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ラウンド2:自由と秩序のジレンマ

(休憩が終わり、スタジオに再び照明が灯る。4人の対談者が席に戻っている。チャーチルは新しい葉巻に火をつけ、ビスマルクはビールのジョッキを満たし、スターリンは相変わらず無表情でパイプを咥え、ルイ14世は扇子で優雅に顔を仰いでいる。だが第1ラウンドの激論の余韻が、空気に残っている)


あすか:(中央に立ち、クロノスを操作する。背後の画面に天秤の映像が浮かび上がる。片方の皿には「自由」、もう片方には「秩序」の文字)「お帰りなさい。休憩中も、激しい議論を続けていたようですね」


ビスマルク:(ビールを飲みながら)「チャーチルが民主主義の素晴らしさを延々と語っていたのでな。耳が痛い」


チャーチル:(むっとして)「卿が現実主義という名の冷酷さを正当化していたからだろう」


あすか:(微笑んで)「まさに今から議論するテーマですね。第2ラウンドは『自由と秩序のジレンマ』」


(画面に問いが表示される)


「個人の自由と社会の秩序——どちらを優先すべきか?」


あすか:「この二つは、しばしば対立します。完全な自由は混乱を生み、完全な秩序は抑圧を生む。ではどこに線を引くべきなのか?」


(4人を見渡す)


あすか:「ビスマルクさん、あなたは普通選挙を導入しながら、議会の力を制限しました。社会主義者取締法で左翼を弾圧もした。なぜですか?」


ビスマルク:(ジョッキを置き、腕組みをする)「簡単だ。秩序なき自由は混乱を生むからだ」


(立ち上がり、力強く語る)


ビスマルク:「見ろ、1789年のフランス革命を。『自由、平等、博愛』と美しいスローガンを掲げた。だが結果は?ギロチンの嵐、ロベスピエールの恐怖政治、そしてナポレオンの軍事独裁だ」


(ルイ14世に視線を向ける)


ビスマルク:「陛下の王朝は、その『自由』に食い尽くされた」


ルイ14世:(苦々しく扇子を握る)「...革命は病です。秩序を破壊する疫病です」


ビスマルク:「その通り。だから私は秩序を優先した。普通選挙は導入したが、それは民衆のガス抜きだ。本当の権力は皇帝と私が握っていた。社会主義者を弾圧したのも、彼らが秩序を乱すからだ」


チャーチル:(立ち上がって)「ガス抜きだと!?つまり貴公は民主主義を愚弄していたわけだ!」


ビスマルク:(冷たく笑う)「愚弄?違う。現実を見ていただけだ。民衆に完全な自由を与えれば、彼らは互いに食い合う。だから枠組みが必要なのだ」


チャーチル:(憤然として)「枠組み?その枠組みが牢獄だったらどうする!秩序の名の下に、何百万の人間が沈黙を強いられてきたか——」


スターリン:(静かに、しかし鋭く)「チャーチル」


(全員がスターリンを見る)


スターリン:「貴公の言う『自由』で、何人のインド人が餓死した?」


(重い沈黙がスタジオを支配する)


チャーチル:(明らかに動揺している。葉巻を持つ手がわずかに震える)「...それは...戦時中の不可避な——」


スターリン:(容赦なく)「1943年のベンガル飢饉。300万人が餓死した。貴公は食料をヨーロッパの戦線に回し、インド人を見殺しにした」


チャーチル:(顔を赤くして)「戦争だったのだ!優先順位をつけねばならなかった!」


スターリン:「つまり、貴公の『自由』にも例外があるわけだ。都合の良いときだけ自由を語り、都合が悪ければ犠牲を強いる」


チャーチル:(苦しそうに)「...植民地政策には問題があった。それは認める。だが我々は学んだ。改革した。民主主義には自己修正能力がある」


ビスマルク:(冷笑する)「自己修正?追い詰められてようやく、だろう。インドが独立したのは、貴国が維持できなくなったからだ。善意ではない」


チャーチル:(席に座り、深く息を吐く)「...確かに完璧ではない。だがそれでも——独裁よりはましだ」


スターリン:(前のめりになって)「独裁?我々は労働者を解放した。資本家の搾取を終わらせた。貴公の『自由』は、金持ちだけの自由だった」


チャーチル:(激昂して)「解放だと!?貴公の国では全員が等しく恐怖に怯えていたではないか!秘密警察、密告、粛清——それが解放か!?」


あすか:(二人の間に割って入る)「お二人とも!まだ議論の途中です」


(スターリンとチャーチルが睨み合う。その視線には歴史的な因縁が滲んでいる)


あすか:「スターリンさん、あなたの体制では言論の自由はありませんでした。それは秩序のため、と言えますか?」


スターリン:(パイプから煙を吐き出し、冷静に)「言論の自由?それは反革命の温床だ」


(立ち上がり、低く重い声で語る)


スターリン:「革命は脆弱だ。常に反動勢力に狙われている。資本家、地主、聖職者——彼らは旧体制への復帰を企む。もし彼らに自由な言論を許せば、どうなる?民衆を扇動し、革命を転覆させる」


ルイ14世:(興味深そうに)「珍しく朕と意見が合いますね。秩序を守るには、危険な思想を取り締まらねばなりません」


スターリン:(ルイ14世を冷たく見る)「貴公とは違う。貴公は特権階級を守るために弾圧した。我々は労働者を守るために、反革命を排除した」


ルイ14世:(扇子を閉じて)「結果は同じでしょう?反対者を黙らせたのですから」


スターリン:「目的が違う。貴公は少数の富を守った。我々は多数の平等を守った」


ビスマルク:(大きく笑う)「ハハハ!面白い言い訳だ。だが本質は同じだ——秩序のために自由を制限した」


(ビールを飲み、テーブルを叩く)


ビスマルク:「私も同じことをした。社会主義者取締法で左翼を弾圧した。だが私は正直だ。『秩序のため』と認める。貴公らのように、美しい理屈で飾り立てたりはせん」


スターリン:(わずかに眉を動かす)「貴公は労働者を弾圧しながら、社会保険制度を作った。矛盾していないか?」


ビスマルク:(にやりと笑う)「矛盾?いや、戦略だ。飴と鞭。労働者に適度な保護を与え、過激な思想から遠ざける。革命を防ぐためだ」


スターリン:「つまり懐柔策か」


ビスマルク:「その通り。そして成功した。ドイツでは革命は起きなかった——私の存命中はな」


あすか:「では、ルイ14世、あなたの時代にも検閲がありました。なぜ必要だったのですか?」


ルイ14世:(立ち上がり、優雅に腕を広げる)「秩序は美しさの源です。混乱は醜い。自由を野放しにすれば、社会は醜悪な争いに満ちるのです」


(扇子を開き、ゆっくりと仰ぐ)


ルイ14世:「朕の治世では、すべてが調和していました。貴族は宮廷で洗練され、平民は己の役割を果たし、聖職者は魂を導く。それぞれが定められた場所で、美しく機能していたのです」


チャーチル:(皮肉を込めて)「その『美しい秩序』で、農民は重税に喘いでいたがな」


ルイ14世:(冷たく)「税は国家の運営に必要です。ヴェルサイユの建設、軍隊の維持、芸術の庇護——これらがなければ、フランスは偉大になれなかった」


ビスマルク:「で、その偉大さは破産寸前の財政を残しただけだった」


ルイ14世:(声を荒げて)「だから、それは後世の——」


あすか:(手を上げて制止する)「皆さん、少し視点を変えましょう」


(クロノスをスワイプし、画面に各国の歴史的事件を表示する)


イギリス:戦時中の検閲と情報統制

プロイセン/ドイツ:社会主義者取締法

ソ連:大粛清と言論統制

フランス:異端審問とユグノー迫害


あすか:「見てください。全員が、秩序のために自由を制限している」


チャーチル:(反論しようとして)「我々の検閲は戦時中の——」


あすか:「例外措置ですか?でもそれは、『状況によっては自由を制限する』ということですよね」


チャーチル:(言葉に詰まる)


あすか:「ビスマルクさんは社会主義者を弾圧し、スターリンさんは反革命分子を粛清し、ルイ14世は異教徒を迫害した。程度の差こそあれ——全員が秩序のために自由を犠牲にしている」


ルイ14世:(小さく)「...それは、統治の必要性です」


ビスマルク:(うなずく)「その通り。完全な自由など、実現不可能だ。人間は放っておけば、互いに傷つけ合う」


スターリン:「だからこそ強力な国家が必要なのだ」


チャーチル:(苦々しく)「...だが、緊急時の例外措置と、恒常的な抑圧を同列に語るな」


スターリン:(冷たく笑う)「資本主義国家も、危機になれば独裁的になる。第一次大戦中、貴国も徴兵制を導入し、産業を統制した。民主主義はどこへ行った?」


チャーチル:(立ち上がって)「それは国家存亡の危機だったからだ!」


スターリン:「我々も常に危機だった。資本主義国家に包囲され、いつ侵略されるかわからない状況で——」


ビスマルク:(遮るように)「だから、どちらも同じだと言っている。状況が変われば、自由は制限される。問題は、その『状況』をどう定義するか、だ」


チャーチル:(拳をテーブルに叩きつける)「違う!根本的に違う!民主主義では、その制限自体が国民の監視下にある。議会が承認し、裁判所が審査する。独裁では——誰もそれを止められない!」


スターリン:「議会?資本家に支配された茶番だろう。真の民主主義は、労働者が権力を握ることだ」


チャーチル:(激昂して)「労働者が権力を握る?貴公が握っただけだろう!党の独裁、いや——貴公個人の独裁だ!」


スターリン:(表情を変えず)「私は党の決定を執行しただけだ」


ビスマルク:(笑いながら)「ハハハ!誰が信じるか。貴公はヒトラーと同じだ。全権を掌握し、反対者を排除した」


スターリン:(初めて怒りを見せる)「ヒトラーと一緒にするな!あの男はファシストだ。人種差別主義者だ。我々は——」


ビスマルク:「方法は同じだ。独裁、粛清、恐怖政治。目的が違うだけで、手段は同じだ」


(スターリンが黙り込む。その沈黙が、図星を突かれたことを物語っている)


ルイ14世:(扇子で顔を仰ぎながら)「皆さん、結局のところ——完全な自由など幻想なのです」


(全員がルイ14世を見る)


ルイ14世:「人は生まれながらに、階級に、家族に、国家に縛られている。自由など、初めから存在しない。だから朕は正直に、秩序を第一にした」


チャーチル:(静かに、しかし力強く)「いや、陛下。自由は存在する。それは——人間の精神の中に」


(スタジオに静寂が訪れる。チャーチルの言葉に、ある種の重みがある)


チャーチル:「どんなに抑圧されても、人は自由を夢見る。思考する自由、信じる自由、希望を持つ自由。それは誰にも奪えない」


スターリン:(冷たく)「だがその『夢』だけでは、何も変わらない。革命には行動が要る」


チャーチル:「その行動が、新たな抑圧を生んだではないか」


ビスマルク:(立ち上がり、大きな声で)「静まれ!二人とも堂々巡りだ」


(全員を見渡し、冷静に語る)


ビスマルク:「いいか、自由と秩序は二者択一ではない。これは天秤だ。状況に応じて、バランスを取る」


(手を広げて説明する)


ビスマルク:「私は普通選挙を導入した。同時に、社会保険制度も創設した。なぜか?適度な自由と適度な保護が、秩序を安定させるからだ」


チャーチル:「だがそれは本当の自由ではない——」


ビスマルク:(遮る)「『本当の自由』など存在しない!完全な自由は無秩序だ。完全な秩序は停滞だ。政治家の仕事は、その間のどこかに最適点を見つけることだ」


スターリン:(考え込むように)「...最適点?」


ビスマルク:「そうだ。時代によって変わる。戦時なら秩序寄り、平時なら自由寄り。経済が安定していれば自由を、危機なら統制を。固定観念に囚われるから、貴公らは失敗する」


ルイ14世:(不満そうに)「では理想はないと?」


ビスマルク:「理想は道具だ。現実を改善するための。理想そのものが目的になれば——」


(チャーチルとスターリンを見る)


ビスマルク:「貴公らのように、互いに殺し合うことになる」


あすか:(満足そうに微笑む)「興味深い視点ですね。では、こう聞きましょう。もし今、あなたたちが現代の指導者だとして——パンデミックが起きたとします。自由と秩序、どちらを優先しますか?」


(4人が考え込む。これは現実的な問いだ)


ルイ14世:(即座に)「秩序です。外出禁止、検疫の強制。民衆の自由より、国家の安全が優先されます」


スターリン:「同意だ。医療資源の計画的配分、強制隔離。個人の自由より、集団の生存が重要だ」


ビスマルク:「状況次第だ。感染初期なら厳格な統制。収束してきたら徐々に緩和。柔軟性が鍵だ」


チャーチル:(深く考えて)「...最低限の制限だ。科学的根拠に基づき、議会の承認を得て、期限を定めて。そして常に、市民の理解を求める」


あすか:「つまり、全員が『ある程度の制限』を認めるわけですね」


チャーチル:(渋々)「...緊急時にはな」


あすか:「では、その『緊急時』はいつ終わるのですか?」


(沈黙。誰も即答できない)


スターリン:(低く)「...脅威が去るまでだ」


あすか:「誰が判断しますか?」


スターリン:「...国家が」


チャーチル:(反論する)「違う、国民が判断する!」


ビスマルク:(肩をすくめて)「で、国民は専門知識があるのか?疫学を理解しているのか?」


チャーチル:「だから専門家の助言を——」


ビスマルク:「その専門家を誰が選ぶ?結局、権力者だろう。貴公も我々も、やることは同じだ」


あすか:(立ち上がり、画面に結論を表示する)「第2ラウンドの結論です」


「自由と秩序の完璧なバランスは存在しない。すべての体制が、状況に応じて両者の間で揺れ動く」


あすか:「民主主義も戦時には自由を制限し、独裁も安定期にはある程度の自由を許す。絶対王政も反乱を恐れ、現実主義も民意を無視できない」


(4人を見渡す)


あすか:「結局、完璧な答えはないのかもしれません。だからこそ——」


チャーチル:(立ち上がって)「だからこそ、議論が必要なのだ。民主主義の場で、常に問い続ける」


スターリン:「議論?時間の無駄だ。歴史は既に答えを示している」


ビスマルク:「歴史は、貴公のソ連を崩壊させたがな」


ルイ14世:(疲れたように)「皆さん、いい加減認めたらどうです?完璧な政治など——存在しないのだと」


(静寂。ルイ14世の言葉が、スタジオに重く響く)


あすか:(優しく微笑んで)「その通りかもしれません。では、次のラウンドで——不完全な政治の中で、誰が舵を取るべきか、議論しましょう」


(画面に「第3ラウンド:理想の指導者像」の文字が浮かび上がる)


あすか:「血統か、選挙か、実力か、党か。指導者の選び方で、政治は変わるのでしょうか?」


(4人の表情に、新たな闘志が宿る)


—第3ラウンド「理想の指導者像」へ続く—

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