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自惚れていた(ウルside)

――甘かった。


その言葉が、頭の奥で腐った毒のように響き続けていた。


襲撃を聞いた瞬間の心臓の冷え方を、今でも忘れられない。目の前で政務を並べる文官の声が遠ざかり、血の気が引いた。


真珠の顔が頭に浮かんだ。泣き叫ぶ姿、血の匂い、誰かの汚れた手が、あの肌に触れる光景。頭がおかしくなるほどの憎悪と恐怖が一度に込み上げてくる。呼吸の仕方がわからない。自分でも無意識に、書類を粉々に引き裂いていた。周囲の側近たちは凍りつき、誰も声を出せなかった。


完璧にした、つもりだった。


後宮を「檻」にする、誰も触れさせない、閉じ込めることで、外の世界から守る。真珠を宝石のようにしまい込む。それが正しいと思っていた。だが――破られた。簡単に、あまりにもあっけなく。


襲撃者たちは後宮の裏手を熟知していた。手引きしたのは誰か。後宮の女官か。警備兵か。王宮の役人か。その全てを疑わなければならなくなった。血の雨を降らせ、喉を裂かせて吐かせても足りないほどの恥辱。


「真珠を泣かせた」


その事実だけが全てだった。目の前で泣いたわけじゃない。だがあの、真珠に首を切らせてしまった夜の後、震える指先で自分の袖を掴んだ感触が消えない。頬を伝った涙の熱さ。声を失い、泣き声すらあげられなかったあの姿。全部、自分の責任だった。


自分が「檻」だと誇っていたその後宮は、実際はただの箱だった。「安全だ」と錯覚させ、何も知らない真珠を閉じ込めた。出口を塞ぎ、逃げ場を奪った。守るどころか、不埒者にかけがえのない人を、差し出していたのだ。


――気が狂いそうだった。


真珠を見つけた瞬間、無意識に抱きしめた。暴れる彼女を強引に押さえつけ、「俺だ」と囁いた声が震えていた。あの声が自分のものだったのかすら分からない。落ち着いたのは一瞬。気絶して崩れ落ちた真珠を支えた腕の中で、ようやく正しく呼吸できた気がした。


だが次の瞬間、怒りで手が震えた。あんな恐ろしい目に遭わせてしまった。俺の女を、あんな目に。


「閉じ込めて愛したい」


本心だ。そのために後宮を作り変えた。護衛を増やし、女官を入れ替えた。自分が許した者しか入れなかった。それでも足りなかった。もう、設備や人員では守れない。どれだけ壁を高くしても、鍵を増やしても、人間の裏切りは止められない。内部に敵を入れたのは自分だ 自分が信用した結果だ。


「俺が傷つけたのと同じだ」


その言葉を何度も心で繰り返した。


後宮を強化する?

設備を追加する?

警備を増やす?

全て虚しい。


真珠はそこにいる限り、再び狙われる。むしろそこにいるから狙われる。「人質」としての価値がある限り、敵は尽きない。


金で動く者は必ずいる。宗教を盾にする者も出る。

野心を満たすために、真珠を奪おうとする者はこれからも現れる。殺し尽くしても、新たに芽吹く。王太子妃であることそのものが、彼女を囚人にする。――檻の中で、ずっと怯えて泣かせてしまうだろう。


そんなのはもう、耐えられなかった。


「俺がいなかった」


その事実が何よりも恐ろしかった。自分が傍にいなかった夜。政務を理由に手放した。別の国にいる、その隙を突かれた。


「殿下は政治の責任を果たすべきです」


そう助言した臣下の顔を思い出すたびに、殺意が湧いた。


「アメニアのため」「外交のため」「王位を継ぐため」


全部、真珠より大事だと言っていたのと同じだ。真珠に言い訳できない。「お前のため」と言えない。政治など捨てて、国を焼き払ってでも、真珠を抱いていればよかった。そうすれば、泣かせることはなかった。


――もう、離さない。後宮の壁では守れないなら、自分の腕で囲うしかない。常に傍に置く。政務も公務も、戦場も、宴も、神殿も。俺がいる場所に必ず伴わせる。それしかない。


本当は、見せたくなかった。


閉じ込めて、甘やかして、誰にも見せずに愛したかった。でももうそれじゃ守れない。自分を含め全てがもう信用できない。自分自身というの檻だけは、絶対に裏切らないと証明するしかない。自分が、唯一の護衛になるしかない。


「お前を守る」


それはただの約束ではない。もはや呪いだ。


「お前を殺す奴は、この国ごと焼き潰す」


そう言い切れる場所に、お前を立たせる。お前を王太子妃として公開する。この国の法律そのものにする。誰もお前を奪えないようにする。そう宣言するしかない。そうでなければ、もう耐えられない。


――俺はお前を閉じ込める。でもそれは、後宮の壁じゃない。この国そのものを、お前の檻にする。この俺が、お前の唯一の鍵になる。それ以外は、もう選べない。お前を泣かせた俺を、もう許さないために。


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