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真の王妃となるためには

広い王宮の書斎。窓から差し込む西日が、書類の山を橙色に照らしていた。


真珠は椅子に座っていた。その向かい側で、ウルは机に肘をつき、書簡を読み飛ばすように眺めていたが、やがて視線をあげた。


「……真珠」


声は落ち着いていたが、その低さが逆に緊張を誘った。彼女は少し緊張しながら、小さく返事をする。


「なに?」


ウルは書簡を乱暴に伏せた。そして立ち上がると、ゆっくりと真珠の前に歩み寄り、机越しに彼女を見下ろす。


「神前婚約式を執り行う」


短いその宣言に、真珠はまばたきをするだけ。


「……え、急にどうしたの?」


よくわからない真珠を他所に、ウルは目を細める。その青い瞳が、わずかに苛立ちと決意を宿していた。


「お前がまだ“正式な正妃”と認められていないのは知っているだろう。手順は踏んだ。婚姻の書も署名も済んでいる。だが……」


彼は言葉を切り、苛立たしげに顎を撫でた。


「神の承認がない。この国の宗教指導者からの承認がな」


この国の正式な婚姻の最後の段階――「神前婚約式」。その存在は以前から知っていた。そして、それだけは、まだ行っていなかった。


それは以前、ウルが「不要だ」と言ったからだ。


「お前を誰が認める必要がある。俺が認めている。それで十分だ」


かつてそう言い切った彼が、今、その言葉を撤回するように告げている。真珠はよくわからないまま、素直に疑問を口にする。


「今さら、それが必要なの?」


途端にウルの眉が寄った。だが声は静かだった。


「必要だ。お前がこの王国にとって何者かを、明確にする必要がある。王太子の女ではなく――王太子の正妃だと」


真珠は息を詰めた。なるほど、今の真珠の状態はかなり中途半端な状態なのだろう。例えば愛人や妾のような、正式な妻以外の何か。ウルの視線が、彼女を逃さぬように絡め取っていた。


「この国は神の言葉を信じる。俺は信じていないから神の承認など要らないと思っていた。だがこの国は要る。奴らは神の言葉がないなら、お前を“正式な后”と認めないだろう。お前を軽んじるし、陰で呼び捨てにするかもしれない」


ウルは低く吐き捨てた。


「それが気に入らない」


真珠は彼を見上げる。その目に憤りが見えた。自分のためか、自分の所有物を侮られたためか――はっきりと区別はつかない。


「お前を誰にも侮らせない。神官どもにも、保守派にも、この王宮の誰にも」


ウルは一歩近づき、机越しに身を屈めた。青い瞳が真珠を射抜く。


「俺だけじゃ足りない。だからやるんだ。お前をこの国の神の前で、俺の正妃にする」


真珠はしばらく何も言えなかった。心臓が痛いほど脈打った。ウルの真剣な表情に、思わず軽口を飲み込む。


「……別に、私は……」


そう言いかけて、視線を逸らした。ランプの灯りが、頬をほんのり赤く照らす。


「……必要なら、やったらいいよ」

 

声は小さかった。


「ウルが必要だって思うなら、私もやる」


指先が震えているのを、膝の上でぎゅっと抑えた。ウルはその様子を一瞬も逃さず見ていた。鋭かった目が、ゆっくりと細められる。呼吸を深くして、低い声で返した。


「……分かった。まぁ、お前が嫌だと言ってもやるつもりだったんだがな」


真珠は恥ずかしくてもう顔を上げられなかった。


「……もう……」


呟く声は震えていた。でも拒絶ではなく、照れと受け入れだった。


ウルはゆっくりと立ち上がり、真珠の前に歩み寄った。大きな手がそっと真珠の頭に置かれる。


「……后よ」

 

その声は硬いのに、どこか優しかった。


「覚悟しろ。お前をこの国の后として認めさせる。神の前で、俺が誓おう」


真珠は涙が滲みそうになるのをこらえ、ゆっくりと頷き、震えた声で答えた。


「……はい。よろしくお願いします、王太子殿下」


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