おれのもの、だろう?
重い扉が音を立てて閉まった。
后専用居室。
後宮でも最も奥まった場所にあり、王太子妃だけに与えられた居室。
外の護衛が下がる音を聞きながら、真珠はウルに手を引かれたまま部屋の中央まで連れて来られた。
しん、とした空気。白い石壁、繊細な彫刻、重厚な天蓋付きの寝台。祭壇のように設えられた祈祷台。そして、火皿に焚かれた香が甘く煙る。
ウルは手を放した。けれど背を向けず、真正面から真珠を見下ろす。青い瞳が獣のように暗く濁っていた。
真珠は思わず身じろぎする。あまりの居心地の悪さに、身の置き所がなかった。
「……ウル、どうしたの」
思い切って声をかけると、ウルの喉がひくりと動いた。静かすぎるくらいの声が落ちる。
「楽しそうだったな」
真珠は一瞬、言葉の意味が分からなかった。
「え……?」
ウルは微動だにしない。だが瞳だけが、射抜くように真珠を見ていた。
「書類を渡されて、笑ってた。軽く礼を言って、あいつを安心させた顔をしてた」
ゆっくりと、言葉を噛み殺すように吐き出す。皮肉というには生々しい、剥き出しの感情が滲んでいた。
真珠は息を詰めた。そしてようやく状況を理解する。思い当たった状況を思い出して、慌てて首を横に振った。
「違う、ウル、それはただの――」
「“業務連絡”か?」
被せるように低く言った。声は落ち着いていた。けれどその落ち着きがかえって恐ろしかった。火皿の香が焦げつくように重く漂う。
真珠は必死に言葉を探した。
「……だって、私、公的な立場で……。礼を言わない方が失礼だから……」
途端にウルの瞳が細まり、冷たい光が走る。そのまま、ゆっくりと歩み寄った。
「礼を、言わない方が良かった」
真珠は息を呑む。
「……それは……」
「他の男に愛想を見せるな」
鋭く切り捨てる声。その言葉を聞いて、真珠は目を見開く。理解できないわけじゃない、でも納得もできない。
「ウル、それは仕事だって……! あの人だって仕事で――」
「知ってる」
今度は低い声で割り込む。分かっている、と言いながら、ウルの目はまったく冷めていなかった。むしろ、じわじわと深い底なし沼のような色を濃くしていく。
「知ってる。お前は分別がある。だからこそ、安心させた。怖がらせずに済ませた」
ゆっくりと吐き出す。真珠は、何かが軋む音を聞いた気がした。
「優しい女だ。だからあいつもお前に顔を赤くした」
「それは、ウル……誤解だよ……!」
必死に手を伸ばす。けれどウルはその手を払わなかった。ただ、真珠の肩に大きな手を置き、ぎゅうっと力を込めた。
「俺以外にそんな顔をするな」
呟くような声だった。それなのに、雷鳴のように部屋に響いた。
真珠は肩を掴まれたまま固まる。ウルの目が、酷く静かで、冷たいのに、燃えていた。
「ウル……」
名前を呼ぶ声は震えていた。それが逆に、ウルの瞳に爛々とした光を灯す。
「もう閉じ込めない、好きにさせるって決めた。だが――」
言葉が切れる。代わりに指先が、真珠の肩を強く引いた。バランスを崩した真珠が、ふっと浮く感覚を覚える。
「ウル、待って――!」
次の瞬間、背中が寝台に叩きつけられた。柔らかいはずの天蓋付きの寝台が、不意を突かれた衝撃で軋む。真珠は目を見開き、乱れた呼吸を整えようとする。
見上げると、ウルが覆いかぶさっていた。膝を寝台に食い込ませ、腕をついて真珠を逃さない体勢。ウルの顔が近い。香の煙がゆらりと揺れ、その影の中でウルの目だけが、獣のように光った。
「仕事だろうが、何だろうが、関係ない」
低く、割れるような声。冷たいのに、熱い。
「お前は俺のものだ」
真珠の視界が霞む。震えそうな唇を噛み、かすれた声で名を呼ぶ。
「ウル……」
その声に、ウルの目が細められる。まるでそれだけで満たされるように、けれど同時に底なしの欲望を溢れさせていた。
「もう二度と、他の誰にも見せるな。その顔を」
囁きのような声。なのに、有無を言わせぬ命令だった。
真珠は息を呑み、目を逸らしかけた。だがウルの手が頬を乱暴ではなく、でも抗えない力で掴む。視線を絡め取られたまま、逃げ場を失った。
天蓋の布が風もないのにふわりと揺れる。二人だけの空間が、どこまでも閉じていく。
ウルの影が真珠を完全に覆い尽くした。
「ウル?こ、怖いよ」
真珠の手首を片手で押さえつけたまま、ウルの顔が近づいた。青い瞳が射抜くように見つめる。
「もういい黙れ」
低く命じた声と同時に、口づけが落ちた。
強引で、深い。息を奪うほどの圧。真珠は目を見開き、 くぐもった抗議の声を喉の奥で押し殺す。
「ん、んんっ……ウ、ルッ」
それでも必死に頭を振って逃れようとする。ウルの唇が滑り、頬を掠め、再び口を塞ぐ。さらに深く、舌が割り込むように入ってくる。真珠の抵抗は、腕を振るい、首を捩る、必死の拒絶だった。
「んっ、う、やめ、ウル……!」
唇が一瞬離れた瞬間に、苦しげに声を絞り出す。
けれどウルは、むしろその声にゾクッとするように目を細めた。青い瞳の奥で、狂気じみた光が揺らめく。
「やめろ?」
低い、笑っているような声。でもその響きは冷たく、血の味がした。
「やめろだと。――お前、誰に口をきいてる」
真珠の手首を押さえる力が強くなる。痛いほどではないけれど、もう絶対に逃げられない。片方の手が真珠の顎を乱暴に掴む。
「言ったはずだ。他の男に笑うな。俺以外に顔を見せるな」
真珠は息を荒げ、震える声で縋る。
「……それは、仕事で、誤解だって……ウル、聞いて……!」
ウルの喉がひくりと動いた。その目が、底なし沼のように暗い色を増していく。
「聞けって?」
低く、呟く。吐き捨てるように。そして、再び口を塞いだ。今度はもっと深く。舌を絡め、噛むように押し込む。呼吸すら奪う、支配のキス。真珠は目を見開いたまま、必死に頭を振って逃れようとした。
でもウルは離さない。まるで、壊してでも自分のものにするかのように。
唇がようやく離れた時、真珠は息を切らして震えていた。唇が赤く腫れ、濡れて光る。
ウルはその様を下から覗き込むように見つめ、喉の奥で笑った。その笑みは嗜虐的で、狂気に満ちていた。
「もっと声を出せ」
低く命じるように囁く。真珠は首を横に振る。その仕草すら、ウルの中の何かを煽った。
「嫌?」
ゆっくりとした声。なのに残酷だった。真珠が視線を逸らそうとすると、顎を掴んで無理やり前を向かせる。
「俺から目を逸らすな」
真珠の瞳が潤む。恐怖も、混乱も、抗う意志も滲んでいた。ウルはそれを貪るように見つめた。
「お前は俺のものだ。俺だけの」
吐息混じりに囁く声が、耳朶をくすぐる。そして再び唇を塞ぐ。今度はもっと強く、乱暴に、舌を押し込む。
真珠の声が塞がれ、 くぐもった抗議が喉の奥で震える。
その抵抗が、ウルをさらに駆り立てる。
「――可愛い」
唇を離した一瞬、ウルが低く笑った。青い瞳がギラギラと暗く激しく輝いている。
「嫌がる顔も、俺以外には絶対に見せるな」
真珠が息を荒げ、声を絞り出す。
「……ウル……やめて……っ」
ウルの目が細くなる。そして、耳元に口を寄せた。
「……やめさせたきゃ、俺のものだと泣いて縋れ」
嗜虐と独占欲が絡み合った声。真珠の全身が強張る。それを感じ取って、ウルはゆっくりと腰を押し付けた。
「そうだ、いい顔だ」
耳元で囁きながら、ウルの手が首筋を這う。そこにはかつての傷痕が薄く残っていた。指先で撫でる。
優しく、けれど逃げられないように。
「俺が治したんだ。もう逃げるな」
真珠は目を潤ませ、声を失う。ウルの口角がわずかに歪む。
「泣け。声を出せ。俺にだけ縋れ」
そして、再び深いキスで言葉を奪った。真珠の抗いも、声も、全部自分のものにするように。
この後、手酷くお仕置きされる回をムーンに載せてます。
タイトルは同じ「監禁は愛じゃなく〜」で、エピソードタイトルは「二度と嫉妬はさせてはいけない」です。
初めての獣性解禁モードで、全然甘くない。もうボロ雑巾コースです。
書いてて私が辛かったです。
でも書いて良かった。(満足)




