今ここで下しましょう。最終ラウンド、スタートです!」
(オーケストラが最高潮に達し、画面が「第4ラウンド:結果で測る政治」へと切り替わる)
—第4ラウンド「結果で測る政治」へ続く—




